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おねだり上手

「こっちが悪い先輩で、こっちが悪い同級生」

両隣に陣取った二人を、百鬼丸はそのように紹介した。

「俺、三郎太!」

左の男はそう名乗り、

「おれ、不知火!」

右の男はそう名乗った。そして二人とも、百鬼丸の肩に腕を回すのだった。

「よぉ、久しぶりじゃねぇかよぅ、百ぅ」

「元気してたかぁ?」

「うるさい」

百鬼丸はピシャリと言った。

「なけなしの元気が、今、なくなった、ぜんぶ」



いつもの三倍くらい濃いブランデーを飲まされダウンしている百鬼丸の両脇で、右隣の不知火が大洗水族館で見られるサメの話をし、左隣では三郎太が大洗水族館まで車で行くときの経路について口角泡飛ばしながら捲し立てている。二人とも物凄い早口で喋っているのでよく聞き取れない部分が多いが、どうやら二人で一緒に行こうと話しているのではないらしい。あくまで不知火はサメの話がしたく、三郎太は道路の話がしたいようだ。

「なあ、百!どう思う?」

二人に同時に聞かれ、百鬼丸はカウンターに突っ伏したまま首を振った。みおが反応に困っていると、ちょうどよく新たに客が訪れた。

「どうも」

「いらっしゃいませ、琵琶丸さん」

みおは老人をボックス席に案内すべく、カウンターから出た。



琵琶丸は週に三、四回は来店する常連客だが、カウンター席に座るのは好まない。二人がけのボックス席に相対し、みおは琵琶丸の為に焼酎のお湯割梅干し入を作る。

「ええと、お嬢さん。なにさんだったっけ?」

「みおです」

「ああ、そうだった。みおさんだったね。何度も聞いてすまないね。まったく、歳ぃ取ると、人の名前が覚えらんなくてかなわねぇ」

琵琶丸は自身の禿げ頭をペチンと叩いた。

「確か大学生だったね。すぐあすこの大学かい?」

「ええ、そうです」

「ほっか、優秀なんだねぇ」

「いえいえ、そんなことはありません」

「そう謙遜しなさんな。あすこの大学生は皆本当に優秀なんだから。で、何を専攻してなさる」

大学の話をすればいいだけなら最も気楽だ。なにせ、このアルバイトを始めるまでは、ろくに遊びもせずずっと勉強ばかりしてきたのだから。

「ほほぉ。それにしても、あんたみたいな人がどうしてここで働くようになった。いや、責めてる訳じゃぁないんだよ。ほんの興味本位さね」

「そうですね、社会勉強でしょうか」

「はっはっ、社会勉強か。それで、どんなことがわかったかね、この仕事を通して」

「えっと、世の中には色んな人がいて、色んな職業があるんだなって」

「ははっ、そうかい。色んな人がね。今まで会った事もないような種類の奴らに、ここで沢山出会ったかい」

「はい」

「ほっか。それは幸せなこった」

琵琶丸はお湯割りを三分の一ほどぐいっと飲んだ。

「まぁ、そうだなぁ。いい人悪い人、色んな奴がいらぁな。そんなかでも付き合っていい人悪い人、よっく見分けられる目を持たなきゃならねぇ。なぁ?」

と、カウンターの誰かがカラオケをするらしい。聞き覚えのあるイントロが奏でられる。これは確か、大塚愛のバラード。

「いよっ、百鬼丸くんっ!!」

「ヒューヒュー、かっこいー!」

「うるせぇ」

どうやら百鬼丸が歌わされるらしい。いつもおこわにねだられても頑なに歌わないのに、一体どういう風の吹き回しなのか。

「醍醐建材の跡取り息子か」

「彼をご存知なんですか?」

「まぁ、ここらじゃ有名だよ。あすこん家はいい仕事をするからね。お父ちゃんの働きがいいから、街の皆に頼られてる。そういう家の子供さね」

「おはよ」

突然肩を叩かれて、みおはびくりと振り返った。いつの間にか陸奥の出勤時間なっていたのだ。

「琵琶さんいらっしゃい。今日はゆっくりなのね」

「へへっ、どうも。だが一杯飲んだらすぐに帰ぇるよ」

間もなく数名の客が訪れ、にわかに店内が騒がしくなった。琵琶丸はお湯割りを飲み干した。

「何の為に社会の勉強がしたいのかは知らねえけど、みおさんよ、この店に来る客が何を思ってここに来、お前さんがたに何を求めているのかを、よぉく考えてみなせぇよ」

「はい」
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