モブ女子
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なんということでしょう。今日は3学期の終業式も済んで、1年生を無事に終えたと思っていたのに。非常事態です。
今のあたしにできることといえば、息を潜め、校舎裏の桜の木になりすますことだけ。そう、あたしは木。推しカプを見守る壁か床になるときのような心持ちで。
「……それで?」
「あ……ご、ごめんね、急に呼び出したりして」
そう言って恥ずかしそうにうつむいている女子生徒さんが、この校舎裏にやってきたのが数分前。いつもどおり放課後、クロッキー片手に一人細々と日課のスケッチをしようとしていたところ、陰キャで影の薄いあたしが花壇の縁 に座っていることにお気付きにならなかった女子生徒さんのもとへ、今度は遅れて男子生徒さんがやってきました。
こんな人気 のないところへ男女がやってくる事態に、慌ててあたしはクロッキー帳を抱え込んで、そばの木の陰に隠れ(←イマココ)、そっとお二人の様子を覗いてみました。
女子生徒さんのお名前はわかりませんが、お顔に見覚えがあるので、確か同じ学年だったはず──というのも、彼女と向かい合う男子生徒さんのことは知っていたからです。
彼は、御幸一也さん。珍しいお名前で記憶に残っていたのも一つ、何より御幸さんは、我が青道高校でもっとも有名な部活であるといっても過言ではない、強豪野球部で1年生からレギュラーに選ばれた同学年の方です。1年生の間 、異なるクラスにもかかわらず、野球部で活躍する御幸さんのお名前や噂は陰キャのあたしの耳にも入るほど。学年では有名人のお一人に違いないでしょう。
「御幸くんのこと……前から気になってて、それで……」
そして、ここまでの流れを見る限り、彼がこんな場所に呼び出されているということは、これはもしかして、もしかしなくとも、そ う い う 場面なのでは?
たとえ身を隠していても、オタクの興奮は面 に出てしまうもの、あたしは息をのんで、ずり落ちる眼鏡をかけ直しました。
「私と、付き合ってくれませんか……!?」
キタアアアアアアガチ告白だああああああ
な、生で初めて見た……!! そりゃそうだ、他人様 の一世一代の告白を目の前にすることなんてそうそうないでしょう! これは滾る……じゃなくて! ああ、自作マンガのネタとして描いてみようか……コレはいいネタに……いや! なんて言ってる場合じゃないですよ!
な、なんて返すの!? 御幸一也!?(勢いで呼び捨てしましたすみません)と、あたしは完全に野次馬の思いで、女子生徒さん以上に緊張して、御幸さんの言葉を待ってしまう。御幸さんは、片手で気まずそうに首の後ろを掻きながら、ゆっくりと口を開きました。
「あー……俺、今は部活に集中したいから……そういうの、考えてない」
お、おぉぉ……断るんだ……そうなんだ……と、あたしは大きく息を吐き出してしまいました。ありきたりな断り文句ではありますが、御幸さんのその言葉は、聞く限り本音っぽく感じました。
……というか、女子生徒さんには悪いんですけど、ちょっとめんどくさそうで……まるで、興味ない、みたいな。
「そう、ですよね……ごめんなさい、忘れてください!」
「また話しかけるね!」と、女子生徒さんは足早にその場を去ってゆきました。あら、あっさりした方。でもそうですよね。今後も顔を合わせることもあるでしょうから、後腐れないほうがいいですよね。なるほど、終業式の今日告白したのは、明日 から長期休みに入るからだったのでしょう。人の噂も、
「……そこでなにしてんの?」
不覚──ほっと息をついたあたしは気が付きませんでした。いつのまにか、御幸さんが木の背後から回り込み、こちらを覗き込むように見下ろしていることに──おそるおそる振り向いて視線を上げると、お互い眼鏡越しに目が合ってしまい……
「ひ……ひいいい!! すみません、すみません! 覗くつもりはなかったんですごめんなさいいいい!!」
慌てて飛び出したあたしはその勢いで、バッサアアアと抱えていたスケッチの紙たちを、流れるように地面に落としてしまいました。「ぎゃああああ」やってしまったああああ
視界の端の御幸さんは、突然現れたあたしに対して、何もできず立ち尽くしていらっしゃいました。うわあ……絶対ドン引きしてるぅぅ……
「すみませんごめんなさいドジでどうしようもないただのモブ女子ですから無視してくださいいい……」
とはいえ、作品たちを置いていくわけにもいかず、あたしは半泣きで散らばった紙を拾い集めるしかありません。目を合わせないように、地面にばかり顔を向けて。うぅ、今あたしは御幸さんに、哀れな目で見下ろされているにちがいない……
すると、少し離れた場所で、「え……」と小さく声がして、あたしはついそちらに向かって顔を上げました。
「なにこれ、巧 っ……」
そこでは、しゃがんで散らばったあたしの描いたモノを何枚か左手に持ち、右手の中にある一枚を凝視している御幸さんがいらっしゃあああああいつのまに拾い上げて、というか中を見られてしまってるじゃないかあたしのアホ!!
「ヒェェェお手を煩 わせてすみませんお目汚し失礼しました!!」
バッ、と彼の手の中の紙を奪い取ると、御幸さんは「あっ」と少し残念そうな声を上げていました。
「もしかして、ココで絵ぇ描いてたの?」
「は、はい……すみませんたまたま……たまたまなんです本当なんです……」
「いや別に疑ってねーけど」
御幸さんと距離をとるように、集めたクロッキー帳を抱えたまま離れて花壇の縁に座りなおすと、御幸さんも二人分ほど間 を空けてあたしの右側に腰掛けました……
い、いや、なぜ帰らない……!? 強豪の野球部に所属する御幸さんは、このあと練習もあるはずですし、野球部の寮に入寮されているはず。なのになぜ!? あたしのような陰キャモブオタクに用はないのでは!?
「……あ、あの、まだ何か?」
陰キャなりの"帰ってほしいオーラ"を出したつもりでしたが、御幸さんはやはりどこか気まずそうに、「あーいや、」と話し始めました。
「……すぐ出ていくとさ、まだ本人がいたり、付き添ってる他の女子がいたりして、鉢合わせて気まずい、みたいなことあるから……もうしばらくしてから行くよ」
「そ、そうですか……」
というか今の、よく聞いてみると告白されたの初めてじゃない方の発言ですね……? わぁ……モテるんだなあ、この人。マンガみたいなお話、なんならマンガ以上にリアルです。事実は小説よりなんとやら、あたしはある意味感心してしまいました。
たしかに、こんなにお顔立ちが整っていらっしゃるし、背も高いし……と、一生理解することのないイケメンの苦労を思いながら、あたしは仕方なく鉛筆を取り出して、本来の目的を果たすことにしました。
「ねぇ、なに描いてんの?」
それなのに、クロッキーを開いたあたしの右隣で、御幸さんはまだこちらに話しかけてきます。御幸さんにとっては"暇つぶし"くらいの感覚なのでしょうが……うぅ、ほっといてほしい……あたしは静かに絵を描いていたいだけなのに……。
「こここ、こんなモブ女子のことは無視してください……! 背景の一部だとでも思っていただければ……」
「そのさっきも言ってた、"モブジョシ"って、なに?」
引っかかるところはそこなのか、と思いながらも、あたしは御幸さんの目線から逃れるように、眼鏡の右側の蔓 をつまんで上げては説明してさしあげることに……
「も、『モブ』というのは、映画や漫画などの作品において、名前のない登場人物のことを指します……『群集』なんて言い方もありますね。その他大勢といいますか……」
「通行人A、みたいなこと?」
「間違ってはいない、と、思います」
「へぇ」
興味があるのかないのか、よくわからない調子で御幸さんは続けます。
「さっきもチラッと見たけど、すげー絵巧いな」
「こ、これくらいのスケッチ、ウチの美術部の方なら皆さん描けますよ……」
「やっぱ美術部なんだ」
お言葉ですが、我々美術部が"陽"の集団(偏見)の野球部の方々と関わることなんて、絶対にないでしょう……正直、今日まで同じクラスだった野球部の方々も、あたしにとってはまぶしくてとても近寄れなかった……陽の者こわい……
「他のも見して」
「見っ!? ぃ……あ、え゛ぇっ!!?」
ていうか近っ!! 距離をおいて座っていたはずなのに、御幸さんはいつのまにかすぐそばまで近寄ってきて、あたしの手元を覗き込むようにしたあと、「え、ダメ?」と見上げる視線でまた眼鏡越しに目が合い、あたしは思わず息をのんでしまいました。
か、顔がイイ……!!
陰キャオタクゆえ、なるべく人と目を合わせないようにしているのがクセになってしまっている中、初めてまともに御幸さんのお顔を間近で拝見して、うわあ、まつ毛長っ! 二重のラインがキレイ! めっちゃ鼻筋通ってる!
あたしと同じメガネ属性とは思えないイケメンっぷりに固まってしまいました。なにコレずるい。もはや同じ人間ですらないのでは? 少女漫画なら確実に背景にキラキラトーンが飛びますね、えぇ、アイシートーンなら989番あたりを使いたいところ……
「だ、ダメ、とか、そういうことでは……」
あたしは頬が熱くなるのを感じながら、それより何より、作品を目の前で見られるのは恥ずかしいといいますかああああ視線をそらして油断した隙にクロッキー帳を取られてしまった……!
「へー、すげぇ……わ、コレとかポスターみてぇ」
紙をペラペラとめくりながら、すごい、巧い、を繰り返す御幸さんに対し、陰キャのあたしは大人しくこの嵐が過ぎ去るのを待つしことしかできず……うぅ、ふがいない……なにこの状況、軽く拷問だ……
「コレ、描くのにどんくらいかかんの?」
「そ、それはほとんど速写 なので……一枚あたりは10分程度かと……」
「たったの10分? マジで?」
信じられない、といった様子で眼鏡の奥の瞳を丸くさせる御幸さんは、子どものよう。あまり絵には慣れ親しんでいないのでしょうか、あたしレベルの画力の持ち主なんて、世の中にごまんといるにもかかわらず、彼にとってはめずらしいようでした。
「ん? マンガ?」
「ほぎゃーーーー!!」
しまった! 後ろのページのほうに、文化祭の画集用のネームを描いていたことをすっかり忘れていた!!
「も、もういいでしょう!」
再び御幸さんの手からそれを奪い取って、これ以上見られないよう抱え込みました。
あ、あぶないところだった……! いや、このクロッキー帳にはいかがわしいモノは描いていないし、BとL()のようなモノや薄い本に載せるようなモノも混ざってはいない……はず!
そんなあたしの懸念をよそに、隣の御幸さんは、けろっとした表情でまた話しかけてきました。
「美術部って、マンガとかも描くんだ」
「た、たたた確かに、そういったイラストを描く方も多いですがががが」
「壊れたロボットみてぇ」
吃 るあたしを見て御幸さんは、はは、とおかしそうに笑っています。まあ、『多い』どころか、我々美術部は"漫研"といっても差し支えないほどそういう趣味の方ばかりですけれども……。
「俺、そういうの詳しくないからわかんないけど、"オタク"ってやつ?」
「ィひぃっ!!」
「さっきからそれ、どうやって声出してんの」
あらためて他人に指摘されると、動揺する陰キャオタクですよあたしは、えぇ。やはりこの方は、真 の 意 味 で"オタク"を理解していないタイプの"非オタ"だ……! 油断ならない!
「ど、どうせ陰キャオタクなんです……お目汚ししてすみません……」
「……そこまで卑屈にならなくても」
そこまで落ち込まれると思っていなかったのか、御幸さんはどこか申し訳なさそうに「別に、野球部にも漫画好きはいるし」とおっしゃっていますが、一般人の『漫画好き』と『オタク』は違うんですよ……!、と言ってさしあげたくなります。
「あ、あなたには……女子に呼び出されて告白されるような、そんな、非オタでリア充の御幸さんには、一生ご縁のない世界ですから……!」
ぎゅっ、とクロッキー帳を抱え込んで訴えると、御幸さんはほんの少し驚いていました。そもそもこの場所は、陰キャのあたしが1年間かけて見つけだした、風景のスケッチにも絶好のスポットでした。
小さめですが四季を感じさせる桜の木、腰掛けるのにちょうどいい高さの花壇には、同じく四季の花が植えられていて、いつ来ても新しい風景が描けますし、頭上の渡り廊下が雨も凌いでくれて、何よりほとんど人がやって来ない。周りの目を気にすることなく絵が描ける、陰キャオタクには最高の場所。
まさか告白に使われるとは、今日まで思ってもみなかったんです。確かに人目につかないですし、ココは学校の敷地内、個人の領域でもないのですが……。
「俺の名前、知ってたんだ」
「そ、そりゃあ、有名人ですから……同学年で知らない方はいないと思いますよ……」
「ふうん」
御幸さんは、やっぱりリアクション薄めにうなずいて、後ろに手をついて空 を見上げるだけでした。
「まあ、告白されても、あんま嬉しくはないけどなあ」
「そ、そんなものなんですね……」
やはり……やはりモテる人の発言だ……女子の方々がちょっぴり気の毒になるほどに。
「俺、ヤな奴だろ?」
あたしの思考を読み取るように、御幸さんはニヤニヤとこちらを見下ろします。いつもこんな調子なのでしょうか、これでは僻 む男子や噂する女子の方々が目に見えますが……なぜでしょう、先ほどの一部始終を見ていれば、悪意はないのがわかるので、陰キャのあたしが同意するほどではありません。
……ただ、あたしにもこの場所を事故とはいえ乗っ取られてしまった思いもあったので、それは、ちょっとした意趣返しのつもりでした。
「まあ、確かに……あくびを噛み殺したときは、さすがにどうかと思いましたけど」
あたしは見逃しませんでしたよ。先ほど、告白している女子生徒さんを前にして、眼鏡を直すフリをしながら、口元を手で隠したの。あたしも授業中ねむいときよくやるので、そのしぐさには覚えがあったものですから。
そう言うと、御幸さんは目を見開いて、そっと眼鏡の下から指を入れると、ちょこっと目頭を掻いて、苦笑いしていました。
「……バレた?」
その笑顔は、それこそいたずらがバレた子どものようで、気取らない雰囲気で、身体 の大きさに見合わないところが、なんだか愛らしく──
トゥンク……
──という擬音(?)はこういうときに使われるのか、と……
…………ん? い、いや! ちがうちがうちがう!!
あたしは首をブンブン横に振って、いま至った思考を振り払うようにしました。あ、あぶないあぶない、勘違いするところだった……
御幸さんはあたしの挙動を横目に、「気付かれてたかな」と今さら気にしているようでしたが、たぶん緊張してうつむいてらしたので、女子生徒さんは気付いてないと思いますよ。気付かれてなければいいというものでもないでしょうけど……。
「興味ないんだよな。なんか、周りの奴らからしたら、俺のほうがおかしいみたいなこと言われたりもすんだけど」
「ホントに。ただ、興味がない。野球がしたい。それだけ」
そう言って、どこか遠くを見つめる御幸さんも、『野球』という言葉を口にした瞬間は、どこか目つきが変わったようでした。まるで、瞳にハイライトのホワイトが入ったように。
「そう、ですか」
「俺、おかしいと思う?」
「お、おかしくなんてないです! 決して!!」
おかしいというなら、陰キャオタクのあたしのほうがよっぽど様子がおかしいですから!!(自覚はあります)
「むしろ……そういう御幸さんに、皆さん惹かれるのかもしれませんよ」
真っ直ぐな方なんだと、感じました。でも、そうですよね、そうでなきゃ、強豪の野球部で1年生からレギュラーなんて、なれませんよね。
「そうかな」
「そ、そうですよ!」
部活にストイックなイケメンキャラ……しかもメガネ枠も埋めてくるか……っょぃ、なんてことをあたしがぶつぶつつぶやいていると、なぜか御幸さんは、ふっ、と小さく笑っていました。
「そろそろ練習行くわ。邪魔してゴメンな」
「も、もういいです……モブ女子は黙って大人しくしておりますので……」
「またそ れ ?」
今さら謝られても……とあたしが半笑いで目線を落としていると、立ち上がった御幸さんは、こちらを見下ろして言いました。
「絵、見せてくれてありがとう」
「"藤咲ふみ"さん」
ひゅっ、と息をのんで、勢いでガバッと顔を上げてしまいました。御幸さんの綺麗なお顔は、静かにほほ笑んでいて、それだけで陰キャオタクのあたしは身動きがとれません。そんな、そんなはず──この1年間、クラスも違ったのに、喋ったこともないあたしの名前なんて、知っているはずがない。
そんなあたしの思考をまた読み取るように、御幸さんは「律儀に書いてあったから」と、あたしが抱えているクロッキーを指差しました。……そうでした、裏表紙に名前書いておいたの、すっかり忘れてました。
「俺が名前覚えたら、もう"モブ女子"? じゃ、ないだろ?」
「またね」と、ひらひら手を振って、行ってしまわれました。あたしと御幸さんに、『また』なんてあるんでしょうか。これって、"認知"されてしまったのでしょうか。
「ち……ちがうちがう! ちがいます!」
熱いままの頬を両手で押さえる。あたしは所詮、陰キャオタク。勘違いしちゃダメだ。少女漫画でもあるまいし。
あたしみたいな、眼鏡の陰キャオタクのモブ女子なんて、天地がひっくり返っても、少女漫画のヒロインになんてなれやしないんだから……!
そう思っても、このドキドキする心臓と、赤くなっているにちがいない頬は、あたし自身にも、どうすることもできませんでした。
(風呂敷も畳まず、また御幸くんのお話を出してしまった……笑。せっかくなので、他のシリーズとの違いも楽しんでいただけたらと思います。)
今のあたしにできることといえば、息を潜め、校舎裏の桜の木になりすますことだけ。そう、あたしは木。推しカプを見守る壁か床になるときのような心持ちで。
「……それで?」
「あ……ご、ごめんね、急に呼び出したりして」
そう言って恥ずかしそうにうつむいている女子生徒さんが、この校舎裏にやってきたのが数分前。いつもどおり放課後、クロッキー片手に一人細々と日課のスケッチをしようとしていたところ、陰キャで影の薄いあたしが花壇の
こんな
女子生徒さんのお名前はわかりませんが、お顔に見覚えがあるので、確か同じ学年だったはず──というのも、彼女と向かい合う男子生徒さんのことは知っていたからです。
彼は、御幸一也さん。珍しいお名前で記憶に残っていたのも一つ、何より御幸さんは、我が青道高校でもっとも有名な部活であるといっても過言ではない、強豪野球部で1年生からレギュラーに選ばれた同学年の方です。1年生の
「御幸くんのこと……前から気になってて、それで……」
そして、ここまでの流れを見る限り、彼がこんな場所に呼び出されているということは、これはもしかして、もしかしなくとも、
たとえ身を隠していても、オタクの興奮は
「私と、付き合ってくれませんか……!?」
キタアアアアアアガチ告白だああああああ
な、生で初めて見た……!! そりゃそうだ、
な、なんて返すの!? 御幸一也!?(勢いで呼び捨てしましたすみません)と、あたしは完全に野次馬の思いで、女子生徒さん以上に緊張して、御幸さんの言葉を待ってしまう。御幸さんは、片手で気まずそうに首の後ろを掻きながら、ゆっくりと口を開きました。
「あー……俺、今は部活に集中したいから……そういうの、考えてない」
お、おぉぉ……断るんだ……そうなんだ……と、あたしは大きく息を吐き出してしまいました。ありきたりな断り文句ではありますが、御幸さんのその言葉は、聞く限り本音っぽく感じました。
……というか、女子生徒さんには悪いんですけど、ちょっとめんどくさそうで……まるで、興味ない、みたいな。
「そう、ですよね……ごめんなさい、忘れてください!」
「また話しかけるね!」と、女子生徒さんは足早にその場を去ってゆきました。あら、あっさりした方。でもそうですよね。今後も顔を合わせることもあるでしょうから、後腐れないほうがいいですよね。なるほど、終業式の今日告白したのは、
「……そこでなにしてんの?」
不覚──ほっと息をついたあたしは気が付きませんでした。いつのまにか、御幸さんが木の背後から回り込み、こちらを覗き込むように見下ろしていることに──おそるおそる振り向いて視線を上げると、お互い眼鏡越しに目が合ってしまい……
「ひ……ひいいい!! すみません、すみません! 覗くつもりはなかったんですごめんなさいいいい!!」
慌てて飛び出したあたしはその勢いで、バッサアアアと抱えていたスケッチの紙たちを、流れるように地面に落としてしまいました。「ぎゃああああ」やってしまったああああ
視界の端の御幸さんは、突然現れたあたしに対して、何もできず立ち尽くしていらっしゃいました。うわあ……絶対ドン引きしてるぅぅ……
「すみませんごめんなさいドジでどうしようもないただのモブ女子ですから無視してくださいいい……」
とはいえ、作品たちを置いていくわけにもいかず、あたしは半泣きで散らばった紙を拾い集めるしかありません。目を合わせないように、地面にばかり顔を向けて。うぅ、今あたしは御幸さんに、哀れな目で見下ろされているにちがいない……
すると、少し離れた場所で、「え……」と小さく声がして、あたしはついそちらに向かって顔を上げました。
「なにこれ、
そこでは、しゃがんで散らばったあたしの描いたモノを何枚か左手に持ち、右手の中にある一枚を凝視している御幸さんがいらっしゃあああああいつのまに拾い上げて、というか中を見られてしまってるじゃないかあたしのアホ!!
「ヒェェェお手を
バッ、と彼の手の中の紙を奪い取ると、御幸さんは「あっ」と少し残念そうな声を上げていました。
「もしかして、ココで絵ぇ描いてたの?」
「は、はい……すみませんたまたま……たまたまなんです本当なんです……」
「いや別に疑ってねーけど」
御幸さんと距離をとるように、集めたクロッキー帳を抱えたまま離れて花壇の縁に座りなおすと、御幸さんも二人分ほど
い、いや、なぜ帰らない……!? 強豪の野球部に所属する御幸さんは、このあと練習もあるはずですし、野球部の寮に入寮されているはず。なのになぜ!? あたしのような陰キャモブオタクに用はないのでは!?
「……あ、あの、まだ何か?」
陰キャなりの"帰ってほしいオーラ"を出したつもりでしたが、御幸さんはやはりどこか気まずそうに、「あーいや、」と話し始めました。
「……すぐ出ていくとさ、まだ本人がいたり、付き添ってる他の女子がいたりして、鉢合わせて気まずい、みたいなことあるから……もうしばらくしてから行くよ」
「そ、そうですか……」
というか今の、よく聞いてみると告白されたの初めてじゃない方の発言ですね……? わぁ……モテるんだなあ、この人。マンガみたいなお話、なんならマンガ以上にリアルです。事実は小説よりなんとやら、あたしはある意味感心してしまいました。
たしかに、こんなにお顔立ちが整っていらっしゃるし、背も高いし……と、一生理解することのないイケメンの苦労を思いながら、あたしは仕方なく鉛筆を取り出して、本来の目的を果たすことにしました。
「ねぇ、なに描いてんの?」
それなのに、クロッキーを開いたあたしの右隣で、御幸さんはまだこちらに話しかけてきます。御幸さんにとっては"暇つぶし"くらいの感覚なのでしょうが……うぅ、ほっといてほしい……あたしは静かに絵を描いていたいだけなのに……。
「こここ、こんなモブ女子のことは無視してください……! 背景の一部だとでも思っていただければ……」
「そのさっきも言ってた、"モブジョシ"って、なに?」
引っかかるところはそこなのか、と思いながらも、あたしは御幸さんの目線から逃れるように、眼鏡の右側の
「も、『モブ』というのは、映画や漫画などの作品において、名前のない登場人物のことを指します……『群集』なんて言い方もありますね。その他大勢といいますか……」
「通行人A、みたいなこと?」
「間違ってはいない、と、思います」
「へぇ」
興味があるのかないのか、よくわからない調子で御幸さんは続けます。
「さっきもチラッと見たけど、すげー絵巧いな」
「こ、これくらいのスケッチ、ウチの美術部の方なら皆さん描けますよ……」
「やっぱ美術部なんだ」
お言葉ですが、我々美術部が"陽"の集団(偏見)の野球部の方々と関わることなんて、絶対にないでしょう……正直、今日まで同じクラスだった野球部の方々も、あたしにとってはまぶしくてとても近寄れなかった……陽の者こわい……
「他のも見して」
「見っ!? ぃ……あ、え゛ぇっ!!?」
ていうか近っ!! 距離をおいて座っていたはずなのに、御幸さんはいつのまにかすぐそばまで近寄ってきて、あたしの手元を覗き込むようにしたあと、「え、ダメ?」と見上げる視線でまた眼鏡越しに目が合い、あたしは思わず息をのんでしまいました。
か、顔がイイ……!!
陰キャオタクゆえ、なるべく人と目を合わせないようにしているのがクセになってしまっている中、初めてまともに御幸さんのお顔を間近で拝見して、うわあ、まつ毛長っ! 二重のラインがキレイ! めっちゃ鼻筋通ってる!
あたしと同じメガネ属性とは思えないイケメンっぷりに固まってしまいました。なにコレずるい。もはや同じ人間ですらないのでは? 少女漫画なら確実に背景にキラキラトーンが飛びますね、えぇ、アイシートーンなら989番あたりを使いたいところ……
「だ、ダメ、とか、そういうことでは……」
あたしは頬が熱くなるのを感じながら、それより何より、作品を目の前で見られるのは恥ずかしいといいますかああああ視線をそらして油断した隙にクロッキー帳を取られてしまった……!
「へー、すげぇ……わ、コレとかポスターみてぇ」
紙をペラペラとめくりながら、すごい、巧い、を繰り返す御幸さんに対し、陰キャのあたしは大人しくこの嵐が過ぎ去るのを待つしことしかできず……うぅ、ふがいない……なにこの状況、軽く拷問だ……
「コレ、描くのにどんくらいかかんの?」
「そ、それはほとんど
「たったの10分? マジで?」
信じられない、といった様子で眼鏡の奥の瞳を丸くさせる御幸さんは、子どものよう。あまり絵には慣れ親しんでいないのでしょうか、あたしレベルの画力の持ち主なんて、世の中にごまんといるにもかかわらず、彼にとってはめずらしいようでした。
「ん? マンガ?」
「ほぎゃーーーー!!」
しまった! 後ろのページのほうに、文化祭の画集用のネームを描いていたことをすっかり忘れていた!!
「も、もういいでしょう!」
再び御幸さんの手からそれを奪い取って、これ以上見られないよう抱え込みました。
あ、あぶないところだった……! いや、このクロッキー帳にはいかがわしいモノは描いていないし、BとL()のようなモノや薄い本に載せるようなモノも混ざってはいない……はず!
そんなあたしの懸念をよそに、隣の御幸さんは、けろっとした表情でまた話しかけてきました。
「美術部って、マンガとかも描くんだ」
「た、たたた確かに、そういったイラストを描く方も多いですがががが」
「壊れたロボットみてぇ」
「俺、そういうの詳しくないからわかんないけど、"オタク"ってやつ?」
「ィひぃっ!!」
「さっきからそれ、どうやって声出してんの」
あらためて他人に指摘されると、動揺する陰キャオタクですよあたしは、えぇ。やはりこの方は、
「ど、どうせ陰キャオタクなんです……お目汚ししてすみません……」
「……そこまで卑屈にならなくても」
そこまで落ち込まれると思っていなかったのか、御幸さんはどこか申し訳なさそうに「別に、野球部にも漫画好きはいるし」とおっしゃっていますが、一般人の『漫画好き』と『オタク』は違うんですよ……!、と言ってさしあげたくなります。
「あ、あなたには……女子に呼び出されて告白されるような、そんな、非オタでリア充の御幸さんには、一生ご縁のない世界ですから……!」
ぎゅっ、とクロッキー帳を抱え込んで訴えると、御幸さんはほんの少し驚いていました。そもそもこの場所は、陰キャのあたしが1年間かけて見つけだした、風景のスケッチにも絶好のスポットでした。
小さめですが四季を感じさせる桜の木、腰掛けるのにちょうどいい高さの花壇には、同じく四季の花が植えられていて、いつ来ても新しい風景が描けますし、頭上の渡り廊下が雨も凌いでくれて、何よりほとんど人がやって来ない。周りの目を気にすることなく絵が描ける、陰キャオタクには最高の場所。
まさか告白に使われるとは、今日まで思ってもみなかったんです。確かに人目につかないですし、ココは学校の敷地内、個人の領域でもないのですが……。
「俺の名前、知ってたんだ」
「そ、そりゃあ、有名人ですから……同学年で知らない方はいないと思いますよ……」
「ふうん」
御幸さんは、やっぱりリアクション薄めにうなずいて、後ろに手をついて
「まあ、告白されても、あんま嬉しくはないけどなあ」
「そ、そんなものなんですね……」
やはり……やはりモテる人の発言だ……女子の方々がちょっぴり気の毒になるほどに。
「俺、ヤな奴だろ?」
あたしの思考を読み取るように、御幸さんはニヤニヤとこちらを見下ろします。いつもこんな調子なのでしょうか、これでは
……ただ、あたしにもこの場所を事故とはいえ乗っ取られてしまった思いもあったので、それは、ちょっとした意趣返しのつもりでした。
「まあ、確かに……あくびを噛み殺したときは、さすがにどうかと思いましたけど」
あたしは見逃しませんでしたよ。先ほど、告白している女子生徒さんを前にして、眼鏡を直すフリをしながら、口元を手で隠したの。あたしも授業中ねむいときよくやるので、そのしぐさには覚えがあったものですから。
そう言うと、御幸さんは目を見開いて、そっと眼鏡の下から指を入れると、ちょこっと目頭を掻いて、苦笑いしていました。
「……バレた?」
その笑顔は、それこそいたずらがバレた子どものようで、気取らない雰囲気で、
トゥンク……
──という擬音(?)はこういうときに使われるのか、と……
…………ん? い、いや! ちがうちがうちがう!!
あたしは首をブンブン横に振って、いま至った思考を振り払うようにしました。あ、あぶないあぶない、勘違いするところだった……
御幸さんはあたしの挙動を横目に、「気付かれてたかな」と今さら気にしているようでしたが、たぶん緊張してうつむいてらしたので、女子生徒さんは気付いてないと思いますよ。気付かれてなければいいというものでもないでしょうけど……。
「興味ないんだよな。なんか、周りの奴らからしたら、俺のほうがおかしいみたいなこと言われたりもすんだけど」
「ホントに。ただ、興味がない。野球がしたい。それだけ」
そう言って、どこか遠くを見つめる御幸さんも、『野球』という言葉を口にした瞬間は、どこか目つきが変わったようでした。まるで、瞳にハイライトのホワイトが入ったように。
「そう、ですか」
「俺、おかしいと思う?」
「お、おかしくなんてないです! 決して!!」
おかしいというなら、陰キャオタクのあたしのほうがよっぽど様子がおかしいですから!!(自覚はあります)
「むしろ……そういう御幸さんに、皆さん惹かれるのかもしれませんよ」
真っ直ぐな方なんだと、感じました。でも、そうですよね、そうでなきゃ、強豪の野球部で1年生からレギュラーなんて、なれませんよね。
「そうかな」
「そ、そうですよ!」
部活にストイックなイケメンキャラ……しかもメガネ枠も埋めてくるか……っょぃ、なんてことをあたしがぶつぶつつぶやいていると、なぜか御幸さんは、ふっ、と小さく笑っていました。
「そろそろ練習行くわ。邪魔してゴメンな」
「も、もういいです……モブ女子は黙って大人しくしておりますので……」
「また
今さら謝られても……とあたしが半笑いで目線を落としていると、立ち上がった御幸さんは、こちらを見下ろして言いました。
「絵、見せてくれてありがとう」
「"藤咲ふみ"さん」
ひゅっ、と息をのんで、勢いでガバッと顔を上げてしまいました。御幸さんの綺麗なお顔は、静かにほほ笑んでいて、それだけで陰キャオタクのあたしは身動きがとれません。そんな、そんなはず──この1年間、クラスも違ったのに、喋ったこともないあたしの名前なんて、知っているはずがない。
そんなあたしの思考をまた読み取るように、御幸さんは「律儀に書いてあったから」と、あたしが抱えているクロッキーを指差しました。……そうでした、裏表紙に名前書いておいたの、すっかり忘れてました。
「俺が名前覚えたら、もう"モブ女子"? じゃ、ないだろ?」
「またね」と、ひらひら手を振って、行ってしまわれました。あたしと御幸さんに、『また』なんてあるんでしょうか。これって、"認知"されてしまったのでしょうか。
「ち……ちがうちがう! ちがいます!」
熱いままの頬を両手で押さえる。あたしは所詮、陰キャオタク。勘違いしちゃダメだ。少女漫画でもあるまいし。
あたしみたいな、眼鏡の陰キャオタクのモブ女子なんて、天地がひっくり返っても、少女漫画のヒロインになんてなれやしないんだから……!
そう思っても、このドキドキする心臓と、赤くなっているにちがいない頬は、あたし自身にも、どうすることもできませんでした。
(風呂敷も畳まず、また御幸くんのお話を出してしまった……笑。せっかくなので、他のシリーズとの違いも楽しんでいただけたらと思います。)
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