クロスオーバー

梵天×ツイステ。「十七歳のときにお世話になった人魚の兄弟」が「梵天軸の灰谷兄弟に囲われ寸前の元監督生」のところへやって来た話。雑設定。

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『どちらの兄弟にも正直、お帰り願いたい。』




たぶん生まれてから今まで「物騒」とか「論外」とかいうワードを至極間近に見てきたせいで、耐性が備わっていただけなのだと思う。例えば理不尽な要求とか、返り血にまみれた服とか、周囲から人がいなくなるとか。心当たりのない反応にさらされ続けた結果、神経は図太く、人生に諦めの二文字を刻んだ日常を送る羽目になったのは、一言で環境以外の何物でもないと付け加えておこう。
「顔だけが良い男たち」に囲われたのは不運としか言いようがない。
逃げるなんて選択肢は物心つく前から奪われている。おかげさまで「気づけば彼氏の一人もいないまま三十路を迎えようとしている」といえば、彼らは綺麗な顔で嬉しそうに笑うのだから泣きたくもなる。
人生どうしてこうなった。
自分たちは綺麗な顔に見合った綺麗な女とそれは素敵な恋愛を重ねているくせに。
それは口が裂けても言えない。
実際、本当に口が裂けるかと思ったから、もう言わないと決めた。が、正解。
それでも誰が想像しただろう。灰谷兄弟だけでも頭が痛い生活に、まさかの非日常が乱入してくるなんて。


「な、ななななななな」


変な薬でも飲んでしまったのか。
最初に疑ったのはそれだった。あまりに現実離れしている現象。


「て、て……手!?」


洗面所で歯を磨いていたら鏡の中から人間の手が飛び出してきた。その事実をホラー以外に思えないまま、携帯で蘭と竜胆に「鏡から人の手が出てきた」と間違いだらけの文字を送信する。
もちろん、すぐに着信音。
画面をタップして通話に切り替わった瞬間、それは鏡の中から「こちら側」に這い出てきた人物に奪われた。


「やっと会えたね、小エビちゃん」

「随分時間がかかってしまいましたが、迎えに来ましたよ」


よく似た顔の双子。
イヤでも忘れることなんてない。
十三年前、十七歳だった頃。迷いこんだ世界で文字通り面倒を見てくれた人魚の魔法使い。


「……フロイド…っ…ジェイド」


年月がたったぶん、当時よりも随分大人びた色気が追加されている。見惚れる。そんな余裕もない。それよりも鏡から順番に出てくる長身の二人の圧力が強すぎて腰が抜けた。


「ほ…っ…本物?」

「酷いですね。どこからどうみても本物でしょう?」

「っていうかぁ。小エビちゃん、あの頃と全然変わってなさすぎじゃね?」

「もしかしたら時間の流れ方が違うのかもしれませんね」

「まあ、それはもう別にどっちでもよくね。約束通りッ!?」


この場合、命の危険を感じたのはフロイドとジェイドではなく、小エビであると伝えたい。
原因は異変を察して帰ってきた蘭と竜胆が発砲した弾丸が、フロイドのバインドザハートで軌道を変え、本来とは別の場所に命中したせい。洗面所の鏡に大きな亀裂。近隣住民を蒼白にさせる破壊音が響き渡らなかったのは、何か、そう。魔法の作用なのだろう。そう思わないと理解できない。
真っ青な顔で震えるのは自分一人だけで十分すぎる。
命が無事だったのはジェイドの腕の中だからだが、ここから先その事実が「無事」であるかどうかは果たして保障されるのだろうか。


「誰、こいつら」


本当に一言一句ハモルことなんてあるんだなと、呑気に蘭とフロイドの声を聞き流せるくらいにはキャパオーバー。
拳銃と魔法。勝つのはたぶん、魔法。断定できないのは梵天の刺青を入れた灰谷兄弟が、魔法に敗れる姿を想像出来ないから。
それでもこのまま状況に流されるわけにもいかない。日本の普通のマンションの一室でその戦いが加速されるのは、常識的に考えても非常にまずい。そして残念ながら、ここに常識の二文字を理解してくれる人は皆無だろう。


「……あのさ」


遠慮がちに声をあげたのは他でもない。この部屋の借用者本人。


「独り身の女の家に、なんであなたたちはそうズカズカと我が物顔で入ってくるわけ?」


耐性が備わっていたおかげで抜けた腰はすぐに復活した。
ジェイドの腕を押しのけて、途中まで磨いていた歯の仕上げをとにかく進める。蛇口をひねって泡を排水溝に吐き出し、うがいをし、パシャパシャと顔を洗ってひび割れた鏡に映る四人を振り返る。


「いっつも言ってるけど、私にもプライバシーってのがあるわけで、どうするのよ、この鏡。大家さんに絶対怒られるやつじゃん!!」

「大丈夫だって、小エビちゃん。これくらい魔法で……あれ?」

「どうしたんです、フロイド。魔法の調子が……おや」


自分の手を不思議そうに眺めて開いたり閉じたりしている姿は少し可愛い。
けれど次の瞬間、にっこりと嫌な笑みを浮かべられて息を呑んだのは言うまでもない。


「小エビちゃん、なんかぁ魔法使えなくなっちゃったみたい」

「は?」

「そういうわけで、しばらくお邪魔させていただきますね」

「いやいやいや」

「っていうか。さっきから黙って聞いてりゃ、魔法とか小エビとか何?」


今度は竜胆の腕に引き寄せられて身体がバランスを崩して移動する。
わかりやすくにらみ合う状態が両者に走っているが、ここはひとつ最大奥義をかますしかないだろう。


「この状況放置して、寝たふりかますとかねぇよなぁ?」

「ら、蘭さま…ま、まさか」

「ちゃんと説明しような」

「……はい」


説明もなにも自分もこの状況を説明してほしい。なんて、美しい笑みを向けてくる顔に言えればきっと苦労しないし、三十路まで彼氏無しの独身を更新することもなかっただろう。
とはいえ、そんな愚痴をはいても始まらない。四人を連れて移動したリビングでいたたまれない空気のなか、双方に紹介を実施する。


「えっと、まずは。こちら灰谷蘭さんと、灰谷竜胆さん。私の保証人というか、生活を支えていただいています」

「なるほど、ではこの方たちがあのとき仰っていた、蘭と竜胆ですか」

「そう。で、右にメッシュがあるのがジェイド・リーチさん、左がフロイド・リーチさん。十三年前に私が行方不明になったって騒いでたときにお世話になった人たち」

「頭がおかしくなったんじゃなくて、マジで言ってたのか」

「竜胆、聞こえてるからね。私が現在こうして、五体満足で何不自由なく暮らせているのはここにいる皆さんのおかげです。以上、解散」


パンっと和解を提案して笑顔で締めくくれる、わけがない。
出会わせてはいけない両者を合わせてしまった以上、先ほどから止まらない冷や汗をどうしたものか。
かくしてこれから先、奇妙な生活が始まって……ほしくはない。リーチ兄弟が「魔法が戻るまではここに住む」とわけのわからない話をすすめているが了承されると本気で思っているのだろうか。
「だからさっさと監禁すればよかった」なんて、灰谷兄弟の呟きは聞かないことに徹する以外に道があるなら教えてほしい。
本当つくづく、自分の置かれる環境を呪ってしまう。
人生諦めが肝心だと、どこかの誰かが唱えていたが、今回ばかりは異論を唱えたい。
もう人生、選択肢はそう多くないことくらいさすがにわかる。キラキラした青春も、美形じゃなくても心穏やかに過ごせる優しい彼氏も諦めたのだから、せめて自由に暮らして生きたい。
そのために、目の前の両者に言えることはただ一つ。

どちらの兄弟にも正直、お帰り願いたい。


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