一昨日
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運動部に夏休みなんてものはない。
今日も早朝から動き始めては、空が夕焼けになるまで練習は続き、学校そばの寮に帰る。その行動範囲の狭さに、我ながらときどき驚く。
「寮暮らしってどんな感じ?」
「気軽には遊びに行けねーからなあ。半分牢獄みたいなモンじゃねぇ?」
「えぐいこと言うね……」
「はっは、まあ毎日野球漬けの生活ですよ」
御幸が苦笑いしてみせると、「でも部活の話してるときの御幸、楽しそうだよ」と夏実は言った。
二日前に告白の返事をもらってからも、どうやら聞いてみると、ほぼ毎日グラウンドに水を撒く処理を担当しているようで、今日も部活帰りに遭遇できた。
2学期が始まるまでの間、正直何度会えるかわからない。今の二人には貴重な時間だった。
「そう?」
「うん。みんなでゴハンとか楽しくない?」
「いやー、白飯 絶対おかわりしなきゃだし、まあまあキツイよ」
「さすが野球部だなあ。今日の寮の晩ご飯は、なんなの?」
「なんだろ、昨日は揚げ物だったな」
といっても、出てくるのは他愛もない話だった。それでも、ここまでじっくり話したのは初めてかも知れない。何事もきっかけだろう。
「みゆきちゃんは、食べ物何が好き?」
ふと夏実が、そんな定番の質問をしてきた。御幸にとっては、よく返答に困る質問の一つだった。特筆して好きなものがないのだ。
部員たちには、つまんねーだとか、スカした奴だなんて言われてしまう。だが、やっぱりまともな答えは浮かんでこなかった。
「んー……特にないよ。なっちゃんは?」
「あたし? おいしいものは、なんでも好き!」
俺とそう変わんない答えなのになんでこうも印象がちがうかな……。その点は、さすがだと言わざるを得なかった。俺が言ってもキャラじゃねーもんなあ。
「特に好きなモノとかある?」
「そうだなあ」
夏実は少し考えるようなしぐさをして、しかしすぐに浮かんだのか、御幸の目を真っ直ぐに見て答えた。
「お母さんの作る料理かな」
御幸は口を薄く開けたまま、何も言えなくなってしまった。その言葉だけでわかる。このコがいったい、どれだけ家族に愛されて、そして家族を愛しているか。
説明できない感情──どんな顔をしていいかもわからず、胸のあたりが渦巻く。ダメだ、比べるモンじゃないんだから。だいたい、橘は何も悪くないし、そんな態度をとったら彼女にも申し訳ない。
だからなるべく、平静を装って、話題を変えようと試みた。
「ていうか、橘ん家 、レストランかなんかだろ? イタリアンだっけ? 洒落てるよな」
「まあ、レストランっていうよりは、大衆店ってカンジだけどね。地元の人には愛されてると思うよ」
「お母さんが店の料理作るの?」
「お父さんも作るよ。お店の人もたくさんいるし、あたしもたまにお仕事手伝うし」
「まあ、おこづかいのためなんだけど」
「ちゃっかり?」
「うん、バイト代」
ニヤリ、と冗談めかして企むような笑みがおかしくて、御幸も笑った。
それから、「今度、御幸も食べにおいでよ」と笑う夏実のほうを見ると、その頭が思ったよりすぐ近くにあって少し驚いた。彼女のパーソナルスペースが狭いのはなんとなく理解していたが、自分のスペースにまで気付いたら侵入されている。不快に感じさせないのも、彼女のスキルだろうか。
夏実のショートカットの髪が、部活後の汗で湿って、くたりと潰れている。濡れた髪は額の生え際からかき上げたように後ろに流してあって、爽やかな空気をまとっていた。
「なに」
「んっ? あ、いや……」
視線を感じたのか、パッと急に振り向かれてうろたえた。ちょっといたたまれなくなって、何か答えようと口を開く。
「なっちゃん、背ぇ高いから……他の女のコより距離近いなあって思って、」
『他の女のコ』なんて言えるほど女子の知り合いなんていない。御幸の中には、明確に比較した人物がいた。
"それ誰と比べた"とか言われたらどうしよ……"中学んときの元カノ"とは、さすがに言えねーよなあ。
「いいなーって、思っ、た」
それを聞いて、夏実がぐっと顔を近づけては、じっとこちらを見つめてきた。嘘ではないが、自分で言っておいて、言い訳なんてできなかった。ドキッと体が強張る。
「な、なに」思わず引きつったまま笑ってしまったが、夏実は「ふふ」と肩を揺らしてほほ笑んで言った。
「ありがと、嬉しい」
彼女の頬は、ほんのり赤い。告白の返事のときも思ったが、どうやら女子にしては高めの身長が、彼女にとってはコンプレックスらしい。
ちょっぴり意外だった。そういうことは気にしなさそうだと思っていたから。気にしてるのも、なんかカワイイけど。
「よう! なんだよ、今日は二人だけで仲良さそうだな」
向こうからやってきたのは、先日と同じように倉持だった。からかうような調子で、二人の間に割って入ってくる。
「もっちーおつかれ」
「おう、橘。キャプテンどうだ?」
「いやー、部活中は声出しくらいしか仕事ないスよ」
「ヒャハッ、そうなんか」
そんな冗談を言い合って、肩が触れ合わんとする距離で、夏実と倉持が並んでいる。やはり、彼女は他人のパーソナルスペースにすんなり入り込んでしまうらしい。
なんか、体育祭思い出すなあ。
というのもこの二人は、身長がほぼ同じという理由だけで、1学期の体育祭で"男女混合・二人三脚リレー"にクラスに言われて出場していた。走りに対して"真剣 "な二人は照れだとかは一切なく、結果はアンカーとして断トツの1位だった。
それ以来、学年の間では"俊足ペア"で名高いほどだ。二人もそれをきっかけに、御幸にとってはよく話しているイメージだった。
「おーい、近 けぇって」
しかし、そんな事情は今は関係ない。御幸は片手で倉持の肩をつかみ、引き剥がすように自分のほうへ寄せた。このあいだまで気にならなかった距離が、今日は気になってしまう。
「あんまベタベタすんなよなー、人の彼女と」
「…………は?」
ただでさえ引き剥がされたことに不審そうな顔をしていた倉持が、御幸のその言葉で固まる。ずいぶんと長い沈黙の後、目が点になっていた。
「え、冗談だろ?」
「マジだけど」
「ハァ!!?」
いきなり大声で顔を歪める倉持に、そばにいた夏実が「もっちー声でかーい」と片耳に人差し指を入れて抗議する。突然御幸が口外したことで、倉持に知られたことに関しては、あまり気にしていないようだった。
すると倉持が、信じられない、という目を今度は夏実に向けて聞いた。
「付き合ってんの?」
「うん」
「いつから?」
「おととい」
「おととい」
顔を引きつらせたまま、ただ夏実の言葉をオウム返ししている様子に、ぷっと御幸は吹き出した。倉持はといえば、その言葉で先日のことを思い出したのか、苦い顔をしている。
「キャプテンなった初日だよな……」
「まあ、何か大きく変わるわけでもないんだけどねー」
「え、つか橘はそれでいいの」
「ん? うん」
夏実は倉持との会話で、首をかしげながらうなずく、という器用なことをやってみせる。傍 から見ても、その質問の意味をよくわかっていないのが見てとれた。「よし、水撒き終わりー」
「じゃあみゆきちゃん、もっちーも、おつかれ。また明日ねー」
「お、おー……」
「おつかれー」
いつのまにかホースを片付けていた夏実が、手を振りながら校舎の方へ帰っていくのを、倉持と二人軽く手を振って見送る。
ふと隣の倉持が、駆けていく夏実の背中を見たまま発した。
「なんで"今"?」
「なんでだろーなー?」
同じように夏実を見たまま、へらっと笑いながら御幸は返事をした。それにしても、まだ夏休みなのにこんなに早く誰かに知れるとは思わなかった。
別にわざわざバラすこともなかったけど、まあ、同じクラスで察しのいい倉持になら、いずれバレそうだしなー。むしろ知らせておいたほうが、事情が伝わって好都合かもしれない。
「どうせお前から言いだしたんだろ?」
さすがに鋭いな。まあ、さっきのやりとりからも、冷静に考えて"逆"はないか。
一人で勝手に感心して彼のほうを見ると、ずいぶん気に入らなさそうに睨まれていた。
「俺らの生活じゃ、彼氏らしいこともしてやれねーのわかってんだろ。なに考えてんだ?」
さっき夏実に『それでいいのか』と聞いていたのは、そういう意味だろう。まともなことを言っている。
彼女ができた──男子の部活特有の、抜け駆けしやがって、という感覚に近いだろうか。そのことに対してのやっかみもあるんだろうが、倉持の意見は正論だった。
すると倉持は急に、何かに気付いたようにハッとして、御幸に冷たい視線を向けてくる。
「……まさか、からかってるんじゃ、」
「それは違うから」
彼が言い切る前に口を挟んだ。そのとき、自分でも思っていたより大きな声が出て、妙に恥ずかしくなる。倉持もその声に驚いたのか、少し目を見開いていた。
「さすがに……そこまでサイテーな男じゃねーから」
そう言うと、倉持も納得したのかはわからないが、「ならいいけどよ」と前を歩き出した。その後を追うようにして、御幸も寮に向かった。
なんだかんだ、夏実を想うようなことも言っているあたり、やはり根が優しい奴なんだろう。
ただ、それが"本気"なのかと聞かれるとハッキリとは答えられなかった。告白までの経緯を考えれば、好奇心が勝 ったというのは事実だ。
かといって、"遊び"だなんてそんな軽い言葉のつもりもなかった。それこそ、こんな生活をしていて、そんな暇はない。
魔が差した……なんて失礼極まりないよな。好きじゃなかったら、キスだってできないし。
御幸がそんなことをぼうっと考えていると、ふいに倉持がつぶやくように言った。
「お前、ああいうのがタイプだったんだなー」
「どういう意味」
『ああいうの』とは夏実のことだろうが、意外とでも言いたげだった。
「なんつーかもっと……"可愛い系"っつーか、いかにも女子、って感じのコと並んでんのイメージしてたから」
つまり『ああいうの』とは、『ボーイッシュな』という意味だろうか。ちなみに元カノはどちらかというと、倉持の言う"可愛い系"だったので、何とも言えない気持ちにもなった。
「別にタイプとかないけど……本人はたぶんそ れ 気にしてるから、言わないであげてね」
コンプレックスを指摘されて、いい気はしないだろう。さっき夏実とそんな話をしたばかりなので、ぽろっと自然に口から出た言葉だった。
しかし、倉持はどうやらその言葉が気に入らなかったようで、振り返ったかと思うと「はぁ?」と睨まれた。いや、つか顔。顔怖いって。
「なんだよ、偉そうに。付き合って三日でいっちょまえに彼氏面か?」
「悪いかよ」
「悪かねぇけど、」
ふいに立ち止まったかと思うと、一瞬で背後に回り込まれる。倉持は片足を振り上げ、ゲシッ、と御幸の尻を蹴り上げた。
「なんか腹立つっ!」
「いって!」
(御幸くんは、中学のとき告白されて付き合ってた女子とは、主に野球が原因で自然消滅してそう。)
今日も早朝から動き始めては、空が夕焼けになるまで練習は続き、学校そばの寮に帰る。その行動範囲の狭さに、我ながらときどき驚く。
「寮暮らしってどんな感じ?」
「気軽には遊びに行けねーからなあ。半分牢獄みたいなモンじゃねぇ?」
「えぐいこと言うね……」
「はっは、まあ毎日野球漬けの生活ですよ」
御幸が苦笑いしてみせると、「でも部活の話してるときの御幸、楽しそうだよ」と夏実は言った。
二日前に告白の返事をもらってからも、どうやら聞いてみると、ほぼ毎日グラウンドに水を撒く処理を担当しているようで、今日も部活帰りに遭遇できた。
2学期が始まるまでの間、正直何度会えるかわからない。今の二人には貴重な時間だった。
「そう?」
「うん。みんなでゴハンとか楽しくない?」
「いやー、
「さすが野球部だなあ。今日の寮の晩ご飯は、なんなの?」
「なんだろ、昨日は揚げ物だったな」
といっても、出てくるのは他愛もない話だった。それでも、ここまでじっくり話したのは初めてかも知れない。何事もきっかけだろう。
「みゆきちゃんは、食べ物何が好き?」
ふと夏実が、そんな定番の質問をしてきた。御幸にとっては、よく返答に困る質問の一つだった。特筆して好きなものがないのだ。
部員たちには、つまんねーだとか、スカした奴だなんて言われてしまう。だが、やっぱりまともな答えは浮かんでこなかった。
「んー……特にないよ。なっちゃんは?」
「あたし? おいしいものは、なんでも好き!」
俺とそう変わんない答えなのになんでこうも印象がちがうかな……。その点は、さすがだと言わざるを得なかった。俺が言ってもキャラじゃねーもんなあ。
「特に好きなモノとかある?」
「そうだなあ」
夏実は少し考えるようなしぐさをして、しかしすぐに浮かんだのか、御幸の目を真っ直ぐに見て答えた。
「お母さんの作る料理かな」
御幸は口を薄く開けたまま、何も言えなくなってしまった。その言葉だけでわかる。このコがいったい、どれだけ家族に愛されて、そして家族を愛しているか。
説明できない感情──どんな顔をしていいかもわからず、胸のあたりが渦巻く。ダメだ、比べるモンじゃないんだから。だいたい、橘は何も悪くないし、そんな態度をとったら彼女にも申し訳ない。
だからなるべく、平静を装って、話題を変えようと試みた。
「ていうか、橘ん
「まあ、レストランっていうよりは、大衆店ってカンジだけどね。地元の人には愛されてると思うよ」
「お母さんが店の料理作るの?」
「お父さんも作るよ。お店の人もたくさんいるし、あたしもたまにお仕事手伝うし」
「まあ、おこづかいのためなんだけど」
「ちゃっかり?」
「うん、バイト代」
ニヤリ、と冗談めかして企むような笑みがおかしくて、御幸も笑った。
それから、「今度、御幸も食べにおいでよ」と笑う夏実のほうを見ると、その頭が思ったよりすぐ近くにあって少し驚いた。彼女のパーソナルスペースが狭いのはなんとなく理解していたが、自分のスペースにまで気付いたら侵入されている。不快に感じさせないのも、彼女のスキルだろうか。
夏実のショートカットの髪が、部活後の汗で湿って、くたりと潰れている。濡れた髪は額の生え際からかき上げたように後ろに流してあって、爽やかな空気をまとっていた。
「なに」
「んっ? あ、いや……」
視線を感じたのか、パッと急に振り向かれてうろたえた。ちょっといたたまれなくなって、何か答えようと口を開く。
「なっちゃん、背ぇ高いから……他の女のコより距離近いなあって思って、」
『他の女のコ』なんて言えるほど女子の知り合いなんていない。御幸の中には、明確に比較した人物がいた。
"それ誰と比べた"とか言われたらどうしよ……"中学んときの元カノ"とは、さすがに言えねーよなあ。
「いいなーって、思っ、た」
それを聞いて、夏実がぐっと顔を近づけては、じっとこちらを見つめてきた。嘘ではないが、自分で言っておいて、言い訳なんてできなかった。ドキッと体が強張る。
「な、なに」思わず引きつったまま笑ってしまったが、夏実は「ふふ」と肩を揺らしてほほ笑んで言った。
「ありがと、嬉しい」
彼女の頬は、ほんのり赤い。告白の返事のときも思ったが、どうやら女子にしては高めの身長が、彼女にとってはコンプレックスらしい。
ちょっぴり意外だった。そういうことは気にしなさそうだと思っていたから。気にしてるのも、なんかカワイイけど。
「よう! なんだよ、今日は二人だけで仲良さそうだな」
向こうからやってきたのは、先日と同じように倉持だった。からかうような調子で、二人の間に割って入ってくる。
「もっちーおつかれ」
「おう、橘。キャプテンどうだ?」
「いやー、部活中は声出しくらいしか仕事ないスよ」
「ヒャハッ、そうなんか」
そんな冗談を言い合って、肩が触れ合わんとする距離で、夏実と倉持が並んでいる。やはり、彼女は他人のパーソナルスペースにすんなり入り込んでしまうらしい。
なんか、体育祭思い出すなあ。
というのもこの二人は、身長がほぼ同じという理由だけで、1学期の体育祭で"男女混合・二人三脚リレー"にクラスに言われて出場していた。走りに対して"
それ以来、学年の間では"俊足ペア"で名高いほどだ。二人もそれをきっかけに、御幸にとってはよく話しているイメージだった。
「おーい、
しかし、そんな事情は今は関係ない。御幸は片手で倉持の肩をつかみ、引き剥がすように自分のほうへ寄せた。このあいだまで気にならなかった距離が、今日は気になってしまう。
「あんまベタベタすんなよなー、人の彼女と」
「…………は?」
ただでさえ引き剥がされたことに不審そうな顔をしていた倉持が、御幸のその言葉で固まる。ずいぶんと長い沈黙の後、目が点になっていた。
「え、冗談だろ?」
「マジだけど」
「ハァ!!?」
いきなり大声で顔を歪める倉持に、そばにいた夏実が「もっちー声でかーい」と片耳に人差し指を入れて抗議する。突然御幸が口外したことで、倉持に知られたことに関しては、あまり気にしていないようだった。
すると倉持が、信じられない、という目を今度は夏実に向けて聞いた。
「付き合ってんの?」
「うん」
「いつから?」
「おととい」
「おととい」
顔を引きつらせたまま、ただ夏実の言葉をオウム返ししている様子に、ぷっと御幸は吹き出した。倉持はといえば、その言葉で先日のことを思い出したのか、苦い顔をしている。
「キャプテンなった初日だよな……」
「まあ、何か大きく変わるわけでもないんだけどねー」
「え、つか橘はそれでいいの」
「ん? うん」
夏実は倉持との会話で、首をかしげながらうなずく、という器用なことをやってみせる。
「じゃあみゆきちゃん、もっちーも、おつかれ。また明日ねー」
「お、おー……」
「おつかれー」
いつのまにかホースを片付けていた夏実が、手を振りながら校舎の方へ帰っていくのを、倉持と二人軽く手を振って見送る。
ふと隣の倉持が、駆けていく夏実の背中を見たまま発した。
「なんで"今"?」
「なんでだろーなー?」
同じように夏実を見たまま、へらっと笑いながら御幸は返事をした。それにしても、まだ夏休みなのにこんなに早く誰かに知れるとは思わなかった。
別にわざわざバラすこともなかったけど、まあ、同じクラスで察しのいい倉持になら、いずれバレそうだしなー。むしろ知らせておいたほうが、事情が伝わって好都合かもしれない。
「どうせお前から言いだしたんだろ?」
さすがに鋭いな。まあ、さっきのやりとりからも、冷静に考えて"逆"はないか。
一人で勝手に感心して彼のほうを見ると、ずいぶん気に入らなさそうに睨まれていた。
「俺らの生活じゃ、彼氏らしいこともしてやれねーのわかってんだろ。なに考えてんだ?」
さっき夏実に『それでいいのか』と聞いていたのは、そういう意味だろう。まともなことを言っている。
彼女ができた──男子の部活特有の、抜け駆けしやがって、という感覚に近いだろうか。そのことに対してのやっかみもあるんだろうが、倉持の意見は正論だった。
すると倉持は急に、何かに気付いたようにハッとして、御幸に冷たい視線を向けてくる。
「……まさか、からかってるんじゃ、」
「それは違うから」
彼が言い切る前に口を挟んだ。そのとき、自分でも思っていたより大きな声が出て、妙に恥ずかしくなる。倉持もその声に驚いたのか、少し目を見開いていた。
「さすがに……そこまでサイテーな男じゃねーから」
そう言うと、倉持も納得したのかはわからないが、「ならいいけどよ」と前を歩き出した。その後を追うようにして、御幸も寮に向かった。
なんだかんだ、夏実を想うようなことも言っているあたり、やはり根が優しい奴なんだろう。
ただ、それが"本気"なのかと聞かれるとハッキリとは答えられなかった。告白までの経緯を考えれば、好奇心が
かといって、"遊び"だなんてそんな軽い言葉のつもりもなかった。それこそ、こんな生活をしていて、そんな暇はない。
魔が差した……なんて失礼極まりないよな。好きじゃなかったら、キスだってできないし。
御幸がそんなことをぼうっと考えていると、ふいに倉持がつぶやくように言った。
「お前、ああいうのがタイプだったんだなー」
「どういう意味」
『ああいうの』とは夏実のことだろうが、意外とでも言いたげだった。
「なんつーかもっと……"可愛い系"っつーか、いかにも女子、って感じのコと並んでんのイメージしてたから」
つまり『ああいうの』とは、『ボーイッシュな』という意味だろうか。ちなみに元カノはどちらかというと、倉持の言う"可愛い系"だったので、何とも言えない気持ちにもなった。
「別にタイプとかないけど……本人はたぶん
コンプレックスを指摘されて、いい気はしないだろう。さっき夏実とそんな話をしたばかりなので、ぽろっと自然に口から出た言葉だった。
しかし、倉持はどうやらその言葉が気に入らなかったようで、振り返ったかと思うと「はぁ?」と睨まれた。いや、つか顔。顔怖いって。
「なんだよ、偉そうに。付き合って三日でいっちょまえに彼氏面か?」
「悪いかよ」
「悪かねぇけど、」
ふいに立ち止まったかと思うと、一瞬で背後に回り込まれる。倉持は片足を振り上げ、ゲシッ、と御幸の尻を蹴り上げた。
「なんか腹立つっ!」
「いって!」
(御幸くんは、中学のとき告白されて付き合ってた女子とは、主に野球が原因で自然消滅してそう。)
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