PROMENADE(短編小説)
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《恋しぐれ》
あの日は、朝からぐずついた天気で、街ゆく人も空飛ぶ鳥もほとんど見られず、本格的に降りだした時には、周りはすべて灰色につつまれていた。
「はぁ」
いくあてもなく、雨宿りを出来る場所を探す意味もなく、ただただ雨にうたれる。
体は重く、雫が濡れ落ち、視界に雨のカーテンがかかっていた。
「あれ?」
ふと、自分に雨が当たっていないことに気づく。
不思議に思って顔をあげると、見たことのない人がいた。
「?」
首をかしげて見せると、彼はにこりと笑って持っていた傘を差し出した。
「これ使って」
「……っあ……」
ありがとうだとか、代わりにあなたが濡れてしまうんじゃないかとか、何かを口にする前に、彼は走って行ってしまった。
「?」
傘の中にいるはずなのに、雫がほほをぬらす。
嬉しかったのかもしれない。
こんなに灰色の世界で、無条件に差し出された優しさに、恋に落ちた。
「あなたは、誰?」
傘をうつ雨音は、何も答えてくれない。
彼の走り去った方向を見ても、雨が邪魔して何もわからなかった。
きっと、ここにいたら会えるかもしれない。
傘を返す。
その口実が唯一、わたしと彼をつなぎとめるものだった。
次の日も、その次の日も、彼に会えることを願って、同じ時間にあの傘とともに待つ。
あんなに灰色だった世界が、すこし輝いて見えることに驚いた。
彼が通ったことがあるかもしれない公園や路地を歩くだけで、景色が違って見える。
いつもの代り映えのない街が、素敵に思えた。
「あっ!」
「あれ? 君はあのときの……」
ただ、なんとなく歩いていたときに偶然再会した。
こんなことなら傘を持ってくればよかったと、なかば落ち込みかけた心は、ふいに笑いかけられた笑顔で吹き飛んでしまった。
「大丈夫だった?」
「?」
「けっこう濡れてたから、風邪ひいたりしなかったかなって」
自分の耳を疑ったのも無理はない。
おずおずとうなずくと、彼は、
「そっか、よかった」
と、また笑った。
「今日は、どこかにおでかけ?」
ゆるく首を横に振ると、珍しそうに一瞬目を見開いてから彼はほほ笑む。
「変わった子だね。俺はノゾムっていうんだけど…君は?」
「……」
「あっ…ごめん。何言ってんだろ」
照れたように笑うしぐさもかっこよかった。
ずっと知りたかった名前も知った。
彼と近づけるチャンスなのに、金縛りにあったように体が動かない。
「ノゾムぅ~!」
遠くから駆け寄ってくる声に驚いた。
「ごめんね。待った?……って、なにしてんんの?」
「あぁ、ほらこの子だよ、前に話した子」
「えっ? って、あぁ! チカじゃない!」
ノゾムさんに駆け寄るなり、親しそうに腕を組む彼女のことはよく知ってる。
「最近、帰ってこないと思ったら、こんなとこにいたんだ」
もぅと、ふくらませるほほも、長くて細い足も魅力的でかわいい美香ちゃん。
生まれたときから一緒にいてくれた。
優しい女の子。
「美香が話してたチカって、この子か」
「気に入った?」
「俺が、気に入らないって言うと思う?」
「えへへ。本当は、もっとちゃんと紹介しようと思ってたのに……って、あれ?どこ行くの?」
美香ちゃんが、嬉しそうに話していた彼がノゾムさんだったんだ。
……思わず走っていた。
「ちゃんと帰ってきてねぇ」
美香ちゃんの声が追いかけてくる。
「チカってば、本当気まぐれな猫なんだから」
そう、わたしは猫。
人間に恋をした。
美香ちゃんに飼われて、美香ちゃんが大好きで、でもそんな美香ちゃんに彼氏が出来た。
毎日、嬉しそうに話すノゾムのこと。
あの雨の日もそうだった。
「もうすぐ結婚するの」
幸せそうな笑顔。
きっと、わたしは捨てられる。
その先を聞くのが怖くなって、飛び出した。
そして、出会った。
「チカちゃん、みっけ」
「にゃ?」
突然後ろから、抱きあげられて、驚いた。
誰かなんて、聞かなくてもわかる。
「あいかわらずノゾムってば、猫に目がないわね」
「チカちゃんは、すぐにわかるよ」
「わたしの猫だから?」
「もう、僕の猫だから」
くすくすと、笑い合う2人を交互に見つめていると、ノゾムさんの腕の中を覗き込むように美香ちゃんが顔をよせた。
「チカ、この人がノゾムさんよ」
「よろしくね、チカちゃん」
「これからは、ノゾムも一緒に暮らすのよ。チカもきっと、ノゾムが好きになるわ」
温かな腕の中で、温かな笑顔に見つめられる。
けして叶うことのない想い。
わたしが人間だったら、この気持ちを言葉で伝えられるのに……
大好き。
「にゃぁ~」
「チカったら、ノゾムが気に入ったみたい」
「だと、嬉しいけど」
でも猫だから、大好きなふたりとずっと一緒にいられる。
今日も、明日も、明後日も。
あの雨の日に、わたしは恋をした。
相手は人間。
大好きな美香ちゃんの大好きな人。
そして、わたしの大好きな人。
たとえ、結ばれなくてもずっと傍にいられる不思議な関係。
《2011-04-11 完》
2019-05-01現在のサイトへ移行
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あの日は、朝からぐずついた天気で、街ゆく人も空飛ぶ鳥もほとんど見られず、本格的に降りだした時には、周りはすべて灰色につつまれていた。
「はぁ」
いくあてもなく、雨宿りを出来る場所を探す意味もなく、ただただ雨にうたれる。
体は重く、雫が濡れ落ち、視界に雨のカーテンがかかっていた。
「あれ?」
ふと、自分に雨が当たっていないことに気づく。
不思議に思って顔をあげると、見たことのない人がいた。
「?」
首をかしげて見せると、彼はにこりと笑って持っていた傘を差し出した。
「これ使って」
「……っあ……」
ありがとうだとか、代わりにあなたが濡れてしまうんじゃないかとか、何かを口にする前に、彼は走って行ってしまった。
「?」
傘の中にいるはずなのに、雫がほほをぬらす。
嬉しかったのかもしれない。
こんなに灰色の世界で、無条件に差し出された優しさに、恋に落ちた。
「あなたは、誰?」
傘をうつ雨音は、何も答えてくれない。
彼の走り去った方向を見ても、雨が邪魔して何もわからなかった。
きっと、ここにいたら会えるかもしれない。
傘を返す。
その口実が唯一、わたしと彼をつなぎとめるものだった。
次の日も、その次の日も、彼に会えることを願って、同じ時間にあの傘とともに待つ。
あんなに灰色だった世界が、すこし輝いて見えることに驚いた。
彼が通ったことがあるかもしれない公園や路地を歩くだけで、景色が違って見える。
いつもの代り映えのない街が、素敵に思えた。
「あっ!」
「あれ? 君はあのときの……」
ただ、なんとなく歩いていたときに偶然再会した。
こんなことなら傘を持ってくればよかったと、なかば落ち込みかけた心は、ふいに笑いかけられた笑顔で吹き飛んでしまった。
「大丈夫だった?」
「?」
「けっこう濡れてたから、風邪ひいたりしなかったかなって」
自分の耳を疑ったのも無理はない。
おずおずとうなずくと、彼は、
「そっか、よかった」
と、また笑った。
「今日は、どこかにおでかけ?」
ゆるく首を横に振ると、珍しそうに一瞬目を見開いてから彼はほほ笑む。
「変わった子だね。俺はノゾムっていうんだけど…君は?」
「……」
「あっ…ごめん。何言ってんだろ」
照れたように笑うしぐさもかっこよかった。
ずっと知りたかった名前も知った。
彼と近づけるチャンスなのに、金縛りにあったように体が動かない。
「ノゾムぅ~!」
遠くから駆け寄ってくる声に驚いた。
「ごめんね。待った?……って、なにしてんんの?」
「あぁ、ほらこの子だよ、前に話した子」
「えっ? って、あぁ! チカじゃない!」
ノゾムさんに駆け寄るなり、親しそうに腕を組む彼女のことはよく知ってる。
「最近、帰ってこないと思ったら、こんなとこにいたんだ」
もぅと、ふくらませるほほも、長くて細い足も魅力的でかわいい美香ちゃん。
生まれたときから一緒にいてくれた。
優しい女の子。
「美香が話してたチカって、この子か」
「気に入った?」
「俺が、気に入らないって言うと思う?」
「えへへ。本当は、もっとちゃんと紹介しようと思ってたのに……って、あれ?どこ行くの?」
美香ちゃんが、嬉しそうに話していた彼がノゾムさんだったんだ。
……思わず走っていた。
「ちゃんと帰ってきてねぇ」
美香ちゃんの声が追いかけてくる。
「チカってば、本当気まぐれな猫なんだから」
そう、わたしは猫。
人間に恋をした。
美香ちゃんに飼われて、美香ちゃんが大好きで、でもそんな美香ちゃんに彼氏が出来た。
毎日、嬉しそうに話すノゾムのこと。
あの雨の日もそうだった。
「もうすぐ結婚するの」
幸せそうな笑顔。
きっと、わたしは捨てられる。
その先を聞くのが怖くなって、飛び出した。
そして、出会った。
「チカちゃん、みっけ」
「にゃ?」
突然後ろから、抱きあげられて、驚いた。
誰かなんて、聞かなくてもわかる。
「あいかわらずノゾムってば、猫に目がないわね」
「チカちゃんは、すぐにわかるよ」
「わたしの猫だから?」
「もう、僕の猫だから」
くすくすと、笑い合う2人を交互に見つめていると、ノゾムさんの腕の中を覗き込むように美香ちゃんが顔をよせた。
「チカ、この人がノゾムさんよ」
「よろしくね、チカちゃん」
「これからは、ノゾムも一緒に暮らすのよ。チカもきっと、ノゾムが好きになるわ」
温かな腕の中で、温かな笑顔に見つめられる。
けして叶うことのない想い。
わたしが人間だったら、この気持ちを言葉で伝えられるのに……
大好き。
「にゃぁ~」
「チカったら、ノゾムが気に入ったみたい」
「だと、嬉しいけど」
でも猫だから、大好きなふたりとずっと一緒にいられる。
今日も、明日も、明後日も。
あの雨の日に、わたしは恋をした。
相手は人間。
大好きな美香ちゃんの大好きな人。
そして、わたしの大好きな人。
たとえ、結ばれなくてもずっと傍にいられる不思議な関係。
《2011-04-11 完》
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