「秘密」(ミト→イフ)

「バカ…驚いた」

「申し訳…ありません。本当に海に入られるかと……」

……。

ぎこちなく交わした後、ミトニスが腕を緩めたので二人は向かい合った。足元に視線を落として波の往来を眺めていたイフィーが呟いた。

「今日、秘密を作りたかったんだ」

「秘密?」

「そうさ。僕は共通の秘密を持つ者というのは、互いの存在を死ぬまで意識し続けると思う」

ミトニスは月明かりに照らされた主人の顔に見慣れぬ憂いを読み取った。伏せ目がちなシャルトリューズの瞳は自発的な崩壊を匂わせ、危険な美しさをまとっている。多感な十代の心にしばしば生じる、出所不明の煙幕にも似た不安を彼から感じた。生きることへの抵抗と、無に帰すことへの根拠なき憧れ…。

「抱える憂鬱は他人事」と、決して待ってはくれない肉体の成長に置き去りにされる魂の孤独を感じた。ミトニスは目の前のイフィーが、一体いつの間にこんなに成長しただろうかと考えた。

長年を暗がりの中から、消すに消せぬ恋慕の炎で照らすようにして主人を忍び見てきた彼は、イフィーの守護者を務めるべく12年前にウルスコの先代君主によって修道院から屋敷に迎え入れられた。

ミトニスは当時五歳だった主人と対面し、これほど美しい子供が世にあるものかと心を打たれた日のことを思った。

「僕と秘密を持ちたいか?ミトニス」

主人が顔を上げて目を合わせた瞬間、過去に思いを馳せていたミトニスはその密約が何をもって結ばれるのかを察した。

しかしイフィーの持ちかけを前に、長年の習慣から理性を優勢として無礼を尻込みし、振る舞いを躊躇した。ミトニスの小心を主人は笑った。その笑いには半分の友愛と、半分の軽蔑とが含まれていた。

「おまえには無理だろうね」

ミトニスの黒い瞳は悲しみに満ちた。だが彼の本心は、腰を抱いて離さないその両腕から主人に伝わっていた。

「だけど……おまえが秘密を共にする相手に僕以上の人間は現れないだろうよ」

イフィーはそう言うと踵(かかと)を高く上げ、伸ばした両手でミトニスの顔を掴んだ。その手は冷たく、指先は湿っていた。彼は顔を寄せ、ミトニスの唇にキスをした。潮の匂いを含んだ甘い髪の香りがした。

二秒三秒と続くキスの間にミトニスは、主導権の引渡しを望んで待つ若年の機微を傍受した。

彼は自分より二十三センチ小柄な主人の体を浜から抱き上げて、込み上げる熱情の全てを唇にしたため、愛する人の唇を食んで返した。

イフィーは邪魔に思ったのか、キスの最中目深に被っていた帽子を無造作に砂浜に脱ぎ捨てた。

美しく梳かしつけられたブロンドの前髪が海風に乱れて、彼の長い睫毛を気まぐれに弄(もてあそ)んだ。月の光が引き立て役を買って集まり、その薄碧色の双眼の中へ飛び散って命を燃やすと、はっとする色彩の妙技で輝かせた。

ミトニスは腕に抱く少年の美しさに息を呑んだ。色欲の目で見ることを許されて初めて感じる生々しいその美しさは、熟達した理性を備えるミトニスの心を激しく揺さぶった。

彼は密事で色が差した主人の艶めかしい唇を男の目で見つめ、それから悶絶するような長く重たい息を吐いた。二人は再び唇を重ねようとして惑い、代わりに額を押し付け合った。

「私は……」

「いい…何も言うな。これでおまえと僕は二人だけの秘密を持った。この先互いに変わろうと、この背徳が僕たちを繋ぎとめるだろう」      

主人の声がいつになく甘く感情的なのは、自分の心が相当に昂っているせいだろうか。

「イフィー……」ミトニスは呻いた。

「呼び捨てたな。許してないぞ」

イフィーは笑いを交えた警句で済ませた。普段の主人にはない柔和。花が咲いたように可憐で無垢なその笑顔。

愛しているんだ。何処にも行かないでくれ。
俺の元から去ってしまわないでくれ。

俺だけがずっと君の傍にいたい。
ずっと傍にいてほしいんだ。
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