風変り
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……目が合ってしまった。
白州は放課後の練習中、困った事態に見舞われ、どうしたものかと一人思案していた。
秋大会が終わってセンバツ出場も決まり一段落していた頃、それでも日々のハードな練習はいつもどおりのことだった。
ところが、ちょうどその秋大会が終わったくらいからだろうか。グラウンドの端の方に、野球部の練習をじっと観ている、青道の制服を着た女子生徒を一人、見かけるようになった。彼女は、少々目立つ存在だった。
なぜならまず、試合ではなく練習を観に来るほどの熱心なギャラリーというのは大抵、高校野球ファンを自称する中年の男性がほとんどだ。
おまけに女子が一 人 というのもめずらしかった。やはり男子部員しかいない野球部を女子が一人で観に来るというのは勇気がいることのようで、2、3人で連れ立って来ることのほうが多い。
ってことは、誰か目当ての選手がいるのかもな。
そう考えるのが自然だろう。あまりハッキリというのは|憚_はばか#]られるが、“告白の呼び出し”なんて可能性もある。一人ではなかなか、練習中の選手に声もかけづらいだろう。
目が合った彼女は、一瞬ピクッと反応を示してみせ、そのあと慌てて目をそらすようにペコッと軽く頭を下げた。
よく見ると、顔には見覚えがある。話したことはないと思うが、確か同学年の女子だ。見た目だけの印象だが、真面目でおとなしそうな雰囲気を感じた。
目が合ってしまった以上、無視はできないのが自分の性格だった。仕方ない、と白州は息を吐いて、そっと彼女に駆け寄った。
「あの……誰か呼んでこようか?」
正直、あらかた予想はついていた。おそらく“御幸”あたりかな、と。
彼は客観的に見ても、同学年の部員では女子から最も人気のある印象だし、顔立ちも良く、今では主将という立場でもある。実際、告白されたといった話も聞いたことがあった。
すると彼女は、目を丸くして「アッ、」とかすれた甲高い声を出したかと思うと、恥ずかしそうにうつむいた。
しまった、余計なお世話だっただろうか。仮に目当ての選手がいたとして、それを指摘されるのはやはり気まずいのだろうか。
「あ、ごめん、いらなかったら無視してくれていいから、」
「だ、だいじょうぶです!」
ぎゅう、と肩に掛けた通学カバンの取っ手を両手で握り締めて、うつむいたまま彼女が声を上げた。
「い ま ! こうして話せたので! 大丈夫です、ありがとうございました!」
「……え?」
目も合わせずに、バッと勢いよく頭を下げた彼女は、グラウンドの出口の方へ、走っていってしまった。…………それだけ?
ぽかん、と白州は柄にもなく面食らって、その場で立ち尽くしてしまった。
俺が──自分が、目当てだったのか。御幸でなく、他のスタメンの選手でもなく。なぜ。
いや、でもそうか、だから目が合ったのかもしれないな、と白州は面食らった状態の中でも、頭では冷静に分析した。いや、しかし。それにしても。
「……変わったコだなあ」
白州は、すっかり肩の力が抜けて、走り去る彼女の背中を見届けることしかできなかった。
─────────────────────────
「今日も来てるね、あのコ」
川上は練習の最中、ドリンク片手に休憩をとりながら、隣にいた親友の白州に声をかけた。その白州はというと、川上が指差した先に立っている彼女を見て、肩をすくめるようにした。
「ホント、熱心だよね。ほぼ毎日来てるもんな」
「まあ……確かにな」
先日、彼女に声をかけてみたという話を、川上は白州本人から聞いていた。川上自身も、実は気になっている存在ではあったのだ。なにせ、女子が一人で、試合でもなく練習を観に来ているという光景は、あまり見ないものだったから。
「一回、ちゃんとお礼言ってあげたら? だってあのコ、健二郎目当てで来てるんでしょ?」
そう言うと、いつも硬い表情の白州がめずらしく、きまり悪そうに眉をひそめた。
「お礼って……なんて言えばいいんだよ」
「いやそれは……別に、『いつもありがとう』くらいでいいんじゃない?」
白州が目当てだったということは判明したが、それ以降も彼女は彼に声をかけるわけでもなく、練習を熱心に観ている、ただそれだけだったのだ。第三者の川上からすると、せっかくグラウンドまで来て放課後残っているのに、観ているだけというのも、気の毒のような気がしてならない。
「おとなしそうなコだし、向こうも遠慮してるかもしんないだろ? ほら」
そう言ってぐいっ、と川上が白州の背中を押してやると、彼はやはりきまり悪そうに首をかしげてから、彼女のほうへ駆け寄っていった。
部内でも長い付き合いだし、知った仲ではあるが、どうもその手の話は慎重過ぎるというか、まあ、慣れていないだけなのかもしれないが。
「なあ。今、いいか?」
「あっ……白州くん……」
彼女は白州に声をかけられると、「こ、こんにちは」と慌てて頭を下げた。それを見て、白州もとっさにキャップを取っている。律儀な彼らしくて、そばでこっそり聞き耳を立てていた川上も笑ってしまった。
「その……わざわざいつもありがとうな」
「い、いえっ……あたしが好きで、やってることなので」
うーん、二人とも真面目というか、あのコも思ったとおりの感じだなあ。
川上からすれば、白州が目当てで観に来ている時点で、そういった性格のコなのだろうと予想はしていた。彼女は絞り出すように、緊張で少し震えた声で続けた。
「あの、こ、今度、差し入れ持ってきても、いいかな? 迷惑じゃなければ……」
「え? あ……ああ、ありがとう。でも、気を遣わなくていいから」
「あ……や、やっぱり、迷惑ですか?」
「いや、迷惑ってわけじゃ……じゃあ、お願いするよ」
「ありがとう」と、白州は重ねてお礼を言った。『気を遣わなくていい』と一度断ったが、彼女の落ち込んだ表情を見て言い直すあたり、彼の優しさが見てとれた。
「は、はい! ありがとうございます!」
よかった、とほっとしたような笑顔で彼女は去っていった。
なんて健気な女子だろうか。これだけ何度も来ているのだから、とりあえず持ってくるという手もあったろうに、わざわざ本人の了承を得るあたり、彼女の人柄がうかがえる。
「すごくいいコじゃん」
つい川上は、白州にそう言いたくもなった。だが白州は、キャップを被り直しながら小さくため息をついている。
「いやでも……変わったコだよな」
「え、なんで?」
「だって、もっと目立つ選手や凄い奴は、他にいくらでもいるだろう? なんで俺なんだろうな」
この男は、ずいぶんと自身のことを過小評価するんだな、と川上は驚くと同時に呆れてしまった。そりゃあ確かに、健二郎は女子にモテて浮かれるタイプではないだろうけどさ。
「いや、絶対いいコだって」
「何を根拠にそんな」
言い張る川上に対し、白州は苦笑いしてみせた。そうやって|他人事_ひとごと#]みたいにしているが、彼女の気持ちももう少し考えてやるべきじゃないだろうか。彼のことだから、無神経というわけではなく、やはりこういったことに慣れていないのか。
なんてことはない、川上はさらりとその理由を告げる。
「だって健二郎に惚れる時点で、めちゃくちゃ見る目あるじゃん」
『根拠』なんて、それだけで十分だ。そう伝えると、白州は少し照れた様子で、キャップのつばをグッと下げるようにした。
「……そりゃノリだからそう言ってくれるんだろ」
「そんなことないって」
親友の贔屓 目を差し引いたって、なんら大げさではない。俺だけじゃなくて、野球部の連中に聞いたら、十人が十人そう言うと思うんだけどなあ。
「フォローありがとな」と、いまだにこちらの意見を慰めだと思っているのか、そんなことを口にする白州を前に、いやでも、うまくいくといいな、と川上は先ほどの彼女をひっそりと応援したくなる気持ちでいるのだった。
(「変わったコだなあ」という第一印象を持つあたり、自分が好かれているなんて本当に思ってもみないんだろうな、というイメージです。)
白州は放課後の練習中、困った事態に見舞われ、どうしたものかと一人思案していた。
秋大会が終わってセンバツ出場も決まり一段落していた頃、それでも日々のハードな練習はいつもどおりのことだった。
ところが、ちょうどその秋大会が終わったくらいからだろうか。グラウンドの端の方に、野球部の練習をじっと観ている、青道の制服を着た女子生徒を一人、見かけるようになった。彼女は、少々目立つ存在だった。
なぜならまず、試合ではなく練習を観に来るほどの熱心なギャラリーというのは大抵、高校野球ファンを自称する中年の男性がほとんどだ。
おまけに女子が
ってことは、誰か目当ての選手がいるのかもな。
そう考えるのが自然だろう。あまりハッキリというのは|憚_はばか#]られるが、“告白の呼び出し”なんて可能性もある。一人ではなかなか、練習中の選手に声もかけづらいだろう。
目が合った彼女は、一瞬ピクッと反応を示してみせ、そのあと慌てて目をそらすようにペコッと軽く頭を下げた。
よく見ると、顔には見覚えがある。話したことはないと思うが、確か同学年の女子だ。見た目だけの印象だが、真面目でおとなしそうな雰囲気を感じた。
目が合ってしまった以上、無視はできないのが自分の性格だった。仕方ない、と白州は息を吐いて、そっと彼女に駆け寄った。
「あの……誰か呼んでこようか?」
正直、あらかた予想はついていた。おそらく“御幸”あたりかな、と。
彼は客観的に見ても、同学年の部員では女子から最も人気のある印象だし、顔立ちも良く、今では主将という立場でもある。実際、告白されたといった話も聞いたことがあった。
すると彼女は、目を丸くして「アッ、」とかすれた甲高い声を出したかと思うと、恥ずかしそうにうつむいた。
しまった、余計なお世話だっただろうか。仮に目当ての選手がいたとして、それを指摘されるのはやはり気まずいのだろうか。
「あ、ごめん、いらなかったら無視してくれていいから、」
「だ、だいじょうぶです!」
ぎゅう、と肩に掛けた通学カバンの取っ手を両手で握り締めて、うつむいたまま彼女が声を上げた。
「
「……え?」
目も合わせずに、バッと勢いよく頭を下げた彼女は、グラウンドの出口の方へ、走っていってしまった。…………それだけ?
ぽかん、と白州は柄にもなく面食らって、その場で立ち尽くしてしまった。
俺が──自分が、目当てだったのか。御幸でなく、他のスタメンの選手でもなく。なぜ。
いや、でもそうか、だから目が合ったのかもしれないな、と白州は面食らった状態の中でも、頭では冷静に分析した。いや、しかし。それにしても。
「……変わったコだなあ」
白州は、すっかり肩の力が抜けて、走り去る彼女の背中を見届けることしかできなかった。
─────────────────────────
「今日も来てるね、あのコ」
川上は練習の最中、ドリンク片手に休憩をとりながら、隣にいた親友の白州に声をかけた。その白州はというと、川上が指差した先に立っている彼女を見て、肩をすくめるようにした。
「ホント、熱心だよね。ほぼ毎日来てるもんな」
「まあ……確かにな」
先日、彼女に声をかけてみたという話を、川上は白州本人から聞いていた。川上自身も、実は気になっている存在ではあったのだ。なにせ、女子が一人で、試合でもなく練習を観に来ているという光景は、あまり見ないものだったから。
「一回、ちゃんとお礼言ってあげたら? だってあのコ、健二郎目当てで来てるんでしょ?」
そう言うと、いつも硬い表情の白州がめずらしく、きまり悪そうに眉をひそめた。
「お礼って……なんて言えばいいんだよ」
「いやそれは……別に、『いつもありがとう』くらいでいいんじゃない?」
白州が目当てだったということは判明したが、それ以降も彼女は彼に声をかけるわけでもなく、練習を熱心に観ている、ただそれだけだったのだ。第三者の川上からすると、せっかくグラウンドまで来て放課後残っているのに、観ているだけというのも、気の毒のような気がしてならない。
「おとなしそうなコだし、向こうも遠慮してるかもしんないだろ? ほら」
そう言ってぐいっ、と川上が白州の背中を押してやると、彼はやはりきまり悪そうに首をかしげてから、彼女のほうへ駆け寄っていった。
部内でも長い付き合いだし、知った仲ではあるが、どうもその手の話は慎重過ぎるというか、まあ、慣れていないだけなのかもしれないが。
「なあ。今、いいか?」
「あっ……白州くん……」
彼女は白州に声をかけられると、「こ、こんにちは」と慌てて頭を下げた。それを見て、白州もとっさにキャップを取っている。律儀な彼らしくて、そばでこっそり聞き耳を立てていた川上も笑ってしまった。
「その……わざわざいつもありがとうな」
「い、いえっ……あたしが好きで、やってることなので」
うーん、二人とも真面目というか、あのコも思ったとおりの感じだなあ。
川上からすれば、白州が目当てで観に来ている時点で、そういった性格のコなのだろうと予想はしていた。彼女は絞り出すように、緊張で少し震えた声で続けた。
「あの、こ、今度、差し入れ持ってきても、いいかな? 迷惑じゃなければ……」
「え? あ……ああ、ありがとう。でも、気を遣わなくていいから」
「あ……や、やっぱり、迷惑ですか?」
「いや、迷惑ってわけじゃ……じゃあ、お願いするよ」
「ありがとう」と、白州は重ねてお礼を言った。『気を遣わなくていい』と一度断ったが、彼女の落ち込んだ表情を見て言い直すあたり、彼の優しさが見てとれた。
「は、はい! ありがとうございます!」
よかった、とほっとしたような笑顔で彼女は去っていった。
なんて健気な女子だろうか。これだけ何度も来ているのだから、とりあえず持ってくるという手もあったろうに、わざわざ本人の了承を得るあたり、彼女の人柄がうかがえる。
「すごくいいコじゃん」
つい川上は、白州にそう言いたくもなった。だが白州は、キャップを被り直しながら小さくため息をついている。
「いやでも……変わったコだよな」
「え、なんで?」
「だって、もっと目立つ選手や凄い奴は、他にいくらでもいるだろう? なんで俺なんだろうな」
この男は、ずいぶんと自身のことを過小評価するんだな、と川上は驚くと同時に呆れてしまった。そりゃあ確かに、健二郎は女子にモテて浮かれるタイプではないだろうけどさ。
「いや、絶対いいコだって」
「何を根拠にそんな」
言い張る川上に対し、白州は苦笑いしてみせた。そうやって|他人事_ひとごと#]みたいにしているが、彼女の気持ちももう少し考えてやるべきじゃないだろうか。彼のことだから、無神経というわけではなく、やはりこういったことに慣れていないのか。
なんてことはない、川上はさらりとその理由を告げる。
「だって健二郎に惚れる時点で、めちゃくちゃ見る目あるじゃん」
『根拠』なんて、それだけで十分だ。そう伝えると、白州は少し照れた様子で、キャップのつばをグッと下げるようにした。
「……そりゃノリだからそう言ってくれるんだろ」
「そんなことないって」
親友の
「フォローありがとな」と、いまだにこちらの意見を慰めだと思っているのか、そんなことを口にする白州を前に、いやでも、うまくいくといいな、と川上は先ほどの彼女をひっそりと応援したくなる気持ちでいるのだった。
(「変わったコだなあ」という第一印象を持つあたり、自分が好かれているなんて本当に思ってもみないんだろうな、というイメージです。)
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