PROMENADE(短編小説)

夢小説設定

この小説の夢小説設定
欲渦に抱かれて(主人公)
欲渦に抱かれて(相手役)
恋時雨(主人公)


生まれ落ちた場所が
同じだった

ただそれだけのこと

誰よりも傍にいて
誰よりも近いのに

僕と君との距離は

世界で一番
遠い場所


《 欲渦に抱かれて 》



柔らかな日差しと心地よい風にふかれて、奈帆はいつもの場所で眠っていた。
お気に入りのソファー。
つい先日、両親が衝動買いもいいところで購入してきた高めの長椅子。


「ただいまぁ~」


のんきな声とともに、玄関口から帰宅者の足音が聞こえてくるが、開け放たれた窓から流れてくる安眠の風は奈帆を起こさない。
いや。正確には起きているのだが、声で帰宅した人物がわかっているだけに、わざわざ体を起こして相手をする気にはなれない。

つまり、まどろむ意識をそのままにして、奈帆はタヌキ寝入りを決め込むことにした。

そうとは知らず、リビングに入ってきたその人物はソファーの上に見えた足の先に、ピタリとその足音を止める。


「なんだよ、いるんじゃん」


先に帰ってんなら、お帰りの一言でもいえよなと、憎まれ口をたたいてくるのは、奈帆の弟。それも双子の……血のつながった姉弟。


「……聞いてんの?」


ソファーから顔をあげない奈帆を不審に思ったのか、彼はスタスタと近寄ってきて奈帆の顔をのぞきこむ。


奈帆?」


背もたれ側から腰を折って顔をのぞかせた彼……こと、奈都はそのまま一瞬、虚無を見つめるように瞳の色を失った。

無防備な寝顔。

制服を着たままソファーに横たわり、クッションを抱いてかぼそい寝息をたてる少女の姿に、理性が悲鳴をあげかける。


「………ばーか…──」

「……んッ…」

「──…もう少し、緊張感持てよな」


柔らかそうな奈帆の髪に触れそうになった手をなんとか思いとどまって、奈都はスッと視線をそらした。


「こっちは、理性保つのに必死なんだからよ」


ボソッとつぶやかれた言葉は、眠る少女以外を排除したこの空間で聞く者はいない。
穏やかな時間。
だけど奈都にとっては、苦しさと切なさに胸が引き裂かれるような永遠の空間以外の何物でもなかった。

愛してる。

そのたった五文字を伝えるのが、一番簡単で、一番難しい存在。
この感情に気が付いたのはいつだったか……もう、とっくの昔……生まれた瞬間から、奈帆奈都にとって特別な一人だったのかもしれない。


「……好きだよ」


起きているときには、決して面と向かって言えない言葉が、自然と奈都の口を飛び出す。


「世界で一番、奈帆が好き」


もしここに第三者がいたのなら、この少年はなんて幸せそうな顔をするのだろうと見惚れたに違いない。それほどまでに、奈帆を見つめる奈都の顔は幸福で満たされていた。

けれど、その顔はすぐに曇る。


「ほんと……俺だけのものになってよ」


そうならないことは、本人が一番よく知っている。
知っているからこそ、普通の兄弟を演じなくてはならないことも十分理解している。


「………はぁ…」


このままじっとしているわけにもいかず、奈都は思いを振り切るようにしてリビングを出て行った。
そんな苦笑とともに大きく吐き出した息を連れて、肩の垂れ下がった奈都がソファーから遠ざかっていく。

その静かすぎるほど静かになった足音を肌で感じながら、奈帆はじっと眠ったふりを続けていた。


「………はぁ…」


ぱたんと軽い音を出してしまった扉に、ホッと安堵の息が奈帆の口からもれる。


奈都のばぁか」


奈帆の声は、ぎゅっと抱きしめられたクッションに吸収されて聞こえない。


「私だって……奈都だけのものになりたいよ」


無防備なわけじゃない。
奈都に振り向いてもらいたくて、奈都の心を縛り付けておきたくて、わざと……もう、止まることのない深い感情が癒せるのは、他の誰でもないたったひとりだけなのに、奈帆にとっても奈都は世界で一番遠い存在でしかなかった。

誰よりも大切な存在だからこそ…──


「いっそのこと、誰か私をどこかに連れ去ってよ」


──…奪えない。

決して思いが交わらないと知りながら、奈帆も叶わない願いの先に奈都と同じ思いをはせる。
双子だから仲がいいだとか、双子だから息が合っているだとか、周囲は決まってそういうが、当の本人たちは自分たちがそうじゃないことをずっと前から知っていた。

奈都奈帆

奈帆奈都だから

誰よりも特別な存在だから、誰よりもお互いの気持ちが通じ合うようになっただけのこと。
世間ではそれを仲のいい兄弟としてしかみていないが、それが一番奈帆たちの心に苦痛を与えていた。

どうして兄弟なの?

どうして血がつながっているの?

こんなにも近くにいるのに、こんなにも愛しいと思えるのに、誰にも認めてもらえない禁断の恋。


奈都……大好き」


小さくつぶやいた奈帆の思いは、窓から流れる風にさらわれて消えていく。
そうして巡るのだ。
お互いの気持ちに知らないふりを続け、何事もなく、ただ過ぎ去っていく日々が……──


奈都ー。ご飯出来たよ?」


──…じっと耐え続ける毎日の中で、壊れてほしいと望みながら、壊れることへの不安を隠し持つ日々が。


「あぁ、今行く」


いつの間にか、別々になった部屋の扉。
その木の板一枚が、唯一背中合わせにぬくもりを感じられる場所。


「今日は、奈都の好きなからあげだよ」

「ふぅん…やった」

「なにそれ。もうちょっと喜びなよ」

奈帆が作ったの?」

「………うん」

「ふぅん…やった」


同じ家にいるのに、手もつなげない。
触れられない。
瞳を見つめて話さないのは、これ以上気持ちを抑える自信がないから。


「早く…来てね」

「うん。すぐ行くから」


兄弟として接する壁があれば、いくらでも気持ちは誤魔化すことが出来る。
そうしていつも何もなかったかのように、それぞれ思春期の少年少女を演じ、仮面を張り付けた笑顔のまま、親をだまし、友をだまして生きていた。

そう…今日までは───


奈帆!?」


──…てっきり普段通りに消えていくはずの足音が、足を踏み鳴らして部屋に侵入してきたことに奈都は驚きの声をあげる。


奈都…昼間…聞いちゃったの」

「……何が?」


意を決したように唇をかみしめる奈帆の様子に、奈都の目が細く鋭さを増した。
"昼間"と言えば、あの告白以外に奈帆奈都は接触していない。当然、奈帆の次の言葉が奈都には予想できた。


「私も…奈都が好き」


双子としてだとか、家族としてだとか、そんな感情なんて一度も持ったことなんてない。
奈都は男で、奈帆は女。それ以上でもそれ以下でもなく、二人にとってはそれでしかない。


奈都が好きで…苦しいくらい好きで…もう、どうしたらいいのかわかんないよ……」

「本気で言ってんの?」

「……うん」


ギュッと両手を握りしめ、震える足で立ち尽くしたままうつむく奈帆のもとに、奈都がそっと近づいていく。


「バカだな」

「ッ!?…~っ……」


ためらいなく伸ばされた奈都腕の中で、奈帆の震えはピタリと止まった。


「俺たち兄弟なんだよ?」

「……うん」


ふわりと抱きしめられたぬくもりと、耳に聞こえる奈都の声がいとおしい。


「誰にも認めてなんかもらえないし、つらいよ?」

「……うん」


ずっと触れたくて、触れたくて、やっと触れられた温かさが嬉しくて、奈都の背にまわした手に力をこめる奈帆の目からは涙が零れ落ちる。
それに苦笑しながらも、なだめるように奈帆をからかう奈都もまた、二度と離さないとでもいうように奈帆をきつく抱きしめていた。


「俺と一緒に堕ちてくれんの?」

奈都と一緒だったら怖くない」

「うん。俺も奈帆と一緒だったら、どこにだって行くよ」


誰よりも近い存在で、誰よりも深い関係。
決して切れることのない運命の糸は、その壊れた歯車に絡みつくようにして固く結ばれていく。


奈帆、愛してる」

「私も奈都を愛してる」


二人ならきっと、どんな困難だって乗り越えていけるはずだから。

本能が求めるまま、心が愛し合うままに…──


「ずっと、こうしたかった」


──…世界を裏切ろう。

不幸の上に幸福を築き、他人の涙を吸い上げるかわりに罪の意識を洗い流そう。

ふたりでずっと。

欲望の渦に抱かれながら。

《2011-04-11 完》
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