Story-08
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彼はワニのような顔と皮膚を持ち、古代に世界を支配したといわれる竜人の名残りを感じさせるほどの巨体と雰囲気を携えていた。一言で恐ろしいと表現できるほどの魔物。
「ダヴィド将軍がそうおっしゃるのであれば」
「ひッ!?」
ぐしゃっと、首が解放されたラゼットの体が床におちる。
「ごほっ…ゴホッ…っ」
まだぬめぬめと気持ち悪い液体がノドを中心にまとわりついていたが、ラゼットはひとまず助かった命に安堵して呼吸を確かめていた。
はぁ、はぁと荒く震える肺の動きに、湿度の高いこの場所の空気は重過ぎる。
「目が覚めたか、小娘」
空気がビリビリと微弱な振動を伝えてくるのは、ダヴィド将軍と名乗るワニの魔物が一定の声で話すせいだろう。
抑揚の少ない低い音。どうやら何かの建物の中らしいこの場所で、ラゼットは相対するようにダヴィド将軍の目の前にいた。
「こ、こは?」
「ほぉ。覚えておらんか」
面白そうに天井を仰ぎ見るような仕草を見せたダヴィド将軍につられてラゼットも視線を上へと走らせる。
そして気づいた。
「ま、さか、ここは」
「ケケケケケケ。そうだ、ここは十五年前の決戦の地、祈りの塔。お前たち盾が数千年間守ってきた神殿だ」
甲高い声をあげながら竜巻のように風が天へと巻き上がる。
「ここが、あの」
ラゼットは言葉を失うしかなかった。
かつて祖母と訪れたことのある祈りの塔は、神秘的な空気にあふれ、キラキラとした輝きに満ちていた。空から降り注ぐ太陽の光に塔内は照らされ、そこで祈りを捧げるのが姫としての誇り。
今ではもう、見るも無残な廃墟でしかない。
「見覚えがあるだろう?」
天井を飛ぶ甲高い声の鳥の代わりに、ダヴィド将軍が話しかけてくる。
ラゼットはその声に反応して、ダヴィド将軍が指さす方角へと顔を向けた。
「ッ!?」
魑魅魍魎のようにうごめく魔物の中。
たしかに記憶の中の情景と一致する祈りの間が目に映る。
「い、や」
ラゼットは走馬燈のようによみがえってくる光景に驚いて思わず息をのんだ。
それは十五年前。
あの石をもらったあの日のこと。
「希叶石を渡せ、盾の娘よ」
「どうッ…し、て」
「数千年前、わしら魔族の民を光の届かない地に追いやり、希望を奪った人間をわしらは決して許さない。希叶石は元はわしらのものだ。返せ、盾の娘よ」
ギロリと見下ろされた視線に思わず背筋が凍りつく。
それでも、ラゼットは事実を隠さずにダヴィドの要求にこたえることにした。
「希叶石は、私の手元にはありません」
「嘘をつくな。フィオラが貴様に授けたところをジュニアロスが見ていたのだ」
「ケケケケケケ。そうですとも、たしかに先々代の盾から希叶石をお前は受け取っていた」
突風に吹き飛ばされそうになりながらも、ラゼットは意気としてダヴィドの要請に立ち向かう。
「あの石は、私が守りたいと思った人に授けました」
まるで固まったように動かないラゼットを見つめて、ダヴィド将軍は怒りに顔を歪めていたが、やがてニヤリと意地の悪い笑顔を見せた。
「なぜ、盾である貴様だけが魔力を使えるのかと疑問に思ったことはないか?」
「え?」
「なぜ、力を発揮したことのない異国の民が最強の矛とうたっているのかと疑問に思ったことはないか?」
その質問に、ラゼットは答えることが出来なかった。
ギルフレア帝国では、確かに代々、最強の戦士となるものが「最強の矛」という称号を与えられることとなっている。その多くはリゲイドも例外ではないように王の家系に受け継がれると聞く。しかしながらダヴィド将軍のいうように、史実に「最強の矛」がその聖なる力で勇姿をふるった事実はない。
「な、ぜ?」
思ったことがないと答えれば嘘になる。
盾である自分だけがなぜ、不可思議な力を持ち、それを発揮することができるのかと考えたことがないわけではない。
「盾と崇められている貴様ら祈りの姫は、元はわしらの同士。わしらの女神として世界を治めていた者よ」
「なっ!?」
「貴様ら盾の血には、わしら幻獣魔族の血がながれている」
それはあまりにも唐突で、あまりにも衝撃の事実だった。
見た目は人間のようでいて、中身は幻獣魔族と同じもので作られている。ダヴィド将軍が告げる事柄が真実なのだとすれば、それはあまりにも受け入れがたい現実だった。
「女神は愚かな人間に心奪われ、力を授けたが、人間はその力でわしらを破滅しようとたくらんだ。悲しみに心を閉ざした女神は自ら希叶石となり、両方の地を守るように自らの子にこの塔をたくしたのだ」
数千年前。最強の矛と盾は世界を二つに分けたと言われている。
幻獣魔族と人間の世界は、この祈りの塔以外で結ばれる場所はなく、祈りによって世界は平和に保たれていると伝えられてきた。盾は種族の混雑を守り、矛は人間の世界を統一するために力を使い、今の世界が作られたのだと。
人間の作り出した創世記は、残酷な部分を隠し、綺麗な部分だけを抜き取って象(カタド)られている。
「人間はわしら幻獣魔族が無意味に砲撃を続けていると思っている。取り返そうとして何が悪い。女神は、わしらの希望は、人間に奪われたのだ」
幻獣魔族の怒りは、ラゼット一人でどうにかできるほどの歴史の重みではない。
恨みと憎しみを募らせた魔族の末裔たちは、闇に支配される獣の群れのように咆哮をあげ、大地をならし、戦闘への意気込みに世界を揺り動かしていた。