おだいじに
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脇腹の痛みを庇 ったままでいたのが祟 ったに違いない、というのが監督含め、皆の見解だった。チームメイトには、むしろ無理に練習ができない分、好都合だ、とまで言われてしまった。
寝苦しいな……
共同生活の寮で風邪をひくと、これだから厄介だ。他の部員にうつすわけにもいかないので、マスクを着用したまま二段ベッドの上段で寝ていた御幸は、ただでさえ喉の痛みで息苦しいのに──半分夢の中──まともに眠りにつくこともままならず、ゴホゴホ、と咳き込んだ。
今は何時だろう。そろそろ練習が終わる頃だろうか。寮の夕食、いつもどおりどんぶり飯など、到底食べられる気がしないな。だがこれまた厄介なことに、朝からスポーツドリンクしか口にしていないので、腹は空いている。
ふいに、コンコン、と部屋の扉がノックされた。同室の木村が帰って来たのだろうか。
「おーい御幸ー、起きてんのかよ?」
「練習終わったぜ」という扉の向こうから聞こえる声は、同じクラスの副主将のものだった。御幸が、寝たままで固くなった上半身をゆっくりと起こしながら口を開くと同時に扉が開き、そ の 人 物 が入ってきた。
「悪りぃ、倉持……ちょっと、腹減っちまって、」
「お粥でよければ持ってきたけど」
先ほどの尖った声よりも、ずっとまろやかで落ち着く、優しい声──聞き覚えのある、女 子 の声がした。
えっ、と驚いて扉のほうを見下ろした。そこに立っていたのは──眼鏡をかけていないせいで、顔が少しボヤけているが、見間違いじゃない。
「……恭子!?」
思わず名前を呼ぶと、シィーーッ!、と恭子は人差し指をマスクの口元に当てこちらを見上げながら、息の音で静かにしろと訴えてきた。近付いてきてようやくわかったが、彼女のマスクの上、整った目元と眉が吊り上がっていた……マズい、怒ってる。風邪のせいとは別で、冷や汗が出た。さらには小声で怒鳴られた。
「監督にバレたら、あたしまで怒られるでしょ!」
「な、なんで……倉持は?」
目を細めないと恭子の反応もよく見えないので、とっさに枕元の眼鏡をかけた。
それから、慌ててベッドの上段から部屋を見渡す。カバンやジャージが少々床に落ちているが、汚くはない、はずだ。あと、彼女に見られてはマズいものはないか? 男のア レ とかソ レ とか。
「倉持 がココにあたしを寄越したの。どうせ面白がってんでしょ」
「あんたの机、どれ?」と、お盆を手に部屋の中をうろうろする恭子に、「い、一番奥」と答えながら、慌てて二段ベッドの梯子を降りる。
「へぇ。ちゃんと綺麗にしてるのね」相変わらず“オカン”みたいなことを言って、そっと自分の机にお盆を置く恭子の後ろ姿を前に、御幸はこっそり倉持に感謝した。あとでからかわれるのは必至だが。マスクを着けた恭子が、こちらを振り返る。
「熱は?」
「薬は飲んだから……割と下がった、と、思う」
ふむ、と鼻を鳴らして小さくうなずいたあと、恭子は「ちょっと座って」と、御幸の机の前にあった椅子を示した。風邪で頭が働いておらず、とりあえず言われるがままにそこへ腰掛けた。
「おでこ貸して」と、屈んだ恭子が片手をこちらへ伸ばしてきて、額に貼られていた冷却シートを剥がされる。
ひた、と──先ほど手を洗ったばかりなのか、恭子のすこし湿った手のひらが、額にしっとりと触 れた。ひんやりとした感触が心地よくて、つい目を細めて息を吐くと、マスク越しに眼鏡がちょっと曇った。
「うん……」こちらの温度を確かめるように、その手が頬から首筋へすべっていくと、敏感な箇所がぞわぞわと反応してしまう。それから、近付いてくる彼女の顔が──こつん、と、
「ちょ、」
「まだ……ほんの、すこし、熱いかな……」
額同士が触 れ、目を伏せた彼女の長いまつ毛が、文字どおり『目と鼻の先』にあった。互いのマスクの表面が、カサ、と音を立てて擦 れた。つーかこんな近くて……マスクしてる意味あるか……?
「新しいの、貼り替えなきゃね」
離れていく恭子が体を起こし、部屋の冷蔵庫から新たに冷却シートを取り出している。今のやりとりで熱が上がった気がするのだが。
それにしても今の自分は、部屋着の上に、眼鏡とマスク、おまけに汗をかいて髪もぐちゃぐちゃだろう。ああ、カッコ悪いったらありゃしない。
「他に欲しいものは?」
「……お粥、食っていいの?」
「ああ、それね」
お盆の上にある陶器の碗に入れられた、湯気立つそれを覗き込むと、「下の台所借りたの」と、彼女が新しい冷却シートを手にこちらへ歩み寄って言った。
「もしかして……恭子が作った?」
「なに、ご不満?」
いや、不満どころかむしろ──と、一瞬眉をひそめた彼女の前で、こっそりニヤけてしまった。こればかりは、マスクをしていてよかった。
「心配しなくても、ヘンなモノ入れちゃいないわよ」
「たまごとシラスと、ネギと海苔」それは簡単に手に入るもので、栄養のある食材、色どりもあって、湯気からは出汁のいい香りがする──家事好きの彼女にとっては、お手のものなんだろう。
しかし、風邪をひいたことで至れり尽くせりなこの状況と、自分のみっともない姿が小っ恥ずかしくて、ついからかうような口調で聞いてしまう。
「『あーん』してくんないの?」
「……なに言ってんのおバカ」
「イテッ! ちょ、おれ病人……」
バチン、とひっぱたくように冷却シートを額に無理やり貼られた。冷たさと、彼女の容赦ない平手の衝撃が痛い。恭子はやれやれといった表情で、それでも「はい」と、御幸にお粥の入った碗に添えられたレンゲを手渡した。
「子どもじゃないんだから、自分で食べられるでしょ」
そんなこと言っといて、さっきまで俺のこと子どもみたいに扱ってたくせにさ──なんだかむずがゆい。自他共に認める“オカン気質”の彼女にとっては、あれくらいのスキンシップ、なんてことないとでも言うのだろうか。
「……部員だからって、ここまでしてやるのかよ」まだ熱そうなそれを冷ますように、レンゲで混ぜつつお粥をすくう。
「随分と甲斐甲斐しいことで」
ついイヤミっぽく放ってしまった──彼女が来てくれて嬉しかったのは事実なのに──しまった、と思ったときにはもう遅い。恭子がハァ、とマスクの中でため息をついた。……なんか怒ってる?
思いついたのは、やはり秋大会の決勝でケガを隠して試合に出ていたことだ。試合が終わって後日、『どれだけ心配したか』と彼女に散々怒られたのだから。試合に出たことを後悔はしていないが、さすがに反省はした。忘れるはずもない。
「……なあ、ケガ隠してたこと、まだ怒ってんのかよ……?」
マスクを下げ、隣に立つ彼女の機嫌をうかがうように、ついその顔を覗き込んで言うと、「あのねぇ、」と呆れた調子のつぶやきが返ってきた。
「……あたしもマネージャーだからって、野球部の男連中全員構ってやれるほどお人好しじゃないの」
「えっ」
両手を腰に当て、こちらを見下ろした恭子は、キッ、と睨みをきかせた鋭い視線で御幸を射抜いた。ギクッ、と体が強張る。
ケガのとき思い知った──『美人が怒ると怖い』というのは、本当である。
「いくら茶化されたところで、好きでもない男の寮の部屋に、人目盗んでこっそり入ってまで看病しないってこと!」
一息で言い切ると、恭子はサッと踵 を返し、部屋の出口まで早足で向かっていく。扉に手をかけ、出ていく直前でこちらを振り返ったかと思えば、「おだいじにっ」と捨て台詞のように残してバタンッ、と思い切り閉めた。
ぽかん、と間の抜けたように口が開く。しばらく、彼女の言葉を頭の中で反芻した。
『好きでもない男の──』えっ……えっ、今のってそ う い う ……えっ……?
「……あっちぃ!?」
ボーッとしていたところ、レンゲですくったお粥を膝の上に落としてしまい、思わず悲鳴を上げると、扉の向こうから「ヒャハハハハハ!!」という倉持の甲高い笑い声が聞こえてきた。
─────────────────────────
「んも~……! ホンッットあいつなんなの……!?」
恭子はマスクを勢いよく剥ぎ取りながら、部屋の中の御幸に聞こえない程度の声で叫んだ。隣では、“見張り”をしてくれていた倉持が笑い過ぎて涙目になっている。
「はぁ゛ーおもしれぇ」
「思い出したらムカつく……やっぱもっと怒ってやればよかった」
ナイーブなところもあるのに、変なところで鈍感なのか、なんなのか。妙な鎌はかけてくるし。おまけにあまのじゃくで、口を開けばイヤミったらしくからかってくる──主将になって、少しは落ち着いたと思ったのに、あたしの勘違いだったかな……。
いつもしれっと触ってくるのはあっちなのだから、仕返しのつもりでもあった。でも結局、弱ってるところに付け込んでるみたいでちょっぴりイヤになる。
このあいだのケガの件では、言い過ぎたかな、とも思っていた。場合によっては謝るつもりだった。だからまあ、『ついでに宇佐美が看病してやれば?』という倉持の提案にも乗ってしまった。
「……とはいえ、倉持がけしかけたんだから、帰りはあんたが駅まで送ってってよね」
「へーへー、それくらいお安い御用」
「それより明日の御幸 の反応が楽しみだわ」と、倉持は寮の外階段を降りながらまだけらけらと笑っていた。恭子が肩を落とし、その後ろについていくようにしていると、ふと階段の途中で振り返った彼がこちらを見上げてくる。そこで倉持は人差し指を突き出し、今度はニヤリとほくそ笑んだ。
「……なに、人の顔指差さないでくれる?」
「そう、顔 」
「は?」
「赤くなってるぜ」
「お前のそういう顔、めずらしいなと思ってよ」倉持はそう言って、からかうようにまたけらけらと笑い、「着替えてくっから、食堂で待ってろ」とこちらに声をかけてから、タタン、タタン、と跳ねるようにリズミカルに階段を降りて、一階の5号室のほうへ向かっていった。
階段に残された恭子は、しばらく呆然としてから、自分の手を頬に当ててみた。手のひらに伝わる熱──さっきの御幸の肌より熱いんじゃ、ないか、なんて──御幸も御幸だけど、あたしもあたしだ。
「……あいつの熱がうつったのかも」
誰もいないのに、そんな言い訳を独りごちた。マスクがあってよかった。おかげで御幸には、この火照った顔を見られずに済んだみたいだった。
(普段ガードの固い恭子さんが、時間差で照れたり恥ずかしがってたらカワイイな、と思います。王道のツンデレもいいですね。)
寝苦しいな……
共同生活の寮で風邪をひくと、これだから厄介だ。他の部員にうつすわけにもいかないので、マスクを着用したまま二段ベッドの上段で寝ていた御幸は、ただでさえ喉の痛みで息苦しいのに──半分夢の中──まともに眠りにつくこともままならず、ゴホゴホ、と咳き込んだ。
今は何時だろう。そろそろ練習が終わる頃だろうか。寮の夕食、いつもどおりどんぶり飯など、到底食べられる気がしないな。だがこれまた厄介なことに、朝からスポーツドリンクしか口にしていないので、腹は空いている。
ふいに、コンコン、と部屋の扉がノックされた。同室の木村が帰って来たのだろうか。
「おーい御幸ー、起きてんのかよ?」
「練習終わったぜ」という扉の向こうから聞こえる声は、同じクラスの副主将のものだった。御幸が、寝たままで固くなった上半身をゆっくりと起こしながら口を開くと同時に扉が開き、
「悪りぃ、倉持……ちょっと、腹減っちまって、」
「お粥でよければ持ってきたけど」
先ほどの尖った声よりも、ずっとまろやかで落ち着く、優しい声──聞き覚えのある、
えっ、と驚いて扉のほうを見下ろした。そこに立っていたのは──眼鏡をかけていないせいで、顔が少しボヤけているが、見間違いじゃない。
「……恭子!?」
思わず名前を呼ぶと、シィーーッ!、と恭子は人差し指をマスクの口元に当てこちらを見上げながら、息の音で静かにしろと訴えてきた。近付いてきてようやくわかったが、彼女のマスクの上、整った目元と眉が吊り上がっていた……マズい、怒ってる。風邪のせいとは別で、冷や汗が出た。さらには小声で怒鳴られた。
「監督にバレたら、あたしまで怒られるでしょ!」
「な、なんで……倉持は?」
目を細めないと恭子の反応もよく見えないので、とっさに枕元の眼鏡をかけた。
それから、慌ててベッドの上段から部屋を見渡す。カバンやジャージが少々床に落ちているが、汚くはない、はずだ。あと、彼女に見られてはマズいものはないか? 男の
「
「あんたの机、どれ?」と、お盆を手に部屋の中をうろうろする恭子に、「い、一番奥」と答えながら、慌てて二段ベッドの梯子を降りる。
「へぇ。ちゃんと綺麗にしてるのね」相変わらず“オカン”みたいなことを言って、そっと自分の机にお盆を置く恭子の後ろ姿を前に、御幸はこっそり倉持に感謝した。あとでからかわれるのは必至だが。マスクを着けた恭子が、こちらを振り返る。
「熱は?」
「薬は飲んだから……割と下がった、と、思う」
ふむ、と鼻を鳴らして小さくうなずいたあと、恭子は「ちょっと座って」と、御幸の机の前にあった椅子を示した。風邪で頭が働いておらず、とりあえず言われるがままにそこへ腰掛けた。
「おでこ貸して」と、屈んだ恭子が片手をこちらへ伸ばしてきて、額に貼られていた冷却シートを剥がされる。
ひた、と──先ほど手を洗ったばかりなのか、恭子のすこし湿った手のひらが、額にしっとりと
「うん……」こちらの温度を確かめるように、その手が頬から首筋へすべっていくと、敏感な箇所がぞわぞわと反応してしまう。それから、近付いてくる彼女の顔が──こつん、と、
「ちょ、」
「まだ……ほんの、すこし、熱いかな……」
額同士が
「新しいの、貼り替えなきゃね」
離れていく恭子が体を起こし、部屋の冷蔵庫から新たに冷却シートを取り出している。今のやりとりで熱が上がった気がするのだが。
それにしても今の自分は、部屋着の上に、眼鏡とマスク、おまけに汗をかいて髪もぐちゃぐちゃだろう。ああ、カッコ悪いったらありゃしない。
「他に欲しいものは?」
「……お粥、食っていいの?」
「ああ、それね」
お盆の上にある陶器の碗に入れられた、湯気立つそれを覗き込むと、「下の台所借りたの」と、彼女が新しい冷却シートを手にこちらへ歩み寄って言った。
「もしかして……恭子が作った?」
「なに、ご不満?」
いや、不満どころかむしろ──と、一瞬眉をひそめた彼女の前で、こっそりニヤけてしまった。こればかりは、マスクをしていてよかった。
「心配しなくても、ヘンなモノ入れちゃいないわよ」
「たまごとシラスと、ネギと海苔」それは簡単に手に入るもので、栄養のある食材、色どりもあって、湯気からは出汁のいい香りがする──家事好きの彼女にとっては、お手のものなんだろう。
しかし、風邪をひいたことで至れり尽くせりなこの状況と、自分のみっともない姿が小っ恥ずかしくて、ついからかうような口調で聞いてしまう。
「『あーん』してくんないの?」
「……なに言ってんのおバカ」
「イテッ! ちょ、おれ病人……」
バチン、とひっぱたくように冷却シートを額に無理やり貼られた。冷たさと、彼女の容赦ない平手の衝撃が痛い。恭子はやれやれといった表情で、それでも「はい」と、御幸にお粥の入った碗に添えられたレンゲを手渡した。
「子どもじゃないんだから、自分で食べられるでしょ」
そんなこと言っといて、さっきまで俺のこと子どもみたいに扱ってたくせにさ──なんだかむずがゆい。自他共に認める“オカン気質”の彼女にとっては、あれくらいのスキンシップ、なんてことないとでも言うのだろうか。
「……部員だからって、ここまでしてやるのかよ」まだ熱そうなそれを冷ますように、レンゲで混ぜつつお粥をすくう。
「随分と甲斐甲斐しいことで」
ついイヤミっぽく放ってしまった──彼女が来てくれて嬉しかったのは事実なのに──しまった、と思ったときにはもう遅い。恭子がハァ、とマスクの中でため息をついた。……なんか怒ってる?
思いついたのは、やはり秋大会の決勝でケガを隠して試合に出ていたことだ。試合が終わって後日、『どれだけ心配したか』と彼女に散々怒られたのだから。試合に出たことを後悔はしていないが、さすがに反省はした。忘れるはずもない。
「……なあ、ケガ隠してたこと、まだ怒ってんのかよ……?」
マスクを下げ、隣に立つ彼女の機嫌をうかがうように、ついその顔を覗き込んで言うと、「あのねぇ、」と呆れた調子のつぶやきが返ってきた。
「……あたしもマネージャーだからって、野球部の男連中全員構ってやれるほどお人好しじゃないの」
「えっ」
両手を腰に当て、こちらを見下ろした恭子は、キッ、と睨みをきかせた鋭い視線で御幸を射抜いた。ギクッ、と体が強張る。
ケガのとき思い知った──『美人が怒ると怖い』というのは、本当である。
「いくら茶化されたところで、好きでもない男の寮の部屋に、人目盗んでこっそり入ってまで看病しないってこと!」
一息で言い切ると、恭子はサッと
ぽかん、と間の抜けたように口が開く。しばらく、彼女の言葉を頭の中で反芻した。
『好きでもない男の──』えっ……えっ、今のって
「……あっちぃ!?」
ボーッとしていたところ、レンゲですくったお粥を膝の上に落としてしまい、思わず悲鳴を上げると、扉の向こうから「ヒャハハハハハ!!」という倉持の甲高い笑い声が聞こえてきた。
─────────────────────────
「んも~……! ホンッットあいつなんなの……!?」
恭子はマスクを勢いよく剥ぎ取りながら、部屋の中の御幸に聞こえない程度の声で叫んだ。隣では、“見張り”をしてくれていた倉持が笑い過ぎて涙目になっている。
「はぁ゛ーおもしれぇ」
「思い出したらムカつく……やっぱもっと怒ってやればよかった」
ナイーブなところもあるのに、変なところで鈍感なのか、なんなのか。妙な鎌はかけてくるし。おまけにあまのじゃくで、口を開けばイヤミったらしくからかってくる──主将になって、少しは落ち着いたと思ったのに、あたしの勘違いだったかな……。
いつもしれっと触ってくるのはあっちなのだから、仕返しのつもりでもあった。でも結局、弱ってるところに付け込んでるみたいでちょっぴりイヤになる。
このあいだのケガの件では、言い過ぎたかな、とも思っていた。場合によっては謝るつもりだった。だからまあ、『ついでに宇佐美が看病してやれば?』という倉持の提案にも乗ってしまった。
「……とはいえ、倉持がけしかけたんだから、帰りはあんたが駅まで送ってってよね」
「へーへー、それくらいお安い御用」
「それより明日の
「……なに、人の顔指差さないでくれる?」
「そう、
「は?」
「赤くなってるぜ」
「お前のそういう顔、めずらしいなと思ってよ」倉持はそう言って、からかうようにまたけらけらと笑い、「着替えてくっから、食堂で待ってろ」とこちらに声をかけてから、タタン、タタン、と跳ねるようにリズミカルに階段を降りて、一階の5号室のほうへ向かっていった。
階段に残された恭子は、しばらく呆然としてから、自分の手を頬に当ててみた。手のひらに伝わる熱──さっきの御幸の肌より熱いんじゃ、ないか、なんて──御幸も御幸だけど、あたしもあたしだ。
「……あいつの熱がうつったのかも」
誰もいないのに、そんな言い訳を独りごちた。マスクがあってよかった。おかげで御幸には、この火照った顔を見られずに済んだみたいだった。
(普段ガードの固い恭子さんが、時間差で照れたり恥ずかしがってたらカワイイな、と思います。王道のツンデレもいいですね。)
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