短編夢
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私の名はブラックマジシャン。
マスターの側近 くにお仕えすることを許されたしもべ、それが私だ。
ある時はデッキの主力モンスターとして、またある時はプライベートなお話し相手として、オン・オフ問わずマスターに召し喚 んでいただけることの、なんと光栄なことか。
望むらくは、この先も私だけであれば良いと──
身に余る幸せな日々が、何時 しか私を思い上がらせていたのかもしれない。
「自分のカードなら、ブラックマジシャンの他にもお話しできたりするのかな?」
ご自宅でデッキ調整をなさっていたマスターが、ふと私にお尋 ねになった。
「可能性は、無きにしも非 ず……といったところでしょうか」
「そっか、そうだよね。やってみなくちゃわからないね!」
マスターはデッキの中から適当に一枚のカードを抜き取り、期待を込めるようにそれを額の前に掲げられた。
──何故だろうか、胸が苦しい。
マスターの願いは全て私の願いでもあるというのに。
「よし……いくよっ」
デュエルディスク上に私のカードと並んで置かれたのは、素早い剣術で敵を翻弄するあのエルフの青年だった。
「エルフの剣士、召喚!」
ソリッドビジョンと呼ばれる立体映像が形を構成してゆき、エルフの剣士が姿を現す。
しかし、エルフの剣士は召喚されるや否や、何も言わず私の背後に回り込んできた。
「……おい、何をしている。後ろに立つな」
「あれ?エルフの剣士どうしたのかな」
「…………………………」
エルフの剣士は私の後ろから顔を覗かせ、マスターのご様子を伺っているようだった。
はあ……一体どうしたというのだ。
「折角マスターが召喚してくださったというのに、そのように隠れていては失礼だろうが」
「………!」
私は軽く息を吐き、エルフの剣士の不心得を窘 める。
すると一転、彼は素早くマスターの前へ出ると、剣を床に置いて跪 いた。
「……ご無礼を働き申し訳ございません、マスター。ご召喚いただき幸甚 の極みでございます」
「んー……」
「決闘の場においてはご挨拶も儘 ならず、ひたすらに敵陣を見据え……」
「えっと……」
「こうしてマスターにお目通りが叶う時が来ようとは夢にも思っておらず……」
「ごめんね、聞こえないみたいなの」
マスターのお言葉にエルフの剣士はハッとして顔を上げると、大きく息を吸った。
「ゆ え に! 誠 に 勝 手 な が ら! 少 し ば か り! 心 の 準 備 を!──」
「ええい、喧 しい。マスターはお前の声が小さいと仰 っているのではない」
私がエルフの剣士の頭を杖で小突くと、彼は半身だけこちらを振り返り、わけがわからないといった顔で見つめてきた。
「わかるだろう。いくら大声で話そうが抑 カードに宿る者の声が人に届くことはないのだ、諦めろ」
「なんと!では、ブラックマジシャン殿がマスターと会話できているのは、何らかの魔術の類 いか?」
「……さあ、どうだろうな。そうかもしれないな」
私の曖昧な返答にエルフの剣士は一瞬怪訝 な表情になるが、「そうか。さすがは最上級魔術師殿だ」とだけ呟 き、それ以上詮索する気はないようだった。
エルフである彼もまた魔力の扱いは得意とするところだろうが、剣の道を志したために高度な魔術の使用に関しては私ほど長 けてはいないのだろう。
しかし、この件に関しては別問題だ。
朧 げながらもよみがえる記憶に、私は気づかぬふりをして目を背け続けている。
この片割れの心を苛 む、罪の意識。
これは、悠久の時を経てマスター……ななし様を縛り付ける、呪 いともいえる呪 い──
「然 らば、ご挨拶の言葉に代えて我が剣術の奥義をご覧に入れましょう!いざ……剣呑 み!」
「わあああっ何何どうしたの!?剣を飲み込んじゃうの!?エルフの剣士すごいっ!」
──いや待て、何をマスターに見せているのだエルフの剣士は!
長年修行を積んで極めた奥義がそれか!?師の教えはどうなっている!?
エルフの剣士は飲み込んでいた剣を引き抜くと、胸に手を当てて辞儀 をした。
マスターから惜しみない拍手が送られる。
「続いて、ブラックマジシャン殿の頭に乗せた林檎を我が剣の投擲 にて真っ二つに──」
「するな!せめて斬 れ、投げるな!」
「む?心配は無用だブラックマジシャン殿。さ、装備を外して用意を」
エルフの剣士は手首でくるりと剣を回転させ、爽やかに笑った。
まったく、度し難い男だ。
「ねえねえブラックマジシャン、今度は何が始まるの?」
「はい、エルフの剣士が今度は……」
わくわく!という心のお声が聞こえてくるような、宝石のごとく輝くマスターの瞳に、私が映る。
──そうだ、違う。
他の何者でもなく、マスターのご期待にお応えするのはこの私だ!
「ご覧いただきますのは、マジックボックスに入ったエルフの剣士に剣を貫通させる剣刺しマジックでござい……」
「なっ、ブラックマジシャン殿!?」
彼には此処 らでご退場いただこう。
私をアシスタントに使おうなど百年……いや、三千年早いのだ。
それでは、始めようか。
タネも仕掛けもない マジックショーを。
***
「お話しはできなかったけど、とっても楽しかったよ。ありがとうエルフの剣士」
マスターはエルフの剣士のカードをデッキに戻され、優しく労 わるように両手で包み「お疲れさま」とお声をかけられた。
許せ、エルフの剣士よ。
逆境を乗り越えてこそ、真の強さを得られるのだ。
「ブラックマジシャンもありがとうね、今日のマジックも本当にすごかった!観客が私だけなんてもったいないよ」
「は!お褒めいただきありがとうございます。マスターにお喜びいただけるのでしたら、これ以上に幸せなことはございません」
「そんな……照れちゃうなぁ。ねえ、ブラックマジシャン。私もブラックマジシャンのためにできることってないかな?」
「どうかお気になさらないでください……恐れ多くも畏 くも、マスターのお側 に置いていただき感謝の念に堪えないのです……!」
ああ、なんという有難きお心遣い。
マスターの瞳に映った世界に私がいる。
カードとしての我が身がマスターと共にある。
もう既に、魂が震えるほどの喜びを感じているというのに。
マスターのふわりとした微笑みが、私を包み込んだ。
「ふふ。じゃあこれからもずっと一緒にいさせてね?カードに戻っている時は朝も昼も寝ている時も肌身離さず身に付けておくから、ずっとずっと一緒だよっ」
「恐悦至極に存じます、マスター!!」
改めて言っておこう──
私の名はブラックマジシャン。
マスターの最も 側近くにお仕えすることを許された唯一の しもべ、それが私だ。
今宵のマスターのぬくもりも、心地よいことこの上なしでしょう。
fin.
マスターの
ある時はデッキの主力モンスターとして、またある時はプライベートなお話し相手として、オン・オフ問わずマスターに召し
望むらくは、この先も私だけであれば良いと──
身に余る幸せな日々が、
「自分のカードなら、ブラックマジシャンの他にもお話しできたりするのかな?」
ご自宅でデッキ調整をなさっていたマスターが、ふと私にお
「可能性は、無きにしも
「そっか、そうだよね。やってみなくちゃわからないね!」
マスターはデッキの中から適当に一枚のカードを抜き取り、期待を込めるようにそれを額の前に掲げられた。
──何故だろうか、胸が苦しい。
マスターの願いは全て私の願いでもあるというのに。
「よし……いくよっ」
デュエルディスク上に私のカードと並んで置かれたのは、素早い剣術で敵を翻弄するあのエルフの青年だった。
「エルフの剣士、召喚!」
ソリッドビジョンと呼ばれる立体映像が形を構成してゆき、エルフの剣士が姿を現す。
しかし、エルフの剣士は召喚されるや否や、何も言わず私の背後に回り込んできた。
「……おい、何をしている。後ろに立つな」
「あれ?エルフの剣士どうしたのかな」
「…………………………」
エルフの剣士は私の後ろから顔を覗かせ、マスターのご様子を伺っているようだった。
はあ……一体どうしたというのだ。
「折角マスターが召喚してくださったというのに、そのように隠れていては失礼だろうが」
「………!」
私は軽く息を吐き、エルフの剣士の不心得を
すると一転、彼は素早くマスターの前へ出ると、剣を床に置いて
「……ご無礼を働き申し訳ございません、マスター。ご召喚いただき
「んー……」
「決闘の場においてはご挨拶も
「えっと……」
「こうしてマスターにお目通りが叶う時が来ようとは夢にも思っておらず……」
「ごめんね、聞こえないみたいなの」
マスターのお言葉にエルフの剣士はハッとして顔を上げると、大きく息を吸った。
「ゆ え に! 誠 に 勝 手 な が ら! 少 し ば か り! 心 の 準 備 を!──」
「ええい、
私がエルフの剣士の頭を杖で小突くと、彼は半身だけこちらを振り返り、わけがわからないといった顔で見つめてきた。
「わかるだろう。いくら大声で話そうが
「なんと!では、ブラックマジシャン殿がマスターと会話できているのは、何らかの魔術の
「……さあ、どうだろうな。そうかもしれないな」
私の曖昧な返答にエルフの剣士は一瞬
エルフである彼もまた魔力の扱いは得意とするところだろうが、剣の道を志したために高度な魔術の使用に関しては私ほど
しかし、この件に関しては別問題だ。
この片割れの心を
これは、悠久の時を経てマスター……ななし様を縛り付ける、
「
「わあああっ何何どうしたの!?剣を飲み込んじゃうの!?エルフの剣士すごいっ!」
──いや待て、何をマスターに見せているのだエルフの剣士は!
長年修行を積んで極めた奥義がそれか!?師の教えはどうなっている!?
エルフの剣士は飲み込んでいた剣を引き抜くと、胸に手を当てて
マスターから惜しみない拍手が送られる。
「続いて、ブラックマジシャン殿の頭に乗せた林檎を我が剣の
「するな!せめて
「む?心配は無用だブラックマジシャン殿。さ、装備を外して用意を」
エルフの剣士は手首でくるりと剣を回転させ、爽やかに笑った。
まったく、度し難い男だ。
「ねえねえブラックマジシャン、今度は何が始まるの?」
「はい、エルフの剣士が今度は……」
わくわく!という心のお声が聞こえてくるような、宝石のごとく輝くマスターの瞳に、私が映る。
──そうだ、違う。
他の何者でもなく、マスターのご期待にお応えするのはこの私だ!
「ご覧いただきますのは、マジックボックスに入ったエルフの剣士に剣を貫通させる剣刺しマジックでござい……」
「なっ、ブラックマジシャン殿!?」
彼には
私をアシスタントに使おうなど百年……いや、三千年早いのだ。
それでは、始めようか。
***
「お話しはできなかったけど、とっても楽しかったよ。ありがとうエルフの剣士」
マスターはエルフの剣士のカードをデッキに戻され、優しく
許せ、エルフの剣士よ。
逆境を乗り越えてこそ、真の強さを得られるのだ。
「ブラックマジシャンもありがとうね、今日のマジックも本当にすごかった!観客が私だけなんてもったいないよ」
「は!お褒めいただきありがとうございます。マスターにお喜びいただけるのでしたら、これ以上に幸せなことはございません」
「そんな……照れちゃうなぁ。ねえ、ブラックマジシャン。私もブラックマジシャンのためにできることってないかな?」
「どうかお気になさらないでください……恐れ多くも
ああ、なんという有難きお心遣い。
マスターの瞳に映った世界に私がいる。
カードとしての我が身がマスターと共にある。
もう既に、魂が震えるほどの喜びを感じているというのに。
マスターのふわりとした微笑みが、私を包み込んだ。
「ふふ。じゃあこれからもずっと一緒にいさせてね?カードに戻っている時は朝も昼も寝ている時も肌身離さず身に付けておくから、ずっとずっと一緒だよっ」
「恐悦至極に存じます、マスター!!」
改めて言っておこう──
私の名はブラックマジシャン。
マスターの
今宵のマスターのぬくもりも、心地よいことこの上なしでしょう。
fin.
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