おねだり上手
「お待たせしました、レバ刺しです」
刺青に被われた店主の太い腕が、三郎太とみおの間に大皿を置く。赤黒くて瑞々しい艶のある肉の薄切りが、きれいな渦巻き状に並べられていた。
「これこれ!ここんちのレバ刺しは新鮮で美味ぇんだ。みおちゃんはどう?」
「私、レバーはちょっと」
「苦手かい?」
「おれもパス」
「百鬼丸テメェ。じゃあこれ全部俺一人で食えっていうのかよ」
「先輩好きでしょ。それくらいイケるって」
「ったくよぉ。じゃあいいよぉ、俺一人で食うからぁ」
「それより肉焼こ。さっさと食ってさっさと帰りたい」
「おいテメェこら百鬼丸っ。俺と飲むのはそんなに嫌か」
「別に嫌じゃないけど、もう遅いし」
百鬼丸はみおに「いいよ」と言うと、割箸を割って牛タンの皿を取り、網に肉を並べ始めた。
「そういえばさ、みおちゃんってどこ出身?」
「A県のB市です」
みおが答えると、三郎太の表情がにわかにパッと明るくなった。
「そこってさ、県道N号を」
「遠いな」
「ちょっ」
「あそんちの女の子って皆実家遠いんだよな」
「ちょっおま百鬼丸ぅ!」
「いやだって先輩、また道路の話しようとしたじゃないですか」
「それの何が悪いんだよ」
「ついていけねぇから。車に乗らない子は特に。営業であちこち回るおれですら、ついていけねぇことあるもん、たまに」
「っはー、こいつが営業ってさ、信じられる?こんっなに人の話聴かないのにさ。こいつのせいで会社潰れるんじゃね?」
「おこわは富山だか新潟だか福井だか石川だかどこだかだし」
「要は北陸地方な。全然ちゃんと覚えてねえじゃねーか。ってかまた俺の話聴いてねえし、ぶったぎって来るし」
「陸奥は確か生まれは鹿児島とかで、親の都合で各地を転々とし、大阪とか京都とか」
「えっ、じゃあむっちゃんあの顔で『せやかて工藤』とか言うの?」
「工藤って誰だ」
「は?お前『名探偵コナン』知らねえの!?」
「知らない」
「漫画だよぉ、巷で大人気の。テレビでもやってんじゃん」
「おれ、漫画読まないから」
「なんで?」
「読み方が分からない」
「んなもん簡単だろうが。上下右左右左!ねっ、みおちゃん」
「えっ、あ、はい」
「じゃあさ、お前、本とかも読まないの?」
「読まない。開始十行で寝る」
「お前さぁ、百鬼丸よぉ。おめえ本当につまらねえ人間だなぁ」
「つまらなくて良いんで」
「つまらなくていい!?おめーはそれで良いのかも知れねえけどさぁ、それじゃあ仕事どうすんだよ。営業トークとかさぁ」
「本なんか読まなくても大丈夫です。『退かぬ、媚びぬ、省みぬ』の精神で挑めば、大抵のことは何とかなりますから」
「お前さ、本当は漫画読んでんだろ普通に」
「あ、これもう焼けてる。はい、みお。あーん」
「えっ、あーん」
目の前に程よく焼けたタン塩を突き出され、みおは思わずぱくりと食べた。
「美味しい?」
「ん、美味しい」
「おめーら俺の目の前で堂々とイチャつくんじゃねぇよ!」
「しまった。つい癖で」
「癖ってお前、おこわちゃんと飯食いに行くとき、いつもそんな事してんのかよ」
「いや、うちの猫にエサやるときの。あ、美味いこれ」
「可哀想にみおちゃん、人間扱いされてないなんて、おおよしよし」
「おさわり禁止。言い付けますよ、お自夜さんに」
「なんだそれ、お前はおこわちゃんに触り放題の癖に」
「触ってるんじゃなくて、触られてるんです」
「へっ、ああ言えばこう言う。ところでお前、おこわちゃんとはヤッたの?ねぇヤッたの?」
「やめてくださいよ女子の前で。ヤッてないです。自分が飲みに行く店の女の子に手ぇ出すなんて面倒臭い事、おれがやるわけないじゃないですか」
「ああそう。お前はそうでも、おこわちゃんはどうなんかねぇ」
「ただの友達だろ」
「本当に何もないの!?」
「何もないって。おこわ、彼氏いるし」
「は?お前、彼氏持ちの子連れ回してんのかよ。悪い奴だなぁー」
「いや、連れ回されてるのはおれの方だし」
「聞いた?みおちゃん。百鬼丸って本ッ当に悪い男だろ?悪い男っつうのはさぁ、こう何でもかんでも女のせいにするから」
「牛タン美味い」
「ほらまたそうやって誤魔化す。なぁみおちゃん、こんな男はやめときなね。それより俺にしとこうか。俺、自分で言うのもなんだけど、正直で誠実だから」
「嫌です」
「ちょ、百鬼丸ッ!……ね、みおちゃん、俺と付き合お?」
「絶対嫌です」
「ちょ、アフレコやめーやお前!」
「だって、嫌だよな?」
「えっと、ごめんなさい。私、忙しいんで」
「もしかしてみおちゃん、彼氏いた!?ごめんね無理に誘っちゃって」
「いえ、そうではないですけど、私生活が色々と、忙しいので……勉強とか」
「ははぁ、学生さんだもんね。そうだよねー、将来の夢のためとかにさあ、頑張ってるんだよなぁ、どっかの親の七光りとかとは違ってさ」
「おれ、取り敢えず食ってければ夢とかどうでも良いんで」
「本当に、詰まんない奴な、お前。夢は大事だぜ。生きていく糧にならぁ。俺だって、いつかはビッグな男になるって」
「いつまでもそんな事ばっかり言ってるから、女に逃げられるんでしょ」
「うるせーわ!で、どうしてもダメ?」
「ごめんなさい……」
「そっか」
三郎太がみおに向かってスッと右手を差し出したので、みおは箸を置き、三郎太の方に向き直って彼の手を握った。
「同志としての握手だ。お互い、夢の為に頑張ろうな。そして、いつかお互いにビッグになったらさ、その時は……結婚してくれ」
「死んでも嫌です」
「だからお前はアフレコすんなっつーの!」
「どうでもいいから、そろそろ帰ろうよ。おれ、眠くなってきた」
「このマイペースさんめがっ。レバ刺し全部食い終わるまで待って!」
(おわり)
刺青に被われた店主の太い腕が、三郎太とみおの間に大皿を置く。赤黒くて瑞々しい艶のある肉の薄切りが、きれいな渦巻き状に並べられていた。
「これこれ!ここんちのレバ刺しは新鮮で美味ぇんだ。みおちゃんはどう?」
「私、レバーはちょっと」
「苦手かい?」
「おれもパス」
「百鬼丸テメェ。じゃあこれ全部俺一人で食えっていうのかよ」
「先輩好きでしょ。それくらいイケるって」
「ったくよぉ。じゃあいいよぉ、俺一人で食うからぁ」
「それより肉焼こ。さっさと食ってさっさと帰りたい」
「おいテメェこら百鬼丸っ。俺と飲むのはそんなに嫌か」
「別に嫌じゃないけど、もう遅いし」
百鬼丸はみおに「いいよ」と言うと、割箸を割って牛タンの皿を取り、網に肉を並べ始めた。
「そういえばさ、みおちゃんってどこ出身?」
「A県のB市です」
みおが答えると、三郎太の表情がにわかにパッと明るくなった。
「そこってさ、県道N号を」
「遠いな」
「ちょっ」
「あそんちの女の子って皆実家遠いんだよな」
「ちょっおま百鬼丸ぅ!」
「いやだって先輩、また道路の話しようとしたじゃないですか」
「それの何が悪いんだよ」
「ついていけねぇから。車に乗らない子は特に。営業であちこち回るおれですら、ついていけねぇことあるもん、たまに」
「っはー、こいつが営業ってさ、信じられる?こんっなに人の話聴かないのにさ。こいつのせいで会社潰れるんじゃね?」
「おこわは富山だか新潟だか福井だか石川だかどこだかだし」
「要は北陸地方な。全然ちゃんと覚えてねえじゃねーか。ってかまた俺の話聴いてねえし、ぶったぎって来るし」
「陸奥は確か生まれは鹿児島とかで、親の都合で各地を転々とし、大阪とか京都とか」
「えっ、じゃあむっちゃんあの顔で『せやかて工藤』とか言うの?」
「工藤って誰だ」
「は?お前『名探偵コナン』知らねえの!?」
「知らない」
「漫画だよぉ、巷で大人気の。テレビでもやってんじゃん」
「おれ、漫画読まないから」
「なんで?」
「読み方が分からない」
「んなもん簡単だろうが。上下右左右左!ねっ、みおちゃん」
「えっ、あ、はい」
「じゃあさ、お前、本とかも読まないの?」
「読まない。開始十行で寝る」
「お前さぁ、百鬼丸よぉ。おめえ本当につまらねえ人間だなぁ」
「つまらなくて良いんで」
「つまらなくていい!?おめーはそれで良いのかも知れねえけどさぁ、それじゃあ仕事どうすんだよ。営業トークとかさぁ」
「本なんか読まなくても大丈夫です。『退かぬ、媚びぬ、省みぬ』の精神で挑めば、大抵のことは何とかなりますから」
「お前さ、本当は漫画読んでんだろ普通に」
「あ、これもう焼けてる。はい、みお。あーん」
「えっ、あーん」
目の前に程よく焼けたタン塩を突き出され、みおは思わずぱくりと食べた。
「美味しい?」
「ん、美味しい」
「おめーら俺の目の前で堂々とイチャつくんじゃねぇよ!」
「しまった。つい癖で」
「癖ってお前、おこわちゃんと飯食いに行くとき、いつもそんな事してんのかよ」
「いや、うちの猫にエサやるときの。あ、美味いこれ」
「可哀想にみおちゃん、人間扱いされてないなんて、おおよしよし」
「おさわり禁止。言い付けますよ、お自夜さんに」
「なんだそれ、お前はおこわちゃんに触り放題の癖に」
「触ってるんじゃなくて、触られてるんです」
「へっ、ああ言えばこう言う。ところでお前、おこわちゃんとはヤッたの?ねぇヤッたの?」
「やめてくださいよ女子の前で。ヤッてないです。自分が飲みに行く店の女の子に手ぇ出すなんて面倒臭い事、おれがやるわけないじゃないですか」
「ああそう。お前はそうでも、おこわちゃんはどうなんかねぇ」
「ただの友達だろ」
「本当に何もないの!?」
「何もないって。おこわ、彼氏いるし」
「は?お前、彼氏持ちの子連れ回してんのかよ。悪い奴だなぁー」
「いや、連れ回されてるのはおれの方だし」
「聞いた?みおちゃん。百鬼丸って本ッ当に悪い男だろ?悪い男っつうのはさぁ、こう何でもかんでも女のせいにするから」
「牛タン美味い」
「ほらまたそうやって誤魔化す。なぁみおちゃん、こんな男はやめときなね。それより俺にしとこうか。俺、自分で言うのもなんだけど、正直で誠実だから」
「嫌です」
「ちょ、百鬼丸ッ!……ね、みおちゃん、俺と付き合お?」
「絶対嫌です」
「ちょ、アフレコやめーやお前!」
「だって、嫌だよな?」
「えっと、ごめんなさい。私、忙しいんで」
「もしかしてみおちゃん、彼氏いた!?ごめんね無理に誘っちゃって」
「いえ、そうではないですけど、私生活が色々と、忙しいので……勉強とか」
「ははぁ、学生さんだもんね。そうだよねー、将来の夢のためとかにさあ、頑張ってるんだよなぁ、どっかの親の七光りとかとは違ってさ」
「おれ、取り敢えず食ってければ夢とかどうでも良いんで」
「本当に、詰まんない奴な、お前。夢は大事だぜ。生きていく糧にならぁ。俺だって、いつかはビッグな男になるって」
「いつまでもそんな事ばっかり言ってるから、女に逃げられるんでしょ」
「うるせーわ!で、どうしてもダメ?」
「ごめんなさい……」
「そっか」
三郎太がみおに向かってスッと右手を差し出したので、みおは箸を置き、三郎太の方に向き直って彼の手を握った。
「同志としての握手だ。お互い、夢の為に頑張ろうな。そして、いつかお互いにビッグになったらさ、その時は……結婚してくれ」
「死んでも嫌です」
「だからお前はアフレコすんなっつーの!」
「どうでもいいから、そろそろ帰ろうよ。おれ、眠くなってきた」
「このマイペースさんめがっ。レバ刺し全部食い終わるまで待って!」
(おわり)