悪役令嬢には、まだ早い!!
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医者や看護師はまだこの流れについていけないのか。呆然と父娘劇場を眺めていた。
「エリーたん。嬉しい、オレのことを心配してくれるなんて、なんて優しいんだ。感動を通り越して銅像を建てたい」
「お父さま、私の可愛さは銅像なんかでは再現できなくてよ?」
「自己肯定が高いエリーたんも好き。たまに馬鹿過ぎて愛しすぎる」
「馬鹿ではありませんわ」
「怒った顔も可愛い。ああ、どうして世間はこの可愛さを理解しようとしないのか。いや、わかっているのはオレだけでいい。そうだ、エリーたんの写真集を作ろう」
「しゃしんしゅー?」
新しい言葉に目を輝かせたエリーに気付いたのだろう。これ以上は長くなると踏んだセバスの咳払いが、二人の即興を止めさせた。代わりに、エリーは視界に入った白髪の少年のもとへ向かう。
「いいこと。私やお父さまを危険な目に合わせるなんてことがあれば許さなくてよ」
「キルを助けてくれるの?」
「助けるなんて言ってませんわ。都合のいい耳ですわね。大体、なぜこうなっているのか、きちんと説明してもらいたいですわ」
ふんっと、鼻を鳴らして腕を組む姿は、小さいながらに悪役令嬢そのもの。緩やかなウェーブを描く艶やかな黒い髪が踊って、組んだばかりの腕をほどいて、肩の向こうへ手首で返す。甘い香りを放つ姿は、将来の片鱗を惜しげもなく振り撒いていた。
「キルは魔力不足なんだ。ボクを運んで何日も飛び続けたから」
「何日も飛び続ける?」
「うん」
「魔獣が人間を乗せるなんて聞いたことがありませんわ。あなた、魔獣を従えることができるとでも?」
「うん、魔獣なら誰でも友達になれるよ」
「それは、メス嫌いで凶暴な鳥でも可能ですの?」
「ボクは男だから大丈夫だと思う」
「わかりましたわ。それが本当なら私の専属奴隷にして差し上げてもよくてよ。それで、キルという魔獣は魔力不足と言いましたわね。魔力を与えれば治るかしら?」
「たぶん。でも、ボクは魔力がなくて、とりあえずキルを隠せる場所を探して、でも、魔力を魔獣に与えてくれる人なんかどこにもいなくて」
片目からボロボロと涙を流し始めた少年をエリーはじっと見つめている。そして、何を思ったのか、少年の手を引いて歩き始めた。
「え、エリーたん。どこに行くの?」
「ロタリオのところですわ」
「ダメダメ。彼は今、治療中だよ」
「お父さまは黙って。問題を解決するなら早い方がいいですわ。ロタリオ、ロタリオ、ロタリオ。もう、動けますわね」
少年を右手で引き連れて、我先にと先導切ったエリーは、すぐ隣の病室にそのまま入っていく。案の定、そこにはロタリオがいて、うんざりした顔を浮かべていた。
「うっせぇな。甲高い声で何回も呼ぶな。聞こえてんだよ。それより、お前。まずはお礼くらい……って、そいつ誰だよ」
「そいつ、ええ、そうですわ。あなた名前は?」
エリーとロタリオに同時に見つめられて萎縮したのだろう。ほんの少し身体を震わせて、白髪の少年は「ディーノ」と答えた。
「お前、その目。早く治さないと一生使い物にならねぇぞ。魔法だって完璧じゃないんだ」
「ロタリオ。行きますわよ」
「はっ、えっ、おい。俺を引っ張るな」
右手にディーノ。左手にロタリオを添えて、エリーが部屋を出ようとする。その行動を止めたのは、ロタリオだった。
「待てって、お前、おい。エリー、聞けよ。この、怪力女」
仮にも美少女と称されるエリーが、自分への暴言を聞き逃すはずがない。きちんとその場に停止して、ロタリオを振り返る。
「か弱い乙女に向かって失礼ですわ。大体、私が怪力女に見えるのでしたら、ロタリオの目は、相当節穴ですわね」
「ああ言えばこう言うな」
「ディーノのキルを助けるには、ロタリオが魔力を注ぐしかありませんのよ?」
「は、キル、誰だよ」
「魔獣ですわ」
「魔獣!?」
「何か問題がありまして?」
「あるだろ。大有りだよ。お前、俺に死ねっていうのか?」
「仕方ありませんわ。私の知る限り、最も魔力量のあるロストシストなんて、ロタリオしか知りませんもの」
ロタリオの持つ紫の瞳の中にエリーの姿が反射する。真っ直ぐに見つめる黒い瞳はどこまでも真剣で、有無をいわせない圧力を放っていた。
「いや、だからってお前、なぁ」
「出来ないとは言わせませんわ」
エリーの魅力は頑固で、わがままなところだとわかっていても快諾は難しい。容姿の価値を知っていて、願えば叶うことを知っているのだから頭が痛い。厄介な女と縁が出来たと嘆くなら、ロストシストも人間だと変な同情心すら覚えるだろう。
結局、エリーはロタリオとディーノだけでなく、父親も執事も侍女もシシ爺も引き連れて、ダスマクト廃坑の入り口に立っていた。