朝の雑談

「あれ? 華倉、手首どうかした?」

 登校してきたばかりの坂下が、俺を見付けて開口一番、そう訊ねて来た。
 俺は単語集から顔を上げて、あー、と反応する。

「昨日さ、猫に噛まれちゃって」

 これな、と手首に巻かれた包帯を見ながら、俺は説明した。
 んだけど。
 坂下と一緒に来ていたらしい榎本の険しい目付きと、坂下の動揺した表情。
 えっ、何、と俺もそれを受けて驚いていると、暫し間を空けて、榎本が口を開く。

「……それ、ほんとに猫か?」

 怪訝そうな顔付きのまま、榎本が若干引き気味にそう訊ねて来た。
 意味が分からず、は、と訊き返す俺に、横から坂下が言う。

「……それは猫ではなく……華倉以外の人間には異常に手厳しいあの男では……?」

 ……。
 あー、そういう……っておい。

「いやいやいや、猫だから。四足動物のネコ科の獣。小型の野良のイエネコだから。つーか何だその発想」

 どういうプレイだそれ、と朝から阿呆みたいなツッコミをする自分が情けない。
 でも意味分からんのは事実だったし。
 と、戸惑いつつもきちんと訂正し、逆に訊ねる。

 よかった、と何故か心底安堵している坂下の横で、榎本が無表情で呟く。

「いや、あいつならやりそうだなと」

 だからどういうプレイだ。
 頭を抱えて俯く俺。
 俺と魅耶ってそういう風に見られてんの?
 アブノーマルにも程があるだろ。

 なんて撃沈している俺に、でもさぁ、と坂下が声色を通常のテンションに戻して続ける。

「幾ら野良でも噛まなくない? そんな手当が必要な程は」

 結構な怪我みたいだけど、と坂下が俺の包帯を指差す。
 ああ、と俺も噛まれた左手首を軽く持ち上げて、頷く。

「確かに珍しいとは思ったけど……猫もいろいろだろうから。油断してた俺にも非はあるし」
「あー、お前結構動物に懐かれやすいもんな」

 そう、榎本が椅子に座りながら淡々と呟いた。

 榎本の言う通り、俺は動物に懐かれやすい。
 猫は勿論のこと、散歩中のどんな犬でもまず吠えられたことがないし、小学校の頃の飼育小屋のウサギとニワトリも大人しかったな。
 1度、ふと目をやった窓の向こうに止まっていたカラスと目が合って、1分以上その状態が続いたこともあった。

 俺も動物は好きだし、野良とは言え猫とはよく遊ぶ。

「昨日のその子もさ、最初は俺たちの後付いてきたんだよ」

 背凭れに寄り掛かるように上体を起こして、俺はちょっと愚痴っぽく話す。

 昨日、魅耶と出掛けた帰り。
 歩道橋を上っている途中で、その黒猫の存在に気付いた。
 明らかについて来ているって感じだった。
 危ないぞー、って注意してみたけど、そのまま階段を上って、俺の横を歩いている。

 俺が気になって仕方ないので、一旦その子を抱え上げた。
 万が一歩道橋から落ちたとかしたら申し訳ないし。

 なんて魅耶と話をしつつ、階段を下りて。
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