「横槍」(W & BEN)
俺は長い通路を玄関へ急ぎ、鋼鉄製の頑丈な扉を勢いよく開けると目の前に現れた男に飛びついた。
「来てくれたの、ダーリン〜!!」
「おい、何だ…!?」
勢いに任せて抱きついちまった。
このタイミングで片割れ無しで現れるって、どういう図らいだよ?
ウェブスターは密着する俺の体を退け腰になって受け止めた。
「今、スッゲー×2考えてた!」
「は?何を」
「ダーリンのこと〜」
「おまえ…大丈夫か?」
若造は呆れたように静かに返した。
外は思った以上に寒く、ウェブスターは上質な極細毛で編まれたホワイトカシミヤのセーターに51年式の黒いモッズコートを羽織っている。右手で無造作に小さな包みを掴むようにして持つ以外、荷物らしい荷物は見当たらなかった。
「何よォ」
「俺はおまえのダーリンじゃない」
「フフ〜ン。っていうか寒っ!な、早く入れよ」
俺は受け流してウェブスターの腕を引っ張り、強引に中に引き入れた。
「今坊やにパンケーキを焼いてるところ。食べる?」
「いや」
「え〜?せっかく来たんだから息子と朝飯食えよ。フランツ喜ぶぜ」
「パンケーキを食べる習慣がない」
知ってるけど。
「コーヒーをもらおうか」
後ろでウェブスターが発する低音を聞きながら振り返らずに歩く。脳内で勝手をしたすぐ後に本人が現れたもんだから心拍数が上がっている。
平日の朝に一人で来るなんて何事?
奴と喧嘩でもした?
「フランツー、サプラーイズ!パパが来たぜ」
椅子に座り頬張ったマシュマロをまだ口の中で渋滞させていたフランツは振り返ってウェブスターの姿を認めると、慌てたように座席を滑り降り駆け出した。
そして父親の大腿にしがみつき、汚れた口元をズボンに押しつけるようにした。
「おい嘘だろ。チョコでも食ってたのか?」
「ココアだよ」
しがみついて狂喜にジタバタする坊やの代わりに俺は答えた。
ウェブスターは視線を落としてあきらめたように溜め息をつき、髪をもみ洗いでもするようにして荒っぽくフランツ•ペーターの頭を撫でた。
(マシュマロを食い過ぎるなよ。怒られるぞ)
修道院育ちの息子にフランス語で何かを告げる。
強引な揺さぶりに首の据わらない頭は不安定に揺れたが、坊やの大きく爛々 とした瞳が感情の昂 りを物語っている。
従順な目でじっとウェブスターを見つめる様子は、「パパのいい子でいたい」と願っているごく普通の三歳児だった。
「それで、今日はまた朝からどうしたんだい?」
日頃の子守が報われたような気がしながら俺は尋ねた。
ウェブスターは手渡したコーヒー入りのカップを受け取ると坊やに食卓に戻るよう言い、自身も同じ円卓についた。見届けてから焼き上げたパンケーキをフランツ•ペーターに提供し、俺も倣 った。
俺は目の前に座る男をサングラスの下からじっくりと眺めた。
隣でパンケーキを頬張る息子に視線を落としていたウェブスターは俺の視線を感じ取ると、熱いコーヒーを一度口に含んでカップを置いた。
そして何の前置きもなく手に持っていた小包をテーブルの上に置き、押しのけるようにして俺の方へ滑らせた。
「何これ?」
「おまえに」
返した言葉に惚 けた顔をする俺を見て、ウェブスターが補足した。
「10月が誕生日だっただろう」
はい、そうです。
「…… え…。
え!?何、俺への誕生日プレゼント!?うそ、ダーリン!!」
何てこった。息子じゃなく俺の為に片道二時間かけて朝の七時に訪ねて来たっていうのか?
「えー、嬉しすぎるんですけど旦那ぁ。中身は何?」
「開ければいいだろう」
「うん!まさかこの年になって誕生日プレゼントをもらうなんて感激〜!俺って生まれた時から死んでるようなもんだからさぁ」
「"死んでいた"だろう。今は違う」
「ハッ、そっか」
お前だけなんだぜ、過去を話したのは。
正確には観察眼が鋭過ぎるウェブスターに見破られて俺が吐露したわけ。
この男の洞察は俺が一徹する“適当"を看破 し、内面を抉 ってきた。特別な興味や愛着があるわけでもないのにあの射抜くような目で、俺が誰にも見せたことがない裏の顔を的確に捉えていたんだ。
「来てくれたの、ダーリン〜!!」
「おい、何だ…!?」
勢いに任せて抱きついちまった。
このタイミングで片割れ無しで現れるって、どういう図らいだよ?
ウェブスターは密着する俺の体を退け腰になって受け止めた。
「今、スッゲー×2考えてた!」
「は?何を」
「ダーリンのこと〜」
「おまえ…大丈夫か?」
若造は呆れたように静かに返した。
外は思った以上に寒く、ウェブスターは上質な極細毛で編まれたホワイトカシミヤのセーターに51年式の黒いモッズコートを羽織っている。右手で無造作に小さな包みを掴むようにして持つ以外、荷物らしい荷物は見当たらなかった。
「何よォ」
「俺はおまえのダーリンじゃない」
「フフ〜ン。っていうか寒っ!な、早く入れよ」
俺は受け流してウェブスターの腕を引っ張り、強引に中に引き入れた。
「今坊やにパンケーキを焼いてるところ。食べる?」
「いや」
「え〜?せっかく来たんだから息子と朝飯食えよ。フランツ喜ぶぜ」
「パンケーキを食べる習慣がない」
知ってるけど。
「コーヒーをもらおうか」
後ろでウェブスターが発する低音を聞きながら振り返らずに歩く。脳内で勝手をしたすぐ後に本人が現れたもんだから心拍数が上がっている。
平日の朝に一人で来るなんて何事?
奴と喧嘩でもした?
「フランツー、サプラーイズ!パパが来たぜ」
椅子に座り頬張ったマシュマロをまだ口の中で渋滞させていたフランツは振り返ってウェブスターの姿を認めると、慌てたように座席を滑り降り駆け出した。
そして父親の大腿にしがみつき、汚れた口元をズボンに押しつけるようにした。
「おい嘘だろ。チョコでも食ってたのか?」
「ココアだよ」
しがみついて狂喜にジタバタする坊やの代わりに俺は答えた。
ウェブスターは視線を落としてあきらめたように溜め息をつき、髪をもみ洗いでもするようにして荒っぽくフランツ•ペーターの頭を撫でた。
(マシュマロを食い過ぎるなよ。怒られるぞ)
修道院育ちの息子にフランス語で何かを告げる。
強引な揺さぶりに首の据わらない頭は不安定に揺れたが、坊やの大きく
従順な目でじっとウェブスターを見つめる様子は、「パパのいい子でいたい」と願っているごく普通の三歳児だった。
「それで、今日はまた朝からどうしたんだい?」
日頃の子守が報われたような気がしながら俺は尋ねた。
ウェブスターは手渡したコーヒー入りのカップを受け取ると坊やに食卓に戻るよう言い、自身も同じ円卓についた。見届けてから焼き上げたパンケーキをフランツ•ペーターに提供し、俺も
俺は目の前に座る男をサングラスの下からじっくりと眺めた。
隣でパンケーキを頬張る息子に視線を落としていたウェブスターは俺の視線を感じ取ると、熱いコーヒーを一度口に含んでカップを置いた。
そして何の前置きもなく手に持っていた小包をテーブルの上に置き、押しのけるようにして俺の方へ滑らせた。
「何これ?」
「おまえに」
返した言葉に
「10月が誕生日だっただろう」
はい、そうです。
「…… え…。
え!?何、俺への誕生日プレゼント!?うそ、ダーリン!!」
何てこった。息子じゃなく俺の為に片道二時間かけて朝の七時に訪ねて来たっていうのか?
「えー、嬉しすぎるんですけど旦那ぁ。中身は何?」
「開ければいいだろう」
「うん!まさかこの年になって誕生日プレゼントをもらうなんて感激〜!俺って生まれた時から死んでるようなもんだからさぁ」
「"死んでいた"だろう。今は違う」
「ハッ、そっか」
お前だけなんだぜ、過去を話したのは。
正確には観察眼が鋭過ぎるウェブスターに見破られて俺が吐露したわけ。
この男の洞察は俺が一徹する“適当"を
