悪役令嬢には、まだ早い!!
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周囲がどんな感情を抱いていようと、まさに人生絶好調のエリーにとっては関係のない話。常にのぼせたようにボーっとして、時々無意味に笑ったりしている。いつもであれば、愛らしい声を屋敷中に響かせるのに、今は深層の令嬢らしく、おしとやかに窓の外を見ていたりする。それも頬を赤く染めて、花や鳥に話しかける不気味さが加味されているのだから、誰もが「見てはいけないもの」状態で、エリーの身の回りの世話をしていた。
「お嬢様、お茶が入りましたよ」
「ええ」
「シェフがお祝いに、イチゴのプリンを作ってくださいましたよ」
「ええ」
「アーノルド王子とのご婚約祝いにと、家庭教師の先生が」
そうレリアが告げるなり、エリーはまた「ふふ」っと笑う。月夜会から帰宅して以来、四六時中この調子では、逆に通常運転になりつつある。
エリーのアーノルド王子バカは、この一年で嫌というほど体験してきた。そんな歴戦の猛者は侍女のレリアだけではない。
「はい、あーん。エリー様、美味しい?」
「ん」
「おい、お前、またこぼしてんぞ」
「ん」
「ったく、しょうがねぇな」
ディーノが食べさせて、ロタリオがエリーの頬についたクリームをぬぐう。ところが、その唇に少しでも何か触れようものなら、途端に顔を真っ赤にして「いやぁぁああ」と突っ伏すのだった。
「アーノルド王子様の指先がぁぁあああぁぁ」
余程唇に触れた衝撃が強かったのだろう。エリーの脳内は、月夜会に置き去りにされてきたのか、あれから十日たっているというのに、未だにその瞬間に戻っては、こうして一人で悶絶している。
「新年ももうすぐっていうのに、ボケてんじゃねぇよ」
「ロタリオ、あれは夢じゃありませんわよね?」
「何回、同じこと聞くんだよ」
「ディーノ、本当に、アーノルド王子様と私はこ、こ、こ、こ」
「婚約した」
「婚約ぅぅうぅ」
イラついたロタリオの口調や、どこか素っ気ないディーノの雰囲気など、エリーは気にもならないのだろう。いつもより数割増しで可愛く見えるのは、恋する乙女のなせる業か。一年の終わりを祝う冬休みは、勉強をしなくていいのだから、王子様の妄想をする時間だけは余るほどある。ところが、これは妄想ではなく歴史に刻まれる現実。
エリーの部屋に続々と運び込まれるお祝いの品は、この十日間、止まることを知らずに溢れかえっている。
「エリー、何を食べてるの?」
「ハイドお兄さま。それに、カールお兄さまも、リックお兄さまも」
「イチゴプリン?」
「あの、その、私、ご報告がありますわ」
「エリーの時間が十日分動いているなら、その報告は毎日ちゃんと聞いているよ」
「僕はもう、その愛らしい唇が他の男の名前を刻むのを見たくないな」
「アーノルド王子との婚約でしょ」
もじもじと赤い顔で小さく頷くエリーは、お世辞抜きでとても可愛い。あれほどワガママで憎たらしい性格をしていても、微笑みひとつで許されるくらいの容姿をしているのだから、生まれ持った武器と呼んでもいいだろう。
エリーが心から喜んでいるのがわかるだけに現状がツライ。そうさせるのが他の誰でもなく、自分であればよかったのに、などと考える周囲の思いにエリーは気付かない。鈍感な部分も可愛いと思えたのは、過去の話。今は、無性に腹が立つ。
「エリー、何か欲しいものはない?」
「ハイドお兄さま。不思議なことに欲しいものは何もないですわ」
「なら、キルにのって空を飛ぶ」
「ディーノ。キルとのお散歩の気分ではありませんの」
「いつもの食い意地はどこに行ったよ。プリンが泣いてるぜ?」
「ロタリオ。プリンは泣きませんわ」
それに、なんだか胸がいっぱいで、と。エリーは、ぺたりとした胸に手を添えて頬を染める。
「カール兄様、エリーの腑抜けっぷりを見てよ」
「うーん。さすが王族、恐るべし」
「ちょっと微笑まれただけでしょ。正式に申し出があったわけじゃないのに、周囲が盛り立てるから、エリーが、すっかりその気になってる」
「月夜会の後から音沙汰がないとはいえ、書面では婚姻関係は結ばれてるよ」
「げぇ。そういうところが抜かりなくて僕はキライなんだよね」
「俺たちがどうでるか、母上にはお見通しだ。先手を打たれたな」
なんとかエリーの意識を自分たちへ向けようとする弟以下二名を眺めながら、カールとリックは愚痴をこぼす。
どうにもならない現実を嘆くものだが、やはり納得はいっていないのだろう。どうしたものかと、美しい顔に苦難を浮かばせて、二人は壁の絵と化していた。
そこへ、バタバタと足がもつれる勢いで、ヒューゴが駆け込んでくる。また妻のリリアンから逃げているのか。誰もが焦りもせず、驚きもせず、息を切らせる男を見ていた。