拝啓、バレンタイン。

「坂下くん、ひとつ頼み事をしたいんだけど」

 こっそりと裕に近付き、亜紀は小声で声を掛けた。
 裕は弁当箱を開けたところで手を止めて、顔を上げて亜紀を見返す。
 ちなみにまだ昼休みではない、裕のこの弁当は早弁用である(なので弁当箱は一回り小さい)。

 きょとん、としている裕と、一緒にいた浅海の視線を受けながら、亜紀は続ける。

「その、わたしにお菓子作りを教えて欲しいの」

 お菓子作り、と先に反応したのは浅海だった。
 黙って頷く亜紀から一旦視線を外し、裕は箸を置く。
 改めて亜紀を見上げ、どうしたの、と訊き直した。

「色々疑問はあるけど、それは俺に頼むことかな?」

 正直吃驚したよ、と裕が呟く。
 隣で頷いている浅海のことも承知で、ごめんね、と亜紀は答える。

「わたしも色々迷ったんだけど……多分坂下くんが一番安心して頼れるんじゃないかと」

 そういう判断をしたの、と亜紀は同時に頭を下げた。
 裕は小首を傾げ、そうか、と返すと、こう続ける。

「でもお菓子作るんだったら……華倉の方が上手くない?」

 なぁ、と裕は浅海に意見を求める。
 しかし浅海はお茶のペットボトルを開けながら淡々と裕に諭す。

「流石にあげたい相手から教えてもらうわけにはいかないだろ」
「……あぁ、そうか」

 浅海の説明で、裕もようやく理解した。
 ごめん、と素で謝ってくる裕の優しさが、逆に恥ずかしく、亜紀はちょっと顔を伏せた。
 そんな冷静に説明しないで、と浅海に向けて小さく文句を垂れ、亜紀は再度顔を上げて裕を見る。

「ダメかな?」
「長田がいいなら、俺は構わないけど」

 特別、断る理由もない。
 裕がそう返すと、よろしくです、と亜紀は念押しで約束を取り付けた。

 亜紀が自分の席へ戻っていく様子を見ながら、何だろ、と呟く裕。
 結局弁当食えなかったなー、と広げておいた弁当をしまう。

「間違っても華倉には言わないようにしないとな」
「……そうだな」

 裕の呟きに、浅海も真顔で頷いた。



  【拝啓、バレンタイン。】



 2日後の放課後。

「調理室の使用許可もらってきた! 17時までに鍵を返す条件で。で、これ鍵」

 亜紀に事前に呼び出され、調理室前で待っていた裕と浅海に、亜紀はそう説明した。
 すげー、と素直に感心している裕。
 その一方で、浅海はというと。

「……律儀だけど清々しい職権乱用だね」

 思わず本音が漏れた。
 亜紀にもその自覚はあるようで、あははー、と笑って受け流しつつ、鍵を開ける。

「日頃の生活態度って大事だよねぇ」
「自分で言っちゃうか」

 調理室のドアを開け、亜紀の一言に浅海がツッコミを入れた。
 でも確かになぁ、と裕は納得していた。

 一応アラーム、と亜紀がスマホを操作して、鍵と一緒にテーブルの上に置いておく。
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