古より愛をこめて

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ファラオに連れられて行き着いたのは、木製の机や椅子、棚が並んでいる比較的簡素な部屋だった。

机の上にはインク壺やペン、無数に積まれた紙があって……。
あ、この生成色きなりいろの紙は確かパピルスっていうんだよね!世界史の授業で習ったやつだ!

執務室のような場所なのかなぁ、ここ。

「そこに腰掛けてくれ」

「はい。それでは失礼します」

ファラオに促されて私が椅子に座ると、ファラオも机を挟んで向かい合う形で椅子に腰掛けた。
そして片肘を立てて頬杖をつき、何だか難しい顔をしたまま机に視線を落としている。

話って何だろう……。

「……ナナシ

「は、はいっ」

「我が国に度々届けられる書簡のことだが……」

ファラオは積まれた紙の中から数枚を目ざとく選び出すと、私に向けて差し出した。

これって重要な書類では……?私なんかが見ちゃって大丈夫なのかな。

あっ、でもこの時代の文字だし私には読めないから大丈夫だね!
ほら、見ても何が書いてあるかなんて全然わから、な……い?あれ?

「読める!読めるよ!」

なんで!?知らないはずの文字が、何故か理解できる!
……いけない、興奮して思わずム●カ大佐みたいなこと言っちゃった。

顔を上げると、ファラオが目を丸くして私を見ていた。

「それは、まあ、読めるさ……この国の言語はもちろん、外交書簡の国際語でさえ問題なく、な。オレもナナシも幼少期から文字を学んできたのだから」

「失礼しました……」

「今日のナナシはなかなかお茶目さんだぜ」

ファラオがおかしそうに笑う。
ややあって「話を戻すぜ」と言うと再び真剣な表情になり、机に置かれた紙の上を人差し指でトントンと叩いた。

「隣国の王どもはオレに娘を差し出したくて仕方がないようだ。強大な我が国の王家に自国の王女を嫁がせることによって同盟関係を結びたいのだろうな」

「政略結婚、というものでしょうか」

「ああ。だが生憎あいにく、オレは心に決めたただ一人の女性を愛したいんだ。わかってくれるかナナシ……それに先王である父上の子同士の結婚となれば宰相のシモンも民衆も諸手もろてを挙げて祝福してくれるだろう」

うん、わかるわかる!本当に好きな人と結ばれるのが一番だよね。
でも父親が同じってことはファラオのお相手はお姉さんか妹さんかぁ……たしか古代エジプトでは王族の血筋を守るとか権力の分散を防ぐとかの理由で近親婚が多かったんだっけ。

「それでも周りが外交云々と言うのであれば他国の王女は側妃として、せいぜい後宮の肥やしにでもなってもらうさ」

「あの……ファラオはまだ誰ともご結婚されていないのですか?」

そう問いかけた瞬間、頬杖をついていたファラオの顔が手からズルッと滑り落ちた。

え……何か変なこと聞いちゃったかな。
現ファラオってことは結婚もしているものだと思っていたのだけれど、話を聞く限りそういうわけではなさそうなんだよね。

「既にわかりきっているその質問はどう受け取ったらいいんだ……話をはぐらかしているのか……?まあ確かに現在の状況が変則的であることには違いないが」

姿勢を戻したファラオが、しっかりとこちらに目を向ける。

「そこで、だ。近いうちに婚儀を行いたいと思う」

「はい」

ナナシ、オレと結婚して王妃になってくれ!」

「はい……って、えええっ!?」

うそっ、私!?
いきなりそんなことある!?

台上前転をしてこちら側に移動してきたファラオは、私の両手を重ねて自分の両手で包むようにしっかりと掴んだ。

熱い眼差しに捕らえられて、動くことができない。

ナナシがこの国で唯一の王女だからとか、そんな理由じゃない。物心ついた時からオレはお前をずっと愛しく思っていた。そして、これから先もずっとお前だけを──」

「あ、あのっ、私もナナシなんですけど、ファラオが愛していらっしゃるのは恐らく別のナナシ様で人違いなんですっ!私はただの女子高生ですからファラオと結婚なんてそんな墓地からトラップくらいびっくりK●NAMI……!」

「落ち着けナナシ!意味不明だぜ!」

どうしよう、何を言っているのかわからないと思うけど、私も何が起きているのかわからない。

私もしかしてスタンド攻撃を受けてる……?
あ……ありのまま今起こったことを話すよ!

「私は日本で眠っていたと思ったらいつの間にかエジプトに来てファラオにプロポーズされていたんです!催眠術だとかソリッドビジョンだとかそんなものではなくて──!」

ナナシ!!」

ぴしゃん、とファラオに両手で頬を挟まれた。

ハッと我に返って恐る恐る視線を上げると、複雑そうな顔でファラオが私をじっと見ていた。

「落ち着け、ナナシ

「……はい。取り乱して申し訳ありませんでした」

ファラオは私の頬から手を離すと、今度は優しく微笑んで頭を撫でてくれた。

あやされている幼子みたいでちょっと恥ずかしいけれど、なんだか懐かしいような……とても安心する……。

「すまないナナシ、お前の気持ちも聞かずに一方的にオレの思いを押しつけて……だから混乱したんだよな」

「ファラオ、私は本当にわからないんです」

「何がわからない?」

「何故この時代のエジプトにいるのか、みんなが私を誰と勘違いしているのか、何もわからないんです」

「…………………………」

何かを考え込むように顎に手を当てて、ファラオは黙ってしまった。

これから私はどうなってしまうんだろう。
でも、やっと言いたかったことが言えた。

「……嘘や冗談じゃないんだな?」

「はい。正直に申し上げました」

ファラオは「そうか」と肩を落とし、小さくため息をついた。

「どうも今日は様子がおかしいと思ったら、記憶障害を起こしてしまっていたのか。どこかで頭でも打ったか、それとも精神的な要因か……」

「あのっ、違うんです!」

「心配するなナナシ。原因が何であれ、きっとそのうち元に戻るさ」

「いえ、本当に知らなくて、私は別の……」

「お前は正真正銘オレの大切なナナシだ。様子が違っていても魂のぬくもりでわかる」

え……えええ……。

いっそ、ファラオが言うように記憶障害ってことにしておいたほうがいいのかな。

これ以上弁明しても困らせてしまうだけだし、ファラオが断言してくれているのだから、私はきっとみんなが知っている私なんだ。

「わかりました……恐れ多いですが、私は本当にこの国の王女でファラオの妹なんですね」

「ああ、そうだ。互いの母上は別だが、何よりも大切な唯一無二の妹だ」

「ファラオが兄……お兄様……」

「!!……ナナシ、もう一度言ってくれ!」

「えっ、お兄様?」

「もう一度頼む!」

「お兄様っ」

驚きの展開に未だ困惑している私の肩を掴んで、ファラオは嬉しそうに声を弾ませた。

もしかしてあれかな。
“お兄ちゃん”て呼ばれると喜ぶ男の人がいるって聞いたことがあるから、そんな感じなのかな。

「オレへの愛情の裏返しか照れ隠しなのか、数月にわたってずっと距離を感じる塩対応だったからな。久しぶりに兄と呼んでもらえて嬉しいぜ!」

「そ、そうですか……私も喜んでもらえて嬉しいですっ!これからファラオと二人きりのときはお兄様と呼んでも……?」

「是非そうしてくれ。フフ……皆の前でも構わないけどな。なんなら名前で呼んでくれたっていいんだぜ」

あっ、そういえばファラオのお名前……ユウギくんかなって勝手に思い込んでいたけどどうなんだろう。

「記憶が無くてすみません、お名前は……」

「アテムだ」

あ……アテム!ユウギくんじゃなかった!
お兄様はファラオでアテム様……呼び方いっぱい……。

「ひとまず婚儀については後回しだ。今はゆっくり心身の回復に努めてくれ」

「はい、申し訳ありません。お気遣いありがとうございます」

「何か困ったことがあったらすぐオレに相談してほしい。身の回りの世話に関してはナナシ付きの女官や侍女たちがついているから心配しなくていいぜ」

「わかりました!」

よーし!
多生たしょうえんでせっかくこの世界に目覚めたのだから、戻れる日まで楽しく頑張っていこう!

「そうだナナシ、ひとつだけ注意しておいて欲しいことがある」

「何でしょうか?」

「記憶を失ってしまっていることを、オレ以外の者には話さないようにしてくれ」

「お兄様以外の人には、ですか?」

「そうオレ以外は誰にも、だ。どこで話が漏れるともわからないからな。お前の記憶が無いのをいいことに、有ること無いこと吹き込む輩が現れるかもしれない」

「わかりました、気をつけます!」

事実わからないことだらけだし、もし冗談で『王宮の廊下は夜だけムーンウォークで移動しなくてはいけない』なんて言われても信じちゃうね。それは大変。

記憶が無いことを隠すのは難しいけど、できるだけ悟られないように注意しよう──そう思った時だった。

「王サマー!ナナシ様ー!」

突然元気な声とともに、私より一つか二つくらい年下に見える女の子が部屋に飛び込んできた。

その女の子は私たちの前でピタッと止まり、私と目が合うと、にぱーっと笑ってくれた。
わああっかわいい……!

この女の子、なんか、どこかで……。

「マナか。よくこんなところまで入ってこられたな」

「ハイ!危うく衛兵とセト様につまみ出されるところだったんですけど、ちょうどお師匠サマが通りかかったのでセト様の矛先がそっちに変わった隙に来ちゃいましたー!」

「相変わらずだな。後で叱られても知らないぜ」

ファラオからマナと呼ばれた女の子は、てへっと笑って自分の頭をコツンと軽く叩いた。

初対面だけど、知っている気がする……。

うん。なんだかすごく、見覚えがある……!



(5話へ続く)
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