・『願い事』
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月を見る約束をしたその日の晩、俺は速攻で百夜に「天体観測に付き合え」と経緯を伝えた。
百夜は驚きながらも、顔を喜びででろでろに溶かしながら快諾し、「折角のデートなのに一緒でごめんなぁ」と意味の分からねぇことを言いながらはしゃいでいた。
とりあえずなんかむかついたから軽く蹴っておいた。デートじゃねぇ。
翌日、百夜の許可が出たことを本人に伝えるとそいつは「やったぁ!」と喜びを体現するかのように飛び跳ねた。
聞くと家族からは「千空君がいるなら」と快諾されたらしい。
だから俺がいるならってなんだ。しっかりしろ大人。危機感を持て。
あまりの呆れ加減に思わず「お前そっくりだな」というと、そいつは照れくさそうに笑った。褒めてねぇ。
そんなこんなですぐに満月の日はやってきた。
厚手のコートを着た後、前日から用意してあったビニールシートと防寒グッズが入ったトートバッグを肩にかける。
肩にかかる重みの原因は水筒だったが、中身の甘いココアはあいつのお気に入りだ。仕方ねぇと諦める。
お子様の力だけじゃ到底運べない天体望遠鏡は百夜に任せる。
こういうのは適材適所だ。大人の力をおありがたぁく使わせていただく。
がさがさと荷物を鳴らしながら玄関を出て、思ったよりさみぃな、と白い息を吐き出す。
隣の部屋のインターホンを鳴らすと、中からばたばたと廊下を走る音が聞こえた。
走るな。転ぶぞ。と内心舌打ちをしていると、「お待たせ!」と走ってきた本人が玄関から元気に顔を出した。
日中「眠くならないように仮眠しとく!」と意気込んでいたのを思い出す。
この様子だとしっかりと昼寝をしてお元気いっぱいのようだ。
もこもこの厚手のコートに身を包んだそいつは、「やっぱり夜は寒いねぇ」とふにゃりと笑う。
慌てて巻いたであろうそいつの緩んだマフラーを巻きなおしていると、中から同じように頬を緩ませた両親が顔を出した。
「千空君いつもありがとうね」
「おやつ持たせておいたから、よかったら食べてね」
いや、ピクニックかよ。
目の前で俺にマフラーを巻きなおされているそいつとそっくりな表情に、内心溜息を吐きながら小さく頷く。
どうやらこの両親の中では俺は完全に保護者らしい。おかしいだろ。同い年だぞ。
挨拶もそこそこにそいつの手を取って歩き出す。
しかもこいつ素手じゃねぇか。冬舐めてんのか。
近くの河川敷につくと、そこは光源も少なく静かな空間だった。
いつも学校帰りに近くを通ってはいるが、夜に来るのは初めてだ。
見上げると、星々が都会にしては少し多く見えた気がした。
昼間とは違う雰囲気に隣のそいつもぽかんと口を開けて空を見上げている。
そんな様子に小さくふっと笑うと、肩にかけていたトートバッグからビニールシートを取り出し、草の上に広げる。
横で百夜が望遠鏡を設置しているのを確認すると、未だに空を見上げるその背中に声をかけた。
「おい、月が見てぇんだろが。ぼーっとしてねぇでこっち来い」
俺の声に慌てて振り向きこちらへ走ってくる姿に、「だから走んな」と言いながら用意してあったカイロを投げつけた。
そいつは「え!?なに?カイロ!?」と驚きながらも投げられたそれをしっかりと受け止める。
「素手じゃ冷えんだろが。持っとけ」
そう言うときょとんと目を瞬かせた後、「ありがとう」と柔らかく嬉しそうに笑い、カイロを両手で包み込んだかと思えば、そのまま頬へ押し当て始めた。
こいつの表情筋はどうなってんだ、と眺めていると百夜の「千空、セッティングできたぞ」という声が聞こえる。
その声を合図に手を引いて望遠鏡の前まで連れていくと、そいつは不安げに俺を見つめてきた。
「ほら、覗いてみろ」
俺の言葉にこくりと頷き、髪を耳にかけ、おずおずと望遠鏡を覗き込む。
瞬間。
「わぁ……」
その瞳が輝いた。
「千空!月!すごい!綺麗!」
興奮したようにこちらを振り返ったと思ったらそんな感想を吐き出す。
どうやら語彙力はどこかに置いてきてしまったらしい。
「わーったから、落ち着いて見ろ」と笑うと嬉しそうに頷きまた望遠鏡に向き直る。
先程の不安げな様子などなかったかのように夢中で望遠鏡を覗き込む姿に、自身の口角が緩むのを感じる。
そのまま見つめていると、隣の百夜が頭を撫でてきたのでとりあえず手を払っておいた。なんだよおい。
それから何分経っただろうか。
しばしそのままの体勢で望遠鏡を熱心に見続けていたそいつは、くしゅんとひとつ、くしゃみを零した。
どうやら身体が冷えてきたらしい。先ほど渡したカイロを片手でくしゃりと握りながら鼻をすする音が聞こえた。
それでも尚、望遠鏡の前を離れないそいつにため息が漏れる。
放っておけば風邪を引くまで永遠と見ていそうだ。
「いい加減休みやがれ」
そう声を掛けても「もう少しだけ」と聞かない様子に風邪ひくぞ、と腕を引き無理やり望遠鏡から引き離す。
「まだ見たい」と不服そうに唇を尖らせたその顔は、寒さからか鼻の頭が赤くなっていた。
「千空ー!そろそろティータイムにするか!」
少し離れたビニールシートから茶化すように言う百夜の声に、そいつは「ティータイム?」とぱっと表情を明るくした。
現金な奴だ。
「菓子持たされたって言ってただろ。休憩すっぞ」
その言葉に出掛けの親の言葉を思い出したのか「そうだった!」と自身の持っていたトートバッグを掲げながら走っていく。
どうやらあの中におやつとやらが入っているらしい。
「だから、走んじゃねぇ」
言いながらゆっくり歩いてその背についていく。
途中躓きながらもビニールシートに座る百夜の元へたどり着いたそいつが振り向いて笑う。
……こりゃ聞こえてねぇな。
結局そのあと、俺が用意した少し甘いココアと出掛けに持たされた菓子を美味しい美味しいとそいつは食べた。
その後腹が満たされたせいかそのまま俺の肩に寄りかかり寝てしまい、天体観測はそのままお開きとなった。
その日を境に、そいつは満月が近付くと「月を見に行きたい」と言うようになった。
百夜は驚きながらも、顔を喜びででろでろに溶かしながら快諾し、「折角のデートなのに一緒でごめんなぁ」と意味の分からねぇことを言いながらはしゃいでいた。
とりあえずなんかむかついたから軽く蹴っておいた。デートじゃねぇ。
翌日、百夜の許可が出たことを本人に伝えるとそいつは「やったぁ!」と喜びを体現するかのように飛び跳ねた。
聞くと家族からは「千空君がいるなら」と快諾されたらしい。
だから俺がいるならってなんだ。しっかりしろ大人。危機感を持て。
あまりの呆れ加減に思わず「お前そっくりだな」というと、そいつは照れくさそうに笑った。褒めてねぇ。
そんなこんなですぐに満月の日はやってきた。
厚手のコートを着た後、前日から用意してあったビニールシートと防寒グッズが入ったトートバッグを肩にかける。
肩にかかる重みの原因は水筒だったが、中身の甘いココアはあいつのお気に入りだ。仕方ねぇと諦める。
お子様の力だけじゃ到底運べない天体望遠鏡は百夜に任せる。
こういうのは適材適所だ。大人の力をおありがたぁく使わせていただく。
がさがさと荷物を鳴らしながら玄関を出て、思ったよりさみぃな、と白い息を吐き出す。
隣の部屋のインターホンを鳴らすと、中からばたばたと廊下を走る音が聞こえた。
走るな。転ぶぞ。と内心舌打ちをしていると、「お待たせ!」と走ってきた本人が玄関から元気に顔を出した。
日中「眠くならないように仮眠しとく!」と意気込んでいたのを思い出す。
この様子だとしっかりと昼寝をしてお元気いっぱいのようだ。
もこもこの厚手のコートに身を包んだそいつは、「やっぱり夜は寒いねぇ」とふにゃりと笑う。
慌てて巻いたであろうそいつの緩んだマフラーを巻きなおしていると、中から同じように頬を緩ませた両親が顔を出した。
「千空君いつもありがとうね」
「おやつ持たせておいたから、よかったら食べてね」
いや、ピクニックかよ。
目の前で俺にマフラーを巻きなおされているそいつとそっくりな表情に、内心溜息を吐きながら小さく頷く。
どうやらこの両親の中では俺は完全に保護者らしい。おかしいだろ。同い年だぞ。
挨拶もそこそこにそいつの手を取って歩き出す。
しかもこいつ素手じゃねぇか。冬舐めてんのか。
近くの河川敷につくと、そこは光源も少なく静かな空間だった。
いつも学校帰りに近くを通ってはいるが、夜に来るのは初めてだ。
見上げると、星々が都会にしては少し多く見えた気がした。
昼間とは違う雰囲気に隣のそいつもぽかんと口を開けて空を見上げている。
そんな様子に小さくふっと笑うと、肩にかけていたトートバッグからビニールシートを取り出し、草の上に広げる。
横で百夜が望遠鏡を設置しているのを確認すると、未だに空を見上げるその背中に声をかけた。
「おい、月が見てぇんだろが。ぼーっとしてねぇでこっち来い」
俺の声に慌てて振り向きこちらへ走ってくる姿に、「だから走んな」と言いながら用意してあったカイロを投げつけた。
そいつは「え!?なに?カイロ!?」と驚きながらも投げられたそれをしっかりと受け止める。
「素手じゃ冷えんだろが。持っとけ」
そう言うときょとんと目を瞬かせた後、「ありがとう」と柔らかく嬉しそうに笑い、カイロを両手で包み込んだかと思えば、そのまま頬へ押し当て始めた。
こいつの表情筋はどうなってんだ、と眺めていると百夜の「千空、セッティングできたぞ」という声が聞こえる。
その声を合図に手を引いて望遠鏡の前まで連れていくと、そいつは不安げに俺を見つめてきた。
「ほら、覗いてみろ」
俺の言葉にこくりと頷き、髪を耳にかけ、おずおずと望遠鏡を覗き込む。
瞬間。
「わぁ……」
その瞳が輝いた。
「千空!月!すごい!綺麗!」
興奮したようにこちらを振り返ったと思ったらそんな感想を吐き出す。
どうやら語彙力はどこかに置いてきてしまったらしい。
「わーったから、落ち着いて見ろ」と笑うと嬉しそうに頷きまた望遠鏡に向き直る。
先程の不安げな様子などなかったかのように夢中で望遠鏡を覗き込む姿に、自身の口角が緩むのを感じる。
そのまま見つめていると、隣の百夜が頭を撫でてきたのでとりあえず手を払っておいた。なんだよおい。
それから何分経っただろうか。
しばしそのままの体勢で望遠鏡を熱心に見続けていたそいつは、くしゅんとひとつ、くしゃみを零した。
どうやら身体が冷えてきたらしい。先ほど渡したカイロを片手でくしゃりと握りながら鼻をすする音が聞こえた。
それでも尚、望遠鏡の前を離れないそいつにため息が漏れる。
放っておけば風邪を引くまで永遠と見ていそうだ。
「いい加減休みやがれ」
そう声を掛けても「もう少しだけ」と聞かない様子に風邪ひくぞ、と腕を引き無理やり望遠鏡から引き離す。
「まだ見たい」と不服そうに唇を尖らせたその顔は、寒さからか鼻の頭が赤くなっていた。
「千空ー!そろそろティータイムにするか!」
少し離れたビニールシートから茶化すように言う百夜の声に、そいつは「ティータイム?」とぱっと表情を明るくした。
現金な奴だ。
「菓子持たされたって言ってただろ。休憩すっぞ」
その言葉に出掛けの親の言葉を思い出したのか「そうだった!」と自身の持っていたトートバッグを掲げながら走っていく。
どうやらあの中におやつとやらが入っているらしい。
「だから、走んじゃねぇ」
言いながらゆっくり歩いてその背についていく。
途中躓きながらもビニールシートに座る百夜の元へたどり着いたそいつが振り向いて笑う。
……こりゃ聞こえてねぇな。
結局そのあと、俺が用意した少し甘いココアと出掛けに持たされた菓子を美味しい美味しいとそいつは食べた。
その後腹が満たされたせいかそのまま俺の肩に寄りかかり寝てしまい、天体観測はそのままお開きとなった。
その日を境に、そいつは満月が近付くと「月を見に行きたい」と言うようになった。