・夏の終わりに、帰る場所
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ばたん。
自身の乗ってきた軽自動車の扉が、大きな音を立てて閉まった。
冷房に守られていた車内とは違い、肌に纏わりつくような湿気に眉を顰める。
緑の多いここなら少しは涼しいのではないかと思っていたが、そういうわけにはいかないらしい。
肌を焼くように照り付ける日差しから逃げるように、すぐ目の前にある玄関の扉に鍵を差し込む。
ガラリと横に開いた扉の奥から、少し埃臭さを感じた。
「ただいま、でいいのかな」
見覚えのある廊下を前にぽつり、と言葉が零れた。
7月末、祖母が亡くなった。
もう高齢だったし、近年は身体の不調も増えていたので悲しくはあれど、不思議ではなかった。
幼い頃、両親の都合でしばらく祖母に預けられていた私は筋金入りのおばあちゃん子だった。
両親が住む都会から車で2時間。
周りには山と畑しかない。
隣の家までも大きく離れており、都会の感覚でご近所と言うにはいささか疑問の残るレベルだった。
コンビニなんてものもなく、買い物は村唯一の商店か、車に乗って30分ほどのところにある隣の市のスーパーだ。
幼い頃の私は、そんな場所でも全てが新鮮で、楽しかった。
それに、大好きな祖母の近くに居られるのが嬉しかったのだろう。
持ってきたスリッパを履いて、薄暗い廊下を進む。
木造のそれは、歩くたびにぎしぎしと音を立てた。
「うわぁ、思っていたより物が多い」
記憶を頼りに居間だった場所を開けると、壁や備え付けの棚を見回す。
今日はそんな大好きな祖母の遺品整理にやってきたのだが、これは時間がかかりそうだ。
玄関先にあった、野菜が入っていたと思われる段ボール箱を組み立てる。
幸い中は綺麗そうだ。これに要るものと要らないものを振り分けていこう。
「…結構収集癖あったんだな。知らなかった」
しばし、棚の中を整理しながら言葉が漏れる。
思えば、この家を離れてから20年が経っていた。
幼い頃、祖母の元にいた私はある日突然、強制的に都会の両親の元へ返された。
祖母が大好きだった私はもちろん嫌がった。
それでも祖母は言ったのだ。
『あなたはここに居てはいけない』と。
あの時の祖母の表情は、とても苦しそうで、私は何も言えないまま頷くことしかできなかった。
それからも祖母は私がこの家に来るのを拒み続けた。
「私が会いに行くから」そう言って、数か月に1度こちらに顔を出した。
病気が発覚して入院するまで、絶対に私を家に近付けさせなかった。
「20年か…」
ここには、自分の知らない祖母で溢れている。
それを実感し、寂しさが募る。
ふと、壁にお札が貼られているのに気が付いた。
よく見るとそれは、部屋の四隅に貼られており、まるで何かからこの場所を守るようだった。
こんなもの、昔はあっただろうか。
不思議な文字で書かれたそのお札をそっと撫でる。
「あっ」
たったそれだけで、目の前のお札がひらりと床に落ちた。
――瞬間。
「え?なに?」
感じる一瞬の寒気。
蒸し暑いはずの室内の空気が一瞬、冷えた気がして腕をさする。
「…気のせいかな」
そう呟き、辺りを見回す。
何も起きていない。そのはずなのに僅かに感じる違和感に首を傾げる。
誰も居ない薄暗い日本家屋の静寂が、なぜか今はすごく怖かった。
「…ちょっと疲れてるのかも」
声が僅か掠れていることに気付く。
そういえば飲み物が残り少なかったはずだ。
気分転換がてら商店にでも行こう。
長時間座っていたせいか、痺れた足に力を入れて立ち上がる。
きっと、なんでもない。
そう心に言い聞かせて家を出た。
自身の乗ってきた軽自動車の扉が、大きな音を立てて閉まった。
冷房に守られていた車内とは違い、肌に纏わりつくような湿気に眉を顰める。
緑の多いここなら少しは涼しいのではないかと思っていたが、そういうわけにはいかないらしい。
肌を焼くように照り付ける日差しから逃げるように、すぐ目の前にある玄関の扉に鍵を差し込む。
ガラリと横に開いた扉の奥から、少し埃臭さを感じた。
「ただいま、でいいのかな」
見覚えのある廊下を前にぽつり、と言葉が零れた。
7月末、祖母が亡くなった。
もう高齢だったし、近年は身体の不調も増えていたので悲しくはあれど、不思議ではなかった。
幼い頃、両親の都合でしばらく祖母に預けられていた私は筋金入りのおばあちゃん子だった。
両親が住む都会から車で2時間。
周りには山と畑しかない。
隣の家までも大きく離れており、都会の感覚でご近所と言うにはいささか疑問の残るレベルだった。
コンビニなんてものもなく、買い物は村唯一の商店か、車に乗って30分ほどのところにある隣の市のスーパーだ。
幼い頃の私は、そんな場所でも全てが新鮮で、楽しかった。
それに、大好きな祖母の近くに居られるのが嬉しかったのだろう。
持ってきたスリッパを履いて、薄暗い廊下を進む。
木造のそれは、歩くたびにぎしぎしと音を立てた。
「うわぁ、思っていたより物が多い」
記憶を頼りに居間だった場所を開けると、壁や備え付けの棚を見回す。
今日はそんな大好きな祖母の遺品整理にやってきたのだが、これは時間がかかりそうだ。
玄関先にあった、野菜が入っていたと思われる段ボール箱を組み立てる。
幸い中は綺麗そうだ。これに要るものと要らないものを振り分けていこう。
「…結構収集癖あったんだな。知らなかった」
しばし、棚の中を整理しながら言葉が漏れる。
思えば、この家を離れてから20年が経っていた。
幼い頃、祖母の元にいた私はある日突然、強制的に都会の両親の元へ返された。
祖母が大好きだった私はもちろん嫌がった。
それでも祖母は言ったのだ。
『あなたはここに居てはいけない』と。
あの時の祖母の表情は、とても苦しそうで、私は何も言えないまま頷くことしかできなかった。
それからも祖母は私がこの家に来るのを拒み続けた。
「私が会いに行くから」そう言って、数か月に1度こちらに顔を出した。
病気が発覚して入院するまで、絶対に私を家に近付けさせなかった。
「20年か…」
ここには、自分の知らない祖母で溢れている。
それを実感し、寂しさが募る。
ふと、壁にお札が貼られているのに気が付いた。
よく見るとそれは、部屋の四隅に貼られており、まるで何かからこの場所を守るようだった。
こんなもの、昔はあっただろうか。
不思議な文字で書かれたそのお札をそっと撫でる。
「あっ」
たったそれだけで、目の前のお札がひらりと床に落ちた。
――瞬間。
「え?なに?」
感じる一瞬の寒気。
蒸し暑いはずの室内の空気が一瞬、冷えた気がして腕をさする。
「…気のせいかな」
そう呟き、辺りを見回す。
何も起きていない。そのはずなのに僅かに感じる違和感に首を傾げる。
誰も居ない薄暗い日本家屋の静寂が、なぜか今はすごく怖かった。
「…ちょっと疲れてるのかも」
声が僅か掠れていることに気付く。
そういえば飲み物が残り少なかったはずだ。
気分転換がてら商店にでも行こう。
長時間座っていたせいか、痺れた足に力を入れて立ち上がる。
きっと、なんでもない。
そう心に言い聞かせて家を出た。