PROMENADE(短編小説)
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《背中合わせのあなたへ》
生まれる前、人々は背中合わせで生きていた。
二人で一つの命を共にする生き物だった。
けれど、お互いの存在を知っていても見ている世界は正反対で、一方が空を見上げれば、もう片方は必然と地面に目を落とす。毎日違う景色を眺め、毎日共にそれを語り合った。
「ねぇ、見て。気の上にリスがいるわ」
「地面にあるドングリをあげてみようか」
「ええ、とてもいい案だわ」
互いの顔は見えなくても心は同じことを考えていた。
二人で一つ。それは些細なことから大事なことまで、考えていることも思っていることも同じだった。
「僕は右に行きたいんだ」
「私は左に行きたいのよ」
たまに進みたい方向や行きたい場所が異なっても、体の中心は背中合わせの二人。
「僕は右に行って海をボーっと眺めたいんだ」
「私は左に行って、街でお買い物をしたいのよ」
お互いの主張は相手にわかってもらわなくてはなりません。
「わかった。それなら君の買い物に付き合った後で、海に行くっていうのはどうかな?」
「ええ、それならたまには海沿いの街でお買い物をしてもいいわ」
相手を尊重しなくてもなりません。
でも、二人にとってそれは苦でも何でもありませんでした。お互いがお互いを思い合っているからこそ、相手のためを考えることが自然にできていたのです。
離れることを考えたことはありません。
喧嘩をしても、お互いに自分の背中合わせは生まれた時から決まっていて、その片割れがなくなることなど思ってもいませんでした。
「どうしたのかしら?」
幸せは何の拍子で壊れるかわかりません。
いつものように過ごしていると、二人はある場所に人だかりができていることに気が付きました。
「行ってみようか?」
「ええ、でもなんだか怖いわ」
「大丈夫」
二人であれば大丈夫だと本気で思っていました。
危険なことなどないと思っていました。
ところがそれはある日突然、二人の身に降りかかったのです。
「なに?」
「なにがおこったの?」
すぐには理解できませんでした。
神様の気まぐれだということに気が付いた時には、二人の体は宙に浮き、別々の場所へ引き裂かれていきます。
「いやよ、私。あなたと離れたくない」
「僕もだ。キミと離れたくない」
背中合わせのまま引き裂かれた二人は、そのまま光の中に吸い込まれていきました。
涙があふれてきて止まりません。なくなるはずのないものを失った怖さと不安だけが胸の中を渦巻いていきます。
きっと彼が心の半分をもっていったに違いありません。今も持ってくれていると信じています。
でもわからないのです。
離れると思っていなかったので、名前も顔も知りません。
知っているのはお互いに同じものを感じていたということだけ。一つの心を二人で分かち合っていたということだけ。
「おめでとうございます、無事に生まれましたよ」
言葉にできない思いを泣き叫ぶように、私はこの地に誕生した。
同じように、この地のどこかにいる片割れを見つけるために。もう一度、二人で一つになるために。
私は今も探している。
それは男なのか、女なのか、子供なのか、大人なのかわからない。
一緒の時代に生まれ落ちたのか、別の場所に生まれ落ちたのか。それさえもわからない。
それでもきっとわかるだろう。出会えば、この心が教えてくれるのだから。
* * * * *
《あとがき》
高校生の頃、世界史の先生が教えてくれた逸話を思い出したので書いてみました。
「人はなぜ生涯をかけて一人の人を見つけるのか」
「世の中には男同士の人もいれば、女同士で結ばれる人もいる。男性も女性も両方愛せる人もいるが、それは決しておかしなことではない。人は生まれてくる前は背中合わせだったと思えば、不思議でもなんでもない」
その言葉だけが、ただただ記憶に残っています。(授業はまったく覚えていません。)
ただ、神様のいたずらで生まれてくる時代が少し違ってくることはあるかもしれないし、不運にも事故に巻き込まれたり病気になったりして、先にこの地上からいなくなってしまうかもしれない。その場合は、結婚せずに独り身で過ごす人もいるだろう。
自分の悲しさや寂しさをいくら誤魔化そうとしても、他の人ではうまらない。
そうして自分を傷つけてはいけない。
見つかるまで探さなければならない人もいれば、幸運にもすぐ身近にいる人もいるだろう。
だから、大切だと思える人と出会えたなら決して手を離してはいけない。自分の心に偽ってもいけない。自分の命を粗末にしてもいけない。
背中合わせでいられる人は、たった一人しかいないのだから。
2017/10/29 Sunday
皐月うしこ
2019-05-02現在のサイトへ移行
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《背中合わせのあなたへ》
生まれる前、人々は背中合わせで生きていた。
二人で一つの命を共にする生き物だった。
けれど、お互いの存在を知っていても見ている世界は正反対で、一方が空を見上げれば、もう片方は必然と地面に目を落とす。毎日違う景色を眺め、毎日共にそれを語り合った。
「ねぇ、見て。気の上にリスがいるわ」
「地面にあるドングリをあげてみようか」
「ええ、とてもいい案だわ」
互いの顔は見えなくても心は同じことを考えていた。
二人で一つ。それは些細なことから大事なことまで、考えていることも思っていることも同じだった。
「僕は右に行きたいんだ」
「私は左に行きたいのよ」
たまに進みたい方向や行きたい場所が異なっても、体の中心は背中合わせの二人。
「僕は右に行って海をボーっと眺めたいんだ」
「私は左に行って、街でお買い物をしたいのよ」
お互いの主張は相手にわかってもらわなくてはなりません。
「わかった。それなら君の買い物に付き合った後で、海に行くっていうのはどうかな?」
「ええ、それならたまには海沿いの街でお買い物をしてもいいわ」
相手を尊重しなくてもなりません。
でも、二人にとってそれは苦でも何でもありませんでした。お互いがお互いを思い合っているからこそ、相手のためを考えることが自然にできていたのです。
離れることを考えたことはありません。
喧嘩をしても、お互いに自分の背中合わせは生まれた時から決まっていて、その片割れがなくなることなど思ってもいませんでした。
「どうしたのかしら?」
幸せは何の拍子で壊れるかわかりません。
いつものように過ごしていると、二人はある場所に人だかりができていることに気が付きました。
「行ってみようか?」
「ええ、でもなんだか怖いわ」
「大丈夫」
二人であれば大丈夫だと本気で思っていました。
危険なことなどないと思っていました。
ところがそれはある日突然、二人の身に降りかかったのです。
「なに?」
「なにがおこったの?」
すぐには理解できませんでした。
神様の気まぐれだということに気が付いた時には、二人の体は宙に浮き、別々の場所へ引き裂かれていきます。
「いやよ、私。あなたと離れたくない」
「僕もだ。キミと離れたくない」
背中合わせのまま引き裂かれた二人は、そのまま光の中に吸い込まれていきました。
涙があふれてきて止まりません。なくなるはずのないものを失った怖さと不安だけが胸の中を渦巻いていきます。
きっと彼が心の半分をもっていったに違いありません。今も持ってくれていると信じています。
でもわからないのです。
離れると思っていなかったので、名前も顔も知りません。
知っているのはお互いに同じものを感じていたということだけ。一つの心を二人で分かち合っていたということだけ。
「おめでとうございます、無事に生まれましたよ」
言葉にできない思いを泣き叫ぶように、私はこの地に誕生した。
同じように、この地のどこかにいる片割れを見つけるために。もう一度、二人で一つになるために。
私は今も探している。
それは男なのか、女なのか、子供なのか、大人なのかわからない。
一緒の時代に生まれ落ちたのか、別の場所に生まれ落ちたのか。それさえもわからない。
それでもきっとわかるだろう。出会えば、この心が教えてくれるのだから。
* * * * *
《あとがき》
高校生の頃、世界史の先生が教えてくれた逸話を思い出したので書いてみました。
「人はなぜ生涯をかけて一人の人を見つけるのか」
「世の中には男同士の人もいれば、女同士で結ばれる人もいる。男性も女性も両方愛せる人もいるが、それは決しておかしなことではない。人は生まれてくる前は背中合わせだったと思えば、不思議でもなんでもない」
その言葉だけが、ただただ記憶に残っています。(授業はまったく覚えていません。)
ただ、神様のいたずらで生まれてくる時代が少し違ってくることはあるかもしれないし、不運にも事故に巻き込まれたり病気になったりして、先にこの地上からいなくなってしまうかもしれない。その場合は、結婚せずに独り身で過ごす人もいるだろう。
自分の悲しさや寂しさをいくら誤魔化そうとしても、他の人ではうまらない。
そうして自分を傷つけてはいけない。
見つかるまで探さなければならない人もいれば、幸運にもすぐ身近にいる人もいるだろう。
だから、大切だと思える人と出会えたなら決して手を離してはいけない。自分の心に偽ってもいけない。自分の命を粗末にしてもいけない。
背中合わせでいられる人は、たった一人しかいないのだから。
2017/10/29 Sunday
皐月うしこ
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