Story-01
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コホン、司祭がラゼットの意識を引き寄せる。
「世界は祈りで支えられている」
司祭による婚礼の宣誓文が始まると、それまで騒がしかった人々の雑音がぴたりとやんだ。静寂に包まれる広間。誰もが城と街の間に設けられた特設広間に集まり、目を向け、耳を傾け、司祭と向かい合わせになるように背を向けた二人の人物に目を奪われていた。
「大地の裂け目が誕生する前より。幻獣魔族と我々人間は幾度となく争ってきた。数千年にも及ぶ悲願を成すため、ここに最強の矛と盾の婚儀を行うものとする」
宣誓の始まりにワーッとあがった歓声を司祭が片手で制していく。
「どうかドキドキと高鳴る心臓の音が隣の男に聞こえませんように」と祈っていたラゼットは、ギュッと目を閉じてその時間を過ごしていた。そのとき「はぁ」とどこか呆れたように、リゲイドのため息がラゼットの耳に流れ込んでくる。
「だるい」
聞き間違いじゃないかと耳を疑ったのも無理はない。ラゼットは、驚いたような顔でリゲイドを盗み見た。
気のせいじゃなければ、確かに「だるい」と、そう聞こえてきたような気がした。
「ッ!?」
ちらっと横目で見ただけなのに、目が合ったことに驚いてラゼットは慌てて視線を司祭へ戻す。
背後の民衆は、誰もが口を閉ざして司祭の次の言葉を待っていた。
コホン、司祭がまたラゼットの意識を引き寄せる。
「人々が平和で過ごせるように、愛する者たちが笑顔で明日を過ごせるように、祈り続けることが世界を守り、願うことが絶望から救い、未来へ希望を届けていく」
穏やかな司祭の表情に、ラゼットはホッと少しだけ息を吐くことができた。
今のはそう。気のせいだったと思うことにしよう。
「ギルフレア帝国より最強の矛、リゲイド」
少なくとも今、真横で誓いの儀式を滞りなく行う男の仕草に疑問に感じる部分はない。
「オルギス王国より最強の盾、ラゼット」
「あっ、は、はい」
相変わらず、油断すると吐き気がこみあげてきそうになるが、ラゼットは乾いていく口の中を潤すようにつばを飲み込んで必死に意識を司祭へ向ける。
「ここに最強の矛と盾が出会うとき、ギルフレア帝国とオルギス王国の友情は復活し、我々の心に永遠なる安寧と平穏を与えるだろう」
ワーッと今度こそ背後の民衆たちの大声援が聞こえてきた。
リゲイドとラゼットはお互いに向かい合うように体を動かす。そして、少し頭を下げたラゼットのヴェールをリゲイドの手が優しく折りたたみ、民衆の眼前で見つめ合った二人は、そのまま神に誓いあうようにそっと唇を重ね合わせた。
「~~~~~~っ」
初めて触れるその感触に、緊張が伝線して唇がカタカタと震えていく。
時間にしてほんの数秒間の重なりだったかもしれないが、ラゼットにとっては何時間も続いていたと感じるほど、その口づけは長いものだった。
「っ…ん…はぁ」
強く目を閉じていたせいで、リゲイドがその時どんな顔をしていたのかはわからない。というよりも、ラゼットはそのあとの記憶が定かではない。
意識がクラクラとして、地面が割れんばかりの歓声で目の前が朦朧と歪んでいく。
覚えているのは、また城へ戻るために馬車に乗ったところまで。
次に目が覚めたその時には、見慣れない天井をしたベッドの上だった。
「こ、こは?」
ドレスではない薄い寝巻に身を包み、シーツがかけられた姿に覚えがない。
「よぉ」
「ッ!?」
また気絶しそうになったのは言うまでもない。
「なっ、ななな」
言葉にできないほど混乱したラゼットの声が、ベッドで横たわるもう一人の人物に向かって発せられていた。
「いい加減にしろよな、お前」
「え?」
結婚式のときに民衆に向かって見せていた笑顔とは違うリゲイドの表情に、ラゼットの顔がピクリと引きつる。
吸い込まれそうなほど深い紺碧の瞳。
熱の通わないその冷たさに、ぞくりと悪寒がラゼットの体を駆け抜けた。
「ったく、婿にきた俺が倒れるならまだしも、自国の王位継承者が緊張でぶっ倒れるとかってありえねぇだろ」
亜麻色の柔らかな髪をかき上げながら、どこか気怠(ケダル)そうな仕草でリゲイドはラゼットをにらむ。
「あ」
そこでようやく思い出したと言わんばかりに、ラゼットは息をのんで固まった。
「ごっごめんなさい」
慌ててぺこりと頭を下げて見るが、式が終わった途端に気絶した身としてはその先に続ける言葉が見つからない。
「ま、いいけどよ」
「え?」
「おかげで、面倒な式は早く済んだからな」
ズキリと心が痛んだ気がする。どうして痛むような感情が心にとげを刺したのかはわからないが、ラゼットはだるそうに寝返りをうったリゲイドの背中に手を伸ばそうとしてやめた。
「てかさ───」
振り返ったと同時に、中途半端な姿勢で固まったラゼットに気づいたリゲイドの口角がニヤリとあがる。
「キャッッ!?」
ラゼットは上から覆いかぶさるように重なってきたリゲイドに小さな悲鳴を上げた。
「───へぇ。箱入り娘だと思っていたのに、なんか意外だな」
覗き込まれる顔が近い。息を止めていないと意識が保てないほど、その端正な顔が近すぎて気を失いそうになる。城のみならず、街の娘たちがキャーキャー騒いでいたのも納得できると、ラゼットは一人でごくりとのどを鳴らした。