悪役令嬢には、まだ早い!!
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自然と頬を染めてしまうような眉目秀麗なご尊顔で何を告げるかと思いきや。アーノルド王子は、エリーに『自分以外の人間と仲良くするな』と釘を刺した。
わかりやすくエリーに好意を寄せる面々は、王子の独占欲の強さに顔をひきつらせ、そこまでエリーを欲する原因は何かと思案する。
エリーは、たしかに見目麗しく、家柄も申し分ない。しかし、王子ほどではない。アーノルド王子であれば、選り取り見取りのはずで、なにもこんなワガママ三昧の性悪女を選ぶことはない。それに、今までの認識が間違っていなければ、アーノルド王子は「苦手」かつ「あえて避けていた」令嬢の一人にエリーを挙げていたはず。
それを嫉妬混じりの牽制を込めて乗り込んでくるだけでなく、周囲を無視して、エリー本人を言いくるめる手段に転じている。これはいったい何事か。
もちろん、そこまで相手の心情を察することが出来ないエリーは、素直に王子の言葉を受け取った。
「イヤですわ」
震える声で小さな手を握りしめ、愛らしい唇を頑張って動かす姿に、王子のなかの何かがくすぐられたに違いない。
「エリーたん、そこで泣いたら王子が喜ぶだけだよ」
そう囁くヒューゴの言葉の意味を理解したのかは定かではないが、エリーは瞳にたまった涙をぎゅっと引っ込めた。
「いいですね」
「何がだよ」
アーノルド王子の愉悦な笑みをロタリオがぶったぎる。
「エリーといると、胸がこう高鳴ります。以前は気位が高く、柔軟性に欠けると思っていましたが、月夜会で話したエリーは魅力的でした。次はどんな表情を見せてくれるのか、色々試したくなります」
「本当、お前が綺麗なのはその面だけだな」
「エリー様、気をつけて」
「貴方は、ディーノでしたね。エリーの専属騎士だとか。ですが、エリーがわたしの妻になれば、王族専用の騎士が付きますので、新たな主人を手配しましょう」
「そういう圧政を強いるのはよくないと思う。職権乱用反対」
「ハイド、貴方には言われたくありませんね」
眉を寄せて、困った顔も様になる。エリーはそんな王子を見て、憧れと現実の狭間でひとり揺れていた。
「イヤですわ」
その先の言葉をエリーは絞り出す。
「アーノルド様、私、イヤですわ」
「何がイヤなのですか?」
「私、お父さまが好きですわ。お母さまも、カールお兄さまも、リックお兄さまも、セバスやレリアだって好きなのです」
「それで?」
「ディーノは、ずっと死ぬまで私の専属騎士です。ロタリオは、ずっと私と一緒にいるのです。ハイドお兄さまとも離れたくありません。私、大好きな人と会えなくなるなら、婚約は、婚約、は、こん、や、く、ぅっ」
いじめているわけではないのに、いじめている気分になるのは何故だろう。それはエリーの生まれもった魔性と言えばいいのか、けれど、それは相手が相手でなかった場合。この場合、アーノルド王子は、もっといじめたいと思っていたし、ディーノは守らないとと決意を固めたし、ロタリオはほっとけないと認めたし、ハイドは改めて、誰にも渡さないと誓っていた。
「こんやく、しても、エリス様のような魔女が現れたら、アーノルド様は、離れていってしまうのでしょう?」
「そんなことはありません」
「婚約破棄したほうがいい」
「ディーノの言うとおりだぜ、エリー。エリーみたいなワガママ女は、俺みたいなやつじゃないと手に負えねぇって」
「可愛いエリー。心配しなくても、エリーの傍にずっといるよ」
エリーを囲むように四人の攻略対象が顔を揃える。いや、ひとり場違いなヒューゴは、未だにエリーに抱きついていて、離れる気配は微塵もない。
「エリーは、婚約を破棄したいのですか?」
王子の質問に、エリーの顔が葛藤に歪む。それを見て、また確信を得たのだろう、優しい声で王子はエリーに問いかけた。
「わたしを好きですよね?」
「……はい、好きですわ」
「それであれば、こうしましょう」
何が「それであれば」なのか。周囲のイヤな予感は、見事に的中したと言わざるを得ない。
「エリスの再来と呼ばれる魔女が現れるのかどうか、それはわかりませんが、仮に現れるという六年後。わたしがその魔女に夢中になり、王子にあるまじき醜態をさらすのかご判断ください。そのとき、エリーが婚約を破棄したいと思うなら、そう告げていただければ、応じましょう。ですが、告げないなら問答無用で妻にします」
爽やかな笑顔で不発弾を渡してきた王子に、周囲が口を出すよりも早く、ぱっと顔を輝かしたエリーの声が軽やかに響き渡る。
「わかりましたわ」
不都合なく聞こえる誘惑の罠に、馬鹿な令嬢は、あっさりと引っ掛かった。
あまりに即答だったので、抱きついていたヒューゴですら、ぽかんと口を開けて固まっている。
「ダメだ。許さん。今すぐ破棄だ、破棄」
「お義父様、もう婚約自体は成立しているのですよ。王家の印が押され、国中が知る婚約関係が、そう簡単に撤廃出来るとお思いですか?」
「二次創作で山ほど見た鬼畜王子に、お義父様と呼ばれるのは、イヤだ。なんか、イヤだ」
「まあ、そう仰らずに。ねぇ、エリー」
「は、はい」
「真っ赤で可愛い。アーノンと呼んでいいですよ」
「ひぇっ」
およそ、エリーから聞いたことの無い悲鳴が聞こえてくる。これから、ますます騒がしくなるのだろう。
一件落着と言わんばかりに、胸を撫で下ろした母のリリアンは、セバスとレリアにお茶の用意を命じ、カールとリックも互いに顔を見合わせて、妹の将来をひとまず受け入れる。
アーノルドはエリーをからかうのに忙しいし、ディーノはヒューゴ並みにエリーから離れない。ロタリオはそんな二人をエリーから引き剥がすのに奮闘し、ハイドはそんな三人からエリーを奪い返すことに専念している。
決められた乙女ゲームのルートは、ヒューゴが生きている時点で、まったく別の世界を描いているというのに、彼らはそれに気付かない。気付かないからこそ、試行錯誤しながら、無理難題に思える未来を共にあるいていくのかもしれない。
ともあれ、その選択肢が例えどんな未来を辿ったとしても、エリー・マトラコフを悪役令嬢と呼ぶには、まだ早い。(完)