B×W過去三部作①「理由」
偵察任務を終えて帰還し、待機していたクルーに相棒のレディ(魔獣)を引き継ぐと、煩(ワズラ)わしそうに酸素マスクを外してビブセントは足速に宿地の内へと消えた。
「夜間の任務ご苦労様でした。マーダラ(魔獣のこと)をお預かりします」
「ああ」
ウェブスターは殺気立つビブセントの背を眺めながら、駆け寄ってきたクルーにマーダラを預けて短く応えると、重量のある装備を外して鞄に押し込み、それを背負うようにして彼の後を追った。
ビブセントとウェブスターは任務と非番のどちらに関わらず何処へ行くにも一緒で、ナイトアイの隊員に二人一組で提供される部屋までもが同じだった 。組織の中でエリートに属する操獣部隊のナイトアイを率いる隊長、カイン・ヌエスに申し立てをしたのはウェブスターだった。
「何故同じ部屋にこだわるんだ?」
ヌエスの目は正面に座ったウェブスターを捉えた
「あなたも知っている通り俺たちはチームで動く。ビブセントの短所は精神が不安定なところだ。怒りの鎮め方を知らない。戦場でも非番でも、気が立ったあいつを鎮めるがことが出来るのは俺だけです。だから任務に就いていない時でも傍にいて、常にビブセントの精神状態を把握していたい」
淡々と話すウェブスターにヌエスは思い当たる節は十分にある、と短く息をついた。
「ビブセントのような優れた魔獣使いは100年に一人出るかどうかだとへッテム将軍は言っていた。実際彼は、自らの手足を操るかのように難なく獣を操る。それは君の存在があってこそなのだろう、ウェブスター。魔獣を操るには非常な精神の消耗をきたす。彼の精神の不安定さは唯一の欠陥だ。何故ビブセントにあのような不安要素が…?」
真相を要求した上官を、不快を孕(はら)んだウェブスターの冷ややかな青い目が捉えた。
ウェブスターはビブセントより遥かに若く、またヌエスとは一回り以上年齢の開きがあったが、その風貌には目の前の相手を尻込みさせる何か独特の威圧感があった。それは相手が社会的優位に立つ場合でも同じことで、彼の物を言わぬ目に見つめられると、相手は出所のわからない緊張に内臓を萎縮させ、失態をおかしたのかと、自らの言動の追考に励むことになった。
ヌエスの場合も例外ではなかった。
彼はこの部下よりも遥かに穏健で繊細な人格の持ち主だった。妻と娘が一人おり、この組織に収容され服従を強いられるまでは平凡な生活を送る人間であり、良き夫であり優しい父親だった。だがヌエスには才覚があった。
だから組織に取り込まれた現実に素早く順応した。妻子に二度と会えないかもしれない状況に取り乱さず、我慢を宿命と受け止めて黙々と前進を続けることの出来る男だった。
人に差し向ける眼差しにこれほどの冷徹を備えたものがあるのかと、ヌエスはウェブスターと初めて対顔した時に驚いたことを覚えている。
その眼差しの冷淡さはビブセントによく似ていた。
彼らはまるで一つの生命体であるかのように感情の流れや、表情の造りまでもが共鳴していた。
二人の間に会話はなく、それでありながら互いに相手が何を考え、これから何を行うのかを常に把握していた。頭で考えることが苦手なビブセントの行いは、仕事においても直感的でルールを無視した突飛なものが多かったが、いつもウェブスターが冷静に立ち回って補佐に努めるので最後には凹と凸が合致して素晴らしい働きが行われた。
それは確かに、長い年月を寄り添うように過ごさなければ習得し得ない共鳴だった。
「ビブセントの精神疾患の原因を組織が知る必要はない。俺をビブセントの傍に置いておけば何も問題はないんだ」
ヌエスはビブセントの過去を知りたがったが、ウェブスターはそれをぴしゃりと拒絶した。
「ビブセントを組織に繋ぎとめておきたいのなら、黙って俺の言う通りにすることだ。100年に1人の逸材に、心神喪失が招いたくだらないミスによる失態で死なれたくないならな…」
ビブセントとウェブスターは徹底した秘密主義だった。魔獣の使い手としての実力はビブセントを筆頭に、二人して魔獣使いが集う『ナイトアイ』の首位を陣取るものの、他の隊員との交流は皆無で、人間を感じさせない彼らの非情で特異な性格は周囲から疎まれていた。
この権力組織を支える兵士たちの多くは住地から拉致され、強制的に収容されていた。そのような共通の背景から、兵士の中には共感し合い、横の繋がりを構築する者たちもいたが、ビブセントとウェブスターはそれを鼻で笑った。
彼らは過去を何一つ、誰にも知られたくなかった。報酬の額で従うべき主人を乗り換える元軍人の傭兵というその顔以外は。
ビブセントは他の隊員に関心がなかったので彼らの言動など知る由もなかったが、隊員たちは時々、ビブセントとウェブスターの二人が密接する理由について怪訝な表情で囁き合った。
「なぁ、あいつらってどう思う?」
「あいつらって?」
「ビブセントとウェブスターだよ。奇妙じゃないか?ビブセントは非番の時も一日中ウェブスターを連れ歩いてる」
「そりゃあ、あの態度だ。反感を買って組織の中にも敵が多いし、ウェブスターに身辺を守らせているだけなんじゃないか?」
「俺、前にレイ南の酒場であいつらを見かけたんだけどよ。ウェブスターに惚れ込んでる女がいて、その女が近付いた途端、ビブセントのやつが急にブチ切れやがったんだ」
「ああ、それなら俺も見たことがあるぜ。ビブセントはウェブスターに女を寄らせないんだ。ウェブスターもあいつの機嫌が悪くなるのを知っているから、女には近付かないのさ」
「まさか。じゃあ何か?二人がそういう関係だっていうのか?有り得ないだろう!」
「まぁ、見ている限りじゃウェブスターはビブセントの子分みたいなもんだし、逆らえないのかもな」
……。
「夜間の任務ご苦労様でした。マーダラ(魔獣のこと)をお預かりします」
「ああ」
ウェブスターは殺気立つビブセントの背を眺めながら、駆け寄ってきたクルーにマーダラを預けて短く応えると、重量のある装備を外して鞄に押し込み、それを背負うようにして彼の後を追った。
ビブセントとウェブスターは任務と非番のどちらに関わらず何処へ行くにも一緒で、ナイトアイの隊員に二人一組で提供される部屋までもが同じだった 。組織の中でエリートに属する操獣部隊のナイトアイを率いる隊長、カイン・ヌエスに申し立てをしたのはウェブスターだった。
「何故同じ部屋にこだわるんだ?」
ヌエスの目は正面に座ったウェブスターを捉えた
「あなたも知っている通り俺たちはチームで動く。ビブセントの短所は精神が不安定なところだ。怒りの鎮め方を知らない。戦場でも非番でも、気が立ったあいつを鎮めるがことが出来るのは俺だけです。だから任務に就いていない時でも傍にいて、常にビブセントの精神状態を把握していたい」
淡々と話すウェブスターにヌエスは思い当たる節は十分にある、と短く息をついた。
「ビブセントのような優れた魔獣使いは100年に一人出るかどうかだとへッテム将軍は言っていた。実際彼は、自らの手足を操るかのように難なく獣を操る。それは君の存在があってこそなのだろう、ウェブスター。魔獣を操るには非常な精神の消耗をきたす。彼の精神の不安定さは唯一の欠陥だ。何故ビブセントにあのような不安要素が…?」
真相を要求した上官を、不快を孕(はら)んだウェブスターの冷ややかな青い目が捉えた。
ウェブスターはビブセントより遥かに若く、またヌエスとは一回り以上年齢の開きがあったが、その風貌には目の前の相手を尻込みさせる何か独特の威圧感があった。それは相手が社会的優位に立つ場合でも同じことで、彼の物を言わぬ目に見つめられると、相手は出所のわからない緊張に内臓を萎縮させ、失態をおかしたのかと、自らの言動の追考に励むことになった。
ヌエスの場合も例外ではなかった。
彼はこの部下よりも遥かに穏健で繊細な人格の持ち主だった。妻と娘が一人おり、この組織に収容され服従を強いられるまでは平凡な生活を送る人間であり、良き夫であり優しい父親だった。だがヌエスには才覚があった。
だから組織に取り込まれた現実に素早く順応した。妻子に二度と会えないかもしれない状況に取り乱さず、我慢を宿命と受け止めて黙々と前進を続けることの出来る男だった。
人に差し向ける眼差しにこれほどの冷徹を備えたものがあるのかと、ヌエスはウェブスターと初めて対顔した時に驚いたことを覚えている。
その眼差しの冷淡さはビブセントによく似ていた。
彼らはまるで一つの生命体であるかのように感情の流れや、表情の造りまでもが共鳴していた。
二人の間に会話はなく、それでありながら互いに相手が何を考え、これから何を行うのかを常に把握していた。頭で考えることが苦手なビブセントの行いは、仕事においても直感的でルールを無視した突飛なものが多かったが、いつもウェブスターが冷静に立ち回って補佐に努めるので最後には凹と凸が合致して素晴らしい働きが行われた。
それは確かに、長い年月を寄り添うように過ごさなければ習得し得ない共鳴だった。
「ビブセントの精神疾患の原因を組織が知る必要はない。俺をビブセントの傍に置いておけば何も問題はないんだ」
ヌエスはビブセントの過去を知りたがったが、ウェブスターはそれをぴしゃりと拒絶した。
「ビブセントを組織に繋ぎとめておきたいのなら、黙って俺の言う通りにすることだ。100年に1人の逸材に、心神喪失が招いたくだらないミスによる失態で死なれたくないならな…」
ビブセントとウェブスターは徹底した秘密主義だった。魔獣の使い手としての実力はビブセントを筆頭に、二人して魔獣使いが集う『ナイトアイ』の首位を陣取るものの、他の隊員との交流は皆無で、人間を感じさせない彼らの非情で特異な性格は周囲から疎まれていた。
この権力組織を支える兵士たちの多くは住地から拉致され、強制的に収容されていた。そのような共通の背景から、兵士の中には共感し合い、横の繋がりを構築する者たちもいたが、ビブセントとウェブスターはそれを鼻で笑った。
彼らは過去を何一つ、誰にも知られたくなかった。報酬の額で従うべき主人を乗り換える元軍人の傭兵というその顔以外は。
ビブセントは他の隊員に関心がなかったので彼らの言動など知る由もなかったが、隊員たちは時々、ビブセントとウェブスターの二人が密接する理由について怪訝な表情で囁き合った。
「なぁ、あいつらってどう思う?」
「あいつらって?」
「ビブセントとウェブスターだよ。奇妙じゃないか?ビブセントは非番の時も一日中ウェブスターを連れ歩いてる」
「そりゃあ、あの態度だ。反感を買って組織の中にも敵が多いし、ウェブスターに身辺を守らせているだけなんじゃないか?」
「俺、前にレイ南の酒場であいつらを見かけたんだけどよ。ウェブスターに惚れ込んでる女がいて、その女が近付いた途端、ビブセントのやつが急にブチ切れやがったんだ」
「ああ、それなら俺も見たことがあるぜ。ビブセントはウェブスターに女を寄らせないんだ。ウェブスターもあいつの機嫌が悪くなるのを知っているから、女には近付かないのさ」
「まさか。じゃあ何か?二人がそういう関係だっていうのか?有り得ないだろう!」
「まぁ、見ている限りじゃウェブスターはビブセントの子分みたいなもんだし、逆らえないのかもな」
……。
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