日記
年を重ねてよかったこと
2026/09/06 09:35自分語り
15歳の少女だった頃のわたしは、30歳まで生きている自分のビジョンが全く見えなくて。毎日漠然とした不安に苛まれていました。すっかり責任のある大人の立場になるのがこわくて。だから、30歳までに不安でしんでしまうのではないかと。
中学3年生の時の文集で、『将来の自分へ』というテーマで一言を載せる欄がありました。(文集はとっくに手元にはありません。でも実家にあるかも。捨てていいわよ)他のクラスメイトはテーマ通りに将来の夢なんかを各々書いていました。一方でひねくれたわたしは「三十路まで生きようね」とこじんまりした文字で書きました。そのまま載りました。空気を壊すおんな(笑)
無事、大人になった今でもどうしようもなく腐女子のままで、内面の変化や成長がびっくりするほどない。ああ、大人って全然大人じゃないんだな。周りの大人の顔色を伺って子供らしくいれなかった子供の時の方が大人びていたかも。むしろ、年を重ねてよかったことがいくつかあります。
1つ目
HSPについて知ったこと。
数年前、母からURL付きのメールが。
「私(母)も、れいみあ も、これじゃないかな?」と。衝撃を受けました。
自己紹介かなと思うくらい全部、全部、ほとんど、98%くらい自分に強く当てはまっていました。この面倒くさい、複雑難解な性格を『HSPの原液』と一言で済ますことができるのです。20代後半にしてようやく自分を1つ知ることができました。
(残り2%は“カフェインに敏感”、という感覚がよくわからなかったのでそこだけ引きました)
2つ目
ASDとADHD傾向があることを受け入れたこと。
自分のことで何か変だな、こんなのわたしだけかな、と思うとその症状を検索します。すると、検索ワードに入れていないのにASDの記事が出てくるのです。それが何度も何度もありました。疑問の行き着く先があまりにも、毎回ASDなものだから調べていくうちに詳しくなり、もしかして……?と疑うようになりました。そんな時、今から数年前のことです。隠れ持っていた持病が極度のストレスで爆発し、目が覚めたら知らない天井でした。調べてみるとASDやADHDと併発することがどうやら多いらしく、ああやっぱりわたしもそうなのかなと勝手に納得しました。
そしたらこれまでの人生のやらかしの伏線回収です。
わたしは、当時の寿命の目標であった30歳を目前にしてよくやく己を知ることができました。自分を知ったことで、得意なことと、苦手なことの境界線が明確になり、以前よりも少し生きやすくなった気がします。いやなことを、それをする前に気づいてあげて、ストレスを事前に回避や軽減できることを覚えました。それでも社会はつらいですが。
3つ目
創作に深みが出たこと。
自分が知らないことは書けない。インプット、ってやつですね。
興味のあるものしか見ないので、積極的なインプットはしていませんが。多くの映画や本などの創作物に触れたとは言えないけど、それでも10代の頃よりは当然多くの創作を見てきました。好きな小説家さんに出会い、本も読みました。
高校生の頃、二次小説に挑戦したくて、何度も書こうとしましたが、まともに形にならなくて挫折を繰り返しました。救いのないような暗くて短い文章を書いたり、男女の性行為の仕方もろくに知らないくせに想像で拙いBL書いたり、あとは詩を書いたりしました。
今年になって、十数年ぶりくらいになんとなく小説に再挑戦したら、いつのまにか語彙力や表現力が圧倒的に増えていて驚きました。またそのうちに挑戦してみたいですね。
また、推しのことも深く掘り下げて考えられるようになったような気がします。たしかに、自分の性格すらわからない人間が、公式から与えられたわずかな情報をもとに、空想のキャラの人物像やカプの心情を想像できますか。
年を重ねて自分をようやく知って、創作活動をより楽しめるようになって、それはよかったことだなと、思っています。
次の目標は長く、60歳くらいまで生きたいなと思っています。
中学3年生の時の文集で、『将来の自分へ』というテーマで一言を載せる欄がありました。(文集はとっくに手元にはありません。でも実家にあるかも。捨てていいわよ)他のクラスメイトはテーマ通りに将来の夢なんかを各々書いていました。一方でひねくれたわたしは「三十路まで生きようね」とこじんまりした文字で書きました。そのまま載りました。空気を壊すおんな(笑)
無事、大人になった今でもどうしようもなく腐女子のままで、内面の変化や成長がびっくりするほどない。ああ、大人って全然大人じゃないんだな。周りの大人の顔色を伺って子供らしくいれなかった子供の時の方が大人びていたかも。むしろ、年を重ねてよかったことがいくつかあります。
1つ目
HSPについて知ったこと。
数年前、母からURL付きのメールが。
「私(母)も、れいみあ も、これじゃないかな?」と。衝撃を受けました。
自己紹介かなと思うくらい全部、全部、ほとんど、98%くらい自分に強く当てはまっていました。この面倒くさい、複雑難解な性格を『HSPの原液』と一言で済ますことができるのです。20代後半にしてようやく自分を1つ知ることができました。
(残り2%は“カフェインに敏感”、という感覚がよくわからなかったのでそこだけ引きました)
2つ目
ASDとADHD傾向があることを受け入れたこと。
自分のことで何か変だな、こんなのわたしだけかな、と思うとその症状を検索します。すると、検索ワードに入れていないのにASDの記事が出てくるのです。それが何度も何度もありました。疑問の行き着く先があまりにも、毎回ASDなものだから調べていくうちに詳しくなり、もしかして……?と疑うようになりました。そんな時、今から数年前のことです。隠れ持っていた持病が極度のストレスで爆発し、目が覚めたら知らない天井でした。調べてみるとASDやADHDと併発することがどうやら多いらしく、ああやっぱりわたしもそうなのかなと勝手に納得しました。
そしたらこれまでの人生のやらかしの伏線回収です。
わたしは、当時の寿命の目標であった30歳を目前にしてよくやく己を知ることができました。自分を知ったことで、得意なことと、苦手なことの境界線が明確になり、以前よりも少し生きやすくなった気がします。いやなことを、それをする前に気づいてあげて、ストレスを事前に回避や軽減できることを覚えました。それでも社会はつらいですが。
3つ目
創作に深みが出たこと。
自分が知らないことは書けない。インプット、ってやつですね。
興味のあるものしか見ないので、積極的なインプットはしていませんが。多くの映画や本などの創作物に触れたとは言えないけど、それでも10代の頃よりは当然多くの創作を見てきました。好きな小説家さんに出会い、本も読みました。
高校生の頃、二次小説に挑戦したくて、何度も書こうとしましたが、まともに形にならなくて挫折を繰り返しました。救いのないような暗くて短い文章を書いたり、男女の性行為の仕方もろくに知らないくせに想像で拙いBL書いたり、あとは詩を書いたりしました。
今年になって、十数年ぶりくらいになんとなく小説に再挑戦したら、いつのまにか語彙力や表現力が圧倒的に増えていて驚きました。またそのうちに挑戦してみたいですね。
また、推しのことも深く掘り下げて考えられるようになったような気がします。たしかに、自分の性格すらわからない人間が、公式から与えられたわずかな情報をもとに、空想のキャラの人物像やカプの心情を想像できますか。
年を重ねて自分をようやく知って、創作活動をより楽しめるようになって、それはよかったことだなと、思っています。
次の目標は長く、60歳くらいまで生きたいなと思っています。