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平和な日常~秋~3

「横島さんにしては厳しかったですね」

「ジョークの通じる雰囲気じゃなかったしな~。 それに店を継ぐ気がないならやらない方がいいと思ってな」

「そうですね。 店の家賃を払うだけならば他の仕事の方がいいと思うです」

依頼人の店を後にした横島と夕映はコブラで帰るが、夕映は予想以上に厳しかった横島に少し驚いていた。

日頃の横島を見ていると過剰だと思うほど周囲に甘いのだから。

ただ横島としては自分の目の届く範囲は多少遊んでも責任が取れるからいいと考えているが、誰にでも甘くしてる訳ではない。

ましてあの家族の未来の責任まで持つ気はないだけに、割と常識的な対応をしたようである。



「よろしくお願いします!」

そんな依頼人の宮脇伸二と宮脇久美の兄妹と横島を紹介した常連の子が横島の店に揃って挨拶に来たのは、横島達が帰った二時間後だった。

店と心中する覚悟がないなら止めた方がいいと告げた横島の言葉に、二人は随分悩んだのだろう。

実際に別の仕事をすることも考えたらしいが、汚名を返上しないで逃げ出せば母親の築き上げて来た店を汚すことにもなる。

何より入院中の母親には店は上手く行ってると嘘をついてることから、逃げたくても逃げ出せなかったのだ。


「OK、じゃ今日から始めるか。 妹さんは夕映ちゃんに任せるわ」

賑やかな店に似合わぬ雰囲気の追い詰められた表情の兄妹に偶然居合わせた店の客は固唾を飲んで見守るが、常連の女子高生から周囲の常連達に店の再建を依頼したことはすぐに広まっていく。

横島はさっそく兄の伸二を厨房に連れていき、妹の久美は夕映に任せて掃除や接客なんかの料理以外の基礎を夕映に教えるように頼んでいた。


「さてと、こっちは近衛木乃香ちゃんだ。 うちのバイトなんだけど、俺の代わりに店を任せてる時もある。 こっちは宮脇伸二さん、しばらく料理を教えることになったからよろしくな」

そのまま厨房に入った横島はコック服に着替えた伸二と木乃香を互いに紹介するが、予想外のことに驚いていたのは伸二である。


「君確か、体育祭で中学生チャンプになった……」

「近衛木乃香です。 よろしゅうお願いします」

どうやら伸二は木乃香を知っていたらしく、信じられないと言わんばかりに驚き固まっていた。

横島と木乃香はあまり意識してないが、体育祭の影響力は麻帆良では大きい。

体育祭の期間中は伸二自身も定食屋をやっていたこともあり、勉強を兼ねて料理大会を見物していた一人だったようである。


「木乃香ちゃん、すっかり有名人だな」

「あれは運が良かっただけや」

二十代後半の伸二から見ると横島も木乃香も年下であり、見た感じ学生にしか見えない。

リラックスというか緊張感なくいつもと同じく和やかに会話する二人だが、まさか伸二は体育祭の優勝者が居る店に頼んだとは思いもしなかったようだ。


「それじゃ初めましょうか」

覚悟を促した時の横島の様子から彼は相当厳しい修業を想像していたらしいが、実際には厳しさとは真逆の雰囲気での修業の始まりだった。




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