平和な日常~秋~3

宮脇伸二は二十代後半の大人である。

いかに横島が見た目年下とはいえ、横島が求めた覚悟は本人なりに決めて来たつもりだった。

何より中途半端で投げ出したくないとのプライドはあったし、ファミレスの厨房でそれなりに経験を積んだ自信もある。

だが……、そんな彼の常識やプライドや自信はさっそく砕かれてしまう。


「どうっすか、違いが分かりますか?」

厳しい修業になるだろうと最悪怒鳴られる覚悟をして来た伸二が見たモノは、和やかで笑顔までもが見える調理風景だった。

最初にお互いの実力を把握しようと横島・木乃香・伸二はそれぞれに炒飯を作ることになったが、横島と木乃香はまるで楽しむように料理をしているのだ。

しかも特別難しいことをしている訳ではなく、ごくごく普通の調理風景である。

だが完成した炒飯は食べるまでもなく圧倒的な実力差がわかるほどだった。

本音を言えば伸二は喫茶店のマスターだと聞き横島を少し甘くみていたし、木乃香にしても専用はスイーツだと思っていたので炒飯ならば自分と大差ないだろうと勝手に誤解していた。

しかし結果は食べるまでもなく香ばしい匂いと美味しそうな見た目で違いははっきりしている。


「俺も素人みたいなもんなんであんまり偉そうなこと言えないんですけど、最低限冷凍食品やコンビニ弁当を越えなきゃ勝負になりませんよ」

予想以上の実力差に早くも落ち込む伸二には、横島の素人という言葉が深く突き刺さった。

ファミレスとはいえ飲食業界で働いた自信があった伸二からすると、横島の言葉は嫌みにしか聞こえないが横島には全くそんな意図はない。

そもそも伸二は妹とその友人から料理が上手い喫茶店のマスターが居るから相談しようと持ち掛けられただけなのだ。

伸二には一流の料理人の元で長い年月修業するような時間はないし、本当に料理が上手い素人程度の認識で横島の元に来ていた。

だが来てみると一流どころか超一流だったとなれば、それは最早驚きどころの騒ぎではない。


「宮脇さんは経験者やし大丈夫やと思うわ」

少し落ち込む伸二に木乃香は励ますように言葉をかけるが、料理大会チャンプに言われても説得力は皆無だった。



「ではお茶の入れ方から教えるです」

一方の妹久美には夕映がお茶の入れ方から教えていた。

横島達は最終的に料理は兄伸二で掃除や店の運営は妹の久美を仕込むつもりであり、夕映は久美にはまず飲み物の美味しい入れ方を教えていく。

久美は学生なので木乃香達同様に平日の夕方と土日しか手伝えないが、伸二に全部教えても一人では無理なのは横島も夕映も十分理解している。

飲み物に関しては定食屋では普通に市販の安いお茶を作り置きしてしか出してなかったが、少し手間を惜しまなければ美味しいお茶が飲めるのだ。

今回の依頼の成功の鍵は兄妹のやる気と協力なのである。

相手が年上なので夕映は少しやりにくそうであったが、それでも一つずつ教えていくことになる。



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