Story-06
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次に目を開けた時、リゲイドは自分の感覚が不思議と軽いことに気が付いた。口ではうまく説明ができないが、感覚がさえわたり、妙にすっきりしてるといってもいい気がする。
一瞬、ついに死んでしまったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「母様?」
リゲイドは室内を見渡して見えない母の姿を呼ぶ。
答えはないが、小さな家の中。床に転がったたくさんの酒瓶と机の上で突っ伏して眠るその姿に、リゲイドはまだ生きていることを実感した。
「リゲイド…っ…りげい、ど」
夢の中でも自分をいじめているのかと、リゲイドは寝言にうなされる母の元へと体を動かす。
その顔が泣いてはれ上がっているのをみると少し胸が苦しくなったが、もうすぐ痛みや恐怖に怯える毎日から解放されるのかと思うと、新鮮な気持ちでそれを受け止めることができた。
「このうちか?」
「はい、間違いございません」
母の涙に触れようとしていたリゲイドの手が、玄関を押し入ってきた数人の兵の姿にぴたりと止まる。
そして唐突に理解した───
「罪状。王をたぶらかし、ギルフレア帝国の血をけがした者。最強の矛を偽るものとして民を操り、混乱に招き入れた罪として、ここに処刑を執り行うものとする」
───十年間、生きてきた命が今日終わるのだということを。
酒に酔いつぶれてうまく身体を動かせないエレーナと共に、縛り上げられたリゲイドは、村の広場に臨時で設けられた処刑場にむかっていたはずだった。その時はまだリゲイドの目は、絶望に支配された灰色の村の風景をうつしていた。
「ああ、鳥だ」
頭上を一羽の鳥が飛んでいく。
叶うことなら、ただ一度だけ。ここではないどこかの国へ行ってみたい。
それを見たのを最後に、リゲイドは母親と共に地面の上に膝をつき、頭の上から袋をかぶせられ、そして八年の生涯に幕をとじることを義務付けられる。
そしてその瞬間は訪れた。だが、リゲイドは生きていた。
「嘘だ、ウソだ、うそだうそだうそだうそだ」
終わると思っていた人生が続いていた。
切り刻まれたのは母親だけではない。自分以外のすべてがバラバラに崩れている。他のすべてが血に染まった世界の中で、一人だけが生きている。
一体何が起こったのか。説明してくれる人は、誰一人としてそこに存在していなかった。
「嘘だぁぁぁアアァ」
この日、ギルフレア帝国辺境の村。ニルティギスでおきた惨劇は、後に歴史に刻まれる事件となる。
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「だから、ラゼット様。あまり一人で進まないでください」
「フランが遅いのよ。ね、アキーム」
祖母の死から五年。レルムメモリアの悲劇をオルギス王国の民は忘れていなかったが、いくらギルフレア帝国の領地と言えど、世界最大とも噂される惨劇の現場に、隣国として慰安視察に訪れないわけにはいかなかった。
要請があったのは朝の祈りが終わるころ。
昨日までは何事もなかった村が今朝になって、突然消滅したという。
「きゃっ」
舗装されていないデコボコの田舎道を歩いていたラゼットは小さな石につまずいたが、その瞬間、両脇から支えられた衝撃に、三人はホッと胸を撫でおろした。
「気をつけてください」
「ごめんなさい、アキーム」
「ですから、あれほど申し上げたでしょう」
「ありがとう、フラン」
肩ほどまで伸びた白雪の髪を揺らしながら、ラゼットはフランとアキームから身体を離す。
久しぶりの郊外。昨年母が亡くなり、オルギスの新しい盾として任務に就いて以来初めての外だった。だからはしゃぐのは大目に見てほしいとラゼットは照れたようにフランとアキームに笑顔でごまかす。
「ねっ、ニルティギスってもうすぐ?」
自然豊かな世界をその紫色の瞳にうつしながらラゼットは周囲を見渡していた。そして、「もうすぐ、到着しますよ」というフランの声とアキームが指さす方角に顔を向ける前に、ラゼットの視界は温かな暗闇に覆われる。
「え?」
まだ八歳の少女に、その世界は酷だと判断したのか、フランとアキームの咄嗟の対応にラゼットの両目はふさがれていた。
「これは、ひどいですね」
何がどう酷いのか、視界を奪われたラゼットにはわからない。
しかし、人間の仕業ではないその惨劇を映したフランとアキームの顔は驚愕に見開かれ、次いで互いに顔を合わせると深くうなずき合う。
「ああ。なぜ、ラゼット様をと思ったが」
「ええ。祈りの力で浄化しなければならないでしょう」
大地がかつては生き物だった血で真っ赤に染まり、建物は大きな鎌に切り刻まれたような瓦礫と化し、村として存在していたその場所は闇に染まった世界のように暗い空気で満たされている。
当時十五歳のフランと十三歳のアキームの言葉を借りるのであれば「見せられたものじゃない」状態だったらしく、ラゼットは「見せられる状態になるまで、ここで待っていてください」と、近くに設けられていた兵の駐屯所へ預けられた。
「すぐに迎えに来ますから」
フランになだめられ、ラゼットはふてくされながらも小さくうなずく。せっかく外に出られたのだ。
わがままを言って国に一人送り返されるわけにはいかないのだから、大人しく待つことにした。とはいっても、さすがに五分もすれば飽きてくる。