平和な日常~冬~4

さてそんな刀子が意を決して実家に入ると、両親はごくごく普通の笑顔で出迎えている。

久しぶりに見た両親は刀子の記憶の中の両親よりも幾分老けたなと感じるが、実家の中は刀子が居た頃とほとんど変わらぬ様子だった。


「おかえり、しばらく見ないうちに綺麗になったわね。 忙しいって言うから心配してたのに」

母は少しシワが増えた手で刀子を抱き締めると、肌や髪の毛を見てホッとしたような表情を見せる。

正直な話、敵地同然の麻帆良にまだ若い娘を送らねばならなかった母の心痛は相当なものだったろうと刀子は思う。

それが結婚と離婚まで重なり、離婚後も東に残ると言った娘を今の今までずっと心配していたのは明らかだった。


「おかあさん、心配かけてごめんね。 でも今は結構楽しくやってるわ。 向こうは一般人も多いし、こっちよりは自由な空気だから。」

同じ日本の僅か数時間離れた街が敵地同然だというのはおかしいと誰もが思うが、いざ自分の身内がそこに行けと言われた時の心境は複雑なものである。

ただ刀子が離婚後も東に残る決断をしたのは、関西よりもまだ関東の方が自由な組織だったからだ。

二十年前にメガロ側が撤退した後も近右衛門はメガロ出身の魔法関係者全てを追い出すことはせずに、残りたい者は受け入れた過去がある。

それはスパイや内部から工作される危険もあったことだが、ガンドルフィーニのように日本の一般人と結婚して麻帆良に骨を埋める決意を固めた者もそれなりに居た。

結果として刀子の離婚に関しても事例としてはあまり珍しくはなく表立って騒がれずに、どちらかと言えば同情されることが多かった。

まあ元旦那の身内のように自分の親戚縁者が関西の人間と結婚すればまた違うのかもしれないが、メガロの人間と日本人との結婚など前例がある麻帆良では刀子の結婚や離婚はいつまでも覚えているほどではないのだろう。

言い方はよくないが、所詮は他人事な訳だし。


「そう、よかったわ。 ほらおばあちゃんにも顔を見せて来なさい。」

一方結構楽しくやってると聞いた母は一応安堵はするが、それが本当なのか少し心配にもなる。

本音ではそろそろ戻ってきて欲しいのかもしれないが、現状の刀子の立場や関西の空気ではとてもじゃないが言えない。

結局一人だけ出迎えずに自分の部屋で静かに刀子を待つ祖母の元に行くようにと告げると、母はせめてこの年末年始はゆっくりしてほしいと願うしか出来なかった。


「おばあちゃん、ただいま。」

「おかえりなさい。 刀子。」

少し緊張した面持ちで祖母の部屋に入った刀子は、その瞬間あまりの祖母の変わりように驚きの表情を見せる。

昔から自分に一番厳しく家族にも厳しかった祖母だが、目の前の人物は明らかに衰え弱々しいとさえ感じたほどなのだ。

僅か数年の時でこれほど祖母が変わるとは刀子は思いもしなかった。


「昨日、貴女が生まれる前の夢を見たわ。 亡くなったおじいさんは先代の長と知り合いでね。 貴女が生まれる前に一度貴女のこと占ってくれたことがあるんよ。 その時の夢を見たんや。」

刀子が祖母と普通に話したのはいつ以来だったろうとふと考えてしまう中で、祖母は離婚の報告に来た時のことなどなかったように普通に話しかける。

そんな祖母に内心では驚く刀子だが、静かに話を聞いていると初めて聞く話を唐突にし始めた。



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