プロローグ

「なあ、横っち。今日こそやるんだろ?」

 あれから三日ほど過ぎていた。朝、教室に到着した横島に期待した様子で話しかけてきたのはクラスの男子たちだった。

「やりたきゃ、お前らがやればいいだろうが」

 友人たちは横島がスカート捲りをするのを期待していた。それはよく言えばクラスのムービーメーカーである横島少年に期待していたと言えるだろう。ただし、悪く言えば叱られる要素を横島に擦り付けたいだけでもあった。

 大人の横島と融合したせいで横島はクラスメートが子供にしか見えなくなっていて、子供のパンツなど見たいと思わない。さらに横島を生贄にするようなクラスメートたちにも少々思うところがあり、以前との関係が微妙に変化しつつあった。

「きゃっ!」

「アハハ、白だ!」

 なお横島がやらなくてもスカート捲りを続けていたのは銀一だけであった。もっとも彼は女子に気に入られているので、照れ隠しに怒られても横島ほど酷い扱いにならないので当人も女子もうまくやれている。

 他の男子はそれもまた面白くないこともあって、横島少年をけしかけようとしていた。

「あんたら! またよからぬ相談して!」

 横島の周りにそんなクラスの男子が集まっていると、突っかかってくるのは夏子たち気の強い女子だ。

「夏子……」

「なんや? スカート捲りならさせへんで!」

「靴下、裏返しだぞ」

「横っちのあほんだら!」

 もう一つ、夏子が横島に突っかかるのは横島少年の変化が気になるからでもあるが……。

 まあ、所詮は子供である。ちょっとした違和感は時と共に薄れつつあるのが現状であった。



「横島か。ちょうどいい。保険室に来い」

 退屈な授業をぼうっとこなしている横島であるが、この日は土曜で午前授業だった。帰ろうかなと支度をしていると保険医の佐倉若菜に保険室に連れて行かれる。

 何故か置かれている応接セットに横島を座らせると、インスタントコーヒーを出した。断っておくが学校の保険室で児童にコーヒーを出す保険医は彼女だけだろう。

「お前、本当になにがあった?」

 すすっとコーヒーを飲む横島を佐倉若菜は煙草に火を付けて見ているが、何の前触れもなく核心に迫った。どうやら回りくどいことは苦手らしい。

「先生、お菓子とかないですか?」

「まったく、喫茶店じゃないんだぞ」

 ただ横島はそんな問いかけに答えず、お菓子をねだる。出て来たのは割と高価なクッキーだった。横島は遠慮なくひとつ貰うと頬張る。

「刻が見えたと言ったら信じてくれますか?」

「興味深いな。先生も見てみたいものだ」

 この時代よりも少し前に放送されたアニメのネタなのだが、生憎と佐倉若菜には通じなかったらしい。

「冗談っす」

「わかっている」

 横島自身、実はこの保険医である佐倉若菜とあまり面識がない。健康優良児であったこともあるし、そもそも佐倉若菜はあまり児童と触れ合うことのない人物だったためである。

 ただ先日からマイペースで横島を相手に自分のペースを崩さないあたり、なかなかの人物のようである。

「横島、この男どう思う?」

 そんな佐倉若菜が唐突に見せたのは一枚のお見合い写真だった。

「三高のエリートっすか? マザコンで童貞っすね。止めたほうがいいと思いますよ。先生とは多分合わないっす」

 明らかに横島が嫌いそうなイケメンだった。三高とは高学歴・高身長・高収入のことでこの時代で理想と言われる男性であった。

「当たりだ。親戚がどうしてもと言うので先週会ったんだが、いい年して母親がずっとしゃべっていてね。マザコン野郎と罵ったら泣いて帰った。さすがに童貞かは確かめてないがな」

「先生のそういうところ嫌いじゃないっす」

「おかげで親戚に嫌味を言われたよ」

 校庭では野球部が練習を始めていた。そんな光景を眺めながら、二人は世間話をしていく。

 実は佐倉若菜は横島の担任である光明院静香に頼まれて様子をみているのだが、何処か不思議な雰囲気の横島との会話も楽しんでいた。

 この世界の場合、怪我もあるが霊障という事例もある。突然態度が変わった子が悪霊に取りつかれていたという報告例もあり、佐倉若菜も最低限は見極める研修を受けたことがあった。

 まあ、たぶん大丈夫だろうと思っていて、半ば暇つぶしでもあったが。

「気にしないほういいっすよ。そういう場合は、相手との縁が欲しいだけだったりしますから」

「それも当たりだ。親戚の事業の取引先だったらしい」

「先生にも良縁が恵まれますよ」

「お前だろう。結婚運が悪いと言ったのは」

「今日は何故か悪くないっす。ついでに金運も上がってます」

「お前は朝の占いか。その日によって言うことが変わるなんて」

 どうも先日のことを少し気にしている佐倉若菜の手相を横島は再度見るが、驚くことに僅か数日で変わっている。横島も首を傾げるほどであったが。佐倉若菜は悪い気はしない様子であった。



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