Story-04
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ドキドキとなる心音を落ち着かせるように、胸に手を当てて小さく息をはいたラゼットだったが、直後ドンドンと激しく扉が叩かれたことに、その体が硬直する。
「くそっ」
「キャッ!?」
ボスッという柔らかな布の上に押し倒されるのと、バンッと勢いよく扉がけ破られるのはほぼ同時だったに違いない。
「リゲイド、きさまっ!」
「ラゼット様!」
怒りにかられたアキームの声とフランの声が部屋の入口の方から聞こえてくるが、ラゼットにとっては二人の怒りよりも自分の鼓動を落ち着かせる方が優先事項のように思えた。
至近距離で見下ろしてくるリゲイドの瞳に吸い込まれそうになる。
他の何もうつさないその深い色合いに飲み込まれそうになる。
「…っ…」
ごくりとラゼットは、唇の重なりを覚悟して息をひそめた。
「え?」
ふっと少しだけ笑って、リゲイドが体を起こす。一人分の重力から解き放たれるように身軽になったラゼットの体は、揺れるベッドの上で数回上下に天井を見つめていた。
「夫婦の寝室に立ち入る許可は与えられてねぇはずだぜ?」
外から返ってきたことが明白ないでたちのまま、リゲイドは飛び込んできたフランとアキームに勝ち誇った笑みを浮かべる。
「邪魔だ、出ていけ」
「ッ」
あくまで従者として使える立場のフランとアキームは、それ以上言葉を発することができないのか、悔しそうにリゲイドを睨みつけたままその場を動こうとしなかった。ベッドから体を起こしたラゼットは、二人の拳が強く握られていることに気づいて、慌ててその場をなだめようと二人に駆け寄っていく。
「ダメよ。二人とも」
アキームはリゲイドを見据えたまま、フランだけが視線をラゼットへと動かした。
「アキームもお願い。出て行って」
「ラゼット様!?」
「私のことなら大丈夫だから、お願い。ね?」
ねだるように下から見上げられ、うるうると子犬のように見つめられると何も言えなくなる。
アキームとフランはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、それでも有無を言わせないラゼットの懇願に打ち負けたのか、そろって部屋を出て行ってくれた。
「はぁ」
ラゼットは二人を見送ったままパタンとしめた扉に向かって深い息を吐き出す。
そのとき、くすくすと背後で声を押し殺したように笑うリゲイドの息が聞こえてきた。
「リゲイド様、誰のせいだと思ってるんですか?」
「悪い悪い、いや、あいつらにも勝てないものがあるんだと思ってな」
「え?」
「いい弱点を教えてもらったぜ」
そう言ってリゲイドは服を脱ぎ捨てていく。ラゼットは初夜の出来事を思い起こして、パット顔を赤らめた。
「あっ、り、リゲイド様には弱点はないのですか?」
ドキドキと鼓動が焦りすぎて、どうでもいい質問をぶつけてしまったとラゼットはますます頭を混乱させていく。するすると脱ぎ捨てられていくリゲイドの衣擦れが耳につくたび、跳ね上がっていく心拍に胸が苦しくなっていく。
「あー、弱点があったらどうしてくれるわけ?」
赤くなった顔を隠すように視線をそらしてうつむくラゼットをどう思ったのか、リゲイドは体を投げ出すようにベッドの上へ飛び乗った。
「いっ祈りますよ」
「は?」
薄い服に包まれたリゲイドの体がベッドに横たわりながら、怪訝な顔でラゼットを見つめる。その仕草に、ラゼットは混乱した頭のまま自分は一体何を口走っているのだろうかと、恥ずかしそうに咳ばらいをした。
だけど、これだけは言える気がする。
盾と矛は二人で一つ。お互いがお互いを補い合い、支え合い、慈しみ合い、すべて分かちあえる世界で無二の存在だということ。盾には盾の、矛には矛としての重荷と苦しみがあることだろう。それは伝承という名の見えない業を背負わされた自分たちだからこそ、ラゼットはリゲイドの弱さも受け入れられるような気がした。
「私は盾です。矛と共に世界を守るのは当然のことです」
その言葉にリゲイドの顔が、どこか不愉快そうに歪んだのは気のせいではないだろう。
「最強の矛だから俺を助けたのか?」
「え?」
「矛に弱点があっては困るんだろ」
そういう意味ではないとラゼットが気づくより前にリゲイドの言葉が、ラゼットの言葉を奪う。
「安心しろ。あいつらと違って、俺に弱点はない」
まるで冷たく突き放されたように聞こえるリゲイドの声は、ラゼットの顔を青ざめさせるには十分だった。
「ごっごめんなさい」
ラゼットは不機嫌に顔をしかめて視線をそらしたリゲイドに小さく謝る。明かりを消し、静かにリゲイドの横に忍び込んでみたが、リゲイドが顔を合わせてくれることはなかった。
数秒の沈黙が痛い。
「あっあの」
ラゼットは暗くなった室内で、時折紫色に歪む空の明かりに照らされた天井を見つめたままリゲイドに声をかける。
「お前はもう寝ろ。国に道具にされた仮初の夫婦だが、今夜は助かった」
「え?」
どういう意味だろうかと尋ねようとしても、すでに寝息を立て始めたリゲイドの背中に、ラゼットはそれ以上何も言えなかった。