向こう脛強打。

 鈍く、妙な音がした。
 油断していたとも言えるし、目測を見誤ったとも思う。

 俺は振り返りざまに、やや放り投げ出された右足を、ドアの傍に置かれていたアルミロッカーの角……と言うより辺にぶつけた。
 しかも向こう脛を。

「華倉さん!?」

 足をぶつけた際の、奇妙な衝撃音に気付き、魅耶が驚いた様子で俺を呼ぶ。
 俺も持っていた書類を落としそうになりながら、激痛に悶えていたので、返事が出来なかった。

 生徒会の仕事関係で、数学研究室に出向いていた俺と魅耶。
 全学年の数学担当教師の控え室みたいな部屋である。
 学年は別なのだけど、生徒会の指導も担当している教師がここにいることが多いのだ。

 なので、幾度もこの部屋を訪れているし、このアルミロッカーの存在も知っていた。
 のに、今日は、何故か認識が甘かった。

「大丈夫か篠宮……今すっごい音したな……」

 一部始終を見ていたらしい、教師が動揺した声色で俺に声を掛ける。
 大丈夫かどうかで言ったら……大丈夫ではない。

 しかしそろそろ昼休みも終わってしまうし。
 何とかこの書類だけでも生徒会室に持って行かねば……。
 などと、いつもの責任感が先行して、俺はめっちゃつらそうな低い声で「……はい」と答えていた。

 しかし魅耶の表情は不安そのもの。
 そんな魅耶に軽く肩を借りて、俺は体勢を立て直す。

「……では、失礼しました……」
「お、おお」

 根性で教師に会釈までして、俺は魅耶から手を離し、ひとりで歩き出す。
 いや、これ結構きついな。
 ジンジン痛みが広がって行くんだけど、これほんと大丈夫か?

 なんて嫌な汗を額に浮かべながら、何とか生徒会室に辿り着いた。

「ぉふぅ」

 ゴールした安心感からか、机に両手を付いて緊張の糸が切れた。
 やべぇよ、これは気になるレベル。

「確かに凄い音でしたよね、ゴギャン、みたいな」

 俺自身にその時の詳しい記憶は勿論ない、痛みの方が早かったし。
 でも確かに、言葉では選択肢がないような語感だった。
 擬音語っていう括りと指定されれば、何とか表現出来そうな音。

「……見てみましょうか、どうなっちゃっているか」

 じわじわと上って来るような痛みに耐えている俺に、魅耶が心配そうに声を掛ける。
 絶対大丈夫じゃないだろ、とでも言いたそうな目で、俺を顔を覗き込みながら。

 ちょっとこれ、ひとりで抱えられるダメージじゃない、と悟った俺は、うん、と頷く。
 行儀は悪いけど、魅耶が見やすいように、俺は机に腰掛けて、右足を机の縁(へり)に掛ける。
 制服のズボンの裾を捲って、右脚の向こう脛を見てみると。

「うわっ」

 久し振りに、こんな青痣を見た。
 青い箇所と黒い箇所とが斑に浮き出ている。
 部分によってはちょっと紫色まで見える。

「……グロいですね」

 どんだけ勢いよく当てたんだよ俺。
 数分前の自分の隙に怒りさえ覚えるレベル。
 魅耶は俺の青痣を観察しながら、考えるように呟く。

「僕は素人なので何とも言えませんが……念の為医者に行った方がいいと思います。執行部はやっておきますので」
「そう? それか保健室行って湿布でも貰おうかな」

 魅耶のそんな意見に、俺はちょっと大袈裟だなと思った。
 流れで取り敢えず保健室で見てもらってもいいな、と気付き、そう呟く。
 ああ、と魅耶も頷いてくれたけど、ちょっと訝しげに続ける。

「でも、内出血しているようにも見えるので……外傷はなさそうですけど、湿布は心配ですね」
「まじで」

 さっと上体を屈め、自分の青痣を覗き込む。
 こういうの、妙な好奇心が働いて、触ってみたくなっちゃうんだよね。
 まぁ、触ったら確実に衝撃が走るの分かってるから、思い留まるんだけど。

 てゆーか腫れて来てない、と色々な角度から青痣を観察する俺。
 そうですか、という魅耶の呟きと同時に、するり、と伸びて来る、指。

「魅、」

 足首を滑る、魅耶の指先。
 完全に不意打ちだったので、ちょっと驚いて肩が揺れた。

 しかし魅耶は全く躊躇うことなく、指先を動かすのをやめない。
 足首、くるぶし、アキレス腱をなぞって、遂に上って来る。

 ちょ、と俺が口を開いたと同時に、魅耶が軽く屈む。
 何、と思った時には、少しだけ俺の右脚を持ち上げて来た。
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