そういえば、軀からちらりと聞いて気になっていたんだが……雷禅は、軀と戦って、負けたことがあると！？

さしものオレでもコイツは今ツブすって気になったことがあったもんでな。
ま、コイツの逃げ足のお陰で、ご覧の通りピンシャンしてやがるがな。

オメーは、俺の力量をわかってなかったばかりか、軀の特性ってのも理解してねえんだよ。

コイツは感情によって、戦闘力が大幅に違うんだ。
うちの幽助に似てるが、あいつどころでなく極端なんだよな……。

流石にあんときは胸糞過ぎてブチ切れたからなあ。
おめえの首をねじ切って、あいつの墓に供えてやるって誓った訳だ。

俺の、現嫁の前世だよ。
こいつ、誤解しやがった。
まあ、誤解されても仕方ねえ状況ではあったがな……。

オレは、ある食脱医師の噂を聞きつけたんだ。
生ける伝説って言われるような凄まじい法力の奴で、全身猛毒で、どんな妖怪でも食うことができない、と。

興味を持ったが……同時に、別の嫌な噂も聞いた。

あの雷禅が、その食脱医師の女に興味を持っているってな。
ま、その時は、さしもの雷禅も何もできずにすごすご帰ってきたらしいと……が、問題は、その何か月後かだ。

その女が、子供を産んだが、そのせいで弱り切ってしまったってな。

ピンと来た。
あの負けん気の塊みてえな雷禅が、何もしねえで尻尾を巻くとは考えられねえなって。

相手が女だったら、食い殺す以外に、命を害する手段はある。
例えば、それに耐えられる状況じゃないのに、子供を産ませる……とかな。

フザけんなよ。
誰が、あいつと俺の間の子をな、あいつを害するために使うかよ！！
……だがな、そう思われても状況的に仕方ねえってのもわかるんだよ……！！

今思えば、このアホ野郎、子供が生まれるくらいの時期になったら、無事かどうかくらいは確認しにくるつもりだったんだろう。

しかし、予想外なことが起きた。
子供が、本来人間にはあり得ないくらいに、早く生まれたことだ。

こいつが魔族大隔世を使って、あいつが産む子供自体は人間にしたのは事実だろうが、それがうまくいかなかった。
このアホ野郎、相手の女に思い入れるあまり、大隔世を一部失敗しやがったんだな。

要するに、子供は基本的には人間であり、霊気だけを持っているのは違いねえ。
だが、ところどころ、魔族の特性が現れてしまう状態だったみてえなんだ。

例えば、本来有り得ないような速度で、母親の腹の中で成長しちまう……。

お陰で、ただでさえ肉体を酷使する食脱医師なんて職業に就いてたあいつは、急激に胎児に霊気と栄養を吸い取られて弱り切っちまったんだ。

オレがあいつの家に上がり込んだ時、あいつは、生まれたての赤子を抱えて死の床にいるって、絶望的な状況だった。

オレは、その女に訊いた。
その赤ん坊の父親は、図体がでかくて、白銀色の髪が長くて、顔の左側にだけ、特徴的な模様のある魔族の男じゃなかったかって。

あいつは言った。
なぜ、知っているってな。

オレは、これだけの女が、こんなことで死ぬなんて納得いかなかった。
だから持ち掛けた。
魔族に生まれ変わらないかってな。
そして、オレの侍医として仕えれば、誰もお前を二度と害せない。
子供もいずれ、俺の直属戦士にするべく養育してやるってな。

気持ちだけはありがたい。
だが、私を人間のまま死なせてくれ。
子供はどうか、私の師のいる寺に連れて行ってくれないか。
私の死骸は、どうとでも使ってくれてかまわない、と。

雷禅、当時、人間界では……。

当時のオレは、雷禅の野郎が、この女を自分の子供を使って踏みにじるために、無理やりに子供を産ませて放置したんだと思い込んだ。

色々胸糞悪い話は聞いてきた俺だが、こればかりは腹に据えかねた。
目の前で死んでいったあの女のため、雷禅を生かしてはおかないと誓ったんだ。

自分が命でもって供養するべき相手の名前を知らないんじゃ、供養のしようもねえと思ってな。
それと、冥途の土産だ。
あいつと子供の名前を教えた。

それが軀の本気の一撃か……。

こんなしおらしいこと抜かしてるが、大した奴だぜコイツ。
そんな状況でも、何とか隙を見て逃げ出しやがった。

……軀は、何故雷禅を追撃しなかったんだ？

……トーナメントでは、軀の負けだったが……。

納得いかねえような気もするが、これがコイツの判断なんだろう。
有難く優勝者の権利はいただくぜ。