山茶花
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「お前、ちゃんとメシ食ったのか?」
地獄の冬合宿の真っ只中、食堂にて夕食のあいだ、束の間の休息を楽しむ部員たちに紛れながら、御幸は恭子に声をかけた。
制服のニット姿のままブラウスを腕捲 りして、皆が食べ終えた取り皿を重ねているマネージャーの恭子は、こちらを一瞥だけして片付けの手を止めることはなかった。先ほどから彼女の様子をうかがっていたが、あまり食べ物には手をつけていない印象だった。
「作りながら味見したから、おなか減ってないの」
だからってこんなときまで仕事しなくても、と御幸は驚き呆れたが、それでこそ彼女という気もするので、それ以上は言い返さなかった。
「持つよ、重いだろ」
重なった皿を奪い取って、流し場へと運ぶ。恭子は「あら」と小さく肩をすくめて後ろからついてきた。
「合宿はまだ続くんだし、あんたこそ休んどきなさいよ、キャプテン」
「いーから」
「“なにアピール”?」
そんな冗談を言って笑う恭子を後目 に、使われた食器たちをシンクの中へ置くと、彼女はすかさずお湯を出して、皿洗いを始めた。スポンジに洗剤を出して泡立てる恭子の隣で、シンクに背中からもたれて腕組みしては、意味もなくその作業をじぃっと眺めてしまう。
「──クリスマスなのに、恭子ちゃんは予定ナシ?」
ニヤニヤしながらおどけて聞いてやると、嫌味だと思われたのか、少しトゲのある言い方で返してきた。
「えぇ、誰 か さ ん た ち のために働いてますからね?」
「それはありがたいと思ってますよ?」
その『誰かさんたち』には、もちろん自分も入っているのだから。ただ、目 的 のためには“鎌をかける”必要があった。
「……でも“彼氏候補”くらいいたろ? 終業式のときの“告白”はどうなったんだよ?」
ピクッ、と近くにいた部員の何人かが反応したのが気配でわかる。やはり聞き耳を立てている奴がいるらしい。
『終業式のあと、宇佐美がサッカー部の男子に告白されていた』という噂は、部内でもまことしやかに広まっていた。が、誰もその結末を知らないらしく、ここ三日ほど男連中の間で、誰か聞いてこいという空気が流れていたのだ。
すると恭子は、一度皿洗いの手を止め、隣の御幸の顔を見上げると、ははーん、と納得したように目を細めて片眉を上げた。
「なるほど? それが聞きたくてわざわざ手伝いに来たわけね」
「いや、そういうわけでもねーけど……」
ごまかした。ほぼ正解だった。この夕食の前に、チームメイトたちから『お前が探り入れてこい!』とそそのかされたのだ。正直この手の話は苦手だし、前に同じようなことをからかい半分で聞いたときは、度が過ぎて彼女に怒られた前科があるので、彼らにも反対したのだが無意味だった。
『……いや、なんで俺?』
『そこはキャプテンとしてよぉ』
『別に部活に支障出てるわけでもねーし』
『なんやお前、宇佐美に彼氏できてもえぇんか?』
『どうせ断ってんだろ…………たぶん』
『なんで言い切れんだよ』
そう言われて、ごもっともだと思った。いやでも冬合宿のこのタイミングで付き合ったりしないだろ……今までだってそうだったし……え、マジでオッケーしたとかある? いやいやいや、だとしたらこないだ言ってたアレとか、その前のアレも……ぜんぶ俺の思 い 込 み ? 恭子の思 わ せ ぶ り ? まさか、いやそれはさすがに──
「その『告白』ね──」彼女の返事が気になって、つい唇の動きを目で追いながら、唾 を飲み込む。
「その場で断ったよ。冬合宿のことで頭いっぱいで、それどころじゃなかったし」
食堂の張り詰めた空気が、どこかほっ、と緩んでいくのが御幸にもわかって、それに同調するように胸をなで下ろした。……だよな、怖ぇー……
「だいたい、クリスマス直前に告白してくるあたり、センスが良くないね」
「手厳しいな……」
「告白してくるコの名前も覚えてない人に言われたくないんですけど」
うっ、と恭子からの指摘に何も言い返せず言葉に詰まったが、「まあ……冬休み入ったら噂も消えるって思ったんじゃねーの?」と、知りもしないサッカー部男子をフォローしておいてやった。
「これで満足? ほら、手ぇ出したなら最後まで手伝って」
「はいはい、かしこまりました」
─────────────────────────
「ねぇ、恭子」合宿中、クリスマスの夕食をみんなで楽しんだあと、同級生のマネ三人で帰路に着いていたら、唯があたしを呼んだ。いつもどおり“おしゃべり”しながら帰るあたしたちの口からは、白い息が上がっていた。
「さっき御幸くんと仲良さそうに、なに話してたの~?」
「別に……こないだの告白の返事どうしたんだ、って聞かれただけ」
「断ったんでしょ? 御幸くんも、やっぱ気になってたんだ」
幸が茶化すように続ける。こうして毎度からかってくる二人の相手も、いつものことだった。
「どうせ麻生やゾノあたりに『聞いてこい』とか言われたんでしょ」
「またまた〜、御幸くんからしたら彼氏できたら困るもんね〜」
「いい加減、応えてあげたら?」
「なんでそうなるの」
「間違えないで。ハッキリ言わないのはあ っ ち 。そもそも付き合ってないし」
「何回も言ってんじゃん」とため息混じりに返しても、すっかり慣れてしまっている唯と幸はめげない。わかっていたことだけれど。すると今度は、幸が核心を突いてきた。
「御幸 はともかく、恭子はどう思ってるの?」
その言葉に一度、あたしは幸のほうを見た。ふと、幸の背後の向こうに生えた、小ぶりの木が目に留まる。紅色の鮮やかな花が葉の隙間にぽつぽつと咲いていて、薄暗くても目立っていた。
──確かに大事なことかもしれない。でも、“あたしの気持ち”一つで変わるような人でもないだろうと、つい視線を落として目を伏せた。
「だって、どうせ気付いてないんだもの──」
「え?」
『あ、今年も咲いてる』
ついこのあいだのことだった。練習の合間、汗だくになりながら休憩をとる部員たちにドリンクやタオルを配っていたら、そ の 花 に気が付いた。あたしのひとりごとに、ん?、と反応したのは御幸だった。
『どした?』
『あの濃いピンクの花、冬になると咲くんだよね』
『このへん、花なんてあったっけ』
そう言うと、御幸はあたしの視線に合わせるようにして、ぐっ、と顔を寄せてきた。勢い余ったのか、彼のスポーツサングラスがこつん、とあたしの頭に当たった。『あ、ホントだ』
『あの木、花生えるんだな』
グラウンドの端の、寮へと続く道に生えたその木は、毎日目にしているはずなのに──あたしはそんなことを思って、向こうの木から隣に目線を移すと、すぐそこに、屈んだ彼の横顔があった。遠くの木を見つめる御幸のまなざしが、あたしの視線に気付くことはなかった。
「──いろいろ見えてないの、あの男は」
「いっつも、野球のことだけ、」あのまなざしを思い出しては、自分で言っていて、ふっ、と笑みが漏れた。
それからあたしが顔を上げると、どこかきょとん、とした表情の二人が、互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。……イヤな予感がする。先に声を上げたのは幸だった。「ふう〜ん?」
「なんだかんだ恭子だって一途だよねー」
「いよいよ絆 されちゃった?」
「……ゆーいー?」
人聞きの悪い、という意味で、あたしはつい彼女を睨 んでじゃれついた。
「どういう意味よ!」
「キャ~さっちんたすけて~」
「姐 さん図星スか?」
「沢村みたいな呼び方やめて!」
キャハハ、とふざけ合って三人で帰り道を急ぐ。冬合宿、あたしたちマネージャーの仕事は、まだまだ終わらない。
彼女は、しばらく彼の横顔に見 惚 れていた。かき上げられた、汗で湿っている彼の髪の一 房 が、はらりとその頬を掠 めた。
『綺麗』
思わず口を突いて出た言葉。それを聞いて、彼はうなずいた。『うん』
彼は元来、花を愛でるような人ではないだろうけれど、応えてくれたというその行為が嬉しかった。
ほう、とうっとりしたため息が、白くなる冬──来年の今頃、二人はどうしているのかなんて思ってしまったこと、どこまでも真っ直ぐに進み続ける彼は、やっぱり気付いていない。
(【サザンカ】花言葉:ひなむきさ・ひたむきな愛・あなたがもっとも美しい)
地獄の冬合宿の真っ只中、食堂にて夕食のあいだ、束の間の休息を楽しむ部員たちに紛れながら、御幸は恭子に声をかけた。
制服のニット姿のままブラウスを腕
「作りながら味見したから、おなか減ってないの」
だからってこんなときまで仕事しなくても、と御幸は驚き呆れたが、それでこそ彼女という気もするので、それ以上は言い返さなかった。
「持つよ、重いだろ」
重なった皿を奪い取って、流し場へと運ぶ。恭子は「あら」と小さく肩をすくめて後ろからついてきた。
「合宿はまだ続くんだし、あんたこそ休んどきなさいよ、キャプテン」
「いーから」
「“なにアピール”?」
そんな冗談を言って笑う恭子を
「──クリスマスなのに、恭子ちゃんは予定ナシ?」
ニヤニヤしながらおどけて聞いてやると、嫌味だと思われたのか、少しトゲのある言い方で返してきた。
「えぇ、
「それはありがたいと思ってますよ?」
その『誰かさんたち』には、もちろん自分も入っているのだから。ただ、
「……でも“彼氏候補”くらいいたろ? 終業式のときの“告白”はどうなったんだよ?」
ピクッ、と近くにいた部員の何人かが反応したのが気配でわかる。やはり聞き耳を立てている奴がいるらしい。
『終業式のあと、宇佐美がサッカー部の男子に告白されていた』という噂は、部内でもまことしやかに広まっていた。が、誰もその結末を知らないらしく、ここ三日ほど男連中の間で、誰か聞いてこいという空気が流れていたのだ。
すると恭子は、一度皿洗いの手を止め、隣の御幸の顔を見上げると、ははーん、と納得したように目を細めて片眉を上げた。
「なるほど? それが聞きたくてわざわざ手伝いに来たわけね」
「いや、そういうわけでもねーけど……」
ごまかした。ほぼ正解だった。この夕食の前に、チームメイトたちから『お前が探り入れてこい!』とそそのかされたのだ。正直この手の話は苦手だし、前に同じようなことをからかい半分で聞いたときは、度が過ぎて彼女に怒られた前科があるので、彼らにも反対したのだが無意味だった。
『……いや、なんで俺?』
『そこはキャプテンとしてよぉ』
『別に部活に支障出てるわけでもねーし』
『なんやお前、宇佐美に彼氏できてもえぇんか?』
『どうせ断ってんだろ…………たぶん』
『なんで言い切れんだよ』
そう言われて、ごもっともだと思った。いやでも冬合宿のこのタイミングで付き合ったりしないだろ……今までだってそうだったし……え、マジでオッケーしたとかある? いやいやいや、だとしたらこないだ言ってたアレとか、その前のアレも……ぜんぶ俺の
「その『告白』ね──」彼女の返事が気になって、つい唇の動きを目で追いながら、
「その場で断ったよ。冬合宿のことで頭いっぱいで、それどころじゃなかったし」
食堂の張り詰めた空気が、どこかほっ、と緩んでいくのが御幸にもわかって、それに同調するように胸をなで下ろした。……だよな、怖ぇー……
「だいたい、クリスマス直前に告白してくるあたり、センスが良くないね」
「手厳しいな……」
「告白してくるコの名前も覚えてない人に言われたくないんですけど」
うっ、と恭子からの指摘に何も言い返せず言葉に詰まったが、「まあ……冬休み入ったら噂も消えるって思ったんじゃねーの?」と、知りもしないサッカー部男子をフォローしておいてやった。
「これで満足? ほら、手ぇ出したなら最後まで手伝って」
「はいはい、かしこまりました」
─────────────────────────
「ねぇ、恭子」合宿中、クリスマスの夕食をみんなで楽しんだあと、同級生のマネ三人で帰路に着いていたら、唯があたしを呼んだ。いつもどおり“おしゃべり”しながら帰るあたしたちの口からは、白い息が上がっていた。
「さっき御幸くんと仲良さそうに、なに話してたの~?」
「別に……こないだの告白の返事どうしたんだ、って聞かれただけ」
「断ったんでしょ? 御幸くんも、やっぱ気になってたんだ」
幸が茶化すように続ける。こうして毎度からかってくる二人の相手も、いつものことだった。
「どうせ麻生やゾノあたりに『聞いてこい』とか言われたんでしょ」
「またまた〜、御幸くんからしたら彼氏できたら困るもんね〜」
「いい加減、応えてあげたら?」
「なんでそうなるの」
「間違えないで。ハッキリ言わないのは
「何回も言ってんじゃん」とため息混じりに返しても、すっかり慣れてしまっている唯と幸はめげない。わかっていたことだけれど。すると今度は、幸が核心を突いてきた。
「
その言葉に一度、あたしは幸のほうを見た。ふと、幸の背後の向こうに生えた、小ぶりの木が目に留まる。紅色の鮮やかな花が葉の隙間にぽつぽつと咲いていて、薄暗くても目立っていた。
──確かに大事なことかもしれない。でも、“あたしの気持ち”一つで変わるような人でもないだろうと、つい視線を落として目を伏せた。
「だって、どうせ気付いてないんだもの──」
「え?」
『あ、今年も咲いてる』
ついこのあいだのことだった。練習の合間、汗だくになりながら休憩をとる部員たちにドリンクやタオルを配っていたら、
『どした?』
『あの濃いピンクの花、冬になると咲くんだよね』
『このへん、花なんてあったっけ』
そう言うと、御幸はあたしの視線に合わせるようにして、ぐっ、と顔を寄せてきた。勢い余ったのか、彼のスポーツサングラスがこつん、とあたしの頭に当たった。『あ、ホントだ』
『あの木、花生えるんだな』
グラウンドの端の、寮へと続く道に生えたその木は、毎日目にしているはずなのに──あたしはそんなことを思って、向こうの木から隣に目線を移すと、すぐそこに、屈んだ彼の横顔があった。遠くの木を見つめる御幸のまなざしが、あたしの視線に気付くことはなかった。
「──いろいろ見えてないの、あの男は」
「いっつも、野球のことだけ、」あのまなざしを思い出しては、自分で言っていて、ふっ、と笑みが漏れた。
それからあたしが顔を上げると、どこかきょとん、とした表情の二人が、互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。……イヤな予感がする。先に声を上げたのは幸だった。「ふう〜ん?」
「なんだかんだ恭子だって一途だよねー」
「いよいよ
「……ゆーいー?」
人聞きの悪い、という意味で、あたしはつい彼女を
「どういう意味よ!」
「キャ~さっちんたすけて~」
「
「沢村みたいな呼び方やめて!」
キャハハ、とふざけ合って三人で帰り道を急ぐ。冬合宿、あたしたちマネージャーの仕事は、まだまだ終わらない。
彼女は、しばらく彼の横顔に
『綺麗』
思わず口を突いて出た言葉。それを聞いて、彼はうなずいた。『うん』
彼は元来、花を愛でるような人ではないだろうけれど、応えてくれたというその行為が嬉しかった。
ほう、とうっとりしたため息が、白くなる冬──来年の今頃、二人はどうしているのかなんて思ってしまったこと、どこまでも真っ直ぐに進み続ける彼は、やっぱり気付いていない。
(【サザンカ】花言葉:ひなむきさ・ひたむきな愛・あなたがもっとも美しい)
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