絆されることはない
「多宝丸、もう行っちゃうの」
名残惜しそうに眉根を寄せるおかゆの前に、多宝丸は膝をつき、彼女と目を合わせた。
「ああ。私も兄も旅の途中なのだ。ずっとは居られないのだよ」
何だかんだ、すっかり情が移ってしまっている。多宝丸は床を離れてから数日、旅の足ならしも兼ねておかゆの遊び相手をしていたのだった。童心にかえって走り回るのは多宝丸にも楽しいひとときだった。そしてすっかりおかゆに懐かれてしまったわけである。
そんな二人の隣では、
「近くに来たらいつでも寄りなさい。困ったことがあれば遠慮なくわしを頼りにするのだぞ」
そう言いながらも、おかゆの父親は百鬼丸をひしと抱き締めるのだった。これではいつまでも放してくれそうにない。だから、
「ではおかゆ、これでお別れだ。いい娘になるんだぞ」
多宝丸はそう言っておかゆの頭を撫で、立ち上がった。
「さて、兄上。そろそろ行きましょう」
そう声を掛けると、百鬼丸はやっと解放されたのだった。
元来た竹藪の小路を二人で並んで歩く。季節はすっかり冬に移り変わっていた。しかし、二人とも冬の旅路に相応しい旅装をあつらえてもらえたお陰で、凍えずに済んでいる。
竹藪が途切れる頃、多宝丸の鼻先に冷たい粒が落ちて来た。
「兄上、雪です」
「これが雪」
空を見上げれば、低く立ち込めた重そうな雲から、白い雪がふわりふわりとあとからあとから舞い落ちてくる。
「きれいだな……」
「そうですね。しかし、積もると大変です。その前に宿を探さなければ」
やがて辻に出た。
「兄上はどちらへ」
「山の方でなければどこでも。じゃあな、多宝丸。お前と居られてよかった」
百鬼丸は名残も何もなさそうにさっさと歩いて行ってしまう。
「お待ちくださいっ」
思わず引き留めてしまってから、多宝丸は逡巡した。だが、
「もし良ければ、一緒に行ってよろしいでしょうか」
多宝丸は、思いきって言ってみた。
「お前はお前の道を行け」
百鬼丸はあっさりと答えた。
「ただ、それがおれと同じ方向なら、別に構わない、一緒でも」
「ではご一緒させていただきます」
多宝丸は兄のあとを追った。
(おわり)
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