好きになったのはサヨナラの為じゃなくて、

「篠宮先輩、逢坂先輩、長田先輩、御卒業おめでとうございますっ!!」

 卒業式を終え、体育館から戻って来た華倉たちを、凌介が盛大に出迎えた。
 待ち伏せでもしていたかのように、廊下の角からタイミングよく現れた凌介に、一瞬驚いて華倉と亜紀がたじろいだ。
 それでもすぐに状況を把握して、にっこりと笑って、ありがとー、と華倉は答えた。

「それより希咲もお疲れ様。卒業式の手伝い、大変だったでしょ?」

 そのまま教室への歩みを再開する華倉が、付いてくる凌介にそう訊ねた。
 生徒会役員は、卒業式の細々した雑用を頼まれているのだ。
 華倉は自分も同じように作業をした2年前のことを思い出してそう労ったのだ。

 凌介は大丈夫です、と答えたが、少々覇気の落ちた笑みで続ける。

「でも予想以上に慌ただしかったですねー」
「意外とね。実際やると手順通りにはなかなかね」

 苦労を理解し合う華倉と凌介。
 でも、と凌介は改まって告げる。

「先輩方のお手本があったから、何とか形に出来たと思います」

 ありがとうございます、と一旦立ち止まり、頭を下げて礼を述べた。
 礼儀正しい子だなぁ、と思わず呟きが漏れる亜紀。

 驚くくらいの真面目さだが、亜紀は内心嬉しかった。
 自分の頑張りも報われた気持ちになれるし、何よりこれなら生徒会の今後にも安心出来ると。

「希咲くんは本当に頑張ってましたもんね」

 僕も有り難かったですよ、と魅耶が頷いている。
 そんな魅耶の言葉に、珍しい、と華倉が振り向く。

「魅耶が他人を褒めるとは」

 本当に意外そうに華倉が呟くので、魅耶もやや複雑になる。

「何でですか。本当に感心したから伝えたんです」

 他の誰かと違って、と魅耶が続ける。
 そんな時に限って、その本人が姿を見せるのだ。

「もしかして俺の悪口ですかー」

 ひょっこりと顔を覗かせ、苦笑しつつ隼人が訊ねる。
 魅耶は何の躊躇もなく、そうですよ、と答えた。
 最後までこんな感じかよ、と隼人は心の中で溜め息を吐きつつ、華倉たちにこの後の予定を伝えた。

「えーと、じゃあ最後のホームルーム終わったら、生徒会室へお願いします」
「了解。何か悪いな、最後の最後に」

 この後、細やかながらお疲れ様会をやってくれる、という話になっている。
 華倉は初めは遠慮したのだが、折角の好意も受け取りたいのも本音であった。

 お時間は取らせません、という凌介の熱意に圧されたのと、魅耶からの「もう少し引き継ぎを」という事務的な用事が噛み合ったため、好意に甘えることになった。
 よろしく、と笑う華倉。

「ほんとに卒業なのか~」

 まとまっていく最後の集まりの話に、亜紀が名残惜しそうに呟く。
 早かったなぁ、などと呑気に伸びをしていると。

「――お姉さまぁぁ!」

 どーん! という衝撃が、可愛らしい声と共に背中から襲って来た。
 ぐへっ、と亜紀が鈍臭い呻き声を零し、何事かと振り向く。
 勿論、いたのは例の彼女だ。

「あ、赤松さ」
「酷いです亜紀お姉さま! 最後に逢って下さいませとお願いしていましたのに!」

 捜しましたよ! とぎゅうと抱き着きながら葉菜は訴えた。
 いや、まぁ、うん、と曖昧に答える亜紀。
 話は覚えていたが、亜紀は正直すっとぼけようと思っていたのだ。

 やはりこの子とは関わりたくないな、と、今でも苦手意識は消えていない。
 しかしこうして、最後に捕まってしまった。

「ご、ごめんね赤松さん。ちょっと立て込んでて……これから生徒k」

 生徒会の集まりが、と近くにいるはずの華倉たちを指差そうと顔を上げたのだが、何故かそこには誰もいない。
 皆、亜紀が立ち止まったことに気付かず、行ってしまったようだ。
 うわぁ! と小さいが壮絶な叫びを上げる亜紀。

 背中には相変わらず、お姉さまー、と甘えた声でくっ付く葉菜。
 ……仕方ない、と亜紀は腹を括った。

「赤松さん」
「最後くらい、“葉菜”とお呼びください」

 ちらり、と視線だけ葉菜に向けて、亜紀は呼び掛けた。
 しかし葉菜は全くマイペースに自分の用件を伝えた。
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