Story-07
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盾はその境界線を守るためにオルギスの地に残り、矛は新たな世界を創造するためギルフレア帝国を建国したらしいが、何百年、いや、何千年と続く種族間の争いは、一体いつになれば終焉とみなされるのだろうか。
「私は、リゲイド様とそうなれる自信がありません」
応えてくれる人はどこにもいない。
記憶の中の祖母でさえ、ラゼットの悩みに答えることはできないだろう。
「フィオラおばあさま。私もおばあさまのように最強の盾となれるのでしょうか?」
人間と幻獣魔人族の住む世界の文化や環境はかなり違っていると聞いている。唯一、お互いの世界を行き来できるのが大地の裂け目に存在する謎の塔。
十五年前まではオルギスの領地だったが、今はテゲルホルム連邦の領地となっている。
「おばあさま」
ラゼットは谷の裂け目の中央でポツンと存在する小さな塔を見つめて口を閉ざす。
胸が張り裂けそうなほど苦しかった。
今では、その場所に足を踏み入れることができない。十五年前にテゲルホルムの軍勢に奪われた祈りの塔は、当時の最強の盾と共にオルギスの歴史から葬り去れてしまった。
「どうすれば、リゲイド様に愛されるようになるのかわからない」
ラゼットの声が悲しい風に流れていく。
「どうすれば、フランやアキームと仲良くいられるのかもわからない」
瞳を伏せたラゼットのほほに、小さな雨があたる。
「おばあさま、愛って何ですか?」
突然、降り始めた雨に、吹きさらしの塔の頂上は嵐のように風が舞い踊っていた。
目の前が雨のしずくで遮られていく。
どんよりと曇る灰色のベールは、いつしか祈りの塔へと続く眼下の風景をかき消していた。
「私は何のために祈りを捧げ続けているのですか?」
祈りを捧げてわずか七年。自分でも壮大な祖母の偉功の足元にも及ばないとわかっている。
わかっていて、ラゼットはその問いの意味にとらわれていた。
「私一人の命を犠牲にして生きながらえることに、世界は何を望んでいるのでしょうか」
雨に打たれたホホには、もう涙なのか雨くずなのかわからない雫が伝っていく。
答えは、たぶん見つかりそうにない。
ドーン、ドーンと聞きなれた砲撃音が雨に混ざって上空から聞こえてくるが、ラゼットはそれに歯向かう気持ちが薄れていくのを感じていた。
「祈りなど、ただのまやかしよ」
祈ることで何が救われるというのだろう。
祈ることしかできない自分は無力でしかない。
「私は祈りの力などもう信じられない」
そうしてしばらくじっと佇んだ後で、ラゼットはドンドンと大きくなる砲撃音に急かされるように顔を上げる。
そして、それは唐突に訪れた。
「キャァアアアッ!?」
サーと軽やかな雨の音ではない。突然、雷に打たれたような衝撃が、ラゼットの立つ塔めがけて降り注いできた。
ガラガラと崩れていく石の散弾から身を守るように小さくなったラゼットの体は、ふいに頭に受けた衝撃に記憶が途切れて消えていく。
「ケケケケケケ」
甲高い声が呪詛のように笑っている。
「ついにやりやしたぜ、ダヴィド将軍。女神を手に入れる日が来ましたぜ。ダヴィド将軍、万歳!」
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小さい頃の記憶など、ほぼ鮮明に思い出すことはない。
記憶はところどころ断片的で、より強く刻まれた思い出だけがその記憶を形成していると言っても過言ではない。
『どうして悲しそうな顔をしているの?』
小さな女の子が当時、まだ十歳になったばかりのリゲイドに声をかけてきた。
『目が見えないから悲しいの?』
両目を遮るように包帯を巻いた少年を見つけた女の子は、それをリゲイドだとは知らずに声をかけてきたに違いない。
『俺は悲しくなんてない。』
当時、強がることでしか自分を表現する術を知らなかったリゲイドは、その少女が声をかけてきたことですらわずらわしかった。目が見えないのは自分のせい。
自業自得だということはわかっているのに、与えられた力の大きさを呪い、世界を呪うことでか自分を保つこと出来なかった。
『自分に嘘なんかつかなくていいんだよ。心が泣いてるときは、泣いたっていいんだよ。』
「ッ?!」
そのとき、心の中で何かがはじけた音を聞いた気がした。
目の見えないリゲイドには、その少女がどういう表情でその言葉を口にしたのかはわからない。それでも救われた。
勝手にあふれてくる涙が包帯を濡らし、まだ完治していない両目に光を与えてくれたようだった。
『私が祈っていてあげる。あなたが幸せになるように。』
少女は包帯を濡らすリゲイドの手のひらに、そっと小さな石を握らせてくれる。
それは手のひらに治めるには少し大きく滑らかな触感。
「こ、れは?」
心の中で声にならない質問をしたことが懐かしい。
『これは私の大事なお守りなの。今はあなたに貸してあげる。だから、もしね。』
少女の声は、優しく温かくリゲイドの暗く荒んだ心の棘を溶かしてくれるようだった。
『私が泣きそうになった時、今度はあなたがそれを返しに来て。』
「ああ。約束するよ」
今ではもう手のひらにすっぽりとおさまるようになった小さな石に、リゲイドは強い意志の言葉を吹き込める。
「必ず見つけて、今度は俺がお前を守ってやる」