PROMENADE(短編小説)

夢小説設定

この小説の夢小説設定
欲渦に抱かれて(主人公)
欲渦に抱かれて(相手役)
恋時雨(主人公)


なぜ こんなにも

他の世界は キラキラと
輝いて 見えるのでしょうか

ないものを追い求め

本来の自分を見失いながら

探し続けるのでしょうか


夜 蝶
~yacyo~


* * * * *

夜も更け、満足に月の光も届かない暗い暗い闇の中。
聞こえるのは幾千もの花の声だけで、その上を無数の蝶たちが舞っていました。
誰もが本性を偽りながら、それでも群れる居場所を追い求めています。

顔に笑顔を貼り付け、弱味を握られないように虚勢をまとい、偽りの世界と知りながら言葉を交わしていました。

そんな花園の中を一羽の蝶がヒラヒラと舞っていきます。

ぶつからないように

捕まらないように

目にうつる全てがヒドク非現実で、ここに確かに存在しているのに、その誰もが作り物のような……蝶は、そんな複雑な思いを抱いておりました。

ひとりぼっち

感じるのは心の孤独?

自分が探しているのは何なのか、それさえもわからずに、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしています。


「俺たちの蜜をすいにおいで」

「いいえ。私たちのところへいらっしゃい」


赤や青など、思い思いの衣装に着飾り、不安定な蝶を手招く花の群れ。
そこは惹(ヒ)かれるほどにとても幻想的で、この世のものとは思えないほど綺麗な場所でした。


「もしかしたら……」


蝶は、思います。

あそこに行けば、何かが見つかるかもしれない。
あそこに行けば、何かが得られるかもしれない。

ずっと飛び続けていたので、お腹もすいていました。


「ほんの少しだけなら……」


誘われるままに、蝶は花園に近づいていきます。

そこは、本当にとても美しく、束の間でも癒される気がしました。

しかし、おかしなことに……いくら食べても、空腹は満たされません。
それどころか、疲れも増すばかりで、蝶は確実に弱ってしまいました。


「このままでは、私は死んでしまう」


それでも目的地がない限り、蝶は飛び立てません。

長くいすぎたのです。

もう、自分だけで立ち上がるには限界がありました。
弱った蝶がホトホト困り果てていると、そこに別の蝶が飛んできて言います。


「まぁ、なんてみすぼらしい蝶でしょう」


その蝶は、他のどの蝶よりも……いえ、この世界に存在するすべての中でも鮮やかで美しく、自信に満ちているように見えました。


「ここは、私の花園なの。あなたみたいな汚い蝶は、いらないわ」


さっさと、どこかへ行ってちょうだい。と、その蝶は続けます。
気がつけば、あんなに自分の居場所かもしれないと思っていた花園の花たちでさえ、蝶を冷たい瞳で眺めています。

ヒソヒソと囁きながら

まるで、そこに蝶などいないかのように、花たちは嘲笑(チョウショウ)の声をもらしておりました。


「…ッ……」


いてもたってもいられずに、蝶は逃げ出します。


「逃げるのね。なんて弱虫なのかしら」


後ろの方で、あの蝶を筆頭に笑い合う声が聞こえてきましたが、蝶は振り返ることなく羽ばたいていきます。

悲しくて

寂しくて

死んでしまいそうでした。
それなのに、悔しいのです。

たまらなく自分がイヤで、イヤで仕方ありませんでした。


「~ッ~」


真っ暗な闇の中を泣き虫の蝶だけが進んでいきます。

どうしたらいいのか

何をしたらいいのか

もう、すべてが信じられなくて、どこに行けばいいのか見当もつきません。

それでも飛び続けなくてはいけないのです。

止まることは出来ないのです。

そうして、ただひたすらに飛び続けていた蝶は、やがて一輪の花を見つけました。


「なぜ、あなたはここで咲いているのですか?」


蝶は、尋ねました。

こんな暗闇の中で、たったひとりきり。

他にも花園はたくさんあるのに、なぜ一輪で寂しく咲いているのかと、蝶には不思議でたまりません。


「わからない」


花は、そう答えました。


「わたしはただ、ここなら綺麗に花を咲かせられるんじゃないかと思っただけ」

「ひとりきりなのに?」

「そうよ」

「なぜ?」

「なぜ?」


蝶は、今まで見てきた中でも、とりわけ凛としていて、甘い匂いをはなつこの花ならば、どこにいっても持て囃(ハヤ)されるだろうと思いました。

だからこそ、余計に、誰にも負けない力強さがありながら、こんな寂(サビ)れた場所で一人ぼっちの理由が知りたかったのです。

不思議そうに首をかしげた蝶と同じように、花もまた、不思議そうに首をかしげてみせました。


「なぜ、誰かがいなければならないの?」

「えっ?」

「他の誰にも、わたしの花は咲かせられない。わたしは、わたしの咲きたいように咲いているだけ。だから、どこだろうと関係ないの」


蝶は驚いて、思わずその場に羽をおろします。
そして尋ねていました。


「あなたはそんなに美しいのに、誰にも見られたいと思わないのですか?」

「なぜ?」

「なぜ?」


心底不思議そうな花の問いに、蝶は答えることができません。


「なぜ?」


もう一度、花は聞いてきます。


「なぜ、自分の生き方を他の人に評価されなくてはならないの?」


今度こそ、蝶は言葉を失いました。
考えたこともありません。

蝶はいつだって、花に誘われ、仲間で群れるままに生きてきました。
追われて、逃げ出し、たどり着き、偽る。

誰が一番で

誰が美しいか

そんな世界しか、知りませんでした。


「強く咲き誇れるあなたがうらやましい」


蝶は、涙ながらに訴えます。

そんなに強い心があったなら、短い命ももっと華やかに散らせることが出来たかもしれない。

後悔が溢れだして止まりませんでした。


「私も地面に強く根をはれる、あなたみたいな花だったらよかったのに……」


しくしくと、悲しそうに蝶は泣きます。
すると、花は優しくほほえみかけました。


「わたしは、あなたが羨ましい」

「えっ?」


思いもよらない花の言葉に、蝶は涙をピタリと止め、そのまま花を見上げました。

なんて綺麗なんでしょう。

きっと誰もがため息を吐くに違いない花の言葉が、蝶には信じられません。

だって、そうでしょう?

空腹で弱りきり、飛び続けた羽はすりきれ、お世辞にも綺麗とはほど遠い蝶のことを"うらやましい"と言ったのですから。


「なぜ?」


蝶は、その答えが知りたいと思いました。


「なぜ、私がうらやましいのですか?」

「だって……」


花は、笑います。


「あなたには、世界を自由に飛び回れる羽があるじゃない」

「は……ね?」

「そうよ。わたしは、ここしか知らないけれど、あなたは沢山の世界をみてまわることができる。ああ、なんて素敵なのかしら。
一度しかない人生だもの、出来ることならわたしも空を飛んでみたい」


空をとぶ。

蝶には当たり前のこと。


「ないものねだりだとはわかっていても、他人は素敵に見えるもの」

「………」

「わたしは、わたしにしかなれないのに、誰かの真似をしたくなる時があるわ」


苦笑した花に、蝶はパチパチと目をまたたかせていました。


「ねぇ、世界をみてきたあなたから見て、わたしは綺麗かしら?」


蝶にとって、その優しい花の問いかけには、自信にあふれた声で答えることが出来ます。


「はい。世界で一番きれいです」


そう言いきれる蝶は、笑っていました。


「ありがとう。可愛い蝶さん」


花も身体を揺らせて笑いかけてくれます。


「あなたがここまで飛んできてくれて、とても幸せだわ。わたしを見つけてくれてありがとう」

「私こそ──」


初めて居場所を感じた蝶も言いました。


「──あなたに出会えてとても幸せです」


飛んできてよかった。

咲いていてよかった。

蝶と花は、どちらともなく寄り添うと、そっと瞳を閉じました。

しばらくして、闇が白く染まっていきます。

そうして世界が明るく希望に満たされた場所では、地面に眠る蝶の回りを無数の花の種が飛んでいました。

《2011-04-16 完》
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