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日曜日の王谷戦を終えた翌日、今日は降谷の復帰初日だった。
沢村は沢村で、昨日の結果から興奮冷めやらないのか、いつまでも投げていそうだったので、注意してクールダウンに行かせたところだ。
Aグラウンドのマウンドに立つ降谷の投げる球を、ホームベースの前でキャッチングしていると、御幸の右手辺りに立ってその様子を見ていた川上が声を上げた。
「降谷! あとは流すだけだからな。無理するなよ」
「わかってます。ノリ先輩」
御幸からも言っておいたが、さらに念を押してくれる川上の言葉に、降谷が小さくうなずいて応える。投げ足りない、という彼の思いは、正直ボールからも伝わってくる。いつものオーラもしまいきれていない気がするが……ホントにわかってんのか?、ったく。
「あれ? なっちゃん」
ボールをキャッチした瞬間、耳に届いたのは、川上の思いがけない言葉だった。降谷へと投げ返す前に、ついキャッチャーマスク越しに横目でそちらを見た。それから、彼の顔の向いた先を目で追う。
「あっ、ノリちゃん!」
「やっほー」と、手を振りながら川上のもとへと駆け寄る夏実は、陸上部のグラウンドではなく、なぜか青心寮の方角からやってきた。部活終わりだからか、"SEIDO Track&Field"と書かれた、青道陸上部の上下ジャージ姿に、ランニング用の体にフィットする形のバックパックを背負っている。
「どーしたの? 明日から修学旅行でしょ」
「ノリちゃんこそ。練習は?」
「もう終わって自主練してたよ。俺はいま、見てただけだけど」
「そうなんだ。あっ、昨日も野球部勝ったんだってね! おめでとう!」
「次は準決勝?」「うん」そばでそんな会話を繰り広げる彼らが気になりつつも、降谷の投球を数えることを忘れない。今日は、あと10球くらいだろうか。
御幸の視界の端で、夏実と川上の二人が、横に並んでこちらの様子を眺めているのが気配でわかった。会話がすべて聞こえていたわけではないが、時折、夏実の発言に対し、川上がツッコミを入れていた。
「みゆきちゃん、キャッチャーしてる」
「そりゃキャッチャーだからね」
「ノリちゃんは、ピッチャーなんでしょ」
「そうだよ。でも今日はもう上がり。なっちゃんは?」
「部活終わったあと、原ちゃんのおつかいで、片岡先生に書類届けに来たのを、渡してきた帰り」
「一応あたし、キャプテンだからね」と、夏実は小さく得意げにしている。
「監督にって……えっ、まさかなっちゃん、監督室入ったの!? 一人で!?」
「えっ? 入っちゃダメだった? だって片岡先生、中にいたから」
「ダメっていうか……怖くないの?」
「いや? まあ確かに、ちょっと強面かもしれないけど」
「お、橘。どした?」
「もっちー! おつかれー」
──時間的にもそれくらいだろう。自主練を終えて青心寮へ戻ろうとした倉持が、バットを右肩に担 いで、その輪に加わってきた。とはいえ、投球練習をやめるわけにもいかないのだが。
「早く帰れよ。明日から修学旅行だろ?」
「ノリちゃんと同 じこと言うじゃん。二人ともそんなに行きたかった?」
「まあ、少しはね」
「うるせぇ! せいぜい楽しんでこいこのヤロー」
「あはは、もっちーってば隠しきれてないよ」
「ていうかなっちゃんがさ……ウチの監督に用があるからって、監督室入ったんだって」
「マジで!? おまえ肝据わってんな!?」
それはホントそう、と御幸も内心苦笑いして、思わず聞き耳を立てることをやめられずにいた。野球部員ですら、あそこへ入室するのは勇気がいるというのに。彼女は怖い者知らずというか、どこか危なっかしいというか。イメージどおりではあるけれど。
「そうかなあ。バチボコに怒って真顔になった原ちゃんのほうが、よっぽど怖いと思うけど」
「えっ……原先生って、いつもニコニコしてるイメージだけど……」
「年に1回見られるかどうかの発生率だからね……陸上部以外は知らなくていいよ……」
「……先生の怒りを珍しい気象現象みたいに言うじゃん」
「ヒャハハハハ!!」
「なんや倉持、アホみたいに笑いおって」
「あ、ゾノさんだ」
「あれ、なんで夏実ちゃんがいるの?」
「ナベ、[#ruby=グラウンド_こっち]に用?」
「というか、主将・副主将に用だね。このあと食堂で成孔学園の解説頼んできたのも、御幸だから」
「橘なにしとるんや。こっちは陸上部のランニングコースちゃうやろ、迷子か?」
「ちがいますぅー、迷子だったらそれはそれでオ モ ロ イ けど」
「ワハハ、ちょっと発音ちゃうな」
人が集まることで、賑やかになってしまった。正直やりにくい。夏実のこともある。しかし、早く切り上げようと言えば、復帰明けの降谷が拗ねるに違いないので、今さら止 められなかった。
それにしても、当たり前のように部員たちと会話する夏実を見るたび、彼女の交友関係の広さに驚かされる。逆の立場だとして、御幸自身は夏実の陸上部のメンバーはほとんど知らない。せいぜい同じクラスで彼女とよく話している近藤と、以前部長会議で一緒になった武井くらいだ。
「キャッチボール? こんなに近くで見るの、初めて」
「キャッチボールとは、ちょっと違うかな」
気付けば2人から5人になったギャラリーが、横並びでこちらの投球練習を見ている。夏実の言葉に、川上が苦笑いしながら続けた。
「なっちゃんも試合、観に来たらいいのに」
「なかなかチャンスがなくてさー、みんなの頑張ってるところ応援したいな」
「あ! でも、決勝の日は日曜日でしょ? さすがに原ちゃんも、『野球部の応援行かなきゃなー』って言ってたよ」
「みんなが決勝行ったら、その日部活休みにしてくれるって! 陸部みんなで応援行くからね!」
「おぉ、そうなんか」
「じゃあ、とっとと決勝決めねぇとな!」
「準決勝の結果が出たら、夏実ちゃんにもメールするよ」
「ホント? ドキドキするなー」
「夏実!」
パシン、とちょうど降谷の球をキャッチしたところで、彼女の名前を呼んだ。膝立ちになってマスクを上げ振り向くと、少し見開いた彼女の瞳が、こちらを見つめていた。
「バッターボックス立ってみる?」
「えっ!」
「降谷、1打席だけ付き合ってやって! 最後ストレート投げて終わるぞ!」
マウンドの降谷にそう声をかけると、ちょっと不思議そうにしていたが、存外すぐにうなずいていた。どうにも素直な奴だ。まあ、投げられれば何でもいいのかもしれないが。
一方で夏実はこちらを指さして、渡辺に聞いていた。
「ねぇ、いいのかな?」
「打ってみたい?」
「うん!」
子どものように目をキラキラさせてうなずく彼女を前に、倉持と前園が顔を見合わせて肩をすくめた。
「まあ、いいんじゃねーか?」
「そもそも自主練やしな」
「やった!」
「ほらよ、バット」
「荷物持っててあげるよ」
背負っていたリュックを川上に手渡し、代わりに倉持から金属バットを受け取ると、夏実は両手でそのグリップ部分を握り締め、体の前で掲げるようにしてこちらへ駆け寄ってくる。そして、御幸のそばまで来たところで、あたりをキョロキョロしだした。御幸には彼女のその行為の意味がわからず、小さく首をかしげてしまう。
「どうした?」
「どこに立てばいいの?」
「そっからかー」
間の抜けた発言に、つい苦笑いすると力が抜けて、御幸は肩を落とした。夏実の後ろで、同級生たちも笑っている。ニヤニヤと笑う倉持が、片手を口元に添えて囃 すように声を上げた。
「キャプテーン、教えてやれ」
「はいはい」
御幸は立ち上がりながら、取り去ったマスクを尻ポケットに引っ掛け、ミットを外すと左脇に挟んだ。
「なっちゃん、右打ち? 左打ち?」
「右利き!」
「あーそうじゃなくて……わかった、一回バット振ってみて」
「こう?」
「ん、右打ちね」
「じゃあこっち」と、両手でバットを肩に担いでいる夏実の正面から、御幸は彼女の両肩をつかんだ。そのまま、二人して足元を見ながら、ちょこちょこと横歩きするようにして、夏実を右打席に立たせる。
「ココに立って」
「うん」
うなずいた夏実に合わせて顔を上げてみると、御幸は目に入ってきた"違和感"に気付いて、ふっ、と笑ってしまった。
「夏実、手が"逆"」
「え? 逆?」
「こ っ ち 。右手が上」
御幸は右手でバットを支えて、左手で夏実の右手首をつかむと、ぐっ、と引っ張って手を離させ、彼女の左手の上に添えた。すると夏実は、「なんかしっくりこないと思った! 道理で」と目を見開いて感心していた。その反応に、また笑ってしまう。
「前に出すぎるなよ、球当たったら危ないから」
「オッケー!」
ポジションに戻ってマスクをかぶり直し、ミットを構えると、夏実がマウンドに向かって手を振った。「フルヤくん? よろしくねー!」それを聞いた降谷も、右手でキャップを上げ、ペコリと頭を下げていた。
「お、女子陸上部エースのバッティング、見ものだな」
「お手並み拝見やな!」
「ケガしないようにね」
「はい、じゃープレイボール」
ギャラリーの中で、川上が楽しそうに声をかけてきたのを聞いて、「よーし」と意気込み、バットを構える夏実。準備ができたところで、マウンドに向かって合図を出すと、降谷は軽めの動きで投球動作に入り、ボールを投げ込んできた。
「ふんっっ!!」
パン、と硬球がミットを叩く音と、夏実の気合いの入った声がして、バットが空を切った──せいぜい100キロくらいの球速だが、初球はとんでもなく気持ちのいい空振りだった。
御幸は笑ってはいけないと思いつつも、彼女の思い切りの良いコミカルなその動きに、堪え切れずマスクの下で「ん、フッ」と吹き出してしまった。向こうでいまボールを放った降谷でさえ、投げた右手で口元を隠して震えているのが見える。ギャラリーからは「おぉー」と、どよめきに近い歓声と苦笑いが聞こえてきた。
「ちょっと! みゆきちゃんいま笑ったでしょ!」
「いや、笑うなってほうがムリ……っ」
くくっ、と噛み殺していると、振り返った夏実が文句を言ってきた。「あたしは真剣だよっ」「ゴメンゴメン」むぅ、と膨れる夏実は、やっぱり子どもみたいでちょっと可愛かった。
「ヒャハハハ! フルスイングだったな! タイミングは合ってたぜ」
倉持も拍手しながら爆笑していたが、渡辺はその横で、気にしないでとでも言うように、かぶりを振っていた。
「ちゃんと振り切れてるし、バットの軌道もブレてないから、当たれば前に飛ぶはずだよ」
「えぇか? ボールを打つ瞬間までよく見るんや!」
「オッケー、『ボールをよく見る』……」
「しっかり最後まで振り抜けよ!」
「『最後まで振り抜く』……」
「がんばれなっちゃん」
副主将二人のアドバイスを繰り返し口にしながら、ジャージの袖を捲 る夏実を、川上が応援している。
再びバットを構える夏実を見上げれば、御幸に笑われて火が付いたのか、明らかに顔つきが変わっていた。教えてもいないのに腰を落として、下半身を安定させているところなんかは、さすがの運動神経だ。
2球目も、先ほどと同じような球が飛んでくる。スイングと共に彼女の口からは、歯を食いしばる声が漏れた。
「、ンッ!」
キン、と金属バットが硬球を捕らえた音。おっ、当てたか。しかし、打球は頭上高く上がって後方に逸 れていった。惜しくもファウルだが、彼らも驚いた声を上げる。
「おお、マジで当たった!」
「やるじゃん、なっちゃん!」
「でも今の、カスっただけだよね? 次やったらちゃんと当たりそう」
そこで、「ちょっと待って」と夏実はバットを片手で持つと、ジャージの襟元を口にくわえて、反対の手で胸元のファスナーを下げた。なぜかバットがこちらに差し出される。
「一也持ってて」
「あ、はい」
ふいに名前を呼ばれて、ドキッとしてしまった──自分で頼んでおきながら、まだこっちが慣れない。
言われるがままバットを受け取ると、彼女は脱いだジャージの袖を腰に巻き付けて、すぐに御幸の右手からバットを取り上げた。「ありがと」
半袖のTシャツ一枚になった夏実は、口元の汗を肩の袖で拭いながら、マウンドの降谷を真っ直ぐに見つめる──それは、彼女が走っているときと同じ──すっかり"アスリート"の顔つきだ。ギャラリーも盛り上がっている。「おっ、本気モードってか」「えぇぞーいったれ!」
夏実……ミートしてないのもわかってるし、たぶんボールもちゃんと見えてるな。初球の空振り具合から一発で修正できるあたり、動体視力もいいんだろう。
そんな彼女をマスクの隙間から見上げていたら、いつもの捕手としてのマインドと、少しのイタズラ心が働いて、御幸はこ の 打 席 で初めて、降谷に向かって"サイン"を出した。
降谷はそれを見て、『え、いいんですか?』という顔をした。『いいから』とうなずくと、『本当に?』と目でもう一度確認してくる降谷に対し、御幸はそれ以上の問答無用でミットを構えた。
それを見た降谷は、めずらしく首をひねってからグローブを構えて、試合さながらに大きく振りかぶった──
ズパァン!
鋭いながら、重たい音。「うわぁっ!」と夏実は声を上げながら、ずいぶんと振り遅れ、くるりと体を横に一回転させて空振りした──三振……なんつって、ヤッベ、と内心考えては、さすがの御幸も笑みを浮かべながら凍り付いた。
スピードガンで計測したわけではないからわからないが。今の球……下手したら140キロ近く出てたかもしれん。
夏実はバットを振り切ったあと、バッと勢いよく振り返って、御幸のミットの中にある白球に向かって、目をまんまるにさせて叫んだ。
「はっっっや!!」
「うーわ!あ い つ 大人げねぇ!!」
すかさず倉持が大声を張り上げる。『あいつ』とはもちろん降谷ではなく、御幸のことだ。先ほどのサインは"速い球"、という要求だった。そういうリードをしたのが、同級生たちにはバレている。その証拠に、普段穏やかな川上や渡辺まで、御幸のほうを見て"ドン引き"の表情をしていた。
御幸としては、彼女をほんの少し驚かせようと思っていただけなのだが、マウンドからは御幸の想定以上の豪速球が飛んできたのだった。確かに"速い球"とは言ったが。降谷の素直さを甘く見ていた。
「御幸!! お前、女子相手に鬼か!」
「は、ははっ……いやー、だってなっちゃん、マジで当てにきそうだったからつい」
「負けず嫌いにも限度があるわ、アホ!」
「つーか危ねぇだろうが! 橘、大会前だぞ! 足にでも当たったらどうすんだ!」
倉持の叫びはもっともで、正直御幸もさすがにやりすぎ、と冷や汗をかいてしまった。当の夏実はといえば、倉持をなだめるように「だいじょぶ、だいじょぶ」と手を振っては、へらりと気の抜けた様子で笑っている。緊張感などない──なっちゃん、やっぱちょっと危なっかしいんだよなあ……。
「いやでもすげーよ、橘。よく振ったな」
「うん。降谷レベルの豪速球なんて、野球部員でも腰引けちゃうときあるもん」
倉持と川上の言葉を聞いた夏実は、バットを持ったままこちらを振り向いて、御幸のことを見下ろした。「そうなん?」マスクを外しながら、ほほ笑んでうなずいてやる。
「そうだよ。なっちゃん、度胸あんなあ」
「やったね」
「野球部のキャプテンに、褒められちゃった」と嬉しそうに笑った夏実を見て、こっちまでつられて笑ってしまった。
「ていうか、一也もすごいね!? なんであんなの捕れるの? 手ぇ痛くないの?」
「そのためのミットだからなあ」
自分でもこの回答が合っているとは思わないのだが、冗談なのか本気なのかわからない夏実の台詞には、そう答えるしかなかった。立ち上がってヘルメットとプロテクターを脱ぎながら、目線を上にやって少し思案する。
「なんでって言われたら……まあ、それが仕事だから?」
「かっくい~」
「なんだそりゃ」
つい肩をすくめたところで、視界の端のマウンドで彼が練習を切り上げようとしているのが見えた。すかさず声をかける。
「降谷! ちゃんとダウン行けよ!」
すると、隣の夏実が降谷に向かって大きく手を振りながら言った。
「フルヤくんゴメンね、あたしの遊びなんかに付き合ってくれて! ありがとう、楽しかった!」
「最後の球、めちゃくちゃすごかったよ!!」降谷はそれを聞いて、またキャップを取ってからペコリと頭を下げた。褒められてほ く ほ く しているオーラが見える。どこまでも素直な奴だ。
こちら側では、同級生たちが夏実の健闘を称えるように近付いてきて、彼女はバットを倉持へと返し、川上からカバンを受け取った。
「もっちー、バットありがとう!」
「へい、お疲れさん」
「なっちゃん……御幸にあんなことされて、怖くなかった?」
「あんなこと、て。ノリ、言い方」
御幸のレガースを外すのを手伝いながら言った川上の言葉を聞いて、思わず苦笑いしながら彼をたしなめるように見下ろす。夏実は"サイン"のこともよくわかっていないのか、変わらずニコニコしていた。
「ううん、面白かったよ」
「ほんまタフやなあ」
「ちゃんと修正して当てにいけてたし、夏実ちゃん、やっぱり運動神経いいんだね」
「数少ない取り柄ですから」
イェーイ、と夏実は得意げに、渡辺に向かってVサインをしてみせた。
「でも野球部のみんなすごいよねぇ。あんな小さくて速い球を、こんな細い棒に当てるんだからさ」
「つってもそういうスポーツだろ」
「なっちゃんたちみたいに、自分の身体 一つで戦う陸上部もすごいよ」
「ノリちゃんイイこと言う~」
「よっしゃ! このあとは成孔学園の対策ミーティングや! 橘も気ぃ付けて帰りや!」
「ゾノさん、先生みたい」
「副主将になってから仕切りたがりなんだよ」
「お前も副主将やろが倉持ぃ!」
「わーったわーった、じゃあな、橘」
「帰り道に気を付けてね」
「またね、なっちゃん。御幸、コレ持っていくな」
「おう、サンキュ」
御幸のキャッチャー用防具を抱える川上をはじめとして、片付けのために用具倉庫へ向かう彼らに、夏実はずっと手を振っていた。「バイバーイ!」御幸はそんな彼女の姿を、ミット片手にじっと眺めていた。
「カッコよかったぜ、なっちゃん」
「ホント?」
息をついてふと声をかけると、パッと夏実はこちらを振り向いて、また嬉しそうに笑った──ああ、やっと俺だけを見てくれた。
「でも、ちゃんと打てなかったから、またリベンジしたいなー」
「じゃあ、今度一緒にバッセンでも行く?」
ニヤリと笑って片眉を上げてみせる。その場のノ リ というか、冗談混じりで言ったつもりだった。なのに、夏実は疑うようなそぶりを一切見せず、それどころか、軽く飛び跳ねるようにして喜んでいた。
「いいねそれ! お互いの部活の大会終わったら、一緒にデート行こっ」
『デート』──思いがけず耳は反応して、一瞬固まってしまった。別に、付き合っているのだし、言われてみればそういうことか、なんて。自分で言っておいて、今さら気付いた。
デート……デートかあ、とその単語を妙に噛み締めてしまう。先ほどとは全く違う意味でニヤける口元を、無意識にいつもの手つきで、こっそりミットで隠した。
「わかったから、ほら……ちゃんとジャージ羽織っとけ」
「リュック持っててやるから」と、ごまかすように彼女の手の中にあった荷物を、右手で攫 ってやる。
「日が沈んできたら、さすがに冷えるぞ」
「はあい」
腰の結び目を解 きながら、夏実がジャージの袖に腕を通すのをなんとなく見守っている。
ふいに夏実がチラチラと、用具倉庫に向かう皆の後ろ姿を目で確認した。次に、「あのね、」と手で口のあたりを隠すようにして声を潜めたので、反射的に少し屈んで、片耳を彼女の口元へと近付けた。
「実は、一也に会えるかと思って、原ちゃんのおつかい引き受けたんだ」
「みんなにはナイショね?」そう言って離れていったと思えば、夏実はジャージのファスナーを閉めながら、いたずらっ子のように笑った。
──そんな"内緒話"も、名前で呼んでくれることすら、自分にとっては特別に思えて、胸が高鳴る。
だけど、その"特別"は、本 当 の 意 味 ではない。『独りよがり』では意味がない。そのことには、気付き始めている。夏実につられるように口角を上げて、でも少しだけ自分の思考に呆れて、眉をひそめてしまった。
「……動機が不純だなあ、"キャプテン"」
「だからナイショなんだってば」
「はいはい」
リュックを夏実に渡してから、その空いた手で彼女のジャージの、内側に折れてしまっていた襟を直してやった。
指先が夏実の柔らかい肌の、首と頬に触れたとき、くすぐったそうに肩を小さく縮こまらせて笑っていた。そのときの、彼女のちょっぴり甘えるような見上げる視線が、ほんのり愛しかった。
「決勝の応援行くから。準決勝、勝ってね!」
「おう」
やっぱり彼女は誰にでも優しくて、こんな自分にも同じように優しくて、それがきっかけだったはずなのに。
付き合った途端、『他の人間にまで優しくするな』なんて──矛盾している。自分勝手すぎる。わかりきっている答えと、ちっぽけな自分が目に付いて、少しだけ嫌になる。
「夏実も修学旅行、楽しんでこいよ」
「うん!」
「あ、でも、はしゃぎすぎてケガとかしないようにな」
「もー……一也まで原ちゃんと同じこと言わないでよー」
「やっぱ言われてんのか」
苦笑いしてやると、「ちゃんと気を付けますぅー」と不服そうに唇をとがらせた夏実の顔が、おかしくてまた吹き出してしまった。それを見て、夏実もふふっ、と笑った。
「じゃあね、みゆきちゃん。いってきまーす!」
「ははっ、いってらっしゃい」
そこは普通、別れの挨拶ではないのか、とツッコむ暇もなく、夏実はバックパックを軽やかに背負っては胸元のバックルを片手で器用にカチャンと差し込んで、大きく手を振りながら走り去っていった。
『(修学旅行に)いってきます』という意味なのだろうが、やっぱりおかしくて、御幸は笑って『いってらっしゃい』と返すことしかできなかった。
家路へと急ぐ夏実の背中を見つめていると、数十メートル先で一度御幸のほうを振り返った。ん?、と眉を上げると、彼女は走りながらまた大きく手を振っていた。
それを見て、ああもう、と肩の力と口元が緩んでしまって、ついでに御幸は彼女からも見えるよう、顔の横まで右手を持ち上げて振り返した。そしたら、この距離でもまた嬉しそうにしたのが、彼女の動きで伝わってくるのだから、もはや感心してしまう。
寮へ戻る途中、先ほど片付けに行っていた同級生たち4人に追い付くと、後ろを歩く御幸に気付いた川上が、声をかけてきた。「あれっ、御幸?」
「まだグラウンドいたの?」
「ん、そこまで"見送り"」
「ああ、なっちゃん帰った?」
「いま走ってった」
左肩に提げたバッグを持ち直しながら、夏実が走り去った方向を軽く親指で示す。そこで、川上が一瞬立ち止まって隣に並んだかと思うと、唐突に声のトーンを落として言った。「あのさあ……」「なに」
「御幸って、なっちゃんと付き合ってたの?」
「えっ」
……待て、こいつらの前でそんなそぶりしたっけか。いや、別に隠してるわけでもねぇし、否定する意味もねぇんだけど。
川上の問いを聞いてそこまで考えたのだが、答えに詰まって図星だと思われたのか、彼には苦笑いされてしまった。
「いや、お互いに名前、呼んでた気がして」
「それだけ? ずいぶん単純だな」
取り繕う理由もないが、ごまかすように鼻で笑ってやった。が、川上は全くめげない様子で続けた。
「御幸ってさ──普段は試合外でのスキンシップ、潔癖っぽいとこあるじゃん? 気付いてた?」
「女子なんてもっとだよね」どちらにせよ、意識なんてしていなかった。だいたい、彼女に触 れたのなんて、ほんの数秒だった気がするけれど。
川上のその言葉で、夏実に抱きしめられたあ の 夜 のことを思い出してしまって、つい口元をパッと片手で覆い、顔を隠すようにうつむいた。
俺、そんなわかりやすいかな……。チラッ、とうかがうように、目線だけ川上のほうを見上げる。
「…………マジで?」
「思い返すとね。けっこう露骨だった」
「"イチャイチャ"……とまでは言わないけど」と、肩まですくめられてしまった。これは言い逃れできない。なんだかんだ同学年としてバッテリーを組んできた、彼の性質は理解しているつもりだ──それは、彼にとっても同じということだろうか。だから御幸は、あっさり観念した。
「あ、あんま言うなよ? 部の連中にからかわれると面倒だ」
「わかってる」
やれやれ、といった調子で笑われる。御幸の口からはハァ、とため息が出た──と同時に、今度は尻に衝撃が走った。
「いって!」
「なーにが『あんま言うなよ』だ」
振り向く前にわかりきったことだが、犯人は言うまでもなく倉持だった。いつのまに背後に回り込んだのか、尻を蹴り上げた脚を持て余すようにブラブラと振りながら、苦い顔をしている。
「さっきみたいな調子じゃあ、どうせすぐバレんだろ」
「は……」
「ホントだよね」
言葉に詰まっていると、先ほどの会話が少々聞こえたのか、倉持に同意するように、さらに前を歩いていた渡辺がうなずいて彼に尋ねた。
「倉持も 知ってたんだ?」
「不本意だけどな」
「不本意なんだ」
川上が繰り返すようにして笑う。3人のやりとりを、御幸は隣でポカンと、黙って聞いていることしかできない。
「まあ、同クラだしな。ナベちゃんは?」
「僕はまあ……い ろ い ろ あって?」
そうやって渡辺は、明らかに意味ありげな言い方で、少し首をかしげてみせながら、御幸のほうを見た。その目つきに、一瞬でまたあの夜のことが頭に浮かんで、御幸は冷や汗をかいた。
「ナ、ナベさん? それは"オフレコ"って話じゃあ……?」
「さっきみたいなの見せられたらねぇ。どーしよっかなあ」
「え、なになに、ナベは何を知ってるの?」
「ヒャハハ! ナベちゃんに脅されちゃあ、世話ねーな」
散々冷やかされ、収拾がつかなくなってきた。おいおい……勘弁してくれ。
「なんのハナシや?」
「なんでもないよ、行こう。御幸、コレ先にチェックしといて」
「ハイ……」
先頭を歩いていた前園まで交ざってきそうになったところで、渡辺は話を切り上げるように、手に持っていたノート──このあとのミーティングで使用するものだろう──をこちらへ差し出した。
彼に伝わってしまえば、すぐに部全体に広まると考えたのは渡辺も同じようで、さすがにそれは回避してくれたようだ。あの夜のようにもはや形無しで、素直に返事をしてしまった。しばらく渡辺には、かないそうもない。
ノートを右手で受け取った際、ついでに渡辺は釘を刺すように、じっ、と御幸の顔を覗き込むしぐさで言った。
「ひとりじめも、ほどほどにね」
ギクッ、ともドキッ、ともとれない様子で体が震えた。"無意識の暗がり"に、光を当てられたような気分だった。
『独 り占 め』、か。渡辺らしい的確なその表現に、心中を言い当てられた気になる。『彼女はみんなのものだよ』、と言われているようで。もしくは『誰のものでもない』、か。
「しっかり頼むぜ、主将 」
ヒャハ、と小馬鹿にした笑い声を上げる倉持も、多くは言わないが察しているのだろう。御幸の背中を一つバシッと叩くだけで、前園・渡辺の後に続いた。
ふいに、ひょこっ、と右脇のあたりから川上の顔が覗いたので、つい右肘を持ち上げるようにしてそちらを見下ろした。彼は好奇心に駆られた目つきで、ニヤリと笑った。「で?」
「告白はどっちから?」
「……ノーリー?」
ニヤニヤとからかってくる川上を、半笑いに引きつる顔で睨み、御幸は渡辺に託されたノートを振りかざして叩 くフリをすると、彼が逃げるようにした。お互い、終始ふざけた口調だった。
「だいたい、なんで夏実と仲いいんだよっ」
「前に委員会で一緒になったことがあるだけだよ!」
「めんどくさいなあ、もー!」と呆れて笑う川上に対して、御幸もなんだか気が抜けてしまって、笑みを携えながら夕暮れの空を仰いだ。彼女は明日の今頃、もう修学旅行先に着いているのだろうな、なんてことを想いながら。
(御幸くんと川上くんの、ちょっぴり気が合わない故にどこか遠慮がない関係が好きです。)
沢村は沢村で、昨日の結果から興奮冷めやらないのか、いつまでも投げていそうだったので、注意してクールダウンに行かせたところだ。
Aグラウンドのマウンドに立つ降谷の投げる球を、ホームベースの前でキャッチングしていると、御幸の右手辺りに立ってその様子を見ていた川上が声を上げた。
「降谷! あとは流すだけだからな。無理するなよ」
「わかってます。ノリ先輩」
御幸からも言っておいたが、さらに念を押してくれる川上の言葉に、降谷が小さくうなずいて応える。投げ足りない、という彼の思いは、正直ボールからも伝わってくる。いつものオーラもしまいきれていない気がするが……ホントにわかってんのか?、ったく。
「あれ? なっちゃん」
ボールをキャッチした瞬間、耳に届いたのは、川上の思いがけない言葉だった。降谷へと投げ返す前に、ついキャッチャーマスク越しに横目でそちらを見た。それから、彼の顔の向いた先を目で追う。
「あっ、ノリちゃん!」
「やっほー」と、手を振りながら川上のもとへと駆け寄る夏実は、陸上部のグラウンドではなく、なぜか青心寮の方角からやってきた。部活終わりだからか、"SEIDO Track&Field"と書かれた、青道陸上部の上下ジャージ姿に、ランニング用の体にフィットする形のバックパックを背負っている。
「どーしたの? 明日から修学旅行でしょ」
「ノリちゃんこそ。練習は?」
「もう終わって自主練してたよ。俺はいま、見てただけだけど」
「そうなんだ。あっ、昨日も野球部勝ったんだってね! おめでとう!」
「次は準決勝?」「うん」そばでそんな会話を繰り広げる彼らが気になりつつも、降谷の投球を数えることを忘れない。今日は、あと10球くらいだろうか。
御幸の視界の端で、夏実と川上の二人が、横に並んでこちらの様子を眺めているのが気配でわかった。会話がすべて聞こえていたわけではないが、時折、夏実の発言に対し、川上がツッコミを入れていた。
「みゆきちゃん、キャッチャーしてる」
「そりゃキャッチャーだからね」
「ノリちゃんは、ピッチャーなんでしょ」
「そうだよ。でも今日はもう上がり。なっちゃんは?」
「部活終わったあと、原ちゃんのおつかいで、片岡先生に書類届けに来たのを、渡してきた帰り」
「一応あたし、キャプテンだからね」と、夏実は小さく得意げにしている。
「監督にって……えっ、まさかなっちゃん、監督室入ったの!? 一人で!?」
「えっ? 入っちゃダメだった? だって片岡先生、中にいたから」
「ダメっていうか……怖くないの?」
「いや? まあ確かに、ちょっと強面かもしれないけど」
「お、橘。どした?」
「もっちー! おつかれー」
──時間的にもそれくらいだろう。自主練を終えて青心寮へ戻ろうとした倉持が、バットを右肩に
「早く帰れよ。明日から修学旅行だろ?」
「ノリちゃんと
「まあ、少しはね」
「うるせぇ! せいぜい楽しんでこいこのヤロー」
「あはは、もっちーってば隠しきれてないよ」
「ていうかなっちゃんがさ……ウチの監督に用があるからって、監督室入ったんだって」
「マジで!? おまえ肝据わってんな!?」
それはホントそう、と御幸も内心苦笑いして、思わず聞き耳を立てることをやめられずにいた。野球部員ですら、あそこへ入室するのは勇気がいるというのに。彼女は怖い者知らずというか、どこか危なっかしいというか。イメージどおりではあるけれど。
「そうかなあ。バチボコに怒って真顔になった原ちゃんのほうが、よっぽど怖いと思うけど」
「えっ……原先生って、いつもニコニコしてるイメージだけど……」
「年に1回見られるかどうかの発生率だからね……陸上部以外は知らなくていいよ……」
「……先生の怒りを珍しい気象現象みたいに言うじゃん」
「ヒャハハハハ!!」
「なんや倉持、アホみたいに笑いおって」
「あ、ゾノさんだ」
「あれ、なんで夏実ちゃんがいるの?」
「ナベ、[#ruby=グラウンド_こっち]に用?」
「というか、主将・副主将に用だね。このあと食堂で成孔学園の解説頼んできたのも、御幸だから」
「橘なにしとるんや。こっちは陸上部のランニングコースちゃうやろ、迷子か?」
「ちがいますぅー、迷子だったらそれはそれで
「ワハハ、ちょっと発音ちゃうな」
人が集まることで、賑やかになってしまった。正直やりにくい。夏実のこともある。しかし、早く切り上げようと言えば、復帰明けの降谷が拗ねるに違いないので、今さら
それにしても、当たり前のように部員たちと会話する夏実を見るたび、彼女の交友関係の広さに驚かされる。逆の立場だとして、御幸自身は夏実の陸上部のメンバーはほとんど知らない。せいぜい同じクラスで彼女とよく話している近藤と、以前部長会議で一緒になった武井くらいだ。
「キャッチボール? こんなに近くで見るの、初めて」
「キャッチボールとは、ちょっと違うかな」
気付けば2人から5人になったギャラリーが、横並びでこちらの投球練習を見ている。夏実の言葉に、川上が苦笑いしながら続けた。
「なっちゃんも試合、観に来たらいいのに」
「なかなかチャンスがなくてさー、みんなの頑張ってるところ応援したいな」
「あ! でも、決勝の日は日曜日でしょ? さすがに原ちゃんも、『野球部の応援行かなきゃなー』って言ってたよ」
「みんなが決勝行ったら、その日部活休みにしてくれるって! 陸部みんなで応援行くからね!」
「おぉ、そうなんか」
「じゃあ、とっとと決勝決めねぇとな!」
「準決勝の結果が出たら、夏実ちゃんにもメールするよ」
「ホント? ドキドキするなー」
「夏実!」
パシン、とちょうど降谷の球をキャッチしたところで、彼女の名前を呼んだ。膝立ちになってマスクを上げ振り向くと、少し見開いた彼女の瞳が、こちらを見つめていた。
「バッターボックス立ってみる?」
「えっ!」
「降谷、1打席だけ付き合ってやって! 最後ストレート投げて終わるぞ!」
マウンドの降谷にそう声をかけると、ちょっと不思議そうにしていたが、存外すぐにうなずいていた。どうにも素直な奴だ。まあ、投げられれば何でもいいのかもしれないが。
一方で夏実はこちらを指さして、渡辺に聞いていた。
「ねぇ、いいのかな?」
「打ってみたい?」
「うん!」
子どものように目をキラキラさせてうなずく彼女を前に、倉持と前園が顔を見合わせて肩をすくめた。
「まあ、いいんじゃねーか?」
「そもそも自主練やしな」
「やった!」
「ほらよ、バット」
「荷物持っててあげるよ」
背負っていたリュックを川上に手渡し、代わりに倉持から金属バットを受け取ると、夏実は両手でそのグリップ部分を握り締め、体の前で掲げるようにしてこちらへ駆け寄ってくる。そして、御幸のそばまで来たところで、あたりをキョロキョロしだした。御幸には彼女のその行為の意味がわからず、小さく首をかしげてしまう。
「どうした?」
「どこに立てばいいの?」
「そっからかー」
間の抜けた発言に、つい苦笑いすると力が抜けて、御幸は肩を落とした。夏実の後ろで、同級生たちも笑っている。ニヤニヤと笑う倉持が、片手を口元に添えて
「キャプテーン、教えてやれ」
「はいはい」
御幸は立ち上がりながら、取り去ったマスクを尻ポケットに引っ掛け、ミットを外すと左脇に挟んだ。
「なっちゃん、右打ち? 左打ち?」
「右利き!」
「あーそうじゃなくて……わかった、一回バット振ってみて」
「こう?」
「ん、右打ちね」
「じゃあこっち」と、両手でバットを肩に担いでいる夏実の正面から、御幸は彼女の両肩をつかんだ。そのまま、二人して足元を見ながら、ちょこちょこと横歩きするようにして、夏実を右打席に立たせる。
「ココに立って」
「うん」
うなずいた夏実に合わせて顔を上げてみると、御幸は目に入ってきた"違和感"に気付いて、ふっ、と笑ってしまった。
「夏実、手が"逆"」
「え? 逆?」
「
御幸は右手でバットを支えて、左手で夏実の右手首をつかむと、ぐっ、と引っ張って手を離させ、彼女の左手の上に添えた。すると夏実は、「なんかしっくりこないと思った! 道理で」と目を見開いて感心していた。その反応に、また笑ってしまう。
「前に出すぎるなよ、球当たったら危ないから」
「オッケー!」
ポジションに戻ってマスクをかぶり直し、ミットを構えると、夏実がマウンドに向かって手を振った。「フルヤくん? よろしくねー!」それを聞いた降谷も、右手でキャップを上げ、ペコリと頭を下げていた。
「お、女子陸上部エースのバッティング、見ものだな」
「お手並み拝見やな!」
「ケガしないようにね」
「はい、じゃープレイボール」
ギャラリーの中で、川上が楽しそうに声をかけてきたのを聞いて、「よーし」と意気込み、バットを構える夏実。準備ができたところで、マウンドに向かって合図を出すと、降谷は軽めの動きで投球動作に入り、ボールを投げ込んできた。
「ふんっっ!!」
パン、と硬球がミットを叩く音と、夏実の気合いの入った声がして、バットが空を切った──せいぜい100キロくらいの球速だが、初球はとんでもなく気持ちのいい空振りだった。
御幸は笑ってはいけないと思いつつも、彼女の思い切りの良いコミカルなその動きに、堪え切れずマスクの下で「ん、フッ」と吹き出してしまった。向こうでいまボールを放った降谷でさえ、投げた右手で口元を隠して震えているのが見える。ギャラリーからは「おぉー」と、どよめきに近い歓声と苦笑いが聞こえてきた。
「ちょっと! みゆきちゃんいま笑ったでしょ!」
「いや、笑うなってほうがムリ……っ」
くくっ、と噛み殺していると、振り返った夏実が文句を言ってきた。「あたしは真剣だよっ」「ゴメンゴメン」むぅ、と膨れる夏実は、やっぱり子どもみたいでちょっと可愛かった。
「ヒャハハハ! フルスイングだったな! タイミングは合ってたぜ」
倉持も拍手しながら爆笑していたが、渡辺はその横で、気にしないでとでも言うように、かぶりを振っていた。
「ちゃんと振り切れてるし、バットの軌道もブレてないから、当たれば前に飛ぶはずだよ」
「えぇか? ボールを打つ瞬間までよく見るんや!」
「オッケー、『ボールをよく見る』……」
「しっかり最後まで振り抜けよ!」
「『最後まで振り抜く』……」
「がんばれなっちゃん」
副主将二人のアドバイスを繰り返し口にしながら、ジャージの袖を
再びバットを構える夏実を見上げれば、御幸に笑われて火が付いたのか、明らかに顔つきが変わっていた。教えてもいないのに腰を落として、下半身を安定させているところなんかは、さすがの運動神経だ。
2球目も、先ほどと同じような球が飛んでくる。スイングと共に彼女の口からは、歯を食いしばる声が漏れた。
「、ンッ!」
キン、と金属バットが硬球を捕らえた音。おっ、当てたか。しかし、打球は頭上高く上がって後方に
「おお、マジで当たった!」
「やるじゃん、なっちゃん!」
「でも今の、カスっただけだよね? 次やったらちゃんと当たりそう」
そこで、「ちょっと待って」と夏実はバットを片手で持つと、ジャージの襟元を口にくわえて、反対の手で胸元のファスナーを下げた。なぜかバットがこちらに差し出される。
「一也持ってて」
「あ、はい」
ふいに名前を呼ばれて、ドキッとしてしまった──自分で頼んでおきながら、まだこっちが慣れない。
言われるがままバットを受け取ると、彼女は脱いだジャージの袖を腰に巻き付けて、すぐに御幸の右手からバットを取り上げた。「ありがと」
半袖のTシャツ一枚になった夏実は、口元の汗を肩の袖で拭いながら、マウンドの降谷を真っ直ぐに見つめる──それは、彼女が走っているときと同じ──すっかり"アスリート"の顔つきだ。ギャラリーも盛り上がっている。「おっ、本気モードってか」「えぇぞーいったれ!」
夏実……ミートしてないのもわかってるし、たぶんボールもちゃんと見えてるな。初球の空振り具合から一発で修正できるあたり、動体視力もいいんだろう。
そんな彼女をマスクの隙間から見上げていたら、いつもの捕手としてのマインドと、少しのイタズラ心が働いて、御幸は
降谷はそれを見て、『え、いいんですか?』という顔をした。『いいから』とうなずくと、『本当に?』と目でもう一度確認してくる降谷に対し、御幸はそれ以上の問答無用でミットを構えた。
それを見た降谷は、めずらしく首をひねってからグローブを構えて、試合さながらに大きく振りかぶった──
ズパァン!
鋭いながら、重たい音。「うわぁっ!」と夏実は声を上げながら、ずいぶんと振り遅れ、くるりと体を横に一回転させて空振りした──三振……なんつって、ヤッベ、と内心考えては、さすがの御幸も笑みを浮かべながら凍り付いた。
スピードガンで計測したわけではないからわからないが。今の球……下手したら140キロ近く出てたかもしれん。
夏実はバットを振り切ったあと、バッと勢いよく振り返って、御幸のミットの中にある白球に向かって、目をまんまるにさせて叫んだ。
「はっっっや!!」
「うーわ!
すかさず倉持が大声を張り上げる。『あいつ』とはもちろん降谷ではなく、御幸のことだ。先ほどのサインは"速い球"、という要求だった。そういうリードをしたのが、同級生たちにはバレている。その証拠に、普段穏やかな川上や渡辺まで、御幸のほうを見て"ドン引き"の表情をしていた。
御幸としては、彼女をほんの少し驚かせようと思っていただけなのだが、マウンドからは御幸の想定以上の豪速球が飛んできたのだった。確かに"速い球"とは言ったが。降谷の素直さを甘く見ていた。
「御幸!! お前、女子相手に鬼か!」
「は、ははっ……いやー、だってなっちゃん、マジで当てにきそうだったからつい」
「負けず嫌いにも限度があるわ、アホ!」
「つーか危ねぇだろうが! 橘、大会前だぞ! 足にでも当たったらどうすんだ!」
倉持の叫びはもっともで、正直御幸もさすがにやりすぎ、と冷や汗をかいてしまった。当の夏実はといえば、倉持をなだめるように「だいじょぶ、だいじょぶ」と手を振っては、へらりと気の抜けた様子で笑っている。緊張感などない──なっちゃん、やっぱちょっと危なっかしいんだよなあ……。
「いやでもすげーよ、橘。よく振ったな」
「うん。降谷レベルの豪速球なんて、野球部員でも腰引けちゃうときあるもん」
倉持と川上の言葉を聞いた夏実は、バットを持ったままこちらを振り向いて、御幸のことを見下ろした。「そうなん?」マスクを外しながら、ほほ笑んでうなずいてやる。
「そうだよ。なっちゃん、度胸あんなあ」
「やったね」
「野球部のキャプテンに、褒められちゃった」と嬉しそうに笑った夏実を見て、こっちまでつられて笑ってしまった。
「ていうか、一也もすごいね!? なんであんなの捕れるの? 手ぇ痛くないの?」
「そのためのミットだからなあ」
自分でもこの回答が合っているとは思わないのだが、冗談なのか本気なのかわからない夏実の台詞には、そう答えるしかなかった。立ち上がってヘルメットとプロテクターを脱ぎながら、目線を上にやって少し思案する。
「なんでって言われたら……まあ、それが仕事だから?」
「かっくい~」
「なんだそりゃ」
つい肩をすくめたところで、視界の端のマウンドで彼が練習を切り上げようとしているのが見えた。すかさず声をかける。
「降谷! ちゃんとダウン行けよ!」
すると、隣の夏実が降谷に向かって大きく手を振りながら言った。
「フルヤくんゴメンね、あたしの遊びなんかに付き合ってくれて! ありがとう、楽しかった!」
「最後の球、めちゃくちゃすごかったよ!!」降谷はそれを聞いて、またキャップを取ってからペコリと頭を下げた。褒められて
こちら側では、同級生たちが夏実の健闘を称えるように近付いてきて、彼女はバットを倉持へと返し、川上からカバンを受け取った。
「もっちー、バットありがとう!」
「へい、お疲れさん」
「なっちゃん……御幸にあんなことされて、怖くなかった?」
「あんなこと、て。ノリ、言い方」
御幸のレガースを外すのを手伝いながら言った川上の言葉を聞いて、思わず苦笑いしながら彼をたしなめるように見下ろす。夏実は"サイン"のこともよくわかっていないのか、変わらずニコニコしていた。
「ううん、面白かったよ」
「ほんまタフやなあ」
「ちゃんと修正して当てにいけてたし、夏実ちゃん、やっぱり運動神経いいんだね」
「数少ない取り柄ですから」
イェーイ、と夏実は得意げに、渡辺に向かってVサインをしてみせた。
「でも野球部のみんなすごいよねぇ。あんな小さくて速い球を、こんな細い棒に当てるんだからさ」
「つってもそういうスポーツだろ」
「なっちゃんたちみたいに、自分の
「ノリちゃんイイこと言う~」
「よっしゃ! このあとは成孔学園の対策ミーティングや! 橘も気ぃ付けて帰りや!」
「ゾノさん、先生みたい」
「副主将になってから仕切りたがりなんだよ」
「お前も副主将やろが倉持ぃ!」
「わーったわーった、じゃあな、橘」
「帰り道に気を付けてね」
「またね、なっちゃん。御幸、コレ持っていくな」
「おう、サンキュ」
御幸のキャッチャー用防具を抱える川上をはじめとして、片付けのために用具倉庫へ向かう彼らに、夏実はずっと手を振っていた。「バイバーイ!」御幸はそんな彼女の姿を、ミット片手にじっと眺めていた。
「カッコよかったぜ、なっちゃん」
「ホント?」
息をついてふと声をかけると、パッと夏実はこちらを振り向いて、また嬉しそうに笑った──ああ、やっと俺だけを見てくれた。
「でも、ちゃんと打てなかったから、またリベンジしたいなー」
「じゃあ、今度一緒にバッセンでも行く?」
ニヤリと笑って片眉を上げてみせる。その場の
「いいねそれ! お互いの部活の大会終わったら、一緒にデート行こっ」
『デート』──思いがけず耳は反応して、一瞬固まってしまった。別に、付き合っているのだし、言われてみればそういうことか、なんて。自分で言っておいて、今さら気付いた。
デート……デートかあ、とその単語を妙に噛み締めてしまう。先ほどとは全く違う意味でニヤける口元を、無意識にいつもの手つきで、こっそりミットで隠した。
「わかったから、ほら……ちゃんとジャージ羽織っとけ」
「リュック持っててやるから」と、ごまかすように彼女の手の中にあった荷物を、右手で
「日が沈んできたら、さすがに冷えるぞ」
「はあい」
腰の結び目を
ふいに夏実がチラチラと、用具倉庫に向かう皆の後ろ姿を目で確認した。次に、「あのね、」と手で口のあたりを隠すようにして声を潜めたので、反射的に少し屈んで、片耳を彼女の口元へと近付けた。
「実は、一也に会えるかと思って、原ちゃんのおつかい引き受けたんだ」
「みんなにはナイショね?」そう言って離れていったと思えば、夏実はジャージのファスナーを閉めながら、いたずらっ子のように笑った。
──そんな"内緒話"も、名前で呼んでくれることすら、自分にとっては特別に思えて、胸が高鳴る。
だけど、その"特別"は、
「……動機が不純だなあ、"キャプテン"」
「だからナイショなんだってば」
「はいはい」
リュックを夏実に渡してから、その空いた手で彼女のジャージの、内側に折れてしまっていた襟を直してやった。
指先が夏実の柔らかい肌の、首と頬に触れたとき、くすぐったそうに肩を小さく縮こまらせて笑っていた。そのときの、彼女のちょっぴり甘えるような見上げる視線が、ほんのり愛しかった。
「決勝の応援行くから。準決勝、勝ってね!」
「おう」
やっぱり彼女は誰にでも優しくて、こんな自分にも同じように優しくて、それがきっかけだったはずなのに。
付き合った途端、『他の人間にまで優しくするな』なんて──矛盾している。自分勝手すぎる。わかりきっている答えと、ちっぽけな自分が目に付いて、少しだけ嫌になる。
「夏実も修学旅行、楽しんでこいよ」
「うん!」
「あ、でも、はしゃぎすぎてケガとかしないようにな」
「もー……一也まで原ちゃんと同じこと言わないでよー」
「やっぱ言われてんのか」
苦笑いしてやると、「ちゃんと気を付けますぅー」と不服そうに唇をとがらせた夏実の顔が、おかしくてまた吹き出してしまった。それを見て、夏実もふふっ、と笑った。
「じゃあね、みゆきちゃん。いってきまーす!」
「ははっ、いってらっしゃい」
そこは普通、別れの挨拶ではないのか、とツッコむ暇もなく、夏実はバックパックを軽やかに背負っては胸元のバックルを片手で器用にカチャンと差し込んで、大きく手を振りながら走り去っていった。
『(修学旅行に)いってきます』という意味なのだろうが、やっぱりおかしくて、御幸は笑って『いってらっしゃい』と返すことしかできなかった。
家路へと急ぐ夏実の背中を見つめていると、数十メートル先で一度御幸のほうを振り返った。ん?、と眉を上げると、彼女は走りながらまた大きく手を振っていた。
それを見て、ああもう、と肩の力と口元が緩んでしまって、ついでに御幸は彼女からも見えるよう、顔の横まで右手を持ち上げて振り返した。そしたら、この距離でもまた嬉しそうにしたのが、彼女の動きで伝わってくるのだから、もはや感心してしまう。
寮へ戻る途中、先ほど片付けに行っていた同級生たち4人に追い付くと、後ろを歩く御幸に気付いた川上が、声をかけてきた。「あれっ、御幸?」
「まだグラウンドいたの?」
「ん、そこまで"見送り"」
「ああ、なっちゃん帰った?」
「いま走ってった」
左肩に提げたバッグを持ち直しながら、夏実が走り去った方向を軽く親指で示す。そこで、川上が一瞬立ち止まって隣に並んだかと思うと、唐突に声のトーンを落として言った。「あのさあ……」「なに」
「御幸って、なっちゃんと付き合ってたの?」
「えっ」
……待て、こいつらの前でそんなそぶりしたっけか。いや、別に隠してるわけでもねぇし、否定する意味もねぇんだけど。
川上の問いを聞いてそこまで考えたのだが、答えに詰まって図星だと思われたのか、彼には苦笑いされてしまった。
「いや、お互いに名前、呼んでた気がして」
「それだけ? ずいぶん単純だな」
取り繕う理由もないが、ごまかすように鼻で笑ってやった。が、川上は全くめげない様子で続けた。
「御幸ってさ──普段は試合外でのスキンシップ、潔癖っぽいとこあるじゃん? 気付いてた?」
「女子なんてもっとだよね」どちらにせよ、意識なんてしていなかった。だいたい、彼女に
川上のその言葉で、夏実に抱きしめられた
俺、そんなわかりやすいかな……。チラッ、とうかがうように、目線だけ川上のほうを見上げる。
「…………マジで?」
「思い返すとね。けっこう露骨だった」
「"イチャイチャ"……とまでは言わないけど」と、肩まですくめられてしまった。これは言い逃れできない。なんだかんだ同学年としてバッテリーを組んできた、彼の性質は理解しているつもりだ──それは、彼にとっても同じということだろうか。だから御幸は、あっさり観念した。
「あ、あんま言うなよ? 部の連中にからかわれると面倒だ」
「わかってる」
やれやれ、といった調子で笑われる。御幸の口からはハァ、とため息が出た──と同時に、今度は尻に衝撃が走った。
「いって!」
「なーにが『あんま言うなよ』だ」
振り向く前にわかりきったことだが、犯人は言うまでもなく倉持だった。いつのまに背後に回り込んだのか、尻を蹴り上げた脚を持て余すようにブラブラと振りながら、苦い顔をしている。
「さっきみたいな調子じゃあ、どうせすぐバレんだろ」
「は……」
「ホントだよね」
言葉に詰まっていると、先ほどの会話が少々聞こえたのか、倉持に同意するように、さらに前を歩いていた渡辺がうなずいて彼に尋ねた。
「倉持
「不本意だけどな」
「不本意なんだ」
川上が繰り返すようにして笑う。3人のやりとりを、御幸は隣でポカンと、黙って聞いていることしかできない。
「まあ、同クラだしな。ナベちゃんは?」
「僕はまあ……
そうやって渡辺は、明らかに意味ありげな言い方で、少し首をかしげてみせながら、御幸のほうを見た。その目つきに、一瞬でまたあの夜のことが頭に浮かんで、御幸は冷や汗をかいた。
「ナ、ナベさん? それは"オフレコ"って話じゃあ……?」
「さっきみたいなの見せられたらねぇ。どーしよっかなあ」
「え、なになに、ナベは何を知ってるの?」
「ヒャハハ! ナベちゃんに脅されちゃあ、世話ねーな」
散々冷やかされ、収拾がつかなくなってきた。おいおい……勘弁してくれ。
「なんのハナシや?」
「なんでもないよ、行こう。御幸、コレ先にチェックしといて」
「ハイ……」
先頭を歩いていた前園まで交ざってきそうになったところで、渡辺は話を切り上げるように、手に持っていたノート──このあとのミーティングで使用するものだろう──をこちらへ差し出した。
彼に伝わってしまえば、すぐに部全体に広まると考えたのは渡辺も同じようで、さすがにそれは回避してくれたようだ。あの夜のようにもはや形無しで、素直に返事をしてしまった。しばらく渡辺には、かないそうもない。
ノートを右手で受け取った際、ついでに渡辺は釘を刺すように、じっ、と御幸の顔を覗き込むしぐさで言った。
「ひとりじめも、ほどほどにね」
ギクッ、ともドキッ、ともとれない様子で体が震えた。"無意識の暗がり"に、光を当てられたような気分だった。
『
「しっかり頼むぜ、
ヒャハ、と小馬鹿にした笑い声を上げる倉持も、多くは言わないが察しているのだろう。御幸の背中を一つバシッと叩くだけで、前園・渡辺の後に続いた。
ふいに、ひょこっ、と右脇のあたりから川上の顔が覗いたので、つい右肘を持ち上げるようにしてそちらを見下ろした。彼は好奇心に駆られた目つきで、ニヤリと笑った。「で?」
「告白はどっちから?」
「……ノーリー?」
ニヤニヤとからかってくる川上を、半笑いに引きつる顔で睨み、御幸は渡辺に託されたノートを振りかざして
「だいたい、なんで夏実と仲いいんだよっ」
「前に委員会で一緒になったことがあるだけだよ!」
「めんどくさいなあ、もー!」と呆れて笑う川上に対して、御幸もなんだか気が抜けてしまって、笑みを携えながら夕暮れの空を仰いだ。彼女は明日の今頃、もう修学旅行先に着いているのだろうな、なんてことを想いながら。
(御幸くんと川上くんの、ちょっぴり気が合わない故にどこか遠慮がない関係が好きです。)
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