悪役令嬢には、まだ早い!!

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主人公のみ好きな名前に変換して楽しめます
指定のない場合は「エリー」になります。
名字「マトラコフ」は変更できませんので、あらかじめご了承ください。
主人公

「お母さま、お兄さま」


駆け寄って抱きつくなり、およそ令嬢とは思えない泣き声をあげたエリーの様子を周囲はどことなく憔悴した顔で見つめていた。
そこには、ようやくダスマクトの町から魔素汚染が無くなり、パクの一斉発動による爆発を防いだ感動は微塵も感じられない。あれから驚くべきことに、濃霧と化した魔素を鼻息だけで一掃し、ケラリトプスの授ける「天香の歌」という変な鳴き声で、植物たちは復活した。
キルの歌は、植物だけに作用しなかったことが魔獣が妖獣とも呼ばれる所以か。昏睡状態だった動物や人間が次々と目覚め始め、そうしてそれは、エリーの家族、母リリアンと兄カールも例外ではなかった。


エリー、嗚呼、エリー


母と兄と涙の再会を果たしたエリーは、唯一傷ひとつない元気な姿でそこにいる。
レリアは廃坑から出る際に、こけたエリーの下敷きになって腕を擦りむいた。今は手当てを受けて回復したが、泣くお嬢様たちのために、お茶の準備を行っている。
他には、魔力消費による体力消耗で、ロタリオとシシジが別室で治療を受けていた。戻ってきたときには、魔力調整用の点滴パクが頭に包帯で巻き付けられている姿で、少しふらついていた。どうやら貧血に似た症状が出るらしい。ロタリオは「最悪な気分だ」と苦々しげな表情を浮かべている。
魔獣を飼育するには申請が必要とかで、「エリーたんから離れたくない」と叫ぶヒューゴをセバスが連れていき、そして先ほど帰って来た。エリー以外の誰もが憔悴している原因は、結果として、エリーのワガママを叶えたことによる副産物に過ぎない。


「お母さま、お兄さま。お父さまが新しい私だけの奴隷をくださったのよ」

エリーの専属?」

「侍女にはレリアがいるじゃないの」


カールが首をかしげ、次いでリリアンも困ったような息を吐く。
昏睡状態から目覚めたばかりの母と兄に、開口一番に紹介するくらいなので、エリーが現在進行形で機嫌がいいのはすぐにわかった。とはいえ、自分たちが眠っている間に「あの」マトラコフ伯爵が与えた奴隷というのは、すぐに受け入れがたいものがある。


「さあ、早く挨拶なさい」


エリーが呼びつけたのは、パクによる治療ですっかり見違える姿となったディーノ。褐色肌に白髪が美しく、若葉を連想させる緑の双眼がエリーの隣に大人しく並ぶ。
並ばせてわかったことだが、ディーノは頭一つエリーよりも小さい。


「ディーノ、です」


もじもじと自信なさげに話すディーノに、リリアンとカールはわかりやすく顔を合わせて、すぐに父親であるヒューゴへと詰め寄った。


「あなた、ようやく捕まえましたわ。わたくしに何の相談もなく、エリーに好き放題お与えになって、しかも今回は専属騎士ですって。あなた、騎士と主従契約を交わすと、永遠に離れられないと知ってますよね。まだ七歳のエリーに一生の騎士を決めるなんて、事の重大さがわかっていらして!?」

「父上、エリーの横に並ばせても見劣りしない点はわかりますが、母上のいうように、早計ではないでしょうか。エリーを守れるほどの騎士とは思えません」

「お母さま、お兄さま。お父さまをお叱りにならないで。それに、騎士ではなく奴隷ですわ」

エリー、おいで。リックの入れ知恵で、変な言葉を使ってるけど、シャルムカナンテに奴隷制度がないことくらい知ってるだろう?」

「ええ、カールお兄さま。でも、命令をなんでも聞いてくれる騎士は、奴隷と同じだってリックお兄さまがおっしゃっていたわ。兄弟でなければ、リックお兄さまが専属奴隷になりたかったそうよ」


鬼気迫る様子で父親に詰め寄ったリリアンとカールの服を後方から引っ張ったエリーは、目線を合わせるために、かがんだカールの瞳の中で事も無げに告げた。
容姿がなんでも許される愛らしさのせいで、聞き逃しそうになるが、さすがに家族相手にそれは出来ない。エリーに悪影響を及ぼすリックの存在は、エリー以上に家族の悩みの種だった。


「リックは、まあ、しょうがないとして。エリー、専属騎士は一生の問題だ。婚約者以上にエリーの傍にいる人間になるんだよ。彼が安全かどうか、可愛い妹を守れるだけの存在かどうか、家族全員で決めるべきことだ」

「カールお兄さま。心配なさらなくても大丈夫ですわ。私、ディーノでなければイヤですわ」

「どうしてそこまでこの子がいいの?」

「ディーノはキルと仲良しですのよ」

「キル?」

「ほら、窓の外をご覧になって。魔獣ケラリトプスのキルですわ」


ここで回復したばかりの母リリアンが卒倒したのは言うまでもない。「ケラリトプス」の冒頭二文字あたりで貧血を起こし、夫ヒューゴに支えられて気を失いかけていた。
当然だが、カールも口元を引きつらせ、言葉にならない思考を巡らせている。そんな石膏のように固まった二人には見向きもせず、エリーは満足げにうなずいて「これでゴンザレスから卵を勝ち取れますわ」と誇らしく胸を張っていた。
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