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平和な日常~冬~2

「麻帆良亭の味を望む人達がこんなに居るんですから」

先程までの空気と違い一気に静まり返った店内で、淡々と語る横島の声はよく響いていた。

学生の少女達はともかく麻帆良亭閉店の経緯を知る年配者達からすれば、横島の言葉は少し無神経にも聞こえる。


「多分、君の料理を食べる前だったらどんな理由であれ断ったと思う。 私は引退した人間だからな。 だが君の若い料理を食べたらまた料理が作りたくなったのも確かだ」

沈黙が続く中、横島と坂本夫妻の夫はただ互いの目を見ていた。

少し空気が重く感じるような沈黙を破ったのは、真剣な面持ちで本音を語る夫だった。

実際彼は横島に不思議なモノを感じてならない。

絶対に来ないと決めていたここに坂本夫妻を導いたのは間違いなく横島であり、今また横島は坂本夫妻を過去にしたはずの場所へ導こうとしているのだから。

一年ほど前に坂本夫妻が店を辞めることを決断したのは、熟慮に熟慮を重ねた結論でありそれを覆すつもりは今もない。

ただその一方で夫にはまだ現役でやれる自信はあったし、若い横島や学生達に歴史と伝統の一端を垣間見せてやりたいとも思う。


「君の好意に甘えさせてもらおう」

そして最後の一押しは知らせてなかったのにも関わらず、自分達に会いに来てくれた元常連達にもう一度料理を振る舞いたいとの想いからだった。

自分はこの人達に支えられて来たのであって、そんな自分が何よりも優先すべきはこの人達なのだと思ったのだ。

それと同時に店を閉めてもなお求めてくれる自分達は幸せだとシミジミと感じる。


「坂本さん……」

横島と夫のやり取りを静かに見守っていた妻や周囲の人々は、一夜限りとはいえ麻帆良亭が復活することを素直に喜んでいた。

まあ元常連の年配者はともかく麻帆良亭を知らない少女達は、いつもの如くなんか面白そうくらいにしか考えてない者も居るが。

ただ失うはずだったその味を食べてみたいと願うのは同じであろう。


「やはりこんな展開になりましたね」

「横島さんやから」

一方横島達のやり取りを少し離れたカウンターの方から見ていた木乃香達は、この展開を半ば予想していたらしい。

やっぱりといいたげな表情の夕映・木乃香・明日菜・のどかに加え、面白そうにニヤニヤとするハルナの五人はなんとなくこの展開が読めていたのだろう。

実のところ元常連達は昔を懐かしんでおりまた食べたいとこぼす者もいるが、元常連の誰もがもう一度作ってほしいとは言えなかったのだ。

ここに集まった人々はみんな閉店の経緯を知っているし、何よりここはもう麻帆良亭ではなく坂本夫妻はただの客でしかない。

どこかでもう一度作ってほしいと言えるほど無神経ではなかった。

まあその点横島は割と厚かましいというか、結構簡単に他人が遠慮するようなことを言うことがある。


「半分は自分が食べたいだけなのよね」

一見すると元常連の気持ちを代弁した横島の美談にも思えるが、その本心の半分は自分が食べたいだけである。

木乃香達はそこまで分かってるからこそ素直に褒められないのだろう。

明日菜は困った人よねと言いつつ横島の本心を暴露するが、幸いなことに元常連達には聞こえてない様子だった。

確かに横島は優しい人間だが、自分達に無関係な問題にそんなに簡単に首を突っ込むほどでもない。

結局元常連や現在の常連達の中で麻帆良亭の料理が一番食べたいのが横島なんだと気付く辺り、彼女達は完全に横島の人となりを理解してる証であろう。



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