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二年目の春・2

それから更に数日が過ぎると麻帆良では学園で最後となる大学部の卒業式が行われていた。

一部には大学院に進み学園に残る者も居るが大半は大学卒業と共に学園を離れることになる。

ただ麻帆良学園の場合は学園への在籍期間が長いほど学園に対して愛着がわくことが多く、学園に就職することはもちろんのこと麻帆良市内に残ったり支援企業に就職して学園に関わる仕事を希望する者も多い。


「そう言えば高橋さんに引き抜きの話あったっての本当ですか?」

そんな卒業式のこの日新堂美咲の店では卒業式に出席する新堂に代わりチーフパティシエの高橋が店を任されていたが、昼時になり休憩することになった高橋に若いパティシエの一人が最近店で囁かれていた噂について尋ねていた。

実は少し前から高橋に独立の話があったとの噂が店の従業員の間であったらしい。


「ああ、確かにあったな。 関西のチェーン店だが店を任せてくれるって話で条件も良かったよ。 すぐに断ったけどな。」

新堂の店では高橋以外は全員二十代半ばなため、三十代半ばの高橋は一目置かれる存在である。

天才と呼び声が高い新堂はパティシエの腕前は評価が高いが、一方で店の経営という意味では高橋も内外に一目置かれていたのだ。

元々パティシエとしての技術も十分あり店の経営の手腕を見込まれて高橋には今年に入って引き抜きの話が舞い込んでいた。

ちょうど新堂が卒業するタイミングでもあったので、関係者の中には高橋が店を辞めるかもしれないと気にしていた者も多く居たらしい。


「自分の店を持つのが夢だったんじゃないをんですか?」

「確かにそうだけど今は考えてないな。 新堂オーナーもまだ一人で店を経営するのは早いと思うし。 私自身もう少しここで働きたいという気持ちが大きいんだよ。」

パティシエに限らず飲食業は自分の店を持つのが夢である者も少なくなく、高橋も以前いずれは自分の店をと夢を語っていたらしく今回の引き抜きの話をすぐに断ったことを若いパティシエは少し不思議に感じるようだ。

ただ高橋としては持ち前の真面目な性格から新堂は元より店の今後を考えて今は独立するつもりがないらしい。

正直なところ新堂のパティシエとしての実力に比べると経営者としての力量はまだまだ経験不足だと言わざるおえない。

現状は彼女の名声もあり店の経営は順調だが、その分苦労や大きな失敗もないことは将来の不安材料になると高橋は考えている。

クイーンとしての名声や学生ながら店を経営する実業家としての注目は学園の卒業と共に今後年々下がる可能性も否定出来ないし、天才肌な新堂がそうなった場合に上手くやれるか高橋には不安があった。

表向き経営者と従業員という明確な上下関係である新堂と高橋だが、実情は立場がほとんど対等に近く今まで二人三脚で店を経営してきた。

純粋な経営という意味ではむしろ高橋の力が意外に大きく新堂は今後そちらを学ばねばならないと高橋は思っている。


「やっぱり店を持つのは大変なんですね。」

「美味しい物を作れば売れるなんて単純に考えるのは止めた方がいいぞ。 世の中には美味しい物が溢れてるからな。」

若いパティシエは天才新堂でも一筋縄ではいかない店の経営にその難しさを痛感するが、高橋はそれに追い討ちをかけるように店を持つのは難しいと教え諭すように語っていた。

ただ高橋は若いパティシエには言えなかったが、一人のパティシエとして新堂の才能の行く末を見たいとの個人的な興味もそこにはある。

そして賑やかな麻帆良という街が好きになっていたというのも店に残ろうと思った理由の一つにあったりする。




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