茶飯事
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「後始末はしっかりしろよ。よし、解散!」
「あざーっした!!」
監督の号令と、選手たちの掛け声で、今日の練習が終わったことを実感する。
さーてっと、あとはトンボがけして、パパッと片したら自主練でもすっかね。まだ沢村とか降谷のも見てやらないといけないしなー……。
「気が遠くなるねぇ……」
「なんの話だ、御幸」
「あ、哲さん。お疲れ様です」
「ボーッとしてたぞ。考え事か?」
グラウンドの端で立ち止まってた俺に、キャプテンの哲さんが話しかけてきてくれる。
「ちょっとね。カワイーかわいー後輩たちのことを思いやると、頭がクラ~っとしちゃって」
「無理はするなよ」
嫌味をたっぷり含ませて、ふざけて言ったつもりだったけど、哲さんは少し呆れ気味に笑っただけだった。
この人にはかなわねぇな、というのは、日頃から感じてることだ。チームで一番っつっても過言じゃないほど、実力のあるこの人が誰よりも努力するから、当たり前だけど全員が手を抜けない。
いつだって頼りになる、主将の鑑みたいな人だと、俺は思う。ただ、将棋の勝負を、弱いくせに毎回挑んでくんのだけは、どうかとも思う。まあ、どっちも本人には言うつもりないけど。
「哲、今いい?」
「ん? ああ、萩野か。なんだ」
あーきたきた、梓先輩。いつもの主将とマネの打ち合わせが始まる。
なんでちょっと面白がってるかって? まあ、見てればわかる。さて、今日は何が起こるか。
「そろそろ、本格的に暑くなるから、アイシングバッグを買おうと思って。明日、発注書を出す予定なんだけど、ついでに新調したいモノ、ある?」
「そうだな……リスト、見ていいか?」
「うん。コレ」
梓先輩が、手に持っていたバインダーの中から、A4サイズの用紙を一枚引き抜いて、哲さんに見せた。
この人、俺と哲さんの会話が一段落するタイミング見計らってたな……。相変わらず、よく空気を読む人だ。まあ、そうじゃなきゃ、マネージャーなんてできないのかもしんないけど。
「そういえば、粉末ドリンクが切れそうだって話があったんだが、」
「そっちの発注なら、もう終わってる。明日には届くって」
「さすがだな。あとは──」
……つーか、この二人は基本的に、やたらと距離が近いんだよな。発注書をのぞき込む哲さんの顔が、かなり梓先輩に近付いてるけど、二人とも顔色一つ変えない。
萩野梓先輩は、野球部マネージャーの一人で、哲さんたちと同じ3年生だ。慎ましい、って言葉が合うような、ちょっぴり口数は少ない、だけどテキパキ仕事をこなす人、っていうイメージがある。
なにせ、この人がじっとしてるのを見たことがないくらいだ。いつも何か、部の仕事をしている。まあ、口数が少ないっていうなら、哲さんのほうがよっぽど当てはまるけどさ。
あ、あと、梓先輩の料理は最高! マネさんたちの手料理はそりゃみんな美味 いけど、差し入れのおにぎりとか軽食、もうダントツで梓先輩のヤツが美味い。
「洗剤は?」
「柔軟剤のほう? ストックまだあったよ」
「粉のほうは、柔軟剤入りに変えたんじゃなかったか?」
「共有の大きいボトルがまだ余ってる。注文するなら、使い切ってからにして。もったいないから」
まるで夫婦みたいな会話に、思わずツッコみたくなる。内容のせいか? 二人とも真面目だし、相性がいいんだろうけど、なんつーかな……並んでるのがすごくしっくりくるカップル、ってカンジ。
哲さんは、質実剛健で、男らしくて潔い、頼りになる夫。梓先輩は、三歩下がって夫を立てるタイプの、良妻賢母……みたいな?
いや、俺も自分で、なに考えてんだって思うけどさ。この二人は日頃の行いがいい分、見てて心地いいんだよ、なんとなく。
「月の予算だと、まだ足りてるのか?」
「今年はまだ赤字ないけど、真夏の氷作るのに、またタッパー新しくしないといけないかも。衛生的にマズいでしょ。牛乳パックじゃ限界あるし」
「それもそうだな……そっちで部費を使ったほうがいいだろう」
「わかった。じゃあ、今回はこれで発注しておく」
「いつもすまないな」
「お安い御用。それから、こっちも目を通してほしいんだけど」
息ぴったり。同じ部員の、俺まで感心してしまう。
「おい、なに片付けサボってんだ御幸!」
「いてっ!」
後ろからいきなり頭を、何か棒のようなもので殴られた衝撃があった。この暴力的な態度と、よく通る声の持ち主は、心当たりがある。
「いってーな、倉持……ていうか、トンボで殴るな、眼鏡に当たったらどーすんだ!」
「よーしよしよし、お望みなら割ってやろう」
「冗談やめろ」
「チッ、で? 何してんだこんなとこで」
俺は、少し離れたところで仲睦まじく話し込んでいる二人を、親指で指し示す。
「あ? あー……あ の 二人? おまえ、部外者の野次馬じゃあねぇんだからよ」
「なんか見てて飽きないんだよ、あの人たち」
「物好きめ」
なんだろうなー、俺みたいなひねくれた奴には、到底できないやりとりだからかね。
「ま、確かに性格悪いお前に、あんなイイ嫁さんは寄ってこねぇわな」
「読むな、人の心を……」
「んでさ、あの二人って、やっぱ付き合ってねぇの?」
それだ。それなんだよ、倉持。
「たぶんな」
「嘘だろ?」
「少なくとも、今日もいつもどおりのやりとりだった。だいたい、俺らが入部したときから、そういうウワサ立ってたんだぜ?」
「厳密に言やぁ、もっと前からだろうけどな。なんで付き合ってねぇの? マジで」
「さあ……なにせ哲さんが、ああいう人だからなあ」
実際、哲さんは女子にも相当モテるだろう。哲さんの性格をよく知らなくても、野球部での様子を見れば、男から見てもカッコいいと思うんだ、女子も思うに違いない。
だけど、哲さんの性格上、少なくとも部活に力を入れているあいだは、彼女を作ろうともしないはずだ。あの二人の仲だから、梓先輩も、そのくらい理解してると思うけど。
そのせいか、哲さんはもちろん、梓先輩もアピールしているようなそぶりは一切見せない。そもそも、あの二人のあいだに、恋愛感情があるのかどうかすら、微妙だ。
「ある種、七不思議だよな」
「ヒャハハ! 怪談扱いかよ」
「おい、御幸! さっきから動いてないぞ、何かあったか?」
「大丈夫ですー! すぐ片します!」
梓先輩との会話を終えた哲さんが、俺と倉持のほうを見てる。ヤベ、怒られる前にさっさとしよっと。
「ああ、萩野──今からどこへ行く?」
「一旦寮に戻るけど」
「すまないが、コレをついでに洗濯ボックスへ入れておいてくれないか」
そう言って、哲さんが練習着の上のボタンだけ外すと、一気に腕と頭を抜きながら脱いで、アンダーシャツ一枚になった。その土にまみれた服を、梓先輩が苦笑いしながら、哲さんの手から受け取る。
「いいよ。今日はまた、ずいぶん汚したね」
「汗くさいか?」
「また今さらなことを。じゃあ、コレで汗拭いておいてね、風邪ひかないように」
「悪いな」
今度は、梓先輩が、腰に巻いていた綺麗なタオルを、哲さんに差し出した。青心寮の方へ向かう、梓先輩の後ろ姿を見つめてたら、俺の口が間抜けなことに、ぽかんと開く。
次の瞬間、倉持の叫んだ言葉に、思わず同意した。
「夫婦かっ!!」
「いい加減……どうにかなんねぇのかな、あの人ら」
「見てるこっちがムズムズすんだけどっ!」
「同感」
ほんとさ、思わず言いたくなるわ……『もうあんたたち、結婚したらどうですか?』って。
(ざっくりいうと、「信じられるか? こいつらこれで付き合ってないんだぜ?」というお話です。)
「あざーっした!!」
監督の号令と、選手たちの掛け声で、今日の練習が終わったことを実感する。
さーてっと、あとはトンボがけして、パパッと片したら自主練でもすっかね。まだ沢村とか降谷のも見てやらないといけないしなー……。
「気が遠くなるねぇ……」
「なんの話だ、御幸」
「あ、哲さん。お疲れ様です」
「ボーッとしてたぞ。考え事か?」
グラウンドの端で立ち止まってた俺に、キャプテンの哲さんが話しかけてきてくれる。
「ちょっとね。カワイーかわいー後輩たちのことを思いやると、頭がクラ~っとしちゃって」
「無理はするなよ」
嫌味をたっぷり含ませて、ふざけて言ったつもりだったけど、哲さんは少し呆れ気味に笑っただけだった。
この人にはかなわねぇな、というのは、日頃から感じてることだ。チームで一番っつっても過言じゃないほど、実力のあるこの人が誰よりも努力するから、当たり前だけど全員が手を抜けない。
いつだって頼りになる、主将の鑑みたいな人だと、俺は思う。ただ、将棋の勝負を、弱いくせに毎回挑んでくんのだけは、どうかとも思う。まあ、どっちも本人には言うつもりないけど。
「哲、今いい?」
「ん? ああ、萩野か。なんだ」
あーきたきた、梓先輩。いつもの主将とマネの打ち合わせが始まる。
なんでちょっと面白がってるかって? まあ、見てればわかる。さて、今日は何が起こるか。
「そろそろ、本格的に暑くなるから、アイシングバッグを買おうと思って。明日、発注書を出す予定なんだけど、ついでに新調したいモノ、ある?」
「そうだな……リスト、見ていいか?」
「うん。コレ」
梓先輩が、手に持っていたバインダーの中から、A4サイズの用紙を一枚引き抜いて、哲さんに見せた。
この人、俺と哲さんの会話が一段落するタイミング見計らってたな……。相変わらず、よく空気を読む人だ。まあ、そうじゃなきゃ、マネージャーなんてできないのかもしんないけど。
「そういえば、粉末ドリンクが切れそうだって話があったんだが、」
「そっちの発注なら、もう終わってる。明日には届くって」
「さすがだな。あとは──」
……つーか、この二人は基本的に、やたらと距離が近いんだよな。発注書をのぞき込む哲さんの顔が、かなり梓先輩に近付いてるけど、二人とも顔色一つ変えない。
萩野梓先輩は、野球部マネージャーの一人で、哲さんたちと同じ3年生だ。慎ましい、って言葉が合うような、ちょっぴり口数は少ない、だけどテキパキ仕事をこなす人、っていうイメージがある。
なにせ、この人がじっとしてるのを見たことがないくらいだ。いつも何か、部の仕事をしている。まあ、口数が少ないっていうなら、哲さんのほうがよっぽど当てはまるけどさ。
あ、あと、梓先輩の料理は最高! マネさんたちの手料理はそりゃみんな
「洗剤は?」
「柔軟剤のほう? ストックまだあったよ」
「粉のほうは、柔軟剤入りに変えたんじゃなかったか?」
「共有の大きいボトルがまだ余ってる。注文するなら、使い切ってからにして。もったいないから」
まるで夫婦みたいな会話に、思わずツッコみたくなる。内容のせいか? 二人とも真面目だし、相性がいいんだろうけど、なんつーかな……並んでるのがすごくしっくりくるカップル、ってカンジ。
哲さんは、質実剛健で、男らしくて潔い、頼りになる夫。梓先輩は、三歩下がって夫を立てるタイプの、良妻賢母……みたいな?
いや、俺も自分で、なに考えてんだって思うけどさ。この二人は日頃の行いがいい分、見てて心地いいんだよ、なんとなく。
「月の予算だと、まだ足りてるのか?」
「今年はまだ赤字ないけど、真夏の氷作るのに、またタッパー新しくしないといけないかも。衛生的にマズいでしょ。牛乳パックじゃ限界あるし」
「それもそうだな……そっちで部費を使ったほうがいいだろう」
「わかった。じゃあ、今回はこれで発注しておく」
「いつもすまないな」
「お安い御用。それから、こっちも目を通してほしいんだけど」
息ぴったり。同じ部員の、俺まで感心してしまう。
「おい、なに片付けサボってんだ御幸!」
「いてっ!」
後ろからいきなり頭を、何か棒のようなもので殴られた衝撃があった。この暴力的な態度と、よく通る声の持ち主は、心当たりがある。
「いってーな、倉持……ていうか、トンボで殴るな、眼鏡に当たったらどーすんだ!」
「よーしよしよし、お望みなら割ってやろう」
「冗談やめろ」
「チッ、で? 何してんだこんなとこで」
俺は、少し離れたところで仲睦まじく話し込んでいる二人を、親指で指し示す。
「あ? あー……
「なんか見てて飽きないんだよ、あの人たち」
「物好きめ」
なんだろうなー、俺みたいなひねくれた奴には、到底できないやりとりだからかね。
「ま、確かに性格悪いお前に、あんなイイ嫁さんは寄ってこねぇわな」
「読むな、人の心を……」
「んでさ、あの二人って、やっぱ付き合ってねぇの?」
それだ。それなんだよ、倉持。
「たぶんな」
「嘘だろ?」
「少なくとも、今日もいつもどおりのやりとりだった。だいたい、俺らが入部したときから、そういうウワサ立ってたんだぜ?」
「厳密に言やぁ、もっと前からだろうけどな。なんで付き合ってねぇの? マジで」
「さあ……なにせ哲さんが、ああいう人だからなあ」
実際、哲さんは女子にも相当モテるだろう。哲さんの性格をよく知らなくても、野球部での様子を見れば、男から見てもカッコいいと思うんだ、女子も思うに違いない。
だけど、哲さんの性格上、少なくとも部活に力を入れているあいだは、彼女を作ろうともしないはずだ。あの二人の仲だから、梓先輩も、そのくらい理解してると思うけど。
そのせいか、哲さんはもちろん、梓先輩もアピールしているようなそぶりは一切見せない。そもそも、あの二人のあいだに、恋愛感情があるのかどうかすら、微妙だ。
「ある種、七不思議だよな」
「ヒャハハ! 怪談扱いかよ」
「おい、御幸! さっきから動いてないぞ、何かあったか?」
「大丈夫ですー! すぐ片します!」
梓先輩との会話を終えた哲さんが、俺と倉持のほうを見てる。ヤベ、怒られる前にさっさとしよっと。
「ああ、萩野──今からどこへ行く?」
「一旦寮に戻るけど」
「すまないが、コレをついでに洗濯ボックスへ入れておいてくれないか」
そう言って、哲さんが練習着の上のボタンだけ外すと、一気に腕と頭を抜きながら脱いで、アンダーシャツ一枚になった。その土にまみれた服を、梓先輩が苦笑いしながら、哲さんの手から受け取る。
「いいよ。今日はまた、ずいぶん汚したね」
「汗くさいか?」
「また今さらなことを。じゃあ、コレで汗拭いておいてね、風邪ひかないように」
「悪いな」
今度は、梓先輩が、腰に巻いていた綺麗なタオルを、哲さんに差し出した。青心寮の方へ向かう、梓先輩の後ろ姿を見つめてたら、俺の口が間抜けなことに、ぽかんと開く。
次の瞬間、倉持の叫んだ言葉に、思わず同意した。
「夫婦かっ!!」
「いい加減……どうにかなんねぇのかな、あの人ら」
「見てるこっちがムズムズすんだけどっ!」
「同感」
ほんとさ、思わず言いたくなるわ……『もうあんたたち、結婚したらどうですか?』って。
(ざっくりいうと、「信じられるか? こいつらこれで付き合ってないんだぜ?」というお話です。)
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