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もう慣れた

まだ外はほんのわずかに日の光が残っているはずだが、窓という窓が全てベニヤで塞がれているこの店内は、深夜と変わらない薄暗さだ。まだ客が常連一人しかいないからということで、有線の電源すら入れられていない。しかし、オーナーの娘どろろとバイト嬢の中で一番にぎやかなおこわが常連客を挟んでやいやい騒いでいるせいで、雰囲気は小中学校の休み時間くらいに明るい。しっとりと酒を楽しむという空気ではあまりない。

「腹が減った……」

常連客の男、百鬼丸はそう言って胃の辺りを手で擦った。そういう仕草をすると、ただでさえ幼く見える顔がより一層子供じみて見える。

「お夕飯まだなの?」

みおが聞くと、百鬼丸はみじめそうな表情で頷いた。

「出張から帰ってすぐ、シャワーだけ浴びて出てきたから」

そうだ、こんな風でも彼は社会人なのだ。学生の自分には分からない、大変な生活をしているのだろうな、とみおは思う。

みおがメニュー表を差し出そうとすると、百鬼丸は軽く手を上げてそれを制した。

「オムライス」

百鬼丸の注文に、何故か彼の両サイドの二人が歓声を上げた。

「やったー、オムライス!」

「ありがとうございまーす。私も小腹空いてたんよ」

どろろもおこわもお相伴にあずかる気満々だ。

「あと取り皿三つ。スプーンは四本」

「えっ」

「みおも食べるだろ?」

みおは少し気後れしたが、こういう時は遠慮する方が失礼なのだった、と思い出して、

「ん、いただきます」

と頷いた。



「おまちどうさま、特製オムライスよ」

ゆうに三人前はある、お自夜ママ特製オムライスは、この店の軽食で一番の人気メニューだ。チキンライスの上にとろっとしてふわふわの卵が載っていて、たっぷりのケチャップでハートマークが描かれている。みおの実家ではオムライスといえば薄い卵焼きでチキンライスを包んだものだったので、こういうタイプのオムライスは、みおはこの店で初めて知ったのだった。

百鬼丸はさっさと一人ぶん取り分けると、みおに差し出した。好きなだけ取っていいと言えば、きっと遠慮して少ししか取らないだろう、と思われたのだろう。

一方どろろとおこわはいただきますというのもそこそこに、オムライスをつつきはじめている。

「んー、美味しいっ!やっぱりママのオムライスは最高やよね」

おこわは首をふるふると震わせ、頬をおさえた。まるで、そうしないと本当に頬っぺたが落ちてしまうかのように。お自夜はうんうんと頷いて言った。

「でしょー?あ、どろろ。あんたはそれ食べたらいい加減二階うえに上がんなさいよ」

「えーっ」

母の小言にどろろは頬を膨らませた。

「あんたが側にいると、百くん煙草が吸えないのよ」

「良いじゃん、健康的で。なぁあにき」

「そろそろヤニ切れ」

「ちぇっ、あんまり吸いすぎると頭禿げるぞ」

そう悪態を吐きながらも、どろろは食べ終わると大人しく二階の自宅へと帰って行った。

百鬼丸は食後の一服に自分で火を点けた。チンッとジッポが涼しい音を立てる。彼は一瞬眉を顰め、美味いのか不味いのかよくわからない表情で紫煙を吐き出した。

マルボロメンソール。煙草を吸わないみおにはただの煙にしか感じられないが、煙草にはそれぞれ匂いと味があるらしい。

「ねぇ百鬼丸」

「なに?」

「飴とかアイスとかでもミント味好きだったりする?」

「別に」

百鬼丸は素っ気なく答えた。スベったかなぁ、と、みおは後悔した。どうせ彼の横にはべったりとおこわがへばりついている。自分が敢えて話しかけることもなかったのだ。

「みお、なんか飲む?」

そう言った彼の表情は優しい。つまらない質問に気を悪くしたのではなかったのだ。

「私、百さまのこれ飲みたーい」

おこわが彼の目の前に置かれたボトルを指差してねだった。

「それはだめっ。おこわはサワーにでもしとけ」

珍しく本気で怒る百鬼丸だった。

「百さまのケチぃ。じゃ、レモンサワーにしとこ。みおちゃんも同じでええよね」

おこわはみおの分まで勝手に決めてしまった。

乾杯して一口だけ飲む。サワーはアルコール度数は弱いのかもしれないが、やはり酒は酒である。飲み過ぎないようにと用心するみおの前で、おこわはただのジュースを飲むかのように一息に飲んでしまった。

「ぷはー、おいしーっ!」

「あまり飲み過ぎるなよ」

百鬼丸は忠告し、煙草の灰を灰皿に落とした。

「もう慣れた?」

みおがグラスを置き彼の問いに答えようとした時、ドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

お自夜がホールに出て行く。自分も出て行くべきか。ちらっとカウンターに目を戻すと、百鬼丸と目があった。

「行ったら」

彼はそう言って、煙草をふかした。彼の腕には既にほろ酔いなおこわがしっかり絡みついている。
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