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『“ベストナイン”捕手・御幸一也選手』
アナウンスと共に、大きな拍手がホテルの会場に鳴り響く。スポットライトの当たったステージの上で、トロフィーが彼の手に渡り、大量のフラッシュが焚 かれた。
『御幸選手は今シーズン、チーム4年振りのリーグ優勝に、打撃・守備と大きく貢献しました!』
客席側の広間からそれを見上げていると、ふと見覚えのある姿が目に留まる。今夜はお互いドレスアップして雰囲気も違うが、彼へと向ける熱い視線ですぐにわかった。
壇上ではトロフィーを持った彼がスタンドマイクの前に立ち、司会者からの質問に答えている。
『御幸選手にとって、今年はどんな一年になりましたか?』
『これからの野球人生に活かしていける、良い年になったと思います──』
「旦那がこんな数の大人たちに称賛されてるのって、どんな気分?」
彼のコメントの途中で不意を突くように、スーツのポケットに手を入れたままそう声をかけると、ステージを見ていた彼女が振り向いた。それまで緊張していたのか、こちらの顔を見とめた彼女は、どこかホッとした表情に変わった。
「成宮くん」
「恭子ちゃん、久しぶり。元気?」
「一也のインスタ見たよ。結婚おめでと」
「こないだもそうだし、籍入れたときも連絡くれたでしょう? ありがとう」
「式は来年?」
「そのつもり」
「またお祝い贈るね」
成宮は恭子に手を振ってみせて、それから反対の手でポケットに入っていたスマホを取り出し、カメラを起動した。
「あ、写真撮ろ、写真。せっかくドレスなんだし」
「えぇ?」
と困った顔をしつつも、斜め上に腕を伸ばせば、恭子も画角に入り込んで自撮りに付き合ってくれた。少し暗いのが、もったいないが仕方ない。「はい・チーズ」
「恭子ちゃんの顔隠したら、表向きに使っていい?」
「いいけど使うことある?」
苦笑いする恭子は、おそらく今ステージにいる彼の配偶者として参加しているのだろう。今日の表彰式は、家族同伴もオーケーだったはずだ。
「シーズンお疲れさま」
「うん。恭子ちゃんがプロ野球 関係の場にいるの、なんか新鮮だね」
「まあ、ちゃんと籍入れたからには……こういう機会も何回あるかわからないし、たまにはいいかなって」
「それ一也に言ってやりなよ、負けず嫌いだから来年も絶対ココ来るとか言いだすよ、あいつ」
「『負けず嫌い』は、成宮くんだって人のこと言えないんじゃない?」
「あ、そういうこと言う?」
「ふふ、成宮くんもおめでとう。沢村賞は初めてだっけ? 流石だね」
「ま、トーゼンだけど」
「ありがとう」と軽くお礼を伝えたあと、そこで、「ふうん?」と成宮は一歩下がって、着飾った彼女の全身を眺めた。
女性らしいボディラインの出る、ブラックのロングタイトのイブニングドレス。控えめなスリットから覗く健康的な脚。オフショルダーの襟元は、彼女の滑らかな肩と首から鎖骨のラインを強調しながらも、長いスリーブで品よくまとまっている。
主役はあくまで夫、といわんばかりの真っ黒でシンプルなドレスは、それでも彼女の魅力を引き立てるには十分すぎるほどだった。
「ドレス、似合ってんね。綺麗じゃん」
「ありがとう」
恭子ははにかんだように笑うと、すこし照れくさそうに目線をそらした。
「こういうの、着たことないから不安だったんだけど……成宮くんに褒められたら、ちょっと自信出てきた」
「どういう意味だよ」
「お世辞とか言わなそうだし」
「俺は自分に正直に生きてるだけ」
「それは成宮くんのいいところ、だと思うから」
「フォローになってんのかね」
「それに、下向いてたらせっかくのおめかしも台無しだぜ」
「だから堂々としてな」と顎 で指すと、恭子はもう一度「ありがとう」と言った。
高校時代から変わらず、彼女はしっかり者で落ち着いていて、頭も良い。きっと、頼りになる女性なんだろうと思う。ホント、一也にはもったいないよなー。
「けど、一也は? あいつもお世辞とか使えなさそうじゃん」
「……だってあいつ、『おまえならなんでも似合う』って済ますから逆に信用できなくて」
「はぁ〜? なんだよ、ま た 惚気かよ」
「ああ、そんなつもりは……」
「恭子ちゃんじゃなくて、一也のほう」
「俺がなんだって?」
そう言って、トロフィーの手渡しと撮影を終えた件 の男がやってきた。彼の恰好も、今夜はスリーピースに淡い光沢を放つシルクのネクタイと、前髪をかき上げたスタイルで、ビシッと決まっている。眼鏡だけはいつもと変わらない。
成宮はやれやれと首を傾けながら、御幸──彼女も御 幸 だが──に言い放った。
「誰かさんが奥サマに甘々なんじゃないか、ってハナシ」
「鳴がヘンなちょっかいかけてるだけだろ」
「やめてよ、こんなところで」
恭子が呆れて声をかけると、御幸はサッと掠 めとるように彼女の手を取って握った。
「なに話してたの」
「別に、お互いに『おめでとう』って、フツーに」
「ふーん」
「いいでしょ、成宮くんとくらい……知らない人ばっかりで、あたしも緊張してるんだから」
「だーいじょぶだって、俺もいるだろ?」
わかりやすくヤキモチを焼く幼なじみにうんざりする。むしろ結婚を機に加速してないか。しかも、不安げな奥さんを前になんでちょっと嬉しそうなんだよ、お前は。
「なあ、挨拶だけしたいからついてきて」
「えぇ……なに話せばいいかわかんない……」
「お前はニコニコしてるだけで十分だから」
それ、奥さんが飾 り みたいな言い方で失礼じゃない?、と言いかけてやめる。……いや、今のは『それだけで十分綺麗』って褒 め た のか。相変わらず、伝え方がヘタクソ。まあ、恭子ちゃんがいいならいいけど。
「すみません、さっき紹介できなかったんで」
御幸は恭子の手を引いて、スーツの男の集団に声をかけると──アレは確か協会の関係者だ。たぶんエラい人──離した手で彼女を示すようにした。
彼女は彼の少し後ろで姿勢を正すと、その美しい姿勢のまま軽くお辞儀をした。
「御幸の妻です」
「主人がいつも、お世話になっております」それを軽く見下ろす御幸の表情がチラリと目に入って、げっ、と成宮の顔は引きつった。
あいつ……噛み締めてやがる……! なんだあのニヤけを抑えきれていない絶妙にだらしない表情は。選手が見たら引くぞ、と無性に腹が立った。
それから関係者と御幸夫妻は、「綺麗な奥様ですね」「この度はおめでとうございます。ご結婚も」なんて、少しありきたりな会話をしていた。
「次のシーズンも期待してます」
「ありがとうございます」
関係者たちが去っていくのを見ると、御幸はまたすぐ彼女とぎゅっと手を繋ぐ。成宮から見れば、明らかに恭子は困った様相でいた。
「あのオッサン、わかってんじゃん」
「あんた、“社交辞令”って言葉知ってる?」
褒められた本人すら呆れた様子でいるのに、なに満足げな顔してんだホントに。
見かねた成宮は、恭子の方へそっと歩み寄り、ザワザワしている会場でも聞こえるよう、耳元に顔を近付けて言った。
「あのさあ……イヤなら言いなよ?」
そう耳打ちすると、恭子はそれがなんのことかすぐわかったらしく、苦い顔で返してきた。
「……どうせ言っても聞かないんだもの」
「過保護かよ」
「一也に言ってよ」
「なにコソコソ話してんだよ」
ほらまたそうやってすぐ、繋いだ彼女の手を引き寄せてはこちらを軽く睨 んでくるのだから、いちいち相手にするのも疲れた。
「はいはい、独り者はとっとと去りますよーっと」
「おーかえれかえれ」
「……ゴメンね、成宮くん。また連絡する」
申し訳なさそうに言う恭子に、ひらひらと手を振ってその場を離れる。御幸は彼女の隣で、まだ不服そうな顔をしていた。
そんな御幸を見上げ、恭子もなんとか抵抗を試みて、繋いだ手を少し持ち上げている。
「ねぇ……コ レ 、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「そんなかかと高い靴履いてて、転 けたら危ないだろ」
「大丈夫だから……」
後ろからそんな会話が聞こえてくる。ありゃベタ惚れだな、と成宮はため息混じりに肩を落とした。なんてもの見せつけられたんだ。
そして、今度機会があれば絶対周りに言いふらしてやろ、と心に決めるのだった。
「いま間違いなく球界賑 わしてる同級生コンビやからねー」
「彼といちいちセットなのも、なんかね」
「コレ照れ隠しだよ、一也は俺のこと大好きだもんなー?」
「カップルか」
「投手としては、まあ」
「否定せんのかい」
「つーかこいつ性格悪過ぎて、球界に俺以外の友だちいないの」
「急に失礼かますやん」
「やっぱ成宮選手、緩急エグいな」
シーズンオフはテレビの収録や取材が一気に増える。今日のバラエティ番組なんて、『飲み屋でMCのお笑いコンビと女子アナが、ゲストと酒を飲みながらトークする』なんて緩い企画だ。そうは言ってもプロのアスリートなので、酒を飲むのは一杯目のビールだけだが。
関西出身の男性芸人たちが繰り広げるテンポの良い会話で盛り上がったところを、司会の役割である女性アナウンサーが軌道修正していくのが定番の流れだった。
「先日は、お二人とも年間表彰式がありましたもんね」
「そーそー、都内のホテルでやってさ。けっこう豪華だったよ。ちゃんとドレスコードもあるし」
「アレ実際、どういう人が集まってはるんです?」
「スポンサーさんとかちゃう?」
食いついた二人はどうやら野球好きらしく、表彰式の話はしばらく続いた。成宮は少し図るように、隣に座る御幸をチラッと見てから、その話題を口にした。
「そういえば一也、奥さん連れてきてたよね」
「あー」
「ウワサの“同級生奥様”?」
「えぇー、ゆうて高校の同級生やったらもう、御幸選手若いけど出会って……何年? 10年近いんちゃいますのん?」
「それ掘り下げます?」
御幸が苦笑いしながら、ごまかすようにグラスのウーロン茶を軽く煽 ると、ガラ、と中の氷が音を立てた。
SNSで『同級生の元マネージャー』と結婚発表してから間もないのだから、その話題が出てもおかしくないとは本人も予想していたはずだが、野球と関係ないことはあまり話したがらない男だ。やはり決まり悪そうな表情でいる。
「気になるやろー、こんな、男前やしー稼ぐしー……なあ?」
「どないして御幸選手をオ ト し た んやろ、とか。アイちゃんも気になるんちゃう?」
「女性としては気になりますね、やっぱりね」
「いや、高校んときは稼ぐかどうかなんてわかんないじゃないですか」
「そんなんツバつけとけー!、って話やろ?」
「言い方ワッル! 奥さんからクレームくるで」
カメラやマイクを持つクルー──周りで会話を眺めているスタッフ陣が笑ったのに合わせて、御幸も控えめに口角を上げた。余裕でいられるのも今のうちだ。アナウンサーが、会話の流れを作ろうと、こちらに話を振ってくる。
「成宮選手、お知り合いなんですよね?」
「あ、そうなん?」
「だって彼女、元マネだもん。高校んとき試合で会うから。ライン知ってるし」
「俺、当時まだガラケーだったんで、なんなら俺より先に彼女とライン交換してましたからね」
「同じチームのカレシ差し置いて!?」
「そんなことあるん!?」
MCの三人は、かつての同級生たちの話に興味津々だった。そんな空間で、隣の御幸を親指で指しては、遠慮なく暴露してやった。
「もうさ、表彰式のあいだ、全っっ然こいつが奥さんの手離そうとしないの。ずーーっと手ぇ繋いでんの、マジで」
「えぇー! なかよしですね!」
「あ、もしかして奥さんがオ ト さ れ た 側なん?」
「めっちゃラブラブですやん」
成宮のこの発言には、さすがの御幸も少々動揺したらしく、言い訳するような口調でこちらを遮ってきた。
「いやいやアレはさ、会場ではぐれないようにね?」
「子どもじゃないんだからはぐれないでしょ!」
食い気味で言い返してやると、またしても現場に笑いが起こる。冗談じゃない、あのイチャイチャを目の前で見せつけられた俺の身にもなってほしいね!
「ホントヤバいんだって、こいつの溺愛っぷり! 恭子ちゃんちょっと困ってたからね!?」
「ちょっ、鳴……!」
めずらしく公の場で『鳴』と呼ぶほどには、冷静さを失っているらしい。互いに多少アルコールが入っているのもあるだろうが。
「ウチの奥さんの名前出すなよ!」
「いーじゃん、どうせ編集で“ピー音”入るんだから!」
「成宮選手、あの、勝手に編集さんの仕事増やさんといてください」
周りのスタッフたちが爆笑したタイミングで、お笑いコンビの男たちは芸人のスイッチが入ったようだった。
「えっ、じゃなに、その恭子ちゃんが、」
「だからダメですって! 彼女、一般人なんで……」
「恭子ちゃん、仕事なにしてはるん?」
「めっちゃ気になるわ〜恭子ちゃん」
「『恭子ちゃん』って言いたいだけでしょ!」
「言うてる言うてる。言うてもうてる」
どっ、とまた大きな笑いが起こる。御幸は半分立ち上がるようにして、「このくだり全部カットしてくださいよ!?」とタジタジなっていた。それを見ては、してやったり、とこちらとしてはニヤニヤが止まらないのであった。
「……ったく、やってくれたな、鳴」
「俺は事実しか話してないもーん」
後日、自宅でスピーカーフォンにして御幸と通話しながら、タブレットで番組の配信サイトを眺めていた。
あの会話はもちろんバッチリ使われていて、御幸曰く、放送を観たチームメイトや同級生たちにも散々イジられたらしく、ざまあみろと成宮は笑いが止まらなかった。いま読んでいる視聴者のコメント欄も、大盛り上がりである。
『成宮、口ぶりからして相当鬱憤溜まってたなw』
『御幸の恋女房…女房役は捕手である夫のはずなんだけどな』
『↑誰うま』
『自分の名前を放送禁止用語みたいに扱われてる奥様が一番の被害者なのよwww』
『こないだのインスタの【結婚報告】がまたバズってて草』
『↑いま読んだ 御幸夫婦尊い…これは推せる』
『この若さと顔面で愛妻家なん、堪らんな』
『高校時代の夫婦エピもっとくれ〜』
『↑他球団で青道出身の降谷とか沢村も反応してたはず』
そうしてコメント欄をスクロールしながら、成宮は一つ気がかりだったことを御幸に尋ねた。
「そういえば、恭子ちゃんは怒ってなかった?」
「……むしろ放送観て手ぇ叩いて爆笑してた」
納得いかない、という口調の御幸の返答に、また笑いが込み上げる。“お笑い”の分かる奥サマで、何よりだね。
(『恭子ちゃん』って言いたいだけ、のくだりは、原作のオマージュです。)
アナウンスと共に、大きな拍手がホテルの会場に鳴り響く。スポットライトの当たったステージの上で、トロフィーが彼の手に渡り、大量のフラッシュが
『御幸選手は今シーズン、チーム4年振りのリーグ優勝に、打撃・守備と大きく貢献しました!』
客席側の広間からそれを見上げていると、ふと見覚えのある姿が目に留まる。今夜はお互いドレスアップして雰囲気も違うが、彼へと向ける熱い視線ですぐにわかった。
壇上ではトロフィーを持った彼がスタンドマイクの前に立ち、司会者からの質問に答えている。
『御幸選手にとって、今年はどんな一年になりましたか?』
『これからの野球人生に活かしていける、良い年になったと思います──』
「旦那がこんな数の大人たちに称賛されてるのって、どんな気分?」
彼のコメントの途中で不意を突くように、スーツのポケットに手を入れたままそう声をかけると、ステージを見ていた彼女が振り向いた。それまで緊張していたのか、こちらの顔を見とめた彼女は、どこかホッとした表情に変わった。
「成宮くん」
「恭子ちゃん、久しぶり。元気?」
「一也のインスタ見たよ。結婚おめでと」
「こないだもそうだし、籍入れたときも連絡くれたでしょう? ありがとう」
「式は来年?」
「そのつもり」
「またお祝い贈るね」
成宮は恭子に手を振ってみせて、それから反対の手でポケットに入っていたスマホを取り出し、カメラを起動した。
「あ、写真撮ろ、写真。せっかくドレスなんだし」
「えぇ?」
と困った顔をしつつも、斜め上に腕を伸ばせば、恭子も画角に入り込んで自撮りに付き合ってくれた。少し暗いのが、もったいないが仕方ない。「はい・チーズ」
「恭子ちゃんの顔隠したら、表向きに使っていい?」
「いいけど使うことある?」
苦笑いする恭子は、おそらく今ステージにいる彼の配偶者として参加しているのだろう。今日の表彰式は、家族同伴もオーケーだったはずだ。
「シーズンお疲れさま」
「うん。恭子ちゃんが
「まあ、ちゃんと籍入れたからには……こういう機会も何回あるかわからないし、たまにはいいかなって」
「それ一也に言ってやりなよ、負けず嫌いだから来年も絶対ココ来るとか言いだすよ、あいつ」
「『負けず嫌い』は、成宮くんだって人のこと言えないんじゃない?」
「あ、そういうこと言う?」
「ふふ、成宮くんもおめでとう。沢村賞は初めてだっけ? 流石だね」
「ま、トーゼンだけど」
「ありがとう」と軽くお礼を伝えたあと、そこで、「ふうん?」と成宮は一歩下がって、着飾った彼女の全身を眺めた。
女性らしいボディラインの出る、ブラックのロングタイトのイブニングドレス。控えめなスリットから覗く健康的な脚。オフショルダーの襟元は、彼女の滑らかな肩と首から鎖骨のラインを強調しながらも、長いスリーブで品よくまとまっている。
主役はあくまで夫、といわんばかりの真っ黒でシンプルなドレスは、それでも彼女の魅力を引き立てるには十分すぎるほどだった。
「ドレス、似合ってんね。綺麗じゃん」
「ありがとう」
恭子ははにかんだように笑うと、すこし照れくさそうに目線をそらした。
「こういうの、着たことないから不安だったんだけど……成宮くんに褒められたら、ちょっと自信出てきた」
「どういう意味だよ」
「お世辞とか言わなそうだし」
「俺は自分に正直に生きてるだけ」
「それは成宮くんのいいところ、だと思うから」
「フォローになってんのかね」
「それに、下向いてたらせっかくのおめかしも台無しだぜ」
「だから堂々としてな」と
高校時代から変わらず、彼女はしっかり者で落ち着いていて、頭も良い。きっと、頼りになる女性なんだろうと思う。ホント、一也にはもったいないよなー。
「けど、一也は? あいつもお世辞とか使えなさそうじゃん」
「……だってあいつ、『おまえならなんでも似合う』って済ますから逆に信用できなくて」
「はぁ〜? なんだよ、
「ああ、そんなつもりは……」
「恭子ちゃんじゃなくて、一也のほう」
「俺がなんだって?」
そう言って、トロフィーの手渡しと撮影を終えた
成宮はやれやれと首を傾けながら、御幸──彼女も
「誰かさんが奥サマに甘々なんじゃないか、ってハナシ」
「鳴がヘンなちょっかいかけてるだけだろ」
「やめてよ、こんなところで」
恭子が呆れて声をかけると、御幸はサッと
「なに話してたの」
「別に、お互いに『おめでとう』って、フツーに」
「ふーん」
「いいでしょ、成宮くんとくらい……知らない人ばっかりで、あたしも緊張してるんだから」
「だーいじょぶだって、俺もいるだろ?」
わかりやすくヤキモチを焼く幼なじみにうんざりする。むしろ結婚を機に加速してないか。しかも、不安げな奥さんを前になんでちょっと嬉しそうなんだよ、お前は。
「なあ、挨拶だけしたいからついてきて」
「えぇ……なに話せばいいかわかんない……」
「お前はニコニコしてるだけで十分だから」
それ、奥さんが
「すみません、さっき紹介できなかったんで」
御幸は恭子の手を引いて、スーツの男の集団に声をかけると──アレは確か協会の関係者だ。たぶんエラい人──離した手で彼女を示すようにした。
彼女は彼の少し後ろで姿勢を正すと、その美しい姿勢のまま軽くお辞儀をした。
「御幸の妻です」
「主人がいつも、お世話になっております」それを軽く見下ろす御幸の表情がチラリと目に入って、げっ、と成宮の顔は引きつった。
あいつ……噛み締めてやがる……! なんだあのニヤけを抑えきれていない絶妙にだらしない表情は。選手が見たら引くぞ、と無性に腹が立った。
それから関係者と御幸夫妻は、「綺麗な奥様ですね」「この度はおめでとうございます。ご結婚も」なんて、少しありきたりな会話をしていた。
「次のシーズンも期待してます」
「ありがとうございます」
関係者たちが去っていくのを見ると、御幸はまたすぐ彼女とぎゅっと手を繋ぐ。成宮から見れば、明らかに恭子は困った様相でいた。
「あのオッサン、わかってんじゃん」
「あんた、“社交辞令”って言葉知ってる?」
褒められた本人すら呆れた様子でいるのに、なに満足げな顔してんだホントに。
見かねた成宮は、恭子の方へそっと歩み寄り、ザワザワしている会場でも聞こえるよう、耳元に顔を近付けて言った。
「あのさあ……イヤなら言いなよ?」
そう耳打ちすると、恭子はそれがなんのことかすぐわかったらしく、苦い顔で返してきた。
「……どうせ言っても聞かないんだもの」
「過保護かよ」
「一也に言ってよ」
「なにコソコソ話してんだよ」
ほらまたそうやってすぐ、繋いだ彼女の手を引き寄せてはこちらを軽く
「はいはい、独り者はとっとと去りますよーっと」
「おーかえれかえれ」
「……ゴメンね、成宮くん。また連絡する」
申し訳なさそうに言う恭子に、ひらひらと手を振ってその場を離れる。御幸は彼女の隣で、まだ不服そうな顔をしていた。
そんな御幸を見上げ、恭子もなんとか抵抗を試みて、繋いだ手を少し持ち上げている。
「ねぇ……
「そんなかかと高い靴履いてて、
「大丈夫だから……」
後ろからそんな会話が聞こえてくる。ありゃベタ惚れだな、と成宮はため息混じりに肩を落とした。なんてもの見せつけられたんだ。
そして、今度機会があれば絶対周りに言いふらしてやろ、と心に決めるのだった。
「いま間違いなく球界
「彼といちいちセットなのも、なんかね」
「コレ照れ隠しだよ、一也は俺のこと大好きだもんなー?」
「カップルか」
「投手としては、まあ」
「否定せんのかい」
「つーかこいつ性格悪過ぎて、球界に俺以外の友だちいないの」
「急に失礼かますやん」
「やっぱ成宮選手、緩急エグいな」
シーズンオフはテレビの収録や取材が一気に増える。今日のバラエティ番組なんて、『飲み屋でMCのお笑いコンビと女子アナが、ゲストと酒を飲みながらトークする』なんて緩い企画だ。そうは言ってもプロのアスリートなので、酒を飲むのは一杯目のビールだけだが。
関西出身の男性芸人たちが繰り広げるテンポの良い会話で盛り上がったところを、司会の役割である女性アナウンサーが軌道修正していくのが定番の流れだった。
「先日は、お二人とも年間表彰式がありましたもんね」
「そーそー、都内のホテルでやってさ。けっこう豪華だったよ。ちゃんとドレスコードもあるし」
「アレ実際、どういう人が集まってはるんです?」
「スポンサーさんとかちゃう?」
食いついた二人はどうやら野球好きらしく、表彰式の話はしばらく続いた。成宮は少し図るように、隣に座る御幸をチラッと見てから、その話題を口にした。
「そういえば一也、奥さん連れてきてたよね」
「あー」
「ウワサの“同級生奥様”?」
「えぇー、ゆうて高校の同級生やったらもう、御幸選手若いけど出会って……何年? 10年近いんちゃいますのん?」
「それ掘り下げます?」
御幸が苦笑いしながら、ごまかすようにグラスのウーロン茶を軽く
SNSで『同級生の元マネージャー』と結婚発表してから間もないのだから、その話題が出てもおかしくないとは本人も予想していたはずだが、野球と関係ないことはあまり話したがらない男だ。やはり決まり悪そうな表情でいる。
「気になるやろー、こんな、男前やしー稼ぐしー……なあ?」
「どないして御幸選手を
「女性としては気になりますね、やっぱりね」
「いや、高校んときは稼ぐかどうかなんてわかんないじゃないですか」
「そんなんツバつけとけー!、って話やろ?」
「言い方ワッル! 奥さんからクレームくるで」
カメラやマイクを持つクルー──周りで会話を眺めているスタッフ陣が笑ったのに合わせて、御幸も控えめに口角を上げた。余裕でいられるのも今のうちだ。アナウンサーが、会話の流れを作ろうと、こちらに話を振ってくる。
「成宮選手、お知り合いなんですよね?」
「あ、そうなん?」
「だって彼女、元マネだもん。高校んとき試合で会うから。ライン知ってるし」
「俺、当時まだガラケーだったんで、なんなら俺より先に彼女とライン交換してましたからね」
「同じチームのカレシ差し置いて!?」
「そんなことあるん!?」
MCの三人は、かつての同級生たちの話に興味津々だった。そんな空間で、隣の御幸を親指で指しては、遠慮なく暴露してやった。
「もうさ、表彰式のあいだ、全っっ然こいつが奥さんの手離そうとしないの。ずーーっと手ぇ繋いでんの、マジで」
「えぇー! なかよしですね!」
「あ、もしかして奥さんが
「めっちゃラブラブですやん」
成宮のこの発言には、さすがの御幸も少々動揺したらしく、言い訳するような口調でこちらを遮ってきた。
「いやいやアレはさ、会場ではぐれないようにね?」
「子どもじゃないんだからはぐれないでしょ!」
食い気味で言い返してやると、またしても現場に笑いが起こる。冗談じゃない、あのイチャイチャを目の前で見せつけられた俺の身にもなってほしいね!
「ホントヤバいんだって、こいつの溺愛っぷり! 恭子ちゃんちょっと困ってたからね!?」
「ちょっ、鳴……!」
めずらしく公の場で『鳴』と呼ぶほどには、冷静さを失っているらしい。互いに多少アルコールが入っているのもあるだろうが。
「ウチの奥さんの名前出すなよ!」
「いーじゃん、どうせ編集で“ピー音”入るんだから!」
「成宮選手、あの、勝手に編集さんの仕事増やさんといてください」
周りのスタッフたちが爆笑したタイミングで、お笑いコンビの男たちは芸人のスイッチが入ったようだった。
「えっ、じゃなに、その恭子ちゃんが、」
「だからダメですって! 彼女、一般人なんで……」
「恭子ちゃん、仕事なにしてはるん?」
「めっちゃ気になるわ〜恭子ちゃん」
「『恭子ちゃん』って言いたいだけでしょ!」
「言うてる言うてる。言うてもうてる」
どっ、とまた大きな笑いが起こる。御幸は半分立ち上がるようにして、「このくだり全部カットしてくださいよ!?」とタジタジなっていた。それを見ては、してやったり、とこちらとしてはニヤニヤが止まらないのであった。
「……ったく、やってくれたな、鳴」
「俺は事実しか話してないもーん」
後日、自宅でスピーカーフォンにして御幸と通話しながら、タブレットで番組の配信サイトを眺めていた。
あの会話はもちろんバッチリ使われていて、御幸曰く、放送を観たチームメイトや同級生たちにも散々イジられたらしく、ざまあみろと成宮は笑いが止まらなかった。いま読んでいる視聴者のコメント欄も、大盛り上がりである。
『成宮、口ぶりからして相当鬱憤溜まってたなw』
『御幸の恋女房…女房役は捕手である夫のはずなんだけどな』
『↑誰うま』
『自分の名前を放送禁止用語みたいに扱われてる奥様が一番の被害者なのよwww』
『こないだのインスタの【結婚報告】がまたバズってて草』
『↑いま読んだ 御幸夫婦尊い…これは推せる』
『この若さと顔面で愛妻家なん、堪らんな』
『高校時代の夫婦エピもっとくれ〜』
『↑他球団で青道出身の降谷とか沢村も反応してたはず』
そうしてコメント欄をスクロールしながら、成宮は一つ気がかりだったことを御幸に尋ねた。
「そういえば、恭子ちゃんは怒ってなかった?」
「……むしろ放送観て手ぇ叩いて爆笑してた」
納得いかない、という口調の御幸の返答に、また笑いが込み上げる。“お笑い”の分かる奥サマで、何よりだね。
(『恭子ちゃん』って言いたいだけ、のくだりは、原作のオマージュです。)
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