告白

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「俺じゃ……ダメだろうか」

 そう尋ねる結城は見たことのない表情で、自信のない、どこか弱気にも見えて、は息をのんだ。
 2年生のときにキャプテンを任されたばかりの頃、本当に俺でいいのだろうか、と迷っていたときの彼を思い出した。でも今この瞬間、何が彼をそういった気持ちにさせたのかはわからない。

 それでも目の前の結城は、その大きな左手での右手を握り締めたまま、真っ直ぐにこちらを見つめて、返事を待っていた。

 いつだって誠実で、不義理を知らない彼が、そんなふうに消極的な発言をするのを見たことがなくて、とにかく驚いてしまったのだと思う──どれくらい時間が経ったかわからないが、しばらく黙り込んでしまったせいで、声がうまく出ない──声にする前に、は小さくかぶりを振った。

「っ……ダメじゃない……」

「ダメじゃ、ないよ」ふるふると、彼に訴えるように、何度も首を横に振った。髪に刺したかんざしがシャラシャラと音を立てたのも気にならなかった。
 の言葉を聞いて、彼もすこし肩の力が抜けたのか、結城がほう、と息を吐いたところで、静かに打上花火の音が耳に入ってきた。そうだ、花火を見ていたはずだった──お互いから目を離せずに──再び時間が止まってしまった。

「あたしも」

 ……言うんだ。言うなら今しかない。
“直球ド真ん中ストレート”と、受けたアドバイスを心の中でまじないのように唱える──イメージしたのは最高球速156キロ・火の玉ストレート──ごまかさない、まっすぐ。声は震えても、気持ちが揺れることはないから。

「あたしも、哲のそばにいたい」

 もう一歩、踏み出して──


「哲が好き」

 好きで、好きで、どうしようもないほどに、「気付いたときには好きだった……ずっと……」一度吐き出した想いは、決壊したダムのように溢れて止まらない。もう、言ってもいいんだと。
 好き。あたしは、あなたのことが好きです。

「ずっと、言おうと思ってた……! 言わなきゃって」

 自分でも抑えられない。夢中だった。彼の反応を見る余裕もない。ちゃんと伝わってるのかも、わからないけれど、それでも、

「今までも、あたしなりに野球部を支えてきたつもりだったけど……これからは、哲のことを、支えていきたいって思う」

 あなたのことを、ずっと見ていた。そして、できることならこれからも。見つめていたい、一瞬たりとも見逃したくないから。


 ──大きな花火が上がったのか、一際大きなドン、という音のあと、周りの見物客からわっ、と歓声と拍手が起こった。さすがの大輪の花火に、辺りまで明るくなったその刹那だけ、二人して顔を向けそちらを見上げた。
 でももう開いた花は散ったあとで、花びらがひらひらと舞うようすだけが見えた。それを、風が一片ひとひらずつさらっていって、煙になって消えていく。最後の花火が終わってしまった。それは一瞬なのに、永遠にも感じて、不思議な気持ちだった。


「…………ああ……」

 それから、彼に握られた手のほうを見てうつむいていた。周りの見物客が立ち上がって、帰り支度をし始めた頃になって、結城はようやく声を出した。
 それを聞いて、ピクッ、と体を強張らせてしまう。握られた右手を通して、緊張が伝わってしまっただろうな、とは思った。周りがざわついている河川敷で、結城は続けた。

「すまない。こういうことは……俺から言うべきだったんだろうな?」
「え……そんなこと、」

 そこで、緊張はしたままだったが、が顔を上げて結城のほうを見ると、彼はやはりこちらを真っ直ぐに見つめていた。
 そんなこと……それよりも、『俺から』って……それは、

「ちゃんと。そう言ったろう?」

『俺には、遠慮してほしくない』と彼は言った。それって、思ったことをそのまま伝えても、いいということなんだろうか。彼の示す『』が、あたしの勘違いでないのだとしたら。

「あたしは……哲も言ってくれたら……嬉しい」
「──今からでも、間に合うか?」

 こくん、と彼にゆっくりうなずいてみせると、結城はその大きな両手で、の両手を取った。二人は自然と、互いの手を握り合った。「萩野、」

「好きだ」

「俺は、萩野が好きだ」

 噓みたいだった。夢みたいだった。
 だって、こんなの出来すぎている。本当に? 彼がそう言ったの。あたしに向けて、その言葉を──

「この言葉だったのか……」
「えっ」
「この言葉だけで、よかったんだな」

「こんなにも、収まりよく……」と、結城は一人つぶやくようにして、握ったの両手を見つめていた。そうだ、手──伝えることに夢中で、すっかり忘れていた。今さら彼と触れ合っているこの状況に、頬が熱くなる。周りに人もいなくなってしまった。川のせせらぎまで聞こえてくる。人混みなんてなかったかのように、静かな河川敷だ。
 再び顔を上げた結城は、さっきまでの迷いが晴れ渡ったような表情をしていた。それを見て、こちらもなんだかほっとした。伝えられてよかった。きっと、、と。

萩野が言ってくれたことで、俺もはっきりと分かった」
「哲……」
萩野

「好きだ」
「はい……」

 嬉しい、それ以上に安心したは、無意識にほほ笑んだ。互いに顔を見合わせると、結城も顔をほころばせていた。「何度でも言いたいくらいだ」

「好きだ、萩野
「あ、ありがとう……」

 まるで、覚えたての素敵な響きの言葉を周りに教えたがる子どものように結城が言うので、も戸惑った。そんなに何度も言われては、さすがに照れるし、恥ずかしい。
 彼の手の熱が伝わってくる。ずっと手汗をかいている気がしたが、結局どちらのものかわからなくておかしくなって内心笑えた。

「これからも、俺をそばで支えてくれるか?」
「……はい……!」



「……よかった」
「え?」

 右手を彼の左手と繋いだまま、二人してしばらく夜の川を眺めていると、結城が安堵したような声で言った。つい隣に目をやれば、そこにあるのはが好きな、彼のいつもの横顔だった。

「ふいに、前の萩野の言葉を、思い出した。確か公園で、雨宿りをしていたときだ」

『……引退まで、よろしくね』
『ああ。俺のほうこそ、よろしく頼む』

 確かにそんなやりとりをした。結城は続けた。

「『引退まで』という言葉に、ずっと、どこか引っかかっていたんだ。引退してしまえば、もう終わりとでも言うようで……」

 そんなふうに思われていたなんて。あのときは、マネージャーである以上のことを考えられなくて、優しい彼を困らせたくなくて、そう言うしかなかっただけなのに。
 結城はうつむいて少し寂しそうにしたあと、こちらを向いて笑った。照れくさくて目をそらしてしまいそうになるけれど、彼を前にするとそれはなんだか不誠実のような気がして、は真っ直ぐに彼を見つめ返した。

「だから、よかった。萩野も、俺と同じ想いで」

「好きだ、萩野。俺もきっと……ずっと前から」
「……うん…………っ、」

 鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。慌てて空いた左手でそこを押さえるようにすると、結城が焦ったように体をこちらへ向けた。

「お、おい、萩野……」
「ううん、ちがう……ちがうの」

「ごめんね」と、あふれそうになった涙をぐっとこらえる。引退した日と同じような状況で、お互いあの日を思い出しているのがわかって、心配する彼をなだめていた。
 あの日から、なんだか涙腺が緩くなってしまった気がする。それって、彼の──いや、彼のでもあるだろうか。『我慢する必要なんてない』という彼の言葉が、自分の中で今もずっと響いているから。

「やっと言えたって……緊張してたのが一気に……」

 きっと、強いて言うなら“嬉し涙”だった。彼にきちんと伝えられた、想いが通じ合えたことが嬉しかった。その嬉しさとは関係なく、解放感からいろんな感情が涙となって溢れてしまった。
「そうか」結城はそれを聞いてほっ、と胸を撫でおろすテンポでうなずいた。

「ずいぶん時間が経ってしまったな。立てるか?」
「うん──」

 すっかり閑散とした河川敷で、二人──立ち上がった結城に繋いだままの手をぎゅっと引かれ、はつられて腰を上げた。
 しばらくその場で立ち尽くしては、また繋がれた手を見つめてしまう。数時間前まで、こんなふうになってるなんて、思いもしなかった──いまだにちょっと信じられないかもしれない。

 だけど、もう緊張はしていなかった。代わりに、ずっと鼓動は波打って、ドキドキし続けていた。

「よければ……家まで送ろう」
「……ありがとう」

 結城にそう言われ、は再び彼に手を引かれて、歩きだした。


 互いに寄り添い並んで歩く二人は、川の水面を滑っていく夜風が含んだ秋の気配に、まだ気付いていない。

〈了〉








《夏が過ぎても このままで 隣にいさせて》『マジ/ックア/ワー』緑/黄色社/会

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「あ、貴子──待っててくれたの?」
!」

 行きのときとちがってすっかり暗くなった外で、私は向こうから歩いてきたを見つけて、下駄が脱げそうになりなる勢いで駆け寄った。

 途中でチームメイトのみんなと示し合わせて、と結城くんを二人きりにしたあと、私たちは私たちでちゃんと夏祭りを楽しむことができた。
 だけど、二人がどうなったか気になってしょうがない──花火も終わって、帰り道歩いていたときに『今から帰ります』とにメールをもらってからも、ずっとそわそわしてしまって、結局浴衣のまま、の家のマンションの入口でずっと待っていたのだった。

「どうだった!?」
「う、うん」

 ついの両肩をつかんで揺さぶるように迫るとびっくりされたけれど、その表情はどこかすっきりした感じで、それだけでも“うまくはいったんだ”というのがわかって、私はドキドキが止まらない。は両手を胸の前で組んで握りしめながら、口を開いた。

「好きだ、って……これからも哲を支えたい、っていう……一番伝えたかったことが言えたよ」

 ああ、よかった! 一時はどうなることかと思ったけどやっと……! 私は感極まって泣きそうになってしまった。あのがそこまで言えたなんて。行きではあれほど渋ってたのに。やればできる子! これでこの二人もようやく──

「じゃあっ、付き合うことになったのね!?」
「えっ? いや、それは別に……」
「…………え?」

 きょとん、としているを前に、興奮していた私は思考停止してしまう。出そうになった涙も引っ込んじゃった。ちょっと待って、どういうこと?

「えっ、告白したわけじゃないの?」
「告白……したよ?」
「いや、そういうことじゃなくて! 付き合うって話じゃなかったの!?」

 私は呆れて言葉を失ってしまったというのに、当の本人は相変わらず気の抜けた表情で首をかしげている。ああ、ダメだわ……イヤな予感がする……。

「よく、わからないけど……あたしは哲のそばにいられるなら、それで……」

 えぇぇぇ? そんな……ちょっと、どうなってるの? これで3年生のみんなは納得するかしら? 伊佐敷くんがここにいたら今にも大声で叫びだすかもしれないし、小湊くんだとしたら反応が怖すぎる。

「だって哲も……す、好きだって、言ってくれたし……」

 そんな呆然としてしまっている私のこともお構いなしに、は思い出すようなしぐさで、ぽーっと頬を染めてそこを両手で覆っていた。そんな、初めて見る親友の顔に、私は力が抜けてしまって、肩を落とした。「まあ、がそれでいいなら……」

「これでよかったのかなあ……」
「あたしは十分だよ。同じ部活ってことを言い訳にしなくていいんだから」

 いや、それは今までだって、二人はそれ以上の関係に見えてたわけなんだけど……の言うことから察するに、両想いなのは確認できた、って感じなのかしら。
 高望みしない二人の性格が災いしてしまった。知ってたつもりだったけど、私たちが甘く見ていたのかもしれない。さすがは二年半のあいだ、くっつかなかっただけのことはあるわ。

「ああもう、どうしよう……3年生のみんなになんて報告すればいいのよー……」


 彼を想いふけっているを横目に見ながら、まだまだ先が思いやられると、皆に伝えるのが億劫になる貴子であった──









(ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。よろしければ、また思い出したときに読み返したりして、楽しんでいただけますと幸いです。今後もサイトのほうで続きなり細々と書けたらなと思っています。)
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