日記

わたしを組み立てていくステキな我楽多

2026/07/30 10:08
自分語り
 わたしは元マキシマリスト。物が捨てられず、夫氏も当時驚かれました。物が多いという自覚はありません。だってぜ〜んぶ好きなんだもの。
 そんなわたしは数年前、断捨離をしようと思い至りました。スランプ真っ只中で、そこまで創作に夢中になっていなかった頃です。
 きっかけは当時、着ていく服がなかに決まらない悪夢を頻繁に見ていたからです。夢の中で「あれでもない、これでもない、嗚呼もう時間もないのに」または「なんでわたし、こんな変なかっこうしているのかしら」と恥ずかしくなったり。実際にしょっちゅう悩んでいました。そして、有名なこんまりさんの考えを参考に洋服の断捨離を実行しました。トキメクものだけを残すのです。そして、思いきって1軍の服だけを残してみたら、「どれを着よう……?」ではなく、「どれも着たいけど今日はこれにしよう!」というポジティブな悩みに変化しました。悪夢はすっかりは見なくなりました。

 それから、服以外にもたくさんの私物を断捨離していきました。その先にはミニマリスト的な思想がありました。もっと減らさなくてはいけない。捨てるものは他にないか、毎日捨てるものを探していました。物がたくさんあると(たとえば種類の違うシャンプー類や化粧品など)モヤモヤするようになりました。

 断捨離ブームが終わり、数年経った今、捨ててしまって後悔しているものがあります。
 昔の絵の原画や画像、それからコピックです。コピックは学生の頃にお小遣いでコツコツ集めたものと、夫氏が誕生日プレゼントにくれたセットが合わせて結構な量がありました。黒と灰色を残して他は全部捨ててしまいました。水彩は一番好きなのアナログ技法なので残しましたが、長いスランプで、もうコピックまでは使わないと判断してしまいました。
 こんまりさんの考えを守り、過去絵もコピックも、トキメかないものだと判断しました。
 
 もう一度絵を描きたいと強く思うようになると、過去の頑張って描いた絵を見返したいと思うようになりました。当時精一杯頑張った自分の絵を見て、評価して、反省をして、比べて、成長を感じたかったのです。手元にある過去絵はずいぶんと数少なく、二十歳を越えて描いたものが数点。10後半の頃のものがありません。たくさん描いたのに。記憶にはあるのにどこを探してもない。

 もったいないことをしました。コピックもまた使いたいと時々思うようになりましたが、叶わなくなってしまいました。高いので多分、そうとう家計が安定しないと買わないです。

 現在はまた考えが変わり、わたしの身の回りはごちゃごちゃに物が散乱しています。
 やっぱり、好きなものはたいていはずっと好きなんです。一度トキメキを覚えたものは時が経っても再びトキめいてしまうことに気づいたんです。
 推しと一緒です。
 わたしは小学生、中学、高校の時の推し。みんな今でも好きです。数年越しにたまに支部にあさりにいくほどです。
 今は物が増えても全然気にならなくなりました。創作に再びはまり、片づけるのがすっかり面倒になってしましました。

 洋服や使わないキッチン雑貨などを断捨離できたことはよかったけれど、自分の趣味のもの、作品、写真など、取返しのつかないものは本当に慎重にならないといけませんね。



  大切なあたし組み立てていく
  麗しの日々飾っていく
  ステキな我楽多
       ―GARAKUTA―

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