ダンスがうまく踊れない
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降谷くんとは、2年生で初めて同じクラスになった。
青道 の強豪野球部で1年生の頃からレギュラーだった彼は有名人で、特に春休み中のセンバツが終わってからは男女問わず熱い視線を向けられていた。新学年・初日のB組の教室がなんとなく色めき立っていたのを、今もよく覚えている。
「──さっきは、ありがとう」
そんな彼が隣の席になったのは、7月のことだった。彼が教室で話しているのは大抵、同じ部活の沢村くんとかマネージャーの吉川さんとかで、それ以外おとなしい彼とは、あまり話すこともなくて、だから、声をかけられたことにあたしは少し驚いてしまった。
「う、ううん、どういたしまして」
そのときは確か、数学の授業の後だった──数学のおじいちゃん先生の喋り方は、特に眠気を誘うから──授業中うとうとしていた降谷くんの、机に乗っかった腕を軽くゆすって起こしてあげたのがきっかけだった。野球部のコの授業中の居眠りは、先生伝 で現国の片岡先生に伝わってしまうらしい。
それを知っていたので、降谷くんの「授業中の居眠りがバレると、大変なんだ」という言葉も理解できた。
「監督、怖いから……」
普段無表情に近い彼が、目を伏せて困ったような顔をしたのが、その大きな身体 に似合わず、しゅんとした子どもみたいで、なんだか可愛く見えた。
「どうして、起こしてくれたの?」
別に、大した理由なんてないんだけどな……そこが気になるのか。あたしは戸惑いながらも、口を動かしていた。「野球部が厳しいのは、有名だし……」
それに、運動部ですらないあたしだって眠いときがあるのに、忙しい野球部の彼がちょっとうとうとしちゃっただけで怒られちゃうのは、なんだかかわいそうだと思った。でも、『かわいそう』はちょっぴり失礼かな。
「降谷くん、頑張ってるから」
「えっ」
というより、"甲子園"っていうすごい夢があって、それを真っ直ぐに目指している彼が、すこし羨ましいなと思う。ふつうの高校生のあたしには──普通の高校生という型にはめ込まれただけのあたしには、そんな素晴らしい目標はないから──さっき半袖のシャツから覗く腕をゆすったときに見えた、手首にくっきりと入った日焼けのラインにちらりと目をやった。その黒い手と白い腕のコントラストが、眩 しく見えた。
ふと隣の席の彼を見ると、静かに驚いた目をしていた。……あれ、なんか誤解されてる?
「……あっ、み、み ん な ! 降谷くんも含めて、野球部みんな、頑張ってるから」
「沢村くんとか、金丸くんとか」ごまかすような言い方になってしまって、それでも降谷くんは、小さくうなずいたあと、あたしの名前を呼んだ。
「清水さんも、観 に来る?」
「えっ」
突然の降谷くんからの誘いに、あたしも驚いて顔を上げた。その言葉に、"社交辞令"なんて香りは、一滴も含まれていなかった。
「観に来てくれたら、嬉しい。応援、嬉しいから」
ただの"隣の席の人"のあたしに、降谷くんはそう言ってすこし笑った。真夏のクーラーが効き切らない教室で、そこだけ涼しげに映った。じんわりと額に湧いた汗が、ゆっくりと頬を伝うあいだも、降谷くんはあたしのことを見ていて、何か答えなきゃいけなくなってしまい、「うん」とだけうなずく。すると降谷くんは、なんだか満足そうにしていたので、あたしはそれを"社交辞令"にすることなんか、できなかった。
試合後、球場の外であたしは一人放心していた。未だ余韻に浸ってしまっていた。
向こうでは野球部のみんなが、先輩らしき大学生くらいの人たちと、喜びを分かち合っている。「師匠ー!」という沢村くんのよく通る声が聞こえてきた。彼、教室でもグラウンドでも、どこでも声大きいんだな。
それまで野球部の試合を観たことはなかったけれど、降谷くんの言葉を忘れられないまま夏休みになってから、その機会はすぐに来た。甲子園行きが決まる決勝戦。夏休み中にもかかわらず、さすがに全校応援のような形になったので、これなら"言い訳"も立つだろうと、あたしはB組の集団に紛れるように試合を観ていた。そして驚いた。
教室の姿からは想像できない、鬼気迫るようなオーラ。人間の体から放たれるとは思えない豪速球。最終回の渾身のバックホーム。必死の姿が、目に焼きついて離れなかった。暑さも忘れて、息をのんだ。
「清水さん」
ふいに聞こえてきた自分の名前に振り向くと、向こうにいたはずの降谷くんが、あたしのことを見つけてこちらに近付いて来ていた。
えっ……えっ、とあたしは少したじろいでしまった。だって別に、彼はあたしに用はないはずだ。先輩たちと話さなくていいの? せっかくなんだから、という言葉も言わせてくれずに、降谷くんはあたしの前まで来ると、立ち止まって続けた。
「来てくれたんだ」
「あ、えっ、と……うん……」
「暑かったでしょ。熱中症とか平気?」
「ちゃんと対策してきたよ」
降谷くんは、相変わらず涼しげに佇 んでいた。試合中のオーラが、嘘みたいだ。
「……このあいだ、約束したから」
用意していた"言い訳"も使えずに、あたしは言った。『約束』だなんて、彼にとってはそんな大層なものでもないだろうに。
なのに、降谷くんは嬉しそうにほほ笑んでいた。本当に。嬉しそうに。
「ありがとう」
そう言った彼の額に浮かぶ、汗のしずくすら輝いていた。すべてが眩しくて、目が霞 んだ。すると、降谷くんが小さく驚いた。「え、」
「泣いてるの?」
大人からも生徒からも注目されるような、特別な人だと思っていた。でもそんなことない、あたしは周りに、あえてそう言いたくなった。この人、授業中に眠たくてもなんとか頑張って起きようとして、でもうとうとしちゃうような、そんな普通の、ふつうの高校生なんですよ、って。
あたしが指で目頭を押さえたせいで、降谷くんはおろおろしだした。ああ、ごめん、そんな困らせる気はなかったんだよ、ごめんね。
「ど、どうしたの? 僕、なんかヘンなこと言ったかな」
うつむくあたしの肩に手を置きながら、心配そうに覗き込んで「おなかいたい?」と的外れなことを言う彼に、ちょっと吹き出してしまった。「ちがうよ、大丈夫」
「感動したの。すごい……すごかった、み ん な ……」
そこまで言って、あたしは言いなおした。今度は、ごまかさなかった。
「降谷くん、すごいカッコよかった」
降谷くんはまたちょっと驚いた顔をして、それからはにかむように笑った。
「なんか、いいね」
「え?」
「『凄かった』とか『いいピッチングだった』とかはあるんだけど……『カッコよかった』って──なんか、いいな、って」
嬉しい、と彼はやっぱり涼しげに笑っていた。逆にあたしは、なんだか頬が熱かった。ちゃんと水分補給はしていたから、熱中症ではないと思う。
それから、「あー! 降谷! なに女子泣かせてんだ!」とい沢村くんの大きな声が聞こえて、また降谷くんがちょっと狼狽 えていたのを見て、あたしはもう一度笑った。
……あたしも応援、行ってみようかな。甲子園まで。そう言ったら、降谷くんはいったい、どんな反応をするだろう。
必死になれる、夢中になるものがあるあなたが、羨ましかった。隣の席に座る、同じ立場のはずのあなたに、憧れた。
「降谷くん」
沢村くんのほうを見ておろおろしていた降谷くんが、きょとん、とした顔でこちらを見下ろして、小さく首をかしげていた。
「なあに?」その一連のしぐさが、やっぱりなんだか子どもみたいで可愛い。試合中のオーラなんて、全く匂わない。
"特別"だと思っていた彼も、"普通"に耳を傾けてくれる。本当は、随分前からわかっていた。知った気になって壁を作っていたのは、いつだって自分のほうだった。もっとちゃんと、彼を知りたいとも思った。
「おめでとう」
そう言えばきっと彼は、ありがとう、とやっぱり涼しげにほほ笑むのだろう。
(タイトルはba/ck/nu/mber『青/い/春』と井/上/陽/水のオマージュです。)
「──さっきは、ありがとう」
そんな彼が隣の席になったのは、7月のことだった。彼が教室で話しているのは大抵、同じ部活の沢村くんとかマネージャーの吉川さんとかで、それ以外おとなしい彼とは、あまり話すこともなくて、だから、声をかけられたことにあたしは少し驚いてしまった。
「う、ううん、どういたしまして」
そのときは確か、数学の授業の後だった──数学のおじいちゃん先生の喋り方は、特に眠気を誘うから──授業中うとうとしていた降谷くんの、机に乗っかった腕を軽くゆすって起こしてあげたのがきっかけだった。野球部のコの授業中の居眠りは、先生
それを知っていたので、降谷くんの「授業中の居眠りがバレると、大変なんだ」という言葉も理解できた。
「監督、怖いから……」
普段無表情に近い彼が、目を伏せて困ったような顔をしたのが、その大きな
「どうして、起こしてくれたの?」
別に、大した理由なんてないんだけどな……そこが気になるのか。あたしは戸惑いながらも、口を動かしていた。「野球部が厳しいのは、有名だし……」
それに、運動部ですらないあたしだって眠いときがあるのに、忙しい野球部の彼がちょっとうとうとしちゃっただけで怒られちゃうのは、なんだかかわいそうだと思った。でも、『かわいそう』はちょっぴり失礼かな。
「降谷くん、頑張ってるから」
「えっ」
というより、"甲子園"っていうすごい夢があって、それを真っ直ぐに目指している彼が、すこし羨ましいなと思う。ふつうの高校生のあたしには──普通の高校生という型にはめ込まれただけのあたしには、そんな素晴らしい目標はないから──さっき半袖のシャツから覗く腕をゆすったときに見えた、手首にくっきりと入った日焼けのラインにちらりと目をやった。その黒い手と白い腕のコントラストが、
ふと隣の席の彼を見ると、静かに驚いた目をしていた。……あれ、なんか誤解されてる?
「……あっ、み、
「沢村くんとか、金丸くんとか」ごまかすような言い方になってしまって、それでも降谷くんは、小さくうなずいたあと、あたしの名前を呼んだ。
「清水さんも、
「えっ」
突然の降谷くんからの誘いに、あたしも驚いて顔を上げた。その言葉に、"社交辞令"なんて香りは、一滴も含まれていなかった。
「観に来てくれたら、嬉しい。応援、嬉しいから」
ただの"隣の席の人"のあたしに、降谷くんはそう言ってすこし笑った。真夏のクーラーが効き切らない教室で、そこだけ涼しげに映った。じんわりと額に湧いた汗が、ゆっくりと頬を伝うあいだも、降谷くんはあたしのことを見ていて、何か答えなきゃいけなくなってしまい、「うん」とだけうなずく。すると降谷くんは、なんだか満足そうにしていたので、あたしはそれを"社交辞令"にすることなんか、できなかった。
試合後、球場の外であたしは一人放心していた。未だ余韻に浸ってしまっていた。
向こうでは野球部のみんなが、先輩らしき大学生くらいの人たちと、喜びを分かち合っている。「師匠ー!」という沢村くんのよく通る声が聞こえてきた。彼、教室でもグラウンドでも、どこでも声大きいんだな。
それまで野球部の試合を観たことはなかったけれど、降谷くんの言葉を忘れられないまま夏休みになってから、その機会はすぐに来た。甲子園行きが決まる決勝戦。夏休み中にもかかわらず、さすがに全校応援のような形になったので、これなら"言い訳"も立つだろうと、あたしはB組の集団に紛れるように試合を観ていた。そして驚いた。
教室の姿からは想像できない、鬼気迫るようなオーラ。人間の体から放たれるとは思えない豪速球。最終回の渾身のバックホーム。必死の姿が、目に焼きついて離れなかった。暑さも忘れて、息をのんだ。
「清水さん」
ふいに聞こえてきた自分の名前に振り向くと、向こうにいたはずの降谷くんが、あたしのことを見つけてこちらに近付いて来ていた。
えっ……えっ、とあたしは少したじろいでしまった。だって別に、彼はあたしに用はないはずだ。先輩たちと話さなくていいの? せっかくなんだから、という言葉も言わせてくれずに、降谷くんはあたしの前まで来ると、立ち止まって続けた。
「来てくれたんだ」
「あ、えっ、と……うん……」
「暑かったでしょ。熱中症とか平気?」
「ちゃんと対策してきたよ」
降谷くんは、相変わらず涼しげに
「……このあいだ、約束したから」
用意していた"言い訳"も使えずに、あたしは言った。『約束』だなんて、彼にとってはそんな大層なものでもないだろうに。
なのに、降谷くんは嬉しそうにほほ笑んでいた。本当に。嬉しそうに。
「ありがとう」
そう言った彼の額に浮かぶ、汗のしずくすら輝いていた。すべてが眩しくて、目が
「泣いてるの?」
大人からも生徒からも注目されるような、特別な人だと思っていた。でもそんなことない、あたしは周りに、あえてそう言いたくなった。この人、授業中に眠たくてもなんとか頑張って起きようとして、でもうとうとしちゃうような、そんな普通の、ふつうの高校生なんですよ、って。
あたしが指で目頭を押さえたせいで、降谷くんはおろおろしだした。ああ、ごめん、そんな困らせる気はなかったんだよ、ごめんね。
「ど、どうしたの? 僕、なんかヘンなこと言ったかな」
うつむくあたしの肩に手を置きながら、心配そうに覗き込んで「おなかいたい?」と的外れなことを言う彼に、ちょっと吹き出してしまった。「ちがうよ、大丈夫」
「感動したの。すごい……すごかった、
そこまで言って、あたしは言いなおした。今度は、ごまかさなかった。
「降谷くん、すごいカッコよかった」
降谷くんはまたちょっと驚いた顔をして、それからはにかむように笑った。
「なんか、いいね」
「え?」
「『凄かった』とか『いいピッチングだった』とかはあるんだけど……『カッコよかった』って──なんか、いいな、って」
嬉しい、と彼はやっぱり涼しげに笑っていた。逆にあたしは、なんだか頬が熱かった。ちゃんと水分補給はしていたから、熱中症ではないと思う。
それから、「あー! 降谷! なに女子泣かせてんだ!」とい沢村くんの大きな声が聞こえて、また降谷くんがちょっと
……あたしも応援、行ってみようかな。甲子園まで。そう言ったら、降谷くんはいったい、どんな反応をするだろう。
必死になれる、夢中になるものがあるあなたが、羨ましかった。隣の席に座る、同じ立場のはずのあなたに、憧れた。
「降谷くん」
沢村くんのほうを見ておろおろしていた降谷くんが、きょとん、とした顔でこちらを見下ろして、小さく首をかしげていた。
「なあに?」その一連のしぐさが、やっぱりなんだか子どもみたいで可愛い。試合中のオーラなんて、全く匂わない。
"特別"だと思っていた彼も、"普通"に耳を傾けてくれる。本当は、随分前からわかっていた。知った気になって壁を作っていたのは、いつだって自分のほうだった。もっとちゃんと、彼を知りたいとも思った。
「おめでとう」
そう言えばきっと彼は、ありがとう、とやっぱり涼しげにほほ笑むのだろう。
(タイトルはba/ck/nu/mber『青/い/春』と井/上/陽/水のオマージュです。)
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