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早月
彼は、あなたの事が好きだったのよ。
別れてもなお、好きだったのよ。 -
科捜研に戻ってからも、早月のその言葉はマリコの頭から離れなかった。
『ひょっとして先生はまだご主人のことを…』
だから今も再婚せず独身のままなのだろうか?
そう考えたとき、マリコにはある人物が浮かんだ。 -
土門
入るぞ。
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そう言って鑑定室へ入ってきたのは、まさにその人だった。
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土門
どうかしたのか?
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なんとも言えない表情のマリコを訝しみ、土門は眉を潜めた。
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マリコ
うん…。
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マリコは先程の早月の言葉を土門にも伝えた。
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土門
そうか。
先生が…。 -
マリコ
土門さんはどう思う?
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土門
そうだなぁ。
本当のところは香取さんにしか分からないが、別れてからも彼女のことを思い続けていたのかもしれないな -
マリコ
そう思うのは、土門さんにも同じ経験があるから?
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土門
俺に?
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言葉には出せずとも、マリコの中でくすぶっている『彼女』。
唯一、土門と同じ姓を過ごした他人。 -
土門
もしかして、有雨子のことか?
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マリコ
………………。
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土門
……確かに。
俺は別れてもなお、有雨子のことが好きだった。 -
マリコは唇を噛んでうつむく。
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土門
もう一度言うぞ。
『俺は別れてもなお、有雨子のことが好き“だった”』。
………なぁ。 -
マリコ
………………。
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土門
どうして過去形なのか分かるか?
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マリコ
え?
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土門
現在進行形のヤツがいるから、過去形になったんだ。
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土門は、もしかすると早月も同じなんじゃないかと考えていた。
土門の脳裏に化学研究員の顔が浮かぶ。彼は時おり皆とは一歩離れた場所から、早月を優しい眼差しで見つめていた。 -
マリコ
現在…進行形?
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土門は頷く。
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土門
そうだ。
そいつは有雨子とは比べものにならないジャジャ馬で、俺の言うことなんて聞きもしない。
そのうち『科学と結婚する』なんて言い出すんじゃないかと、本気で心配している。
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土門は眉を上げ、ニヤリと笑う。
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土門
誰かの代替なんかじゃない。
いや、真似したくても誰にも真似できない。
そんな唯一無二のヤツなんだ。 -
土門はマリコへ近づくと、ポンッと肩を叩いた。
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土門
わかったら、お前は何があっても先に逝くなよ?
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マリコ
私、科学となんて結婚しないわ。
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不満げにマリコはボソボソと呟いた。
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土門
じゃあ、…………誰と結婚するんだ?
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静かに見つめ合う二人の耳には、時を刻む秒針の音。
そして瞳には、お互いの姿。 -
マリコ
そうねぇ。
もう少し、食生活を改善したほうがいい人、かしら? -
そう言うと、マリコは土門のお腹を見てくすりと笑った。
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