番外編
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上機嫌なことが一目でわかるソテツに、先ほど口に突っ込まれたものの正体を聞いてみた。
「ヤンヤンつけぼー、懐かしいだろ」
#ポッキープリッツの日
特別SS ソテツ『一生、勝てない』
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「なぁ、今日は何の日か知ってるか?」
悪い顔。
一目見て、逃げ出したくなるのはきっと本能。
「おっと、逃げんなよ」
「ちょ、近い」
「なんだこれくらい。もっと近いときもあっただろ」
ドアさえ開いていれば、すぐにでも飛び出していけるのに、残念なことに内側にしか開かない扉はソテツの手に封じられてピッタリと閉じている。
蛇に睨まれた蛙。
182㎝の高身長から見下ろされる圧力が、背中に伝うドアの無機質と相まって変な汗を流させてくる。
「こっち見ろよ」
低音で囁くのは、わざと。
反応をみて面白がっているだけだとわかっているのに、いちいち心臓が跳ねてしまうのはなぜなのか。
「なぁ、今日は何の日か知ってるか?」
先ほど出会い頭に聞いてきたのと同じ質問を繰り返される。
「しっ知らない」
オレンジ色の瞳を睨むように見つめながら勇気を出して、そう返してみた。
じっと見つめてくる無言の空気。記念日でも誕生日でも、思いつく限りの記憶をたどってみてもピンとこない。まして、ソテツが心底楽しそうな瞳をする日が何の日なのか。ピンと来る方がどうかしている。
大抵、何もない日がこの男の一番の楽しみなのだ。
不思議の国のアリスに出てくる帽子屋のように、何でもない日を祝わせたらきっと最高にイカレテいるだろうとすら思う。
「なんだ、本当に知らないのか?」
少しつまらなさそうな声。
それくらい知っておけよとでも言いたげだが、言い返せるのであれば「もったいつけていないで、さっさと言ってよ」と叫びたい。それくらいに、この圧力は心臓に悪い。
「ほら、口開けろ」
「え、なに?」
「いいから、あけろって」
目線を合わせるように高さを変えて来たソテツの顔がニヤリとほほ笑む。
こうなったら逃げられない。確実に獲物を狙う野性動物のように、ソテツの目に鋭利さが光っている。
「なっ!?」
ガサッと音がして、ついですぐに口の中に甘い香りが広がる。
その形状。視界の中で口から飛び出た細長い棒が、すぐにポッキー・・・いや、何か懐かしい味のするお菓子で埋まっている。
「長く食ったほうの勝ちな」
「んンッ!?」
言うが早いがソテツの唇が、飛び出た棒の先に噛みつく。
何を基準に長い短いを決めるだとか、いつから始まるのかとか、そういう肝心な部分を何も聞けないままソテツの顔は、どんどんこちらに向かって進んでくる。
「っ」
動かないように頬に添えられた大きな手の平。
浸食するように迫ってくるソテツの口がそのまま顔を持ち上げて、唇の中の棒までガリガリと音を立てて食べていく気配がする。
「ァ…ッん…むっ」
ゾクゾクと神経が泡立つ。
抵抗ではなく本能が逃走を図ろうと爪をたてても、野性味溢れるソテツには痛くも痒くもないに違いない。
閉じていたはずの歯がこじ開けられて、口の中の甘さまで奪い取られるように舌が侵入して、気づけばソテツに半分持ち上げられるように息が止まっていた。
苦しい。息が出来ない。それなのに甘い。
いつのまにか閉じていた目をうっすら開けると、同じように閉じた瞳のソテツが現状を堪能するように貪る息遣いが聞こえてくる。やめてほしい。
本能が刺激されて、理性まで奪われていくような錯覚に眩暈がする。
「ッ…ぁ…そて…ッ…やっ…やめ、ソテ…っ」
かくんと抜けた力は、単純な酸欠。
それでも透明につながった糸まで舐めとるように、満足そうに唇を舐める男には関係のない話。
「俺の勝ちってことでいいよな?」
「……っ…ひどい」
全然褒めていないのに、褒められた子どものように嬉しそうに笑うのはなぜなのか。
引き寄せられたソテツの腕の中で、今度はお菓子とは違う柔らかな甘さに包まれながら、一生この男には敵わないのだと息を吐いた。(完)